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    Kujaku_kurokai

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    Kujaku_kurokai

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    接客が悪いというコンセプトのカフェではたらく獪くんとお客様の黒様

    #黒獪
    blackCunning

    接客の悪いコンカフェではたらく獪岳くん 雑居ビルの二階。かつてはダイニングバーを称する小規模な飲食店だったらしく、改装もほぼしていない。壁はレンガ柄シート、床材やバーカウンターの合板をダークな色味で基調し、それっぽい雰囲気を出そうとしているが安っぽさが拭えない。そんなありふれた店。

    「また来たのかよ。暇人が」

     異色なのはそこが「接客が悪い」がコンセプトのコンカフェだということ。初めは誰が来るんだと思ったが、意外と物好きは多いようで客足は絶えない。

     俺は大学一年のとき人相が悪くて素晴らしいとスカウトされた。眉間に皺を作る癖があるのは本当だから、接客が悪くていいカフェなら好都合。給料もいい。成人してからは酒類の提供がある夜の時間も任されて。そんなこんなでもう三年も働いている。

     白シャツ、黒のウエストエプロンの制服を身につけて、今日も今日とて常連を罵り迎え入れる日々。
     客のテーブルにメニュー表を投げつけて「さっさと決めろ」と吐き捨てる。ちなみに「メニュー?そこにあんだろ」と顎でさして客に取らせたりもする。

     決まったセリフはない。アドリブでやればいいが、パターン化すると飽きられるので、どんな悪い接客をすれば客が喜ぶのか研究が必要だ。これが意外と楽しい。

    「注文?一回しか聞かねえから噛まずに言えよ?」

     緊張感は日常への良いスパイス。客もキャストが本気で不機嫌なわけではないとわかっているから、ノリよくはしゃいでくれる。

     収容規模は最大20席。接客にあたるのは3〜4人で余裕はある。これも忙しくもなさそうなのに接客が悪いのがいいというこだわり故の配置だ。
     客は店頭でコンセプトの説明を受けてから入店。指名料を払って好きなキャストを選ぶか、新規なら空いているキャストが「突っ立ってるなよ」なんて態度悪く案内する。

     バーカウンターに肩肘をついて態度悪く接客するいつもの夜。仕事終わりの来客が落ち着いてきた頃。ゆっくり食べる客には「ちんたら食うな」、はやく食べる客には「味わって食え」という理不尽を振りまいていた。

     その日、ある男が襲来した。黒い革靴がコツコツと鳴り無慈悲さを象徴する。皺のない漆黒のスーツは死を予感させた。人を寄せつけない無表情、サングラスの奥の目は何を考えているのか計り知れない。一般的な社会人では許されないだろう長さの髪を揺らしている。

     やっぱこの商売グレーだったんだ。ヤクザが取り締まりに来たんだ。店長なら奥です。詰めるなり沈めるなり好きにしてください。
     自分はただのバイトですとばかりに伝票を見つめる。しかし、入店を許したスタッフが俺の名を呼んだ。つまり指名だってことだ。

    「は?」

     これはマジもんの「は?」だ。客なの?俺に死ねと?姿勢が良いゴリラみたいな体躯の男はこちらを見ている。常連も俺を見ている。俺がアレ相手にいつも通りの接客をするのか固唾を飲んで見守っているのだ。無茶言うな。
     コンセプトの都合上揉め事が発生することはままある。だから裏方スタッフに体格がいいやつを必ず一人は配備しているが、アレのほうが圧倒的に強そうだ。少なくとも日本海に沈めた人数は勝っている。そういう圧がある。

     逃げよう。そう決心したときには距離を詰められていた。頭を抱えた一瞬の隙に、俺の真後ろに立っている。
     殺される。いや、一人だから気を利かせてカウンター席に来てくれただけと信じたい。もしかしたら早く接客しろ殺すぞという意味かもしれない。この威圧感は間違いなく後者だ。やるっきゃない。
     メニューを空いていた隣のカウンター席にポイと置いて、いつも通りの口調を。

    「っ……っ!(さっさと選べ)」
     
     声にならなかった。怯えた肺が息を送ってこなかったんだ。我が軍は恐慌状態にあり。
     しかし、視線のみで会話が成立したのか男はその席に座った。立っていた時の圧がおさまりホッとしたのも束の間、カウンター席で隣り合い座る状態になってしまった。

    「……獪岳」
    「ひっ」
    「私もそう呼んでもいいか……?」
    「ほ!?……だ、だ……!(は?ダメに決まってんだろ。馴れ馴れしい)」
    「私のことは……黒死牟と呼んでくれ」

