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    hunnarikomachi

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    hunnarikomachi

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    現パロ大学生夏(18)×ショタ七(10くらい)

    自我のあるモブ(最初しか出ません)
    夏と女性の性的関係を匂わす描写があります(直接的な場面はありません)
    七(ショタ)が虐待を受けています
    虐待を受けていた七を誘拐する夏と、二人が一緒に生活する話(になる予定)
    私の性癖にしか配慮してません
    ※書きかけです

    #夏七
    xiaQi

    さよならを告げるまでの約束一. 六月

      手の中で小さく震えたスマホの画面が光りテディベアのスタンプが浮かび上がる。バナーをスライドし、パスコードの二つめの数字をタップしようとしたところで私は持ち上げた親指を止め、ポケットにスマホを差し込んだ。
     (まあいいか……)
     次に既読が付くのは女が到着を知らせる連絡を寄越す時だろう。あと半刻もすれば日付が変わる時間にもなるというのに、慌ただしくも浮かれて身支度を整える様子が思い浮かぶ。対して自分はといえば、数分と経たずに返ってきた言葉に感じたことなんて、せいぜい一晩泊まるところが見つかって良かった、程度だ。
     初めはビジネスホテルでも探そうかと思ったが、辺りをぐるりと見渡してやめた。電車も止まり、バスもない、おまけに外は雨。こんな状況ではビジネスホテルどころか近場のラブホテルも漫画喫茶もどこも満室に違いない。給料日まであと一週間。一泊五千円の出費は大学生の自分にとってそれなりに痛い。それを考えると自分の体一つで一晩分の宿代になるともなれば、相手が誰であっても今の自分にとっては御の字だった。
     駅の構内には、もう何度聞いたか分からない架線事故による電車の運転見合わせを知らせるアナウンスが繰り返し流れている。終電の時間が近付いてきてさっきよりも駅の構内に溢れる人が増えたような気がした。
     スーツ姿のサラリーマン、腰のあたりまで高さのあるキャリーケースを運ぶ外国人、アルコールが入っているのか、耳障りな声量で口々に不満を漏らす大学生のグループ。酷い雨風に晒されながら楽器のケースを背負って歩いている人を見ては災難だな、と他人事のように思った。
     壁に背中を預けながら自分と同じように改札から閉め出された人々が外に向かって流れていくのをぼうっと眺めていると、予想していたよりも早くスマホの通知が鳴った。送られてきたスタンプを最後に閉じていたトーク画面を開くと、先のものと同じテディベアのキャラクターが涙を拭う動作をしている。どうやら道が混んでいてもう少し時間がかかるらしい。 
    今いる場所から見渡せる範囲だけでもかなり多くの人で溢れている。人混みが苦手な自分にとっては目が回りそうになるほどのものだった。正直なところ一分でも早くこの場所から抜け出したいのが本音だが、これも一晩の宿のためと我慢するほかない。
     『近くまで来てるならそこまで行こうか?』と打ち込んだところで、女から送られてきた文字を見て指を止め、一度消してメッセージを打ち直す。『人も車も多いから事故に気をつけて』と送ると、私は改札近くにある珈琲チェーンの列に並んだ。





     「こんな遅い時間にごめんね、わざわざ駅まで来てくれてありがとうマミさん」
     「全然いいの!一人で家にいたところだったし、その、夏油くんから連絡もらって嬉しかったというか……」
     「私のこと気になってくれたんだ?ふふ、嬉しいな。お礼と言ってはなんだけど、はい、さっき買ってきたばかりだからまだ温かいよ」

