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    Kujaku_kurokai

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    Kujaku_kurokai

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    黒獪 転生もの 両者記憶あり
    少し際どい

    #黒獪
    blackCunning

    推しの香を買う ハンドルネームはいつも『獪岳』。鬼として死んだ名前。

     勉学に熱中できる学生時代はまだ良かった。けれど大学を出て途方に暮れた。会社の面接で尽くしたい相手なんぞに出会えるわけがない。志望動機を騙っては虚しくなる日々に嫌気がさして、結局バイトしていた受験塾で講師として雇われている。

     仕事自体は嫌いじゃない。ここにはやる気のある奴しかいないから。小規模な塾で個々の面倒も見やすい。特に難関校の対策を練るのが好きだった。山が当たれば賭け事のような快感で熱くなる。
     毎年毎年、冬に向けて駆け抜ける一年を繰り返す。熱中できる。でも他人の人生で自分を誤魔化しているのだとも気付いていた。

     寝る前の日課として、かつて自分を鬼にした『黒死牟』を検索しては、自分の投稿だけがひっかかる。
     何も得られず終わった前世だったが、ただ一つ記憶にこびりついて不快ではないのはアレだけ。恐ろしくないのかと聞かれれば、恐ろしいに決まってんだろと答えるけれど、意外と優しいんだとも付け加える。
     沼地でしか生息できない魚もいる。輝かしい清流では鳥の目が怖くてやってられない。自分もあの人殺しの懐が一番心地よかった。自分を偽らなくていいんだ。
     だからって転生後も寄りつかれたら迷惑かもしれない。黒死牟様が鬼にした自分は死んだのだから、縁は切れた。どこかで生きていると知って、ひっそりと推させてもらう。それが謙虚な理想。

    お久しぶりです。生前はお世話になりました。
    じゃあ、また。
    何かお手伝いできることがあったらいつでも。

     そうやって、にこやかに別れて、せいぜい年賀状を送るくらい。入れそうな昔の仕事仲間枠。想像してみりゃ全然満足できない。
     だって同衾も許された。たった一度きりだけれど。その意味を問う勇気なんてなかったけれど。俺は忘れられない。
     かと言って、一夜限りの営みで恋人枠に入れるなんざ思っちゃいない。それは自意識過剰ってもんだろう。ああ、ああ。ベッドの上で悶絶しては今日も一言投稿する。

    『せめてひっそり推し活したい』

     最近のSNSはよくできてる。広告に現れたのは『推しの香水をオーダーメイド』の文字。推しのイメージを文章にして送ると、香水になるわけだ。
     俺がしたいのは微力ながら貢献して少しばかり認知されて、時たま「励んでいるな」なんて声をかけられる。そんな推し活なんだ。別に黒死牟様の概念グッズを集めたいわけじゃない。
     でも黒死牟様の羽織からは何やら香りがしたな。あれは何の香だったんだろう。学祭で雅楽を聴いたとき、似ている香を焚いていた。嗜んでいたんだろうか。もともと線香の香りは死臭を隠す目的もあると知ったとき、黒死牟様もそうだったのかと考えたっけ。
     俺は黒死牟様が羽織を脱いで、抱きしめてくれているときの、あの微かに香るくらいのが好きだった。懐に鼻をうずめると、落ち着く黒死牟様自身の匂いがして。俺だけがこの匂いを知っているのだと優越感と安心感にひたれた。
     口付けが激しくなると、雄々しい匂いが強まって。嗅いでいると興奮が止められなかった。あれはなんだったんだろう。フェロモンでも出てたんだろうか。まあこればかりは再現不可能だろうけど。

     気がつくと注文完了の文字。我に返った。そこまで高額ではなかったにしろ無駄金では。いやでも、恥ずかしい文章を送っておいてキャンセルするのはもっと恥ずかしい。
     うん、まあ、お手並み拝見するか。ダメで元々、勉強代。全然ダメならそれはそれで、わかってないなとマウントをとるだけ。

    ――

     そうして仕事から帰宅すること十回ほど。玄関ドアにかけた宅配バッグにそれは届いていた。
     黒死牟様のイメージカラーとして濃い紫の包装紙だ。部屋の電気もつけず、鞄も肩にかけたままで、破らないようそれを開けた。コーディネーターからの手紙には目もくれず、届いた香水を部屋にワンプッシュ。

    「黒死牟様」

     思わず手を伸ばした。いるはずがない。そんなのわかりきっている。でもそこにいると錯覚するほどの黒死牟様の香りだった。
     外の街灯の明かりだけが照らす部屋。宙にのびた手は虚しく、勝手に涙がぼろぼろとこぼれた。
     そうだった。この香りが鼻をかすめると、黒死牟様が来たんだとわかるんだ。
     かつて俺の寝ぐらに黒死牟様の香りが残っていたとき、入れ違ってしまったんだと慌ててその名を呼んだ。来てくれたことが嬉しくて、獪岳はここにいますと叫び走った。追い付くと頭をなでてくれた。
     カーテンを閉めて、全ての明かりを遮断した。現実を照らし出されたくなかったからだ。布団に香水をかけて、抱きついた。