     圧倒的強者ってすぐ強引に話を進めますよね。返事をしていないのに俺の名前を噛みしめるように呼んで口角をほんの少し上げた。笑ってやがる。
     これはあれか。冷やかしか。コワモテの相手にも強気の接客ができるかと、おちょくっているんだ。
     ふざけやがって。俺はプロだ。ここはそういう店だ。カウンターテーブルをバンッと叩いた。

    「早く注文しろっつってんだろ」
    「……」

     永遠にも感じるような長い沈黙だった。そういえば注文しろって口に出せてなかった気がする。理不尽過ぎて謝罪したい。もしや自分はすでに死んでいるのかと錯覚するほど不安だったが、時計の針はコツコツと一定のリズムを刻んでいる。
     黒死牟さんは気に留めた様子なくゆったりとした口調で話し始める。心の声を押し殺して応戦した。

    「獪岳が調理してくれるものは……どれだ」
    「書いてあんだろ(お口に合わないと思います。探さないでください)」
    「獪岳特製まかない……これを頼む」
    「本気で言ってんのか(余りものの寄せ集めですよ?)」
    「なぜだ……」
    「アンタには早い。ポテトでも食ってろよ(安牌ですよ?)」

     評判がすこぶる良いのか悪いのかわからない俺のまかないは絶対提供したくない。
    『味最高なのに見た目最悪。脳が狂う』
    『間違って捨てちゃった一流シェフの料理を回収したやつ』
    『正しい作法として見てはいけない料理。作り手を眺め「こっち見んな」と言わせながら味わうもの』

     数々の悪評。これは決して不真面目に作っている故ではない。基本的にキャストお手製のものは『これでも食ってろ』系なのだ。カップラーメン出すやつもいる中、そんな手抜きは嫌だからと苦肉の策で生まれた呪物。
     そんな事情なんて想像もしないだろう。ふざけているのかとシメられる光景が脳裏に浮かぶ。成人男性の首を容易く折れそうな太い腕でアイアンクローしながら「役立たずの目玉なんぞ潰してよかろう……」とか言うんだ。よかねえよ。

    「ふむ……」
    「ポテトでいいな(お願いします)」
    「確かに……金に物言わすのは褒められたことではないな……悪かった……今日はそれを頼む」
    「……おう(?)。酒は?」
    「……マルガリータを」

     なんか勝手に解釈してくれた。金を払ってメシを食うのが飲食店じゃないか?常連になったら頼める特別メニューだと思っている?「今日は」と言った?通う気なのか。出禁にしたい。しかし怖すぎるから出禁は前代未聞だ。

    「はあ……。ちくしょう……」

     オーダーを通したあとは好きに接客していい。大抵はカウンター席に座って目があった客に絡む。けれど今は、いつものカウンター席に座ると寿命が縮むわけで。ふらりテーブル席のほうへ行くと、メシ食ってる常連と目が合った。憐れむような目だ。

    「チッ……何見てやがんだ……」

     素でキレてしまった。眼圧上げて睨むと客は笑みを噛み殺したような顔でヘコヘコと頭を下げる。なぜか喜んでいるが、素でキレるのは信条ではない。
     水が入ったピッチャーを持ち、客のグラスになみなみ表面張力限界まで注いでやった。客はグラスを持てなくなって焦っている。

    「ハッ、犬みてえに啜ればいいだろ」

     嘲笑ってやると客は股間を押さえてテーブルに突っ伏した。控えめに言ってもキモいが、良いサービスをした。フンと鼻で笑い満足して振り返る。黒死牟さんがこっちを凝視していた。
     ピッチャー片手の俺を見ている。何かを期待した眼差しで。今の以上に良いサービスをしないと殺される。

     空のグラスとピッチャーを黒死牟さんの前にドンと荒々しく置いた。

    「つげよ」

     黒死牟さんは無の表情で水をついだ。そのグラスを奪い一気に飲み干してみせ、憎たらしい笑顔で言い放つ。

    「どーも」

     空いたグラスを置いて振り返ることなくトイレの個室に直行した。

    うわああああ何やってんだ俺死にたいのか!?
    なんで期待に応えた!?でも同じことやってもダメだし!緊張で喉が異常に乾いてたし!?