     じんわりと熱を帯びたコーヒーの入ったカップを差し出すと、暗い車内だというのに女の頬が色づくのが分かった。
     『交差点まで来たからもうすぐ着くよ』と送られてきたメッセージに返信した後、女の車が駅のロータリーに入ってたのは、すぐ手前の交差点で三度青に変わった信号を見送ってからのことだった。
     助手席に乗り込むと、温まった車内には甘ったるい花の香りが満ちていた。公園で季節を感じるような自然の中に咲く花の香りは平気なのに、無理矢理作られたような人工的な甘さを感じさせる香りはどうも苦手だった。
     コーヒーの香りで誤魔化すようにしてカップに口を付けながら初めてこの女と出会った時のことを思い出す。あの時は確かに強い香水の匂いを纏っていなかったことが記憶にあったはずなのに、やっぱりハズレだったかもしれない。
     たっぷりと水を染み込んだスニーカーは重く、張り付いた靴下ごと肌を撫でる生ぬるい風が、ぞわりと皮膚の上を無数の虫が這うようで気持ちが悪い。待っている時には少し肌寒く感じる程度だったのに、時間が経つにつれてじわじわと奪われていく体温に鳥肌が立つ。私は顰めそうになる顔を必死に隠し、手に持ったままのコーヒーに話題を戻した。

    「ミルクだけでよかったかな?」
     「えっ、嘘……覚えててくれたの?」
     「もちろん。だってマミさん家ではブラックだけど、コンビニとチェーン店で買うコーヒーはミルクを入れて飲むって言ってたでしょ?」

     両手でカップを持つ女の小さな手を包み込むように自分の手を重ねる。ね?と軽く首を傾げれば、嬉しいと囁かな声を紡ぐ赤く艶めいた口元は、花が咲いたようにほころんでいた。
    まあ、こんなものか。女の反応に調子を戻した私は、どろりとした欲を孕んだ瞳を向ける女の頬に雨に濡れて冷えた指を滑らせる。器用にも女の手にしていたカップはハンドル脇のドリンクホルダーに置かれ、熱を分け与えるように添えられた細い指先はコーヒーの熱でほんのりと温かかった。
     鼻先が触れそうになるほどの至近距離まで顔が近づき、二人の吐息が溶け合う。真っ直ぐに見つめる視線の奥で女は、私の姿だけが映ったその目をゆっくりと閉じた。
     そのままどちらともなく静かに唇を合わせると、車のボディに落ちる雨粒の音がすっと遠のいた。





     普段であれば終電の時間を待たず二十二時で閉店になるところ、自身もまた帰宅の足を失くしてしまったらしいスタッフの好意で営業を続けていた珈琲チェーンの列に並びながら、私は二週間前にクラブで出会った女——マミとの会話を思い出していた。
     二十六歳、仕事は中小企業の事務職。いわゆる出会いの場であるその手のクラブには月に一、二度ほど友人と訪れるらしい。こういった場所を好んでやってくる女にしては派手じゃない、というよりもどちらかといえば地味な女だと思った。
     肩につくかつかないかくらいの長さで真っ直ぐに切り揃えられた暗めの茶髪。華やかなアクセサリーもしていなければ、職業柄かネイルを施していない指先がより一層女に地味な印象を持たせた。服装も仕事帰りというわけでもなさそうなのに、色気が少ない。露出が少なかったからだろうか。鎖骨までしっかり隠したノンカラーの白のブラウスに膝下丈の黒のタイトスカートは、スリットも控えめだったように思う。
     声をかけてきたのは女と反対に男好きしそうな外見をした友人の方だったが、会話が弾んだのは横でハンドルを握る女の方だった。
     とりわけ強く惹かれるような何かきっかけがあったわけではない。ただ、その見た目と第一印象に反して慣れているな、と思ったのは女の所作ひとつひとつが会話を邪魔することなく自然に行われていたからだったような気がする。ほんの二週間前の出来事なのに記憶が薄いのも、二軒目どころかホテルにも誘わずに別れた女への評価なんてこんなものじゃないだろうか。
     よかったらまた、なんてなんの面白みもない社交辞令のような挨拶と共に別れ際に交換した連絡先も、今日まで見ることすらしなかった。今日になって女へ連絡を入れたのも、もう一度、なんて下心は全くなく、自分のいるところから比較的近くに住んでいて、都合の悪そうな相手じゃなかったからだ。私がそんな風に品定めしているとは微塵も思っていない浮ついた空気を醸し出しながら車を走らせる女を可哀想に、と憐れむ気持ちはとうの昔に失くしてしまっていた。
     人の良さそうな顔をしておいて性格が最高にクズだ。と親友たちは口を揃えて言うが、私は別に一人の相手に対して紳士に振る舞ってあげようだとか、優しくしてあげようと意識して接しているわけではない。ただ、等しく当たり障りなく接しようとすることを当たり前にしているだけだ。それが普通にできる、ただそれだけ。無理して取り繕っているものでもないそれを特別扱いされていると勘違いをするのは相手の勝手な感情であり自分のせいではない。
     褒められるべき性格をしていないのなんて自分自身が一番よく分かっていた。いつも隣に立つ親友がモデル顔負けの容姿をしているせいで忘れがちだが、自分の容姿もまた、女に好かれやすい程度には整っていることも理解している。物腰が少し柔らかいだけ、というのもすっかり聴き慣れた評価だった。
     しかし同時に、外見とほんの少しの甘い言葉さえあれば、その裏に隠された根底の性格なんて一晩の相手に求めていないことも知っている。おかげでこれまで欲求を満たしたいと思った時の捌け口に困ったことはなかった。
     こんな大雨で災難だったね、と言う女の声につられて車の小さな窓から空を見上げる。濃紺色の絵の具で塗りつぶしたような重たい空からは変わらず大粒の雨が降り続いていた。赤信号で停車した車のワイパーに弾かれて跳ねる飛沫を目で追いながら、私はぽつりと呟く。

