濡れ鼠と土竜の巣穴 「Knuck,Knuck, Can you hear me~?」
暗い穴の中で惰眠を貪るオレの頭上から、能天気な声が降ってくる。
───ここはエンジェルアイランド……の、中。
つまり、宙に浮いてはいるが土の中っつーか…あぁ、ややこしいな!もう。
とにかく、マスターエメラルドの守護者兼ハリモグラであるオレの寝床だ。
マスターエメラルドを離れるわけにはいかず、かといってあまりに殺風景なエンジェルアイランドには他に定住の手段もなく。
幸いオレはモグラの端くれとして、穴を掘ってここに住んでいる。エメラルドや島に異常があればすぐわかるし、そう悪いもんじゃない。
ひとりの時間を誰にも邪魔されることもないしな。…今日のようなイレギュラーがない限りは。
「…また来たのか?」
頭上に声を張り上げる。
「Gotcha なぁんだ居るじゃないか~♪ 入れてくれよナッコォズ~」
「はぁ…」
玄関のドア(形状的には、蓋、と言うべきか?)を開けるまでもなく、声の主が誰かはわかっている。
こんな辺鄙なとこに訪ねてこられるのも、オレをこう呼ぶのもアイツだけだ。とらえどころのない青き風。
「鍵はかかってねぇよ、知ってんだろ」
「Thanks, お邪魔させてもらうぜー」
オレの許可を聞くが早いか、予めドアノブに手をかけていたかのように素早く穴が開き、こもった地中の空気が外界へと接続される。
だが、予期していたほどの眩しさはなく、代わりに聴こえてくる土を叩く音。
「ん、…降ってきてたのか」
「そ~なんだよ、急に来やがってさぁ。ちょうどオマエん家が近くて助かったぜ」
よく言う。オマエの脚なら屋根がある所まで濡れずに行くなんて造作もないし、
崖なりなんなりこの島まで跳んでくる方がよっぽど手間だろう。
…等と、野暮なことは言わない。
お互いに、ふたりで時間を過ごす口実が欲しかっただけなのはわかり切っている。
見ろ、そんなに濡れて…湿った針から滴る水滴が床に小さな水たまりを作る。
「オラ、とにかく身体を拭けよ。風邪引くぞ」
「Thanks. へへ、わりぃな」
そこらにほっぽってあるタオルを差し出すと、ふにゃっとした笑顔で素直に受け取るソニック。
「…っくしゅ」
「あぁもう、完全に濡れ鼠じゃねぇか…わざわざこんな時に来なくても、入れてやるのに」
被せたもう一枚のタオルでわしゃわしゃと乱暴にソニックの身体の水気を拭う。
流石にここで倒れられて看病なんてするハメになったら面倒だ。
「いやぁ、こういう時の方がナッコォズも間違いなく家に居ると思って」
「…オレはこの島を離れねぇよ。知ってんだろ」
「いつ気が変わるかなんて、わかんねぇだろ?」
「オレは気ままなオマエとは違う」
「へへ、そっか」
何がそんなに嬉しいのか、満足そうに為すがままにされている目の前の青いてるてる坊主。
「ま、そんなわけだ。しばらく雨宿りさせてくれよ」
「何を今更。断るまでもなくそのつもりだろ」
「別に、どうしても取り込み中だってんなら帰るさ。降りしきる雨の中、惨めに一人走ってな」
「けっ、好きにしろ」
「さすが相棒、そう言ってくれると思ってたぜ♪」
身体を拭き終わると、さっさと我が物顔でくつろぎ始める客人。やれやれ…。
「とにかく温かいもんでも飲めよ。身体冷えてんだろ」
「お構いなく~♪コーヒーでいいぜ」
「どっちなんだよ」
表面上の言葉に意味はない。返事なんて聞くまでもなく、オレはコーヒーの瓶を手にとっている。
ただ声を交わしてそこに相手が居るという実感が欲しいだけ。
薄暗い土の中、別に一人で居るのが寂しいわけじゃない。
それでも…吹き込む風はいつだってこの身に新鮮だ。
「オラ、入ったぞ」
「smells sweet♪ いただくぜ」
湯気を立てる二つのマグカップをベッドの前の小さなテーブルに並べ、そこに転がるソニックの横に腰掛ける。
「……」
「…………」
肩を並べ、言葉もなくコーヒーを啜る。
お互いに口を閉ざせば、締め切っていてもわずかに雨粒が屋根(?)を叩く音が聞こえてくる。
二人分のマグカップ。必要最低限の物しか置いていないここでなぜ客人をもてなせるのかと言えば答えは一つ。
客人本人が自分用のアメニティを持ち込んで置きっぱなしにしているからだ。
日に日に侵蝕されていくプライベートスペース。だが、不思議と悪い気持ちはしない。
「…雨は今でも苦手か?」
「……」
返答はない。が、長年近くにいる身だ。
どことなく覇気がないのは嫌でもわかる。
言い知れぬ心細さに襲われたからこそ、わざわざここを訪ねてきたのだろう。
「……」
「…………」
たまに一言二言他愛のないことばを交わしつつ、雨が止むまでただ二人の時を過ごした。
◇ ◇ ◇
「なんだよ、見せたい物があるって?」
どうやら雨音は止んだようだ。
もうしばらくだらだらしていたいとグズるソニックの腕を引っ張り、外に出る。
蓋を開け、顔を出したオレ達を出迎えるものは
「…ヒュ~♪」
「雨も、たまにはいいもんだろ」
外に出た俺たちを出迎えるのは、キラキラと輝きを増した巨大なエメラルド。
濡れた表面が太陽光を乱反射し、周りじゅうを綺羅びやかに照らしている。
オレの、お気に入りの風景の一つだ。
「You're right. …まさか、オマエにこんなロマンティックなもてなしができたとはなぁ」
「茶化すんなら二度と入れてやんねぇぞ」
「Wait,うそうそ!凄く嬉しいぜ!…こんなトクベツなもん、オレに教えてくれたっていうのも含めて、さ」
「へっ…」
素直に喜ばれると、急に自分のしたことが恥ずかしくなってきて目をそらす。
「ありがとな、ナッコォズ!See-Ya!」
照れ臭さに襲われたのはあっちも同じだったらしい。
言い切らないうちに背を向け、一陣の風を残し、青い筋が地面に向けて伸びていく。
「……いい天気だな」
雨露に反射する光に目を細める。
変化を嫌うエンジェルアイランドとマスターエメラルドの守護者にも、たまにはこういう日があったっていいだろう?