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    🍳「おまえとふたりで朝食を」A5/30ページ 2022/3/27発行
    掌編連作ごはん本。
    9話後、南城が桜屋敷邸に泊まり込みで薫の日常生活を手伝っている設定。
    両片想い→告白&両想いに至るまで。

    自家通販 https://mkmatome.booth.pm/items/3705681

    #ジョーチェリ
    giocelli
    #jcサマコレ
    jcSamakore

    おまえとふたりで朝食を憂愁のカルボナーラ飛ぶ太刀魚憂愁のカルボナーラ「来週には脚のギプスが外れることになった」
    「おお、よかったじゃねぇか」
     ランチ営業が終わるタイミングでシア・ラ・ルーチェに立ち寄った薫が診察の結果を告げると、虎次郎は破顔した。
    「リハビリは必要だがな」
     もう、おまえの手を借りずとも生活に支障はない——そう伝えれば、今度は眉間にシワを刻む。
    「うれしくないのか?」
     薫の指摘に虎次郎は「あ〜……」と相槌ともつかない声を漏らして厨房へと入り、「パスタでいいかぁ?」と間延びした口調で訊いてきた。
    「任せる」
     愛抱夢にボードで殴打されて負傷したあと、薫は一時的に実家に戻るか、手伝いを雇って自宅での生活を続けるかの選択を迫られた。そこへ「俺が手伝うよ」と虎次郎が名乗りを上げたのだ。確かに虎次郎ならば、薫を抱き上げて介助できる腕力があるし、気心も知れている。何より、美味い飯にありつけることが約束されているではないか。薫に否やはなかった。
     そうして、書庵の二階にある薫の家に虎次郎が泊まり込む形での共同生活が始まり、もうじき二か月が経とうとしている。
     薫はカウンターに肘をのせて頬杖をつき、厨房に立つ虎次郎の姿を眺めた。この二か月間で飽きるほど見てきた背中。ときに、腕を回してしがみついたこともある。平時は無駄にしか思えなかった筋肉が、いざというときは頼りになることを知った。
    「お待ちどおさん」
     ひょいとカウンターに置かれたのは、カルボナーラ。
     薫は虎次郎の顔を見上げた。虎次郎は眉を下げて笑っている。
    「前祝い」
     軽く手を合わせてから、薫はフォークを手に取った。くるくるとスパゲティを巻き取ると、ことさらにゆっくり口へと運んでみせる。虎次郎は、そんな薫をじっと見つめている。
     玉子色のソースをたっぷりと絡めた麺からは、ひと噛みごとに、ペコリーノ・ロマーノと虎次郎手製のパンチェッタの旨味が染み出してくる。他の店では決して味わうことのできない、完璧に薫好みのバランスだ。
    「美味いか?」
     黙々と食べつづける薫の顔を覗き込むようにして、虎次郎が訊いてきた。薫はフンと鼻を鳴らす。
    「いつもと同じ味だ」
    「ははは、そりゃよかった」
     虎次郎は機嫌よさげに目を細めると、コックコートのボタンを上からいくつか外した。それから厨房に取って返し、残り物らしき前菜を盛り合わせた皿と自分用のパスタを手に戻ってくる。
    「来週まで……夜はまだ、おまえん家に帰る感じでいいの?」
     薫は手を止めて、隣に腰を下ろそうとしている虎次郎を見上げた。さっきの曖昧な唸り声をぼんやりと思い起こす。
    「そうしてくれたら、助かる」
    「分かった」
     ふたりのあいだに置かれた前菜の皿から、薫は小海老のフリットをつまみ上げた。ポイッと口に放り込んで、奥歯で噛みしめる。三つ立て続けに口に運んだら、虎次郎が笑いだした。
    「気に入ったか?」
     晩も余ったら持って帰ってやるよという虎次郎の言葉にうなずいて、松葉杖を手に立ち上がる。
    「タクシー呼んでやるから、座ってろよ」
    「いい。リハビリも兼ねて、大通りまで歩いてから拾う」
     ほんの一瞬、心配そうな顔を見せた虎次郎は、出口まで見送りに来てドアを押さえてくれた。
    「気をつけてな」
     表の明るさに目がくらみそうになりながら、地面へと足を踏みだす。杖を頼りに歩を進める薫の背中を、虎次郎がまだ見守っている気配がある。薫はチッと舌打ちをした。走り去ってしまえないことが、ひどくもどかしい。
     せめて振り返らないまま、表通りを目指す。角を曲がりきったところで、ようやく視線の圧が消えた。
     薫は足を止め、空を仰ぐ。ゆるんだ唇から溜息が漏れて、全身がこわばっていたことに気づかされた。
     背中の側から、強めの風が吹きつけてくる。春の気配を宿してはいるものの、まだ温かみはない。
     一抹の不安と寂しさを感じているのは、世話を焼かれる日常に慣れきってしまった自分だけかと思っていたのだけれど。虎次郎の眉間のシワや物言いたげな唸り声からは、虎次郎もまた、薫に対してなにがしかの感情を抱えていることが窺い知れた。
    「……黙っていては分からないだろうが、ボケナス」
     立ち尽くすあいだに冷えた頬を軽く手でこすってから、薫はふたたび、表の大通りを目指して歩きはじめる。