     「でもマミさんが来てくれたおかげで助かったよ。ほんとうにどうしようか困ってたから」
     「それなら良かった、嬉しいなあ」
     眉を下げ申し訳なさそうに小さく笑うと、猫撫で声で返す女は恍惚とした目つきで私を見つめていた。





     女のアパートは、女性の一人暮らしにしては随分と無用心じゃないかと思うほどに寂れた建物だった。今時大学生だってもう少しマシな物件に住んでいるのではないだろうか。説教じみた小言を言う間柄でも関係でもないのに、それにしてもといった具合の見た目だ。私の住んでいるアパートだってそれなりに築年数の経っている物件ではあるが、もう少し綺麗だったように思う。
     どこの家庭か分からない玄関ドアの目の前のスペースに車を留め、所々塗装の禿げた屋根のない外階段を登る。一段登った先に靴のつま先が触れるところはなく、隙間の空いた鉄の板は、暗がりで視界は悪いが薄ぼんやりとした光に照らされ、所々錆びた鉄が剥き出しになっていた。やたらと一段が高い階段がこの建物の古さを物語っているようだった。
     二階に上がると、簡素な丸いドアノブの付いた金属の玄関ドアを二つ通り過ぎる。女の自宅は四つ並んだ奥から二番目の部屋だった。ふと鍵を差し込む女の後ろから外廊下の一番奥に目を向けると、そこは共用の場所とは思い難いほどにゴミのようなものが積み重なっていた。子供が乗る三輪車だろうか、砂とほこりにまみれて黒ずんだそれは、枯れかけの植物の蔓が巻きついていてとても乗れそうにない。家族で住めるような物件とはとても思えないが一番奥の部屋の住人の物なのだろうか。
     何よりもこの状態を特に気に留める様子もなく普通に生活している女を思うとやはりハズレだったかなと思わずにはいられなかった。







     カーテンの開いた隙間から灰色に濁った光が薄く差し込むベッドの中で私は、覚醒には程遠いふわふわとした脳に直接突き刺すような大きな音で目を覚ました。ガシャン!と突然響き渡ったそれは、朝の静寂を切り裂く雷のように鈍い音だった。

