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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ、かくれんぼ

     ノースの研修チーム部屋の前に、ジャクリーンが小さくなってしゃがんでいた。
     何かカウントダウンしている。
    「にーじゅうに、にーじゅういーち」
    「ジャクリーン、何してんだ?」
    「あっ、ガストちゃま!」
     ジャクリーンは両手を振って、ガストに笑顔を見せた。
     迷子になっているならまた送り届けてやるが、ノース部屋の真ん前でそれもない。昼食帰りのガストがわけを訊くと、ジャクリーンはマリオンとかくれんぼしているそうだ。
     隠れるエリアはノースの共有スペースとマリオンの部屋で、ジャクリーンはカウントダウンがゼロになったらマリオンを探しに行くと言う。あのマリオンがかくれんぼ、とガストは意外に思ったが、マリオンはジャクリーンを含めて家族のノヴァ博士たちには驚くほど柔軟だ。表情も優しい。
     ガストが誘ってもかくれんぼしてくれないだろうが、ジャクリーンは特別なのだ。
    「いいこと思いついたノ! ガストちゃまも、かくれんぼに参加するノ!」
    「えぇっ、俺? 俺が隠れられる場所、あるか……?」
    「あと二十秒ナノ! 早く早く、ナノー!」
     ジャクリーンに急き立てられて、ガストはノース部屋に入った。
     隠れる場所といっても、このチームの連中はみんな共有スペースへものを置かないから、潜めるような物陰が存在しない。
     テーブルの下やソファの裏は、ガストの体格で隠れるには無理がある。ベランダは部屋の中から丸見えだし、マリオンの部屋へ入っては勝手をするなと怒られるに決まっていた。ガストが困って唸るうちにも、廊下から聞こえるカウントダウンはゼロへ近づく。
     そのとき、ガストの視界に入ったのは部屋の隅の物入れだった。
     簡単な掃除道具が入っているが、部屋の掃除はジャックがしてくれるので普段あまり意識が向かない。戸のついたロッカーみたいな箱で、人間一人軽く収まるだろう。背丈はガストよりすこし小さいものの、首を竦めれば入りきる。
    「いーち、ぜろ! 探しに行くノー!」
    「やべっ、早く……って、マリオン!?」
    「なっ、オマエ!! あぁ、もう!」
     物入れの中には、マリオンが腕を組んで奥へ寄りかかっていた。ぎょっとするガストのシャツをマリオンはむんずと掴み、物入れの中へガストを引き込んだ。戸が閉まる。
    「ちょっ、マリオン、んんっ!?」
    「黙れ」
     マリオンが凄む中、部屋の扉が開いた音がした。ジャクリーンの楽しげな声を遠く聴きながら、口を押さえられたガストは慌ててこくこく頷いた。
     ジャクリーンとの遊びを台無しにしたら100回鞭で打つ、と口にせずとも視線でマリオンが言うのがわかった。マリオンは真剣だ。
     ものの少ないノース部屋では、やはり隠れる場所が限られてしまう。探す箇所としてあまり意識に上らず、無理なく中へ潜んでいられそうなこの物入れが隠れ場所になるのは当然だった。
    「騒ぐなよ」
    「わかった、大丈夫。わかった。ジャクリーンをがっかりさせるようなことはしねぇから」
     マリオンはいつものようにふん、と息をついて顔を逸らした。
     物入れの中は、二人向き合って立つのがぎりぎりの広さだった。普段内側に掛かっていたはずのはたきやほうきは、マリオンが入るとき外したんだろう、足元に立て掛けられていた。そのせいで足を置く場が狭く、ガストは片足がやや浮いていた。
     足を下ろさせてくれ、など要望を伝えるにはマリオンの機嫌があまりよくない。いや、悪い。マリオンは、楽しいジャクリーンとの時間へガストに水を差されたと思っている。しかしガストもこのままいては辛いので、こっそりと膝を向かいの壁へつかせてもらうことにした。
