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    enennemutai

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    enennemutai

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    ゼンディシ
    バレンタインのお返しとして、とんでもないもの与えられた話

     日がちょうど沈んだ頃、ディシアは中身の詰まったバッグを手に酒場へ訪れた。
     バッグの中には菓子や化粧品などが入っている。いずれもホワイトデーのお返しだった。
     発端はバレンタインの日、ニィロウに誘われ成り行きでチョコレートを作り、友人、知人に渡したことによる。
     お返しは要らないと予め言っておいたのだが、ひと月後のホワイトデーである本日、ほとんどの者からしっかり返礼をもらってしまった。
     申し訳なさやら嬉しさやらでむず痒くなった胸中を、甘いカクテルで落ち着けつつ、美味い料理に舌鼓を打っていると、座っていたカウンター席の隣に腰をかけてくるやつがいた。
     誰かと思えば、アルハイゼンだ。

    「びっくりした。珍しいな」
    「何を言う。俺が君の方に向かっていた時点で気づいていただろう」
    「……それで、何の用だ?」
    「用がなければ、戦友に声をかけてはいけないのか?」
    「ーーえ?」
    「まあ確かに、今日は君に用があって探していたが……。 マスター、いつもの」

     何食わぬ顔で隣を陣取り、注文までし始めた男の真意が読めず、様子を窺ってくるディシアに「急くような用ではないから食事を再開してくれ。冷めたら味が落ちるだろう」と言うとアルハイゼンも提供されたつまみを食べ始めた。
     食べづらいなというのがディシアの本音だ。しかしどうせ逃げ場はない。
     ある程度食べ進めなければ用とやらを口にするつもりはないのだろうと判断し、食事を再開した。
     結局次に会話が成されたのは、互いに料理を食べ終えた時だ。
     ディシアから切り込んだ。

    「で、あたしに何の用があったんだ?」
    「……ああ、バレンタインの返礼のことだ」

     アルハイゼンの口から飛び出た言葉に、ディシアは目を瞬く。
     彼だけは気にしないと思っていた。
     そもそもあのチョコは、バレンタインの日がたまたまクラクサナリデビの所に集まり意見を交換する日であったから、ニィロウがクラクサナリデビにバレンタインという祝祭日を体験してもらいたくて始めたことだ。
     言ってしまえば、セノとアルハイゼンはついでだ。
     頭のいい彼らには、伝わっていたはずだ。

    「なんだよ、気にするなって言っただろ? あれはあたしたちが好きでやったことなんだからさ」
    「そうだな、こちらも好きでやっているのだから遠慮する必要はない」
    「意外だな。あんたはそういうの興味ないと思ってたぜ」
    「イベント自体に興味はないが、美味しいチョコレートを貰ったんだ。対価は払うべきじゃないか?」
    「……口に合ったなら良かったよ」
    「君は料理の腕がいい。あのチョコレートもスパイスを効かせることで甘味とコクを引き出し、深みのある味わいに仕上げていた。おかげで酒によく合った。傭兵業に行き詰まることがあったら、調理師になるというのも一つの手だろう」
    「おいおい、冗談だろ?」
    「まさか、本気だよ。もしその気になったら相談に乗ろう。 それで本題に戻るが、返礼を用意するにしても、俺は君が一体どんな物を好んでいるのか、何が欲しいのかも分からない。だからーー」

     皮肉か自慢しか言えないと思っていた人間からのシンプルな称賛の連続に、ディシアが内心動揺していると、アルハイゼンはそっと声を顰めた。
     何事かと思えば、人前では言いにくいとこちらに寄るように手招く。
     仕方ないので体をアルハイゼンの方にちょっと傾けてやると、彼はそっと耳元で囁いた。

    「通して欲しい申請があれば俺に声をかけるといい。一度だけ、特別に通してあげるよ」

     意味を理解するより先に、耳をなぞったしっとりとした低音に、ディシアの体は身震いする。
     思わず耳を手で押さえると、間近でふっと笑みが溢れ落ちる気配がした。
     早急に距離を離し、じろりと睨みつければ、アルハイゼンは何事もなかったかのように平然と杯を傾けている。

    「あたしを揶揄うなんざ、いい趣味してるじゃねぇか」
    「誤解だ。なぜ俺が君を揶揄う必要がある? 人に聞かれると面倒だから、ああするしかなかっただけだ」
    「チッ……白々しい」
    「提示した内容が気に入らないなら、物品を指定してくれればそちらを用意するが」
    「結構だ。さっき言ったこと、忘れるなよ? 教令院のやつらが頷けないような無理難題を通してやる」
    「特別に通してあげるとは言ったが、最終決定権は賢者にある。俺はもう代理賢者の職は辞任しているから、賢者に承認が得られるような内容でなければ結局弾かれることになる。せっかくのチャンスを無碍にするのは得策ではないし、困るのは君だ」
    「ったく……! よく口が回る坊やだな!」