     「あちゃー……これはガラス?うーん、鏡でもいったかなあ……」
     「え……何?今のすごい音したけど……」

     手の甲で目をこすりながら腕の中で小さくあくびをする女を覗き込む。行為の後特有の気怠さが残る体はまだ半分温かい微睡の中にいて、状況の把握に頭が追いつかない。困惑する自分を他所に、音の出所に心当たりのありそうな顔をする女と目が合った。つられるようにまばたきを数度繰り返すと、だんだんと頭が冴えてくる。静けさを取り戻した室内は、コンクリートで打ち固められたベランダに降りしきる雨の音が聞こえてきた。

     「さっきの隣の部屋?」
     「そう、まあ……よくあると言うかなんと言うか、その……」

     大体の事情は知っているのだろう。歯切れの悪そうに話し始めた女の言葉の先を促すようにベッドの上に広がる髪に指を通す。

     「私もあんまり会ったことはないんだけど、お隣さんちょっと癇癪持ちっぽい?感じのする人なのよね」
     「嘘でしょ……さっきのはちょっとで片付けていいレベルじゃない気がするんだけど」

     鼓膜が破れるかと思った、と続けると、さすがにいつもはこんなに激しくはないよと女は言う。それはそうだろう。こんなものを日常的にやられているなんてたまったものじゃない。

     「まさかその人一人で住んでるってわけじゃないだろう?」
     「どうなんだろう、ここ見た目の想像の通り壁が薄いんだけど、聞こえてくる男の人の声いつも同じじゃない気はするの。あと子どもがいるかも」
     「君は一度自分の危機管理能力を見直した方がいいんじゃないか……?」

     絶対に関わるべきじゃない。女の言葉を聞いて確信した。昨晩女の家に上がる前に見た外廊下の様子を思い出し、吸い込んだ息をたっぷり時間をかけて吐き出す。こんな誰が出入りしているか分からないようなところに住むのは心配だ、そう言いかけた瞬間、壁を隔てた向こう側から空気を切り裂くような女の声が聞こえてきた。堰を切ったように吐き出されるのは金属音のような甲高く酷い声で、何を言っているのか聞き取ることができない。ただ、反射で耳を塞ぎたくなるような罵声を浴びせているのだろうということはなんとなく想像できた。この壁の向こうに声を荒げる女の他に誰かいるのだろうか。女の怒りの矛先はどこに向いているのだろう。ドアが軋むような音がして、時折、硬い物が床や壁に投げつけられるような濁音が混ざる。
     どれくらい時間が経っただろうか。ギィっと錆びついた重い音を立てて玄関のドアが閉まり、あの強く踏み込めば抜け落ちてしまいそうなほどに薄い鉄の階段を降りるヒールの音が遠くなると、部屋の中は再び静寂に包まれた。 
     ヒステリックな叫びなんてものに収まらないくらいの怒声。女の発していた言葉は意味なんて一つも持つものではないかもしれない。しかし、初めて聞いた自分でも刺すような緊張感が背筋を走るほどに酷く暴力的な声だった。隣の部屋から人の気配が消えて、張り詰めた緊張感が溶けようやく胸を撫で下ろす。吐き出した息は消えかけの線香のように細くまだ震えが残っているような気がして、握りしめた手のひらは氷でも握っていたかのように冷たかった。
     隣の部屋の女が家を出ていくや否や、私の様子を気に留める素振りもなく上司に呼び出されたと言って憂鬱そうに眉を顰める女は、先程までの喧騒がまるで日常の一部だとでも言うかのように平然とベッドを抜け出し、足元に落ちていた服を拾ってバスルームに消えてしまった。
     しばらくして呆然とベッドに取り残されたままの私の前に女が戻ってきた。いつの間にシャワーを浴び終えていたのか、シーツの上で乱れていた髪の毛は肩の上できっちりと揃えられ、化粧まで施されている。私が見ていることを気にすることもなくベッドのすぐ向かいにある扉を開くと、恥じらいの一つも見せることなく私に背を向けたままスーツに着替え始めた。