     暗い上に掃除道具で足元はめちゃくちゃだ。どうなっているかよくわからないが、マリオンの身体のわきへ膝をやるくらいマリオンだって怒ったりしないだろう。浮いた片脚をゆっくり引き上げて、向かいの壁へ膝をつく。が、何故か膝の上にマリオンの身体が当たった。マリオンがひっ、と息を呑む気配がする。
    「あれ?」
    「おい!! なんなんだ!」
    「えっ、あっ、えぇ!? 悪い!」
     ガストがマリオン以上に戸惑って声をあげたので、黙れ、とマリオンの手のひらがガストの胸を打った。
     どうもマリオンはガストの脚を元々跨いでいたようで、ガストの上げた片膝にマリオンが座る格好になってしまったらしい。
     慌てるが、上げた膝を下ろそうにも足場は掃除道具で何がなにやら、だ。加えて戸に当たっている腰と奥の壁についた膝が、つっかえ棒のように安定してしまった。動いたら音をたてそうだ。
    「オマエは、なんで動いたんだ」
    「悪りィ! いや、ほんと、バランス取りたかっただけなんだよ!」
     うるさい、とまたマリオンがガストの胸を突いた。
     外ではジャクリーンの足音が、キッチン辺りに響いていた。「ここにはいないノ!」ジャクリーンは楽しげにマリオンたちを探している。
     無邪気な声を聞き、マリオンの表情が薄暗い中にも和らぐのが見えた。少しだけ暗さに目が慣れてきたようだ。ガストが和むマリオンを見て顔を緩めるのが見えたんだろう、マリオンはむっとしてガストの脚に体重をかけた。
     ガストは自身の腰の高さ近く膝を上げているから、小柄のマリオンが跨いでいては足がほとんど浮いていたはずだ。膝は壁で固定しているし、軽いマリオンが座るくらい十分に支えていられる。こんなに密着して気恥ずかしいことを除けば、大人しく隠れていられそうだった。
     ふとマリオンがガストの腿に手をついて、身体の座る位置を少し正そうとした。硬い男の脚じゃ居心地悪いよなぁとガストは心の中で謝った。声をあげたらたぶん、静かにしろと怒られる。二呼吸の間ほどマリオンは身じろぎして、安定したのかホッと息をついた。柔らかくマリオンの尻がガストの膝に乗る。
     身じろぎされて改めて気づいたが、マリオンの身体はずいぶんと柔らかかった。尻を含め自分の腰回りなんか、骨と筋肉でだいぶ厳つい。マリオンは年下とはいえ、こんなに柔らかいなんて変にドキドキした。
     女の子もこんな感じだろうか。いいや、マリオンは男、上手く鍛えた筋肉は柔らかいと聞くからそれだろうか。余計なことを考えていたら、再び身じろいだマリオンの腿がガストの脚へ当たった。ドッと心臓が音をあげる。
    「は? オマエ、どうした。冷や汗かいてるのか?」
    「えっいやっ、ぜ全然! 何でもねぇよ、うん」
    「レンちゃま! おかえりなさいナノー」
     物入れの外で、ジャクリーンが挨拶した。
     緊張していたところに思いがけない名前を聞いて、ガストは思わず顔を跳ね上げた。するとマリオンの両手がガストの頭を思い切り下へ抱き寄せた。ガストの首ががくんと下へ向いて俯く。
     何事かと思ったら、ガストが物入れの天井へ頭をぶつけないようにマリオンの手が引いたのだ。あのまま天井に頭突きしていたら、酷い音がたっていたことだろう。眼前でマリオンがガストを睨みつけている。ガストは色々な意味で、心臓が喉元で鳴っている感覚がした。
    「ただいま。ジャクリーン、マリオンを探してるのか?」
    「そうナノ。それに、ガストちゃま! 今はかくれんぼの真っ最中ナノ!」
     外の会話はあんなにも和やかなのに、中のガストは眩暈を起こしそうだ。
     頭を押さえつけられて、背を丸めて、マリオンの顔と距離がこぶし一つもない。落ち着くべく深呼吸しようとしたが、甘い匂いがしてガストはさらに心臓が跳ね上がった。なんでこんな甘い匂いがするんだ。
