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    ファンチェズではないと思っていたけど「あなたになら」が発生しているからファンチェズかもしれない、先天的女体化、男装少女チェズレイの話

    #ファンチェズ
    funchess.

    抜粋 幼少期のことを思い出す。甘やかなメロディが、母の微笑みと共にある。母は私に、フリルのついたワンピースを着せるのが好きだった。純白のサマードレスで、短い夏を楽しむ。
    「あなたが女の子でよかったわ」
     口癖のように母は言う。ほとんど二人きりの生活で、男の子だったらどうしようかと思ったと。
    「とっても可愛い。妖精さんみたい」
     きれいな母の言葉に、私は首をふる。母のほうがきれいだと伝えると、笑顔になった母は私を抱きしめ、頬を触れさせた。

     父の部屋にはレコードプレイヤーがあった。厳しいオーケストラが流れている。私は座る父の正面に立ち、表情を引き締めて言葉を聞く。母が選んだ服は、男子めいたシャツとサスペンダーのズボンだ。
    「つくづく惜しいよ。お前が長男であったら、反対者をすべて黙らせられるのだが」
     父は後継者に私を考えていた。一方で正妻の長男――御しやすい暗愚だと、私にもわかる――を推薦する派閥もある。この場所では隙を見せられない。私は同意するように微笑んだ。
    「まあ、女にも使い所がある――お前もわかっているようだな」
     私は頷いた。次の仕事の話だろう。生き延びるためには有用性を示さねばならない。立ち上がった父が、私の頭に手を置く。肩を撫で、背に触れた。
    「思考を鈍らせるなよ。あの女のように、色に狂ったら終わりだ」
     私は殺意を尖らせる。

     がしゃん、とガラスの割れる音がする。水差しを母がテーブルから叩き落とす音だ。
    「あなたが……女でなければ」
     美しい顔を歪めて、母が泣き叫ぶ。ピアノを弾くための短い爪のお陰で、掻きむしっても腕に傷はつかない。私は母をガラス片から遠ざけようと、一歩近づいた。
    「あなたを妬まずにすんだのに!」
     母は、女に成長してしまった私を、許せなかった。

     雪が穏やかに降っている。路地で人を待つ私の目の前で、男が真剣な表情を作った。金髪で清潔感のある、若い男だ。真面目そうなスーツに、若者らしいダウンジャケット。男物のスーツを着て、シークレットブーツを履いている私より遥かに背が高く、どこかカカシを連想させた。
    「チェズレイ。君も中途半端な男の真似事はやめなよ」
     私は答えない。答える言葉はない。男は甘い表情を作り、私の肩に手を回す。コマーシャルのように安っぽい言葉を続けた。
    「疲れるだろう? 僕の前では、女に戻っていい――」
     私は答えない。ただ帰りを待っている。この男との関係もそろそろ終わりだ。隙を見せてやる必要もない。
    「君のことを愛している」
     微かな足音が聞こえる。私は男を見上げ、言った。
    「どこに雇われた?」
    「へ?」
     間抜けな言葉を向ける男に、ジャケットから取り出した小銃を向ける。男は一歩たじろぎ、両手をあげる。
    「私を堕落させようとするジゴロは四人目ですよ」
    「違う、僕は純粋に」
     私の言葉ではまだ吐かない。怯えて逃げもしない。私を――女を舐めている。
     呼んだ。
    「ファントム」
    「呼んだかい」
     男の影からぬるりと現れた彼は、私の次の言葉がわかるかのように男に銃を突きつける。
    「拘束と尋問を」
    「わかったよ」
     男が私を口説くときよりもスマートに、ファントムは裏路地へ消えていった。

     ファントムは血と硝煙の匂いを香水で誤魔化しながら戻った。
    「話したよ。ディーノの息がかかっているそうだ」
    「わかりました。丁重にお礼をしましょう」
     私はそう言うと、ジャケットの裾に手を隠す。ファントムの前では、若い仕草も許される気がして。ファントムは少し赤い私の肌に気がつくと、肩につもる雪を払った。
    「……ここで待っていたのかい。寒いだろう、暖かい場所にいればいいのに」
    「気を遣う目的は?」
    「少なくとも、君が女だからではないよ」
     はっ、と私は短く笑う。百点満点すぎて、白々しい言葉。
    「口では何とでも言えるでしょう」
    「俺は息子と同じぐらいの年頃の女の子には欲情しない」
     ファントムは困ったように唇を曲げる。それは本音のように見えて、私は微笑んだ。
    「安心安全、か」

     隠した車までの道のりを歩きながら、ふとファントムが呟いた。
    「だが……今のボスが中途半端なのは、事実だな」
     私は腕を伸ばしファントムの顎に銃を当てた。ファントムは表情を変えずに、うーんと唸る。
    「どういうことだ?」
     指を折りながらファントムは言う。一つ一つ、私の問題点をあげていく。
    「まず服装。男物の店でオーダーして着ているが、肩幅も足の形も女のものだ」
    「……続けなさい」
    「舐められないための薄化粧は、可憐な美貌に磨きをかけて……とてもあどけない」
    「それで?」
    「どうみてもティーンのお嬢ちゃんがお父さんの服を着ているだけ――今のままでは」
     悪戯な瞳で、ファントムが私を見下ろす。青い瞳には、好奇心があった。
    「……改善できると?」
    「ちょっとしたコツがあるんだよ。スパイの変装テクニック、聞いてみるかい?」
     