    「黒死牟様、黒死牟様、獪岳はここにいます」

     ぐりぐりと顔をこすりつける。優しく手が添えられて、懐に招き入れてくれる。安心する匂いに包まれる。顔を上げれば目と目があって、口付けがふってくる。ふわふわ、気持ちいい。くるしい。すごい。頭がぱちぱちする。黒死牟様。好きです。お慕いしても、許されますか。口には出さず念じるだけ。返事を聞くのがこわいから。代わりに一夜の慰めをください。

    ――

     翌朝、涙と精液でぐちょぐちょになった布団に頭を抱えた。なにが昔の仕事仲間枠だ。入れるわけねえだろ、この惨状を晒したら。強いて入れるなら昔遊んじゃった地雷枠だ。最悪だ。

    「匂いだけで良かった……」

     逆に考えろ。ホンモノじゃなくて命拾いした。これは良い練習になる。そうさ、ホンモノに出くわしたとき取り乱さないよう耐性をつけるんだ。

     香水は部屋の一番高い本棚の上に置いて、神棚のように拝むことにした。ときどき練習させていただく。そう心に決めて、人様の匂いに溺れる罪悪感と羞恥心に折り合いをつけることにした。

    ――

     ときどき。確かにそう決意したはずだった。ひと月ほど経った頃には香水の残りはあとわずか。もう何の迷いもなく一番大容量で追加注文している。

     我慢なんてできるわけがなかった。黒死牟様のいない家に帰り、味気ない日常を過ごすなんてもう無理だ。帰宅すれば「今日もよく励んでいたな」と抱きしめてほしい。一緒に入浴して甘ったるい時間を過ごしたい。食事のときだって一緒がいい。食欲旺盛な俺の様子に目を細めたあの表情が好きなんだ。柔らかく心地よい匂いがする。
     たっぷり楽しんで朝を迎える。そして平常心でいられないから外でつけるわけにもいかず、朝のシャワーで別れを告げる。そんな日々だ。

    ――

     通常講義のあと、入塾希望者の面談をすることになった。一刻も早く帰りたいが仕事で手を抜くことはない。そんなことをすれば黒死牟様を前にして胸を張れないからだ。
     難関校へ現役合格させてやりましたよと誇る。そうすれば黒死牟様とのひとときが一層甘くなるはずだ。

     帰宅する生徒も多い時間帯。騒がしい廊下を抜けて、応接室へ向かう。
     この入塾希望者は少し特殊だ。俺をご指名してきたのだ。第一志望は俺が送り出した学生もいる難関校だから、そこから聞いてとかだろう。初めてのケースで少し嬉しい。

     応接室の扉をノックする。凛と伸びた背筋が、その人柄を予想させる。己を律し、発破をかけずとも自己研鑽を惜しまないタイプ。こういうのは逆に休むべきとき休めないという自分への厳しさで精神や体調を悪くする。試験までのペース配分が重要になる。

     仮面をかぶるように笑顔を作る。自己紹介を始めると、向こうはワンテンポ遅れて席を立ち、礼を返した。意外と緊張しているのかもしれない。

    「それで、継国くんはどうして私をご指名に?」
    「先輩からいただいた対策資料のなかに貴方のお名前があり……」

     巌勝が鞄から出したのは、去年度俺が作った模擬試験書だった。その大学は学術会でとりあげた内容が定期的に出題される。会費を払うと学術会の内容は会報で届くので、そこから問題を作ったところ当たりがあったんだ。

    「これは運も大きいから毎度当てられるわけではないけど」
    「重々承知しています。ですが闇雲に励むより先見の明ある先生にご指導いただきたいのです」

     今すぐ黒死牟様に褒められたい。得意げになってしまいそうな表情筋を抑え、謙虚にふるまう。
     模擬試験書を懐かしむテイで視線を落とす。巌勝が近付いたとき、ふわりと匂った。

    「黒死牟様?」

     求めていた匂いを感じて思わず口からこぼれた。巌勝は目を丸くしている。この名前に心当たりがある反応だ。

    「なんで黒死牟様の香水をつけてんだ!」
    「香水……?」
    「しらばっくれるな!」

     相手の襟首を掴んで引き寄せた。香を焚いた匂いじゃない。俺しか知らないはずの黒死牟様自身の匂いがした。嗅げば嗅ぐほど、雄々しい匂いまでしてきやがる。

    「お前も黒死牟様に同衾を許された鬼か……っ」
    「なぜそうなる……」
    「買ったんだろ!推しを再現する香水を!」

     覚悟はしていた。あんな強くて面倒見が良くて凛々しい人のこと、他にも好きになる奴はいるだろうと。黒死牟様はお優しい。だから俺が唯一の相手なわけはないだろうと。ぐっと目頭が熱くなるのを堪えて、目の前の若造を睨みつけた。

