【モクチェズ】馬鹿野郎「最近さ。仲良くなった小さい女の子がいてさ」
おっさんは陽気さを減らし、ポツリと呟く。騒がしい酒場のボックス席で、グラスを覗き込みながら言う仕草には陰りがあった。おっさんから酒に誘ってきたのは、この話をしたいからだったんだろう。
何か深刻な話か? とはいえオレが介入するかはオレが決める。この話もクソ詐欺師の罠かもしれねえ。
「ちょっと内向的って言うか、インドアな子なんだけど……アニメ映画を見るのが好きで」
「おう」
オレは相槌を打ち、おっさんの奢りのミートパイに齧り付く。咀嚼してる間は聞いてやるよという意思表示。肉は旨かったが、おっさんの様子を伺いながらだと腹一杯にはならない。
「その子が読んでた絵本見たら、お姫様が」
怪談のオチを話すように声をひそめる。オレがミートパイを飲み下した瞬間、顔を上げた。
満面の笑顔で。
「チェズレイみたいだったんだよねえ!」
「殴られたい気分か?」
「待った待った! これには理由があるからさ」
「聞かねえよ」
「まずテーマカラーが紫で、金髪のロングヘアが可愛いんだよ」
「紫がいいならナスだって詐欺師だろ」
うんうんそうだね、とおっさんは頷く。オレの返事はどうでもいいらしい。
「そんで、閉じ込められてた部屋から飛び出して冒険に行くんだけど、パートナーがなんと髭面の盗賊! ちょいワルで、最初は険悪なんだ」
「似合いだな」
「えへへ。アリガト」
「褒めてねえよ。つかおっさんなのかよ」
「お姫様と一緒に冒険して、その純粋さに擦れきってたパートナーの心も溶かされていくんだよ……」
「いよいよ似ても似つかねえよ。純粋だぁ?」
オレはミートパイを自分の口にねじこむ。これ以上話を聞けばマズくなることがわかっていたからだ。
おっさんは頬を染めたまま腕を組む。うっとりと浸るように唸った。
「そ。チェズレイほどひたむきで純粋なやつはいないよ。この世界にちゃんと、因果応報があると信じてる」
「……ん」
オレは口の中でパイ生地を噛み切る。それは、否定しづらい妄言だった。悪党として生きていれば、なんの罪もない犠牲者をみることはある。それクソ詐欺師は――弱さや愚かさ、あるいは罪の報いだと、考えているのだろう。
オレはまったく同意できないが。ガキは生まれつき弱い。それが悪いことなワケがあるか。
「理不尽なことなんていっぱいあっただろうに……悪人が裁かれないなんて、この世界にはザラだ」
おっさんは喉が乾いたのか、ちびりと酒を飲む。嬉しそうに目を伏せた。
「秩序ある世界を作ろうとするなんて、本当に……」
「おいおっさん、だいぶ酔ってるぞ。やめろ」
「おっと、ペース落とさにゃ。お茶でも頼むよ」
店員に手を上げて声をかけるおっさんに、オレはニヤリと嗤ってやる。
「……それとも何か? オレがこんなに理不尽に話に突き合わされてるのも、チツジョアルセカイ、なのかよ?」
おっさんはきょとんと目を丸くして、その後すぐ表情筋を緩める。だらしない顔で言った。
「ここの料理はおじさんの奢りでしょ?」
ミートパイの乗っていた皿を指さして、ニッコリと笑う。
「話し相手の代金はコレだよ。食べたからには付き合って貰わにゃ」
「……詐欺師めいて来たな、おい」