    飛ぶ太刀魚【昼食 遅くなっても可 内容は任せる】
     慌ただしいランチタイムが終わったところで、スマートフォンに届いているメッセージに気づき、虎次郎は苦笑を浮かべる。
    「頼み事なんだから、もうちょっとこう……言い方ってもんがあるだろう」
     ぼやきながらも、余っている食材を手早くタッパーに詰める。コックコートを脱いで店を出ると、バイクにまたがった。
     朝、仕入れに向かう虎次郎が家を出るころ、薫はまだ眠っていた。起きて気が向いたら食べられるように、冷蔵庫にある程度の作り置きはしてあるのだが……わざわざメッセージを寄越したということは、作りたてのものが食べたい気分なのだろう。
     桜屋敷書庵の出入り口は、カーラの制御下にある。門の外にバイクを止めた虎次郎は、防犯カメラに顔を向けた。すぐにピッと電子音が鳴って、カーラの声が「おかえりなさい」と解錠を告げる。
    「薫は仕事場か?」
    「いえ……今はダイニングに」
     虎次郎は小さく吹き出した。よほど腹が減っているとみえる。
    「おーい、帰ったぞ〜」
     薫はダイニングテーブルの前に座っていた。手にしたタブレット端末を、ぼんやりと眺めている。虎次郎が数歩の距離まで近づいたところで、ようやく目を上げた。
    「仕事中か?」
    「いや……」
     ゆるりとかぶりを振り、眼鏡を外して眉間を揉む。
     どうした? と訊くのは簡単なことだったが、虎次郎はそれをしなかった。
     何かがあって、虎次郎はこうして呼び出され、その何かについて、薫には詳しく語るつもりがない――それだけ分かっていれば、充分だ。
    「太刀魚の唐揚げ丼でいいか? 市場で安く手に入ってさぁ」
     薫に話しかけながら、タッパーから太刀魚の切り身を取り出す。朝のうちに下処理まで済ませてあったものを、移動中、下味をつけるための調味液に漬けておいた。
    「おまえ、今日、晩は?」
     片栗粉をまぶした太刀魚を、フライパンに浅く張った油で次々と揚げてゆく。薫の視線が、手許のタブレットではなくこちらへ向いているのを感じる。
    「15時に来客があって、仕事はそれで終了だ」
    「冷蔵庫に残ってるので足りそう?」
    「問題ない」
     虎次郎の帰宅は0時を過ぎるので、顧客との食事の予定がない場合、薫は夕食をひとりで済ませている。今日は、出歩きたくない気分のようだ。
    「太刀魚、多めに揚げとくな〜」
     冷凍庫にストックしてある米飯を取り出そうとしたら、薫が「米は炊いておいた」と言う。珍しいこともあるものだ、と虎次郎は炊飯器を覗いた。炊きたてのつやつやの米が、美味しそうな湯気を上げている。
    「美味そう」
    「ブランド米だからな」
     数年前にラベルの文字をしたためた礼として、今でも新米が送られてくるのだという。
     丼によそった飯の上に、カラリと色よく揚がった太刀魚の唐揚げを並べる。仕上げにレモンを一絞りすれば、完成だ。
    「お待たせ」
    「ん」
     自分の分も盛りつけて、薫の向かい側に座る。
    「味わって食えよ」
    「それは、作った俺の台詞なんだよなぁ」
     虎次郎が顔をしかめてみせると、薫はフフッと笑った。きつい目尻がわずかに下がって、穏やかな表情になる。
     何があったか知らねぇけど……箸を取って手を合わせながら、虎次郎は心の中で薫に語りかける。
     俺の作る飯で少しでもおまえの気持ちが上向くなら、すぐに飛んできてやるから。
     だから、この同居生活が解消されたあとだって、おまえはいつでも俺に、傍若無人なメッセージを寄越してくれていい。
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    両片想い→告白&両想いに至るまで。

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    おまえとふたりで朝食を憂愁のカルボナーラ「来週には脚のギプスが外れることになった」
    「おお、よかったじゃねぇか」
     ランチ営業が終わるタイミングでシア・ラ・ルーチェに立ち寄った薫が診察の結果を告げると、虎次郎は破顔した。
    「リハビリは必要だがな」
     もう、おまえの手を借りずとも生活に支障はない——そう伝えれば、今度は眉間にシワを刻む。
    「うれしくないのか?」
     薫の指摘に虎次郎は「あ〜……」と相槌ともつかない声を漏らして厨房へと入り、「パスタでいいかぁ?」と間延びした口調で訊いてきた。
    「任せる」
     愛抱夢にボードで殴打されて負傷したあと、薫は一時的に実家に戻るか、手伝いを雇って自宅での生活を続けるかの選択を迫られた。そこへ「俺が手伝うよ」と虎次郎が名乗りを上げたのだ。確かに虎次郎ならば、薫を抱き上げて介助できる腕力があるし、気心も知れている。何より、美味い飯にありつけることが約束されているではないか。薫に否やはなかった。
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