     「急にごめんね、なんか仕事でトラブルがあったみたいで呼び出されちゃった」
     「そう、だったんだ……休日なのに大変だね」
     「部屋の鍵ポストに入れておいてもらえば大丈夫だから。パンくらいならあるし、飲み物も好きなのどうぞ」
     「なんだか忙しい日にすまなかったね」
     「夏油くんのせいじゃないって!せっかくゆっくりできると思ったのに残念」
     女がトレンチコートを抱え玄関へ向かう。私はようやくベッドから起き上がると、玄関先まで見送りに出た。
     「さっきのだけど、ほんとによくあるんだ。お隣さんね。たぶんあの調子だとしばらく戻ってこないと思うけど静かなうちに帰っちゃった方がいいかも」

     じゃあ、またね。と言う声に返事をする間もなく女は出掛けて行ってしまった。バタンとドアが閉まり女の車が出ていくのを確認すると、私はベッドの下に放ったままだった荷物を急いでまとめた。あれから隣の部屋からは物音の一つも聞こえない。布団を軽く整え、カーテンレールにかけていた上着を羽織り、スマホをズボンのポケットに差し込む。靴下は鞄の中に放り込み、裸足のまま濡れたスニーカーをつっかけて急いで女の部屋を出た。
     お邪魔しました、なんて言う気持ちの余裕はなかった。回した鍵を女の言う通りポストに落とす。横を向けば昨晩暗がりの中で見たゴミ置き場のような一角が目に入る。積み重なったゴミの下には、触れれば塵になりそうな枯れた蔓の巻きついた三輪車。
     ——子どもがいるかも。そう言っていた女の言葉がよみがえる。昨晩女の家に来てから今まで男の声は一度も聞こえなかった。女が出て行ってから物音がしない様子を考えると今はきっと男はいない。じゃあ子どもは?あの耳を塞ぎたくなるような怒声を浴びせられていた子どもがいるのだろうか。そう考えると途端に怖くなった。なぜこんなに不安になるのか自分でも分からない。けれども一度、そこにいるかどうかも分からない子どものことを考えてしまってから、ありもしない妄想が頭から離れなくなった。
     隣の部屋の前に立ち、冷たいドアノブに手を伸ばす。アスファルトを打つ雨の音が急に消え、走ってもいないのに荒くなった自分の呼吸音が耳の側でうるさく響いている。恐る恐るノブを握った手を回すと、あっさりドアが開いた。中から人が出てくる様子はない。それが分かったとたんに体から力が抜けた。随分と緊張して体に力が入っていたらしい。
    当然だ。こんな見ず知らずの他人の家の玄関を勝手に開けるなんてことはれっきとした犯罪で、そんなこと分かりきっている。それでも止まることはできなかった。
     そっと玄関に足を踏み入れる。靴を脱いで上がった瞬間、バクバクと心臓が大きく脈打った。手足が震え、体の奥を揺すられるような激しい鼓動に頭が痛む。足元に散らばる鈍く光る破片。その銀色の粉の多くは洗面所近くに広がっていた。今朝の音は洗面台の鏡が割れた音だったのだろう。シンクには何日も放置されていそうな食器が重なっていて異臭がする。床には中途半端につぶれたビールの缶が白い半透明の袋から溢れて散乱している。袋に入ったまま放られた食パンは表面が随分と青く、とても食べられるような状態ではない。季節外れの布団がかかったままの炬燵の上には吸い殻が山になった灰皿が二つ。部屋の隅には段ボールが積み上げられていて、奥には敷きっぱなしの布団が床の大半を占めていた。
     外廊下と同じ、まるでゴミ溜めのような部屋だった。一晩を過ごした女の部屋と同じ造りをしているというのに、まるで生活感がなく、あまりの惨状に途方もない気持ちになる。閉め切られたカーテンのせいで薄暗いこの部屋は、外の世界から切り離された空間かのようにどんよりと重く湿った空気が蔓延っていた。しばらく立ち尽くしていると、どこからかカタンと小さな物音がした。パッと部屋の中を見回しても人の気配はない。そうしているうちに続けてまたカタ、と音がした。使い込んで薄くなった布団の奥、日に焼けて茶色く染まった襖の奥の方から音が聞こえてきたような気がする。足音を立てないようにゆっくりと近づくと、今度は布擦れのような音がした。まるでそこに人でもいるみたいに。

