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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ、目元の話

     自室のベッドに腰掛けて、マリオンは膝の上のぬいぐるみを見つめた。
     大きさはジャクリーンと同じか、彼女よりやや小さい程度だ。ずんぐりした座り姿は綿がたっぷり詰まっていて、手でも顔でもつまんでやれば指の形に柔らかく生地が凹む。置いたとき安定させるためか、見た目の軽そうなデフォルメ具合に対して意外と重さがあった。ヒーローになるとひとりひとり発売されるぬいぐるみだ。
     マリオンもルーキーになってから、しばらくしてぬいぐるみの販売が始まった。マリオンは自分のグッズにはあまり興味がなかったので、発売前のサンプルを確認するようブラッドから言われた覚えはあるものの、あのときは適当な確認して返してしまったのだったと思う。
     今年もルーキーが入所して、新たにヒーローのぬいぐるみが作られた。そのサンプルを本人に確認させるようにと、マリオンはガストのぬいぐるみを受け取ったのだ。
     レンの方は手違いで明日、別に届くということだった。先にガストだけ渡されたはいいものの、肝心のガスト本人がまだ部屋へ帰ってきていなかった。夕食にでも出ているだろう。タイミングの悪いヤツだ。
     渡されたガストのぬいぐるみは、ヒーロースーツ姿だった。前にマリオンの分が作られたのと同じだ。鬱陶しい前髪を上げているカチューシャに、コートのファーフードも再現されている。ふわふわだ。
     細部まで丁寧な作りだった。が、これをガストと言うには少々、表情が違うのではとマリオンは睨みつけた。
     マリオンのぬいぐるみは、たしか目の形がほんの少し削れていて恐らく視線の厳しさを表している。マリオンはファンに努めて穏やかに応じているが、敵を前にすればその限りでない。自分のぬいぐるみの表情の表現へ、マリオンは特に異論なかった。しかしこのガストのぬいぐるみは、記憶にある自分のぬいぐるみよりもさらに目が鋭い、というか涼しげだ。
     普段接するガストといえば、マリオンにはへらへら笑っているイメージが強かった。どうしたってガストにこんな涼しげな雰囲気はない。時折現れるガラの悪さはあるが、それはヒーローとしてのガストとまた別だ。
     とはいえ、デザイナーのガストへの印象が、このぬいぐるみのようになる理由がマリオンにもわからないではなかった。ガストは顔立ちが整っているし、ときどき何故かおかしな焦り方するのを除けばファンへの対応も基本的にスマートだ。こういった面は目立つので、"ヒーローであるガストっぽさ"のアイコンとしてこの涼しげな目が選ばれたんだろう。
     マリオンからするとガストの目なら、もっと優しそうな丸だった。いや、別にガストに対して優しそうな目をしていると言いたいわけではないが。ぬいぐるみを膝の上に乗せ直して、じっと目を見る。
    「あのー、マリオン? えっと、もし言いたいことがあるなら、そいつじゃなくて、その、俺に直接言ってくれるか?」
     聞こえた声にマリオンが顔を跳ね上げると、部屋の入口にガストがいた。
     ノックはした! 報告書を見せに来ただけだ!とガストは両手を上げて弁解した。上げた手に報告書を持っているので、たしかにガストの用件は本人の言ったとおりのようだった。
     あんなふうに声を掛けた理由をマリオンが問えば、「睨みつけられてて可哀想だったんだよ……」とガストはぼそぼそ小さく答える。
    「可哀想ってなんだ。まぁいい。ガスト、オマエのぬいぐるみのサンプルが届いた」
    「それやっぱり俺だったんだな。ははっ、なんか照れるな。いい年して、自分の格好が人形になるなんて」
     ガストがやってくるのでマリオンは立ち上がり、サンプルのぬいぐるみを差し出してやった。
     意外と重い、とかちゃんとヒーロースーツなんだな、とかガストは言いながらぬいぐるみを手元でくるくる回して眺めた。頬を掻いて「やっぱり照れるんだよな」などと呟いたり、口がないのが気になったのか、本来口のある辺りをつついたりしている。
     ぬいぐるみを見やるガストの視線は、穏やかで柔らかかった。ぬいぐるみ、それも自身を模した姿の相手を鋭く睨む理由はなかろうが。やはりこのぬいぐるみをガストだというには、目元がキリッとしすぎているとマリオンは思うのだ。
     いいや、ぬいぐるみはファン向けだから、"ファンから見たガスト"の見た目をしている方がいいのか? しかし本人を写してこそ、本人のぬいぐるみだといえるのじゃないだろうか。マリオンからするとガストの目元はもっと優し、いや緩んだ印象だ。
     身近な人間としてチーム内で訊けば、きっとマリオンと同じことを言うはずだ。と思ったものの、ヴィクターもレンもガストのことなどそう見てはいるまい――いやいやこれでは、マリオンがガストをよく見ているみたいじゃないか。
     マリオンがひとり考え込んでいると、ふとガストが忙しなくまばたきし始めた。なんだ、目にゴミが入ったなら洗面所で洗ってこい。
    「あ、いや、マリオンが、すげぇこっち見てるから、どうかしたのかと思ってさ」
    「……見てない」
    「いやいやいや。見てたって。すげぇ見てた。どうしたんだ?」
     困ったような照れたような優しい視線で、ガストはマリオンへ首を傾げた。