     叫ぶかわりに頭を掻き乱す。腹が冷たいのは精神的なものか冷や水を急に飲んだからか。胃が痛い。帰りたい。トイレから出るのが怖い。もうここに住む。
     ふいにトイレでサボる同僚の姿が浮かんだ。あんな奴と同じことを実質するのか。それは嫌だ。顔を洗って気合を入れ直した。
     外への扉に耳を当てる。みんな始末された後かと思うほど静かだ。そろりそろりと扉を開けて様子を見たが、何も変わった様子はない。黒死牟さんの持つグラスには水が入っているし、ピッチャーはその隣に置きっぱなしだ。
     恐怖のあまり幻覚を見たのかもしれない。そうじゃなければ俺が口つけたグラスで普通に飲んでることになる。衛生管理的にアウト。殺される要因がまだそこにあるってことだ。

     タイミングよく出されたオーダーのマルガリータを受け取り、黒死牟さんのほうへ持っていく。一歩近付くごとに胃がキリキリする。

    「酒飲めよ」

     黒死牟さんのグラスを奪い、マルガリータを置いた。金になる酒のオーダーをしてもらったほうがいいから、こういう煽りをするのはよくある。体調崩してまで無理に酒を頼むやつがいるから好きなセリフじゃないが、一杯目からそんな心配は無用だろう。
     黒死牟さんがマルガリータをこちらに少し傾ける。

    「……わかるか」
    「……………………ああ?」

     意味がわからなくてとりあえず悪態をついてしまった。黒死牟さんはそれを肯定の『ああ』だと認識したのか説明することなく飲み干した。仮にヒントならそんなにすぐ飲み干さないでほしい。
     次に黒死牟さんが注文したのはバーボンのストレートだった。カクテルが好きなわけじゃないのか。ということはカクテルに意味があるはず。
     控室に逃げ込んでマルガリータのカクテル言葉を調べると『無言の愛。流れ弾に当たり亡くなった恋人の名前が由来』と出てきた。それを急に飲み干したということは『お前も即刻銃殺する』という宣告だろうか。
     今から誠心誠意謝るので見逃してもらいたい。しかし店のコンセプトを無視したほうが怒られるかもしれない。『ごめんなさいつってんだろうが!』みたいな?はい、詰んでる!

     走馬灯の中、ベルが鳴っている。この店はキャスト毎にベルの音が違い、厨房スタッフはそれを一回だけ鳴らして料理ができたことを知らせる。キャストは好きなときにそれを取りに行けばいい。
     これは『キャストはみんなを罵れる存在でなくてはならない。スタッフに呼ばれて奴隷のように料理を提供するのは違和感がある』という飲食店にあるまじきこだわり故だ。普通に呼べ。

     控室を出て、わざとかったるそうにため息。黒死牟さんを見て、そこから三メートルもないカウンターに置かれたバーボンを見て舌打ちする。
     俺はこの『指名の場合、ドリンクや料理は担当キャストが全て提供すること』のほうが嫌いだ。バーカウンターに座ったなら作って直接渡せばいいだろと思う。だからよく客に「取ってこいよ」とか「三秒以内に取りに来い」とか言う。どんな形でも提供すればOKなのだ。
     しかし黒死牟さん相手にもう不用意なことは言えない。露骨に疲れた接客くらいが関の山。とろとろ持って行くかとバーボンに視線を戻す。だが、そこになかった。黒死牟さんがバーボンを持って元の席に座るところだった。

    「勝手に取ってくなよ……!?」
    「……座れ」
     
     黒死牟さんは隣の席を指して命じた。ついに殺される。思わずツッコんでしまったがために?自分で運べと念じてしまったがために?どの地雷を踏んだかわからない。
     最後の足掻きにと荒々しく座った。四つ脚のスツールがガタガタと音を立てる。震えによるガタガタも混ざっている。恐怖からくる悪寒に耐え、片肘ついて次の宣告を待った。

    「………………あ?」
    「どうした……」
    「まさか用はない……?」
    「ああ……随分疲れて見えたから」

     どうやら態度が悪い人間は疲れてなくてもダルそうにふるまうというのが伝わらなかったようだ。確かにこの人相手にそれができる人間はいないだろう。
     しかし、少なくともこの人は俺を気遣っていた。ということは殺す気はない……?いいや、活きのいい肉体がほしいだけの線もある。慎重に見極めなければ。

    「あ、アンタはなんで俺を指名したんだ?」
    「む……言ってなかったな」

     黒死牟さんはスマホの待ち受け画面をこちらに見せた。俺がいた。舌出して中指を立てた挑発的なポーズで。この店でやった客とのツーショットだとわかる。よそでこんなこと絶対しないからだ。

    「知人の紹介というべきか……」
    「そいつ殺そ……」
    「ああ…もう始末した」

     物騒なセリフとともに黒死