     「っ……誰か、いるのかい?」

     ぴたりと閉まった黄ばんだ襖を凝視しながら私の口から出たのは、降り続ける雨の音にかき消されてしまいそうなほど掠れて弱々しい声だった。返事はない。けれどもこの襖の奥に何かがいる。不思議とそんな気がした。
     膝を折って襖に手を掛ける。汗ばんで震える指先に力を入れゆっくりと開けていくと、じめっとした空気と共にカビ臭い匂いが部屋に流れ込んできた。思わず顔を顰めそうになるのを堪えて残りが半分ほどになった襖を一気に開くと、暗闇の中に光る二つの何かと視線が交わった。

     「——ッ……!」

     明かりのない押し入れの中、そこにいたのは膝を折り畳み体を縮こませて座る人間だった。信じがたい光景に私は思わず目を見張った。全身を流れる血が冷え、バク、バクと激しく打つ心臓が嫌な音を立てる。
     昼間でも宵の口のように薄暗い襖の奥。顔を上げた子どもの瞳が真っ直ぐに私を見つめていた。白磁のような肌に暗闇に浮かぶ透けるような金色の髪。襟元がだらしなく伸びた白いTシャツから覗く腕と足は食事も碌に与えられていないのだろうか骨の形が浮いて見えるほどに細く、所々に痛々しい傷跡が目に入った。
     どうしてこんな、まだ子どもじゃないか。この子にこんな傷をつけたのはあの女か?身を守るものも持たず狭く暗いところに閉じ込めて、この子が一体何をしたと言うのだ。子どもを置いてあの女はどこへ行った。目が合ったほんの一瞬だけ光ったように見えた瞳は暗く濁り、震える体を抱きしめるように膝を抱えて小さくなる子どもの爪先が皮膚に食い込み、つう、と一筋血が流れた。よく見ると、そのなだらかなはずの皮膚にはいくつも爪を立てたような跡があり、何度も同じところを抉ったせいか赤黒く変色している傷もあった。

     「君は……ずっと、ここにいたの?」

     私の声はちゃんと少年の耳に届いたようで、ピクリと体をこわばらせた。ゆっくり、ゆっくりと持ち上げられた視線が今度は真っ直ぐに交わる。しばらく見つめ合ったのち、不安げに瞳を揺らしながら少年はコクリと小さく頷いた。
     喉の奥がキュッと締められたかのように呼吸が苦しくなる。こんな自制できないほどの怒りを感じたのは初めてのことだったと思う。まるで、腹の奥底に巣食う化け物が戸愚呂を巻いて蠢いているような感覚だった。

     「おいで」
     「……え、」
     「こんなところにいては駄目だ、一緒に行こう」
     「っ……、で、でも、おかあさんが……」
     「このままでは君が死んでしまう。お願いだ、私は君を助けたい」

     理不尽に虐げられる少年の姿に、考えるよりも先に体が動いていた。少年に向かって手を伸ばし、前のめりになって片方の足に体重をかけると、古く痩せた畳がミシ、と軋んだ音を立てる。