     ディシアは苛立ちを流し込むように、残っていた酒を一気に呷った。
     どうしてこうも人の神経を逆撫でするような物言いしかできないのか。
     言いたい文句はいくらでもあるが、吐き出せば何十倍にもなって返ってくるだろう。
     何より、申請を通すという条件は間違いなく破格の返礼だ。
     次の酒を頼みながら、ディシアは思案する。
     アルハイゼンの提示した返礼は、正直、今一番欲しいものだった。
     やりたいことがある。
     砂漠で育った子どもたちが、健康的に過ごせて、且つきちんと教育を受けられるように。それらを支援できる機関を作りたい。
     少し前なら絶対に叶わなかったこと。
     クラクサナリデビの救出により変わったスメールでだから、出来ること。
     とは言え、この申請を末端の部署から順に通していこうとすれば至難の業だ。
     革命に付いて行けてないやつらはまだ多く、真っ当な申請であっても、砂漠の民というだけで渋られる可能性は大いにある。
     それが、すっ飛ばして書記官に渡せるんだ。
     代理賢者を辞任したと言っても、まだ正規の座が決まってない教令院でアルハイゼンはトップに近い権限を持つ。
     アルハイゼンが許可するということは、申請が認可されることと同義。
     どう考えても、素人の作ったチョコレートには見合わなさ過ぎる。
     気持ち的には貸しを作っているようなもんだが、まあ貰った以上遠慮するつもりはない。

    「あんたは、いつなら空いてるんだ?」
    「ふむ……それは仕事でという意味か? プライベートでという意味か?」
    「仕事でだ。渡したい申請書類がある」
    「そうだな……来週の水曜までならいつでも。遅くとも十六時までには来てくれ。君が来たら呼び出してもらえるよう周知しておこう」
    「ああ、助かるよ」

     届いたシードルを、早速口に含む。甘い炭酸が弾けるのを噛み締めながら、ディシアはこれからの日程を組み上げる。
     まずは書面を揃えるところから始めて、こいつの気が変わらないうちに渡してしまわないと。
     明日からは忙しい日々になりそうだ。

    「どうやら、俺の返礼は気に入ってもらえたようだな」
    「えげつない特権ぶら下げといて何言ってんだ」
    「多くの者が喉から手が出るほど欲しがる特権だとしても、君が気に入るとは限らない。さっきも言ったが、俺は君が極めて有能な人物であること以外なにも知らないからな」
    「仕方ないさ。定期的に顔を合わせることはあっても個人的な話はあまりしないからな。まあ、知ったところで今回ぐらいしか使い道もないだろ?」
    「そうか? 俺は君のことをもっと知りたい」

     はあ?と素っ頓狂な声がディシアから上がる。
     訝しげに隣に目を向ければ、碧と緋の相対色で彩られた独特の瞳が自分をとらえていた。
     アルハイゼンは表情の変化が乏しい。何を考えているのか読めやしない。
     それでも、その目が少しだけ爛としているのが分かった。キングデシェレトの地下宮殿へ向かったあの時のように。

    「俺は君のことを高く評価しているし、興味がある。どうだ、俺に君のことを教えてくれる気はないか?」
    「……クラクサナリデビの所で他愛のない話もするじゃねぇか」
    「君が言ったようにあの場でパーソナルな話が出ることはあまりない。それに君は苦いものが得意ではないくせに、どういうわけか砂糖の量を遠慮し我慢してコーヒーを飲み切ろうとする人間だ。どれが真で、どれが嘘か。今の君との交友関係で正しく判断するのは難しい。情報が足りない」
    「……っ、気づいてたのかよ」
    「君のことは、よく観察するよう気をつけている」

     処理し切れない怒涛の言動に、今度は戸惑いを多分に含んだ声がディシアから上がった。
     ディシアの中で、アルハイゼンの好感度はそう高くない。セノの方が断然高い。
     それは彼の性格的な問題と、積み重ねられてきた学者という存在に対しての不信感のせいだ。
     だが交友を続けていくなかで、共感できることも好意的に思えることも幾つかあり、相手の印象を改めなければと考えていた。
     とはいえ、アルハイゼンの好意を受け入れられるかと言えば、また話は違う。
     そもそも待て。君のことが知りたい、君のことはよく観察するよう気をつけている。そんな口説きの常套句を続けて投げかけられ、つい狼狽えたがこの男は学者様だ。
     単なる学術的な興味本位で、あたしに関心を持ち観察している可能性がある。いや、こいつのことだ。そうに違いない。
     無駄に取り乱してしまった心中を落ち着かせるべく、ディシアは無音で深呼吸してから答えた。

    「悪いが自分のことを喋るのは得意じゃなくてな。知りたいなら、精々頑張って聞き出してくれ」
    「ほう、良いのか?」
    「なんだよ、断ってよかったのか?」
    「いや……断られるだろうと想定していたから意外だった」
    「変なやつだな。断られるって想定したなら、やめておくもんじゃねぇのか? 特にあんたは一か八かなんて賭けないタイプだろ?」
    「別に断られても構わなかった。俺が君に気があるということを認識してもらえれば、それで一先ずの目的は達成するからな」

     意味を咀嚼して、ディシアは茫然と隣の男を見つめる。
     絡んだ視線の先で、アルハイゼンはふっとやわらかに目を細め、わずかに口角を上げた。
     初めて見たその表情は、どことなく甘い。
     冗談も大概にしろよ。紡ごうとした言葉は行き場を失い、吐息となって崩れていった。


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