    「お前が黒死牟様の何番目かは知らねえが……黒死牟様が最後に抱いたのはこの俺だ!俺が最後の相手だ!」

     仁王立ちで自分の胸に親指を突き立てた。来世でまで黒死牟様を求めるってんなら俺を倒してからだ。近付かせてなるもんか。

    「そうだな……」
    「来いよ!ビビってんのか!?今すぐその香水捨て…っ俺に寄越すなら勘弁してやるよ」
    「無理だな……香水ではない」
    「?」
    「黒死牟の匂いがする所以は……黒死牟本人だから……とは考えんのか……?」

     応接室の時計の秒針がコツコツと鳴っている。きゅ〜〜っと胃が音を立てた。耳がキーンと鳴って、ドッと冷や汗が滲む。

    「お前の首と胴は泣き別れだ」
    「ひっ」
    「冗談だ……久しいな」
    「〜〜っ!」

     椅子の上、できるだけ小さくなった。できればこのまま消えてしまいたい。やり直したい。時間を戻したい。これじゃ昔遊んじゃった地雷枠にさえ入れない。気持ち悪い勘違い暴走野郎だ。おしまいだ。恥の多い生涯を送ってきました。ああああああああ

    「お前にとって……私の匂いとは買うもの……それが前提となっていたと……そういうことだな……?」
    「ゔぅぅ」
    「私の匂いが好きなのか……?」
    「ゔぅぅう」
    「責めてはいないから……正直に……」
    「黒死牟様が好きです……っ」

     せめて匂いが大好きなどという不名誉な誤解だけは避けたかった。匂いも好きと言えば好きだけど、好きだから匂いを求めただけだ。好きだから好戦的になってしまっただけなのだ。
     お優しい黒死牟様に許していただく道は、もはや本心を晒すという卑怯で甘ったれた手段しか思い付かない。それで謝って身を引く。それしかない。

    「ずっと、探していて、あっ重い感じではなく!SNSとかで!そこで香水が、推しをイメージして作るっていう…気持ち悪いですよね…っ」

     半壊の矜持でなんとか涙を堪えつつ、説明しようにも喉が渇くし胃酸の味がしてうまくいかない。そういえば本心を晒して相手に委ねるなんて、やったことがなかった。それでも黒死牟様は俺の言葉のかけらを一つ一つ掬いあげてくれた。

    「本当に、申し訳っありませんでした……っもう、ご迷惑はおかけしません……っ!資料もお渡しします……っ」
    「二度と香水は買うな……」
    「ぐ……っ……は、はい……っ」

     唯一の心の支えを奪われた。いいや、きっと次からは香水を嗅ぐたび羞恥心が勝って耐えらないだろう。終わった。終わったんだ。
     目の前が真っ暗になった。黒死牟様の落ち着く匂いがする。雄々しい匂いもムンムンする。わずかばかり期待して顔を上げたら目と目があって、口付けがふってくる。ふわふわ、気持ちいい。

    「これで必要はないな……?」
    「は……?」
    「香水だ……」
    「これ香水……?」
    「ほう……まだ言うか」

     次に襲ってきたのは、香水が魅せるよりも遥かに荒々しい口付けだった。

    ――

     ジップロックに詰まったティッシュ。そこに香水がどぷどぷと注ぎ込まれていくのを、床に正座して見守った。

    「はて……」

     容赦なく香水を廃棄処理している黒死牟様は、その手を止めることなく首を傾げた。

    「私はこのような匂いか……?」
    「え?ご自分の匂いだからわからないのでは……?」

     ほれと香水の瓶を向けられる。蓋の開いた香水からは、鼻をつくようなツンとしたラベンダーの匂いがした。思わず呻いて遠ざかる。確かに同じものを発注したはずなのに。

    「誤発注……?」
    「既に使用済みのものはあるか?」
    「ああ、はい。神棚に」
    「神棚……」

     DIYしたなんちゃって神棚を指さして、ハッとした。自分の匂いは神棚に飾られているのかと、苦笑されている。床に埋まりたい気持ちで頭をめり込ませた。

    「なるほど……」
    「そっちは平気でしょう?」
    「……」

     あとわずか残っていた香水も、空き瓶コーナーに入れられた。心の拠り所。もう本物しかいない。本物に飽きられたらどうしよう。また発注すればいいか。誤発注のないよう本物から匂いを採取して再現させよう。
     算段をつけていると黒死牟様が隣に腰をおろした。冷たい床ではなくこっちへと、膝枕して撫でてくれる。なんだかいつもに増してお優しい。
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