モチぐらしのアロエッティ オレがドギーの家の中で、一番不満を持っているのが風呂だ。クソ詐欺師の金でリフォームされているのはまだ我慢できるが、この十二月の四人生活では詐欺師のダシが出た風呂に入ることになる。詐欺師は湯を抜いて掃除してから出るが、浴室はフローラルな忌々しいフレグランスに満ちていて、イライラどころじゃない。よって、オレは詐欺師の後におっさんかドギーが入ったのを見計らって入ることにしている。
だから今日もオレは、おっさんが風呂から出た音を聞いて脱衣所の戸を開けた。これが一番安全な方法だった。おっさんをすれ違いざまにどついてからかうか、と思いながら。寝巻きに着替えたおっさんが背を丸めている。オレは声をかける前に、異変に気がついた。
「スゥ……」
「……あ?」
呼吸音と、おっさんの手にある黒の薄手のタートルネック。ドギーのものじゃないし、おっさんもオレもタートルネックは着ない。
――おっさんは、クソ詐欺師のタートルネックの匂いを嗅いでいた。
全身に鳥肌が立つ。オレは叫んだ。
「おいドギー! 仕事だ!」
「ルークは仕事中だよ! いやそうじゃなくて!」
おっさんが飛び上がって振り返りオレを引き止める。腕を掴まれた。異様に強い力で。わめくおっさんは焦りながら言い訳を続ける。
「違うって! 変態的なやつじゃないから! ただあいつが無理してないかと思って……」
「なんでそれがクソ詐欺師のシャツを吸うことになるんだよ!」
オレは立ち止まり、片方の眉を持ち上げる。おっさんの言い分が繋がらない。おっさんは困った顔のままひきつった笑いを浮かべた。
「話せば長くなるんだけど……」
あれはチェズレイと暮らして、ヴィンウェイでの大捕物から半年ぐらいの時――外されて捨てられる予定のチェズレイのスカーフに違和感を覚えたんだ。気配が違う気がして。いつもより匂いが濃いというか、複数の香りが混ざっているんじゃないかと思い、俺は匂いを嗅いだ。
「スゥーーッ」
「……は?」
「……あ」
そしてら、めちゃくちゃチェズレイにみつかったんだよね。もう言い訳できないぐらいおじさんがスカーフの匂いを嗅いでる時。チェズレイは真っ青になって言ったね。俺をスカーフフェチのヘンタイみたいに言うんだもん。
「私の捨てたスカーフを嗅いで……? あなた、着衣愛好症をお持ちで……? 道理でイズミ姫の服に執着を……」
「違うんだ! お前さん綺麗なのいつも捨てるからさ……気になって」
だからもう素直に話すことにした。チェズレイは首を傾げたけども。
「私のスカーフを私が捨てる、それが何か」
もう一度香水を嗅ぐ。樹木の香りと、妖艶な花の香り。その奥に動物性っぽい匂い。
「……いつもよりちょっと香水がキツイね。これは……汗をかいたのを誤魔化した? 嫌なことがあったか、体調不良か」
チェズレイの首筋が汗ばむほどに、不愉快なことがある。苦痛を隠しているんだなと、俺は思ったんだよ。そしたらチェズレイは疲れたように息を吐いたね。やっぱり隠していたんだ。
「……はぁ。下衆の勘ぐりには敵いませんね」
「俺なら話を聞くよ」
「わかりました、少し……相談したいことが」
チェズレイはそう言うと、場所を変えましょうって俺をソファに誘ったわけ――
「ってわけで」
おっさんはてへへと笑って頭を掻く。オレは美談風の語り口には騙されねえ。
「……詐欺師が話さねえと決めたことを探んなよ」
「あー、いや、まぁそうね? でもホラ、ここルークの家だけど……同時にファントムの家でもあるじゃない? あいつ、無自覚にストレス溜めてないかって」
おっさんが眉を潜めて、ちらりと視線をファントムの寝室に向ける。ストレスを溜めてるのはどっちなんだか。めんどくさいおっさんは、どこか期待しているようにも見えた。
「気をつけろよ。ドギーに見られたらパクられんぞ」
「……実は、もう見られちゃって。」
「あ?」
「合意ならいいですけど、マナー違反ですよって言われて……トホホ」
頭にドギーの青ざめた顔が浮かんだ。大人の対応してるじゃねえかよ。おっさんはしょんぼりと肩を落とす。いいから詐欺師のタートルネックから手を離せよ。オレはおっさんの有様に頭を抱える。
「オレだけじゃなくドギーの気配に気付かないほど……夢中になって嗅いでたのか?」
「え……」
「……アホ忍者」