     私の部屋の大鏡の前で、ファントムは買い物袋をひっくり返す。見たこともないもの、調べてはいたが手を出したことのないもの、あらゆる変装用品が出てきた。ブラとショーツの下着姿で立つ私の肩を開かせ、ファントムはぶつぶつと呟く。
    「胸は……これからも大きくなるだろうから、専用のものを買ったほうがいい」
     小さめの、スポーツ用のブラで胸を潰していた私に差し出されたのは、タンクトップのような形をした下着だった。横にホックがあり、ブラよりも覆う面積が広い。胸の脂肪を分散させると、まるで少年のような胸板になる。
    「ショーツの上から、このスパッツを。背筋も伸びる補正下着だ。信じられないかもしれないが、股間にパッドを入れるとズボンのシワが変わる」
     ファントムは続けてスパッツを取り出す。普段のタイツと比べると、裁断の数が多い。腹の上まで覆う長いスパッツを、私はベッドに腰掛けて身につける。
    「肩パッドは必要だな。肩パッドとハリのあるジャケットで、肩の細さを誤魔化す。大げさに感じてもすぐ慣れるさ」
     パンツは尻や太股を目立たせない形に。ジャケットは少し長く、細い腰と広い尻を隠した。それでいて正面から見ると逆三角形のシルエットになるように、立ち方を意識する。
     化粧台に座った私のメイク道具を、ファントムが手に取る。買い足したのは舞台化粧のような濃いベージュのシェーディングパウダーだ。
    「化粧は……眉と鼻筋を意識して、陰影を強くつける。唇は赤くてもいいが、肉厚すぎないように。幅を意識する」
     私の顔の雰囲気が変わっていく。母から貰った美貌が、変化していく。
     ――少しだけ、父に似ている。
    「これで完成だ。歩き方を教えよう」
     ファントムが私の手を取る。立ち上がり、頷いた。

     はははっ、と私は笑いながらソファに横たわった。ファントムは肩を竦めて、ピアノの椅子に腰掛ける。
    「見ましたか? ディーノの間の抜けた表情」
    「見たよ。ボスが啖呵を切ったおかげだな。俺はひやひやしたよ」
     私は体を起こし、足を開いて座りなおす。肩を開き、ソファの背もたれに腕を預けた。ファントムもおかしそうに笑った。
    「ボスが言ったのは――私より上等な「男」を送り込むことだな。だったか?」
    「そうです。「お嬢さん」しか知らないディーノの驚いた顔……フフッ」
     笑う時も口元は隠さない。見せつけるように、狼のように笑う。共犯者であるファントムに目線を投げた。
    「あなたに男装を教わったおかげで、皆の態度が変わりましたよ。かわりに女性からの視線が濃くなりましたが」
    「ははは。ボスはイケメンだからな」
     私の美貌が、別な方面で役立ったのは事実だ。女色家と思われていることも利用できる日が来るだろう。何より、気分がいい。男に舐め回すように見られるよりは、よっぽど気分が良かった。ストレスの種が減る。
    「そうだ。ここのところ月経も来ていませんよ。思考を乱されなくていい」
    「体調に変化はないかい?」
    「ええ。医師に相談もしましたが、数ヶ月程度ならよくあることだと」
    「じゃ、いいことじゃないか。俺も嬉しいよ」
     ファントムは目を細める。警戒心のないような、一般人めいた笑い顔。その笑顔を息子に向けていたのだろうと、私は眩しく思う。
    「……そう。とても嬉しいですよ」
    「もうすぐ誕生日だな。堂々と新しいボスをお披露目だ」
     私の言葉の途切れた間に気付かないふりをして、ファントムは陽気に手を広げる。私は頷いた。女として舐めていた者共をねじ伏せて、闇社会を総べる。ファントムが居たおかげだ。
     ファントムにピアノを弾かせて、私はソファで休む。この時だけは、子どものように体を丸めていい。
     ファントム、あなたは私を一人の人間として見てくれた。
     そんなあなたになら――

     銃声が聞こえる。


     真っ白い天井が、ぼやけて見えた。片目は包帯に塞がれて視野がない。
    「可哀想にね、マフィアのパーティに巻き込まれたの、まだ若い女の子なんだって」
    「あの顔の傷は……消えないでしょう? それも裏社会でついた傷なんて……」
    「きれいな子なのに、もうまともな仕事につけないでしょうね」
     私の意識が戻っていることに気が付かないのか、女たちが廊下で立ち話をする。天井を見上げ、私は身じろぎもしない。腕をゆっくり持ち上げ、胸を触る。
     ふわりと、柔らかい胸が指を押し返す。ファントムに与えられた男装は、医師たちによってすべて取り払われた。保険のために持っていた、大学生の偽装身分だけが、いまの私だ。
     立ち上がる。個室の中に、洗面台まである。参考人として隔離されているのだろう。
     鏡を覗き込んだ。白くつるりと、楕円形の顔。男のような厳つい顔つきではない。青ざめてより儚く白い肌になっている。唇だけが微かに赤く、美しく脆い。細い肩。膨らんだ胸。傷をつけられて、完璧から程遠くなった美貌。凌辱され、奪われ尽くした母のように、か弱い。
    「はは……っ」
     ファントムに傷を刻まれた。ファントムに男の姿を与えられ、ファントムによって奪われる。崖の下に転落し、醜く藻掻いている。
     熱い銃弾で、私をしっかり見つめて、貫いて。私の人生をぐちゃぐちゃに潰し、凌辱し、奪い尽くそうとした。
     ぶるり、と腰が震えた。鏡に映る私の頬が染まっている。ベッドに戻ろうとした瞬間、足の間でどろりと溢れる感覚がした。
     経血か。
     私は、ファントムに復讐をすると決めた。


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