     マリオンは頬が急に熱くなった。なんだって自分が、こんなヤツの目元について真剣に考え込まされているのか。ガスト本人にぬいぐるみを確認させて、製造元にフィードバックを報告して、それで済む話だ。
     マリオンがぶん、と顔を逸らしたら、逸らしたのにガストが追って覗き込んだ。苛立ってマリオンが睨み上げてやれば、ガストは心配そうな目をしている。
    「マリオン、顔赤くないか? 出直した方がいいなら、報告書はまた明日にでも」
    「うるさい」
     マリオンはガストの手から報告書を取り上げようとして、掴み損ねた。鞭のグリップを取り出すのと一瞬迷ったせいだ。
     ふたりの手を離れた報告書はひらひら落ちて、マリオンは腹立たしく思いながら屈んだ。ガストも同時に拾おうとして空気が動き、床に着く前の報告書は滑るようにガストの足のあいだに落ちる。
     屈んだマリオンの肩がガストの身体にぶつかった。無駄に厚い身体がマリオンを跳ね返したので、気づくとマリオンはバランスを崩していた。マリオンはガストに向かって倒れ込んだ。
     ここでガストがマリオンを支えればよかったのに、驚いたガストの足が浮いて、その足が報告書を踏みつけた。ずるりと滑った。
     あとはマリオンが倒れ込むのと一緒にガストもひっくり返り、ふたりの身体が重なって倒れたのだった。
    「おいガスト!」
    「今の、悪いの俺か!? いや、怪我ねぇか?」
     マリオンに怪我はなさそうだった。ガストが下にいては受け身の取りようもなかったが、マリオンはガストの胸の上に倒れたので身体に痛む箇所はない。ほっとして、しかしほっとした途端にマリオンは頭へ鈍い衝撃を受けた。
     後頭部を柔らかいもので殴られた感覚だった。そこまで大きな衝撃ではなかったものの、頭がガクンとしてガストの顔とぶつかりそうになる。咄嗟に背と首へ力を込めてこらえたので、顔同士の一部が当たるのみで済んだ。当たったのは唇だったが。幸い唇自体が柔らかかったお陰か、痛みはなく歯で切れた様子もない。
     マリオンの視界の端で、ガストのぬいぐるみがむこうへ転がっていった。頭への衝撃の正体はあのぬいぐるみだ。ガストがひっくり返るときに放り上げてしまったんだろう。ぬいぐるみになってもマリオンを煩わせるとは。
     マリオンはガストの身体へ手をついて身を起こした。視線を感じて見下ろすと、ガストが目を見開いている。先ほどマリオンがガストの目なら丸、と思ったのとは違う意味のようだがずいぶん丸い。
    「でっ、あっ、悪りィ、ゴメンナサイ。あ、あれ? 怒ってない感じか? ……キス、しちまったけど」
    「っ!」
     目の丸さに関心を持っている場合ではなかった。そうだった、コイツと触れてしまった箇所は唇だった。
     マリオンは派手に倒れ込んだことばかりが意識を占めていて、唇が重なったのだったとは指摘されて初めて意識へ上った。
     自分は色恋に対して普通、より少し、ほんの少し鈍感寄りかもしれないがガストの方は気にし過ぎではないか。顔が離れた瞬間、マリオンは見開いた目にばかり視線が向いたが、思い出してみればガストは頬が真っ赤だった。記憶につられてマリオンも顔が熱くなる。
     マリオンは身を乗り出して、ガストのぬいぐるみを引っ掴んだ。ぬいぐるみをガスト本人の顔に押しつける。
    「わ、うぶっ! 気にしてないんじゃなかっ、む!」
    「うるさい、黙れ!」
    「っ、悪かったって!」
     マリオンはガストの腹に乗るまま、報告書を拾い上げ急いで目を通した。裏にガストの足跡がついているが、司令は気にしないだろう。マリオンはサインして、報告書をガストの仰向けの胸に叩きつける。
     マリオンは立ち上がった。
    「さっさと司令室に持っていけ。あと、今のことは忘れろ」
    「い、いや、忘れようが……はい! 忘れた、忘れました!」
     マリオンがふんと息をつくと、ガストもゆっくり立ち上がった。
     マリオンには初めてのキスだったが、これはファーストキスには入らないはずだ。絶対だ。でも、ノヴァたちと見る映画でキスシーンのたび、感触とガストの真っ赤な顔とを思い出してしまいそうな気がする。
    「マリオン? もしかして、切れちまったか」
    「……唇なら平気だけど。なんだよ」
    「指で触ってたからさ」
     気遣わしげな優しい目を向けてガストがマリオンに言うのだ。
     やっぱりぬいぐるみとはいえ、ガストの目は鋭いより優しい方が合うだろう。そう頭に上ってマリオンはガストと見つめ合ってしまったが、すぐに我に返ってグリップを握りしめた。
    「思い出させるな! 思い出すな!!」
    「痛ってぇ!」
     マリオンがガストを部屋から蹴出すと、ガストはそのまま廊下へ出ていった。すぐに司令室へ向かうようだ。
     マリオンは鞭をしまい、床に転がるぬいぐるみを拾い上げた。軽くはたいてやる。ガストを模しているがコイツに罪はない――と思きや、気まずい思いをしたのはコイツが頭に当たったせいだった。悩んで、ぬいぐるみの目を見つめる。
     見つめること数秒、マリオンは衝動を抑えることに成功して、床へ叩きつけるのでなく自室の椅子へぬいぐるみを座らせてやったのだった。
     ちなみにコイツの正規品はフィードバックのとおり、丸い目になって発売されたそうだ。

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