     「私は君を決して傷つけたりなんてしないよ」
     
    お願いというよりも懇願にも近い、はやくこの手を取ってほしいと祈るような気持ちで私は少年に訴えかけた。
    自分の身を守るために薄暗い押し入れに隠れていたのかもしれない。母親の許しがなければこの押し入れから出てはいけないときつく躾けられていたのかもしれない。言いつけを破ったら抵抗することを許されない酷い仕打ちが待っているのかもしれない。過去に母親の手から逃れようとして少年の心に傷を残すことをされたのかもしれない。この少年と母親がどんな関係だったかなんて知らない。知ったことか。もはやそんなことどうでもよかった。この少年をこんな劣悪な環境から救いたかった。私だったらこんなところで一人きりにして辛い思いはさせない。私がこの子を守ってみせる。とんだ独り善がりな考えであることは火を見るよりも明らかだった。けれども、今の私には他には何も考えられなかった。

     「大丈夫、私を信じて」

     薄く膜の張った双眸がころりと落っこちそうなほどに見開かれ、少年の氷のように冷たい指先が触れた瞬間、私は小さな体を勢いよく抱き寄せた。

     「ありがとう、もう大丈夫だよ。さあ、行こうか」





     パーカーを脱ぎ、少年に被せるようにして抱き上げると、私は振り返ることなくただひたすらに走った。少年と目が合った瞬間に感じた、体の奥底で黒く燻る熱と、その反対に冷えいるような怒り。激しい怒りの中でどこか冷静さを持った自分が踏み外すと分かっていて止まれなかった足を懸命に動かし続ける。雨に濡れることも、一歩踏み出すたびに靴底からじわりと水が染み出してくるスニーカーの不快感も気にしている余裕はなかった。容赦無く当たる雨は冷たく、指も悴んで痛い。雨風に晒されないように、人目から隠すようにフードを深く被せた少年の体は信じられないほどに軽く、恐々と体にしがみついている手足は少し力を加えれば折れそうなほどに細かった。
     どこを走っているのかまったく分からなかったが、なるべく多く人の目があるところからは遠ざかりたい冷静さが頭の隅にあったようで、無意識に駅とは反対の方向に向かって足が進んでいた。
     バスや電車は使いたくない。しかし、タクシーに乗るにも駅からはだいぶ離れたところまできてしまった。腕の中に抱えた少年だけでなく、この雨の中傘も刺さずに歩く男の姿は嫌でも目立ってしまう。ここまでくれば少年の母親と出くわすこともないだろうかと足を緩め、どうやって自宅まで帰ろうか途方に暮れそうになっていたその時だった。鮮やかなブルーの紫陽花の向こうから、偶然にも公園の角を曲がったタクシーが正面からこちらへ走ってくるのが見えた。すかさず手をあげてタクシーを止める。人目につくことなく家に帰ることができる安堵から座席が濡れることを申し訳なく思う余裕もなく、私は少年を膝の上に抱えたまま後部座席に乗り込んだ。

     「そこのタオル、どうぞ使ってくださいね」

     告げた住所を打ち込みながら後ろを振り向くことなくタクシーの運転手が言った。

     「こんな日はあなたみたいなお客さんも多いですからどうかお気になさらず」

     驚いて顔を上げると、フロントミラー越しに深く刻まれた皺がよく目立つ初老の運転手と目が合った。すみません、と慌てて謝罪の言葉を口にすると、私はそこでようやく頭から足の先まで全身雨に濡れてびしょ濡れになっていることに気がついた。

     「すみません、シートのクリーニング代ちゃんとお支払いしますので……」
     「何が合ったかは聞かないけどね、家帰ったらあったかいお風呂入ってゆっくり寝るんだよ」

     老人のお節介な独り言だと思って聞き流してくれていいんだけど、と続ける運転手の声は張り詰めていた心に優しく触れるように温かくて、私は頷くこともできず、ただ少年の冷えた体をきつく抱きしめながら込み上げてくる涙を抑えるので精一杯だった。
     ゆっくりとタクシーが走り出し、見知らぬ街並みが静かに遠ざかっていく。家に帰ったらまずこの子をお風呂に入れて……それから、着替えはどうしよう。自分の服じゃどれもサイズが大きい気がする。学校は?随分と痩せているせいで小柄に見えるが歳はいくつなんだろう。小学校低学年か中学年くらい?私も大学にいかないといけないし、バイトも……何一つ考えがまとまらないうちに次々と新たな考えが浮かんでは消えていく。ぼうっと雨で歪んだ景色を窓越しに眺めていると、ふいに少年の細い指がきゅうっと私の服の端を握りしめた。口に出してはいないのに、切迫した気持ちが少年に伝わってしまっていたのかもしれないと思うとなんだか情けない気持ちになる。必死に考えれば考えるほど他のことに気が回らなくなるのは自分の悪い癖だった。

