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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ(ワンドロ)、汗

     マリオンが見上げると、リビングの時計は0時を指していた。どうりで眠い。
     レンは自室でヴィクターはラボ、ガストが隣のソファでスマホをいじっている。
    「うん? 今日見つけた猫の写真をレンの猫アルバムに追加してるところだ」
    「ボクは何も言ってない」
    「はは、そうだな。マリオンはもう寝るのか?」
     スマホをポケットにつっこんでガストは言った。
     眠そうだ、と余計なことを続けるガストに、マリオンは「そうだ」と答えてやった。マリオンよりも体力がずっとないんだから、ガストこそ早く寝るべきだろうに。マリオンはテレビの電源を切って立ち上がる。
     明日のパトロールや会議の準備は済んでいるから、今日はもう寝るだけだった。ガストも部屋へ戻るのか、空にしたマグカップをキッチンへ置いている。見やってマリオンは自室のドアを開けた。
    「あっ、マリオン! ちょっと待ってくれ」
     マリオンは振り向いた。ガストの声音が慌てていたからだ。
     なんだ、とマリオンが見上げると、ガストはマリオンを呼んだくせにリビングや、後ろのルーキー部屋のドアへきょろきょろと視線をやった。用なら早くしないか、とマリオンが口を開きかけたところでガストがマリオンの頬にキスした。
    「お、おやすみ、マリオン」
    「……おやすみ。…………っ、なんだよ」
    「うわっ、いや! 鞭で打たれるかと思って」
     打たれたいのかと訊ねたマリオンにガストは大慌てで両手と首を振った。「おやすみ」をもう一回、ガストは満面笑みで言ってルーキー部屋へ引っ込んだのだった。取り残されてマリオンはしばらく呆けた。
     マリオンがガストと唇同士で始めてキスしたのが数日前だ。だから頬にキスするなんて、唇に比べれはどうってことない。どうってことないはずだったが、マリオンは唇を引き結んで部屋着の裾を握った。
     それからガストは、思い出した頃にマリオンの頬へキスをするようになった。
     洗面所で鉢合わせすると、ガストはリビングとのドアを振り向いて確かめてからマリオンの頬へ唇をあてた。
     自販機前で会ったのは、別の日、昼休みが終わった頃の時刻だ。スケジュールが押して、ノースの研修チームだけ少し遅れての昼休みだった。ガストは人気のない廊下をきょろきょろ見たあと、マリオンの頬へ顔を寄せた。
     何度も何なのだ、とマリオンが訊けば、ガストは「マリオンが、許してくれるのが嬉しくて」と緩みきった表情をマリオンへ向けた。ガストを鞭で打ってやる選択肢もなくはなかったが、どうにもマリオンは鞭のグリップへ手を伸ばし損ねている。
     気持ちの乱されるここ数日ではあれど、マリオンは日々の任務を真剣にこなすことで集中を維持していた。
     今日は会議もなく、雑務は処理済みで心置きなくトレーニングに打ち込める日だった。自身の鍛錬を終えた辺りで、後から来たルーキーたちのトレーニングへ移る。
     二人ともマリオンの指示通りに体力作りもしているらしく、けしかけたドローンの対処中にへたばることもなくなった。ひどく苛立たされることなく、トレーニングを終え着替えに戻れば次のルーム使用者たちで更衣室が賑やかだ。
     多少周りがうるさいことにも寛容になれる程度には、今日のトレーニングはやるべきことを順調にこなしきれた。
     離れた位置のロッカーを静かに使うレンと違って、ガストはマリオンの近くを使っていたはずだ。アイツはどこへ行ったのか、とマリオンが探すとガストは何故か少し離れた位置にいた。マリオンに気づいて近くへやってくる。
     何をしているのだとマリオンは問いただそうとしたのだ。が、ガストは何やら辺りを見回していた。マリオンはぎょっとして心臓が跳ね上がった。
     まさかガストは、こんな他人のいるところでまたマリオンへキスしようと考えているのか。部屋だの廊下だのでキスをするとき、ガストは必ず周りに誰もいないことを確認していた。
     マリオンは二人の交際をどうしても隠していたいわけではないものの、ホラー映画に出てくるようなところ構わずいちゃつくカップルのようにはなりたくなかった。それをわかってガストはいつも人気を確認していたのだと思っていたが。
     ガストは困ったような顔でマリオンの元へやってきた。
    「なぁマリオン、あのさ」
    「オマエ、場所を考えろ!」
    「えぇっ、何が!? 俺はほら、これ。トレーニングルームに落ちてて、どうしようか迷ってたんだけど……俺なんかしたか?」
     ガストはマリオンにタオルを示して見せ、不思議そうに首を傾げた。
     コイツは、拾ったタオルの持ち主を探していたのか。次のルーム使用者はまだ更衣室にいるから、ルームに落ちていたタオルの持ち主ではない。ガストは困ってきょろきょろしていただけだ。マリオンは頬が熱くなった。
     マリオン一人が、キスされるのではと勘違いをしていたらしかった。考えてみれば、ガストがマリオンにキスするのは人気がない場所に限ったことだ。いや、いや、マリオンが考え違いしたのは、勘違いするような行動したガストが悪い。
    「それは、ボクのタオルだ」
    「なんだ、そうだったのか。ほら。あっいや、俺は拾っただけだぞ、怒らないでくれよ」
    「怒ってない」
     受け取ったタオルをマリオンは広げた。
     次のルーム使用者たちは雑談しながら出ていくところだ。無駄に賑やかな話声が離れていく。レンは着替えてとっくにいなかった。マリオンは広げたタオルをガストの頭に掛けやった。
     マリオンはタオルの両端を引っ張って、ガストの身体を屈ませた。周りからの視線はなく見ているのは互いだけ、しかしマリオンはタオルで隠すようにしてガストへ伸び上がり、唇にキスした。互いに汗の匂いがしている。
     タオルを解いて、マリオンはガストを突き飛ばした。
    「えっ、ちょっ、えぇ!?」
    「う、うるさい、大声出すな! ……誰もいないんだから、いいだろ」
     勘違いさせられた腹いせだ。決してキスされなかったことを惜しく思ったわけじゃない。
     ガストは頬を赤らめ狼狽えていた。しかしそれもしばらくで落ち着き、
    「マ、マリオン、もう一回」
    「さっさと着替えろ!」
    調子に乗るのでマリオンはガストを鞭で打ってやった。
     名残り惜しそうに着替えるガストの隣、マリオンはベンチに腰掛けた。ふん、と鋭く息をつく。自分からキスして上がった体温をタオルへ移すように汗を拭った。

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