     動揺しながらも香りが気になって、ガストは知らずすんと匂いをかいでいた。甘くて柔らかい匂いだ。バニラと、ハチミツと――これ、パンケーキか!と不意に気づいてガストは目を瞬いた。
     マリオンの好物はパンケーキだ。それも、ノヴァ博士の作った甘いヤツ。マリオンは昼にジャクリーンたちとパンケーキを食べて、そのままこうやって遊んでいたのだ。
     ジャクリーンと戯れる時間は、常にキリリと気を張っているマリオンが穏やかに過ごせる数少ない一時だろう。そりゃ途中参加のガストに邪魔なんかされたくない。真剣なマリオンを見て、ガストは胸が少しずつ落ち着いていった。
    「マリオン。マジでごめんな。本当に、邪魔する気はなかったんだ」
    「な、なんだ、急に」
    「真面目にやるよ。ジャクリーンと遊ぶなら、楽しい方がいいもんな」
     自分を少し情けなく思いながらガストが笑いかけると、マリオンは戸惑ったようにガストを見上げた。
    「……当たり前だ。ジャクリーンをがっかりさせたら承知しない。ジャクリーンがオマエを誘ったんだし、遊び相手は多い方がいいだろ。参加したなら、ちゃんとやれ」
    「あぁ。わかってる」
     本当にわかっているのか、とマリオンがガストを引っ張るので、ガストは笑ってもう一度頷いた。
     物入れの外では、ジャクリーンがこちらへ近づいている気配がした。ジャクリーンのことが気になるのか、レンらしき足音も後ろから続いている。この辺りは二人のいる物入れ以外に潜んでいられる場所はない。これはもう見つかるかと観念しかけたとき、マリオンが押さえたままだったガストの頭をもう少し引き寄せた。
     マリオンはきっと無意識にやったんだろう。外から見えていない中で、身を縮込める意味はあまりない。妙なところで幼さを見せるものだ。とガストが微笑んだのも束の間、ガストの心臓はまた元気に跳ねた。自分の鼻先が、マリオンの顔に触れそうだった。
     薄暗くてもはっきりわかる伏せ気味の長い睫毛に、緊張しているのか少し熱い頬、美少女と表して決して過言でない顔立ちをこの距離で見るのは刺激が強い。思わず身じろぎしたガストに、膝へ座っているマリオンが戸惑った。
    「動くなよ」
    「っ、すまん。いや、しかしだな」
     顔を逸らすガストをマリオンが睨み上げた。マリオンの小さな鼻が、ガストの頬に触れそうだ。
     パンケーキの甘い匂いに、それとは別にいい匂いもする。マリオンの髪だろうか。顔は吐息を感じる距離、脚はマリオンが座っていて柔らかく、ガストはいっぱいいっぱいだった。怪訝そうに小首を傾げたマリオンは、髪の毛がガストの顔へ触れた。
     ガストは思わず背骨がびくっとして、物入れの戸に重心が移っていた。
     戸の開く音と共に眩しく光が入り込んだ。片足で立っていては急なことに受け身も間に合わず、ガストはリビングに尻餅をついた。
    「ガストちゃま、見つけたノー! それに、マリオンちゃま!」
    「ガスト、なんでそんなとこに、二人で……」
     唖然とするレンにガストは「不可抗力!」と叫んだが、これは通じるまい。弁明すべく身を起こす。が後ろの気配にガストは身が痺れた。マリオンの怒りで空気が震えている気さえする。
    「ガスト。真面目にやると、オマエ、言っただろ」
    「すまん! 真面目っ、だったんだが、その、焦っちまって!!」
    「ジャクリーン、見つかってしまってかくれんぼは済んだから、次は違う遊びをしよう」
     後退るガストを見下ろして、マリオンは鞭を構えた。
    「鬼ごっこだ。先にガストを捕まえた方が勝ち」
    「楽しそうナノ!」
    「屋内は走らないこと。捕まえたら、ガストのことを好きにしていい」
     ヒッと息を呑んでガストはマリオンたちに背を向けた。
     背後では「参加するか?」とマリオンがレンを誘っている。レンがクールに断るのを聞きながら、ガストは大慌てで駆けだした。

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