     「もう大丈夫だからね」

    できるだけ優しく、怖がらせないように少年にだけ聞こえるように耳元で囁くと、ゆっくりとした動作でもたれかかってくるのが分かった。フードの上から頭を撫でると、肩口に擦り寄せる少年の髪の毛が頬をくすぐる。腕の中に抱いたままの少年の表情は見えない。返事はなかったけれど、優しい力で抱きしめ返される預けられた体の重さが許しをもらえた証のようで、トクン、トクンと響く心臓の音は温かく、緊張が溶けていくように二人の体温も溶け合っていくのが心地よかった。

     君のことは私が何があっても守るから。守る、守ってみせるよ。

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    hunnarikomachi

    MAIKING現パロ大学生夏(18)×ショタ七(10くらい)

    自我のあるモブ(最初しか出ません)
    夏と女性の性的関係を匂わす描写があります(直接的な場面はありません)
    七(ショタ)が虐待を受けています
    虐待を受けていた七を誘拐する夏と、二人が一緒に生活する話(になる予定)
    私の性癖にしか配慮してません
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    さよならを告げるまでの約束一. 六月

      手の中で小さく震えたスマホの画面が光りテディベアのスタンプが浮かび上がる。バナーをスライドし、パスコードの二つめの数字をタップしようとしたところで私は持ち上げた親指を止め、ポケットにスマホを差し込んだ。
     (まあいいか……)
     次に既読が付くのは女が到着を知らせる連絡を寄越す時だろう。あと半刻もすれば日付が変わる時間にもなるというのに、慌ただしくも浮かれて身支度を整える様子が思い浮かぶ。対して自分はといえば、数分と経たずに返ってきた言葉に感じたことなんて、せいぜい一晩泊まるところが見つかって良かった、程度だ。
     初めはビジネスホテルでも探そうかと思ったが、辺りをぐるりと見渡してやめた。電車も止まり、バスもない、おまけに外は雨。こんな状況ではビジネスホテルどころか近場のラブホテルも漫画喫茶もどこも満室に違いない。給料日まであと一週間。一泊五千円の出費は大学生の自分にとってそれなりに痛い。それを考えると自分の体一つで一晩分の宿代になるともなれば、相手が誰であっても今の自分にとっては御の字だった。
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      手の中で小さく震えたスマホの画面が光りテディベアのスタンプが浮かび上がる。バナーをスライドし、パスコードの二つめの数字をタップしようとしたところで私は持ち上げた親指を止め、ポケットにスマホを差し込んだ。
     (まあいいか……)
     次に既読が付くのは女が到着を知らせる連絡を寄越す時だろう。あと半刻もすれば日付が変わる時間にもなるというのに、慌ただしくも浮かれて身支度を整える様子が思い浮かぶ。対して自分はといえば、数分と経たずに返ってきた言葉に感じたことなんて、せいぜい一晩泊まるところが見つかって良かった、程度だ。
     初めはビジネスホテルでも探そうかと思ったが、辺りをぐるりと見渡してやめた。電車も止まり、バスもない、おまけに外は雨。こんな状況ではビジネスホテルどころか近場のラブホテルも漫画喫茶もどこも満室に違いない。給料日まであと一週間。一泊五千円の出費は大学生の自分にとってそれなりに痛い。それを考えると自分の体一つで一晩分の宿代になるともなれば、相手が誰であっても今の自分にとっては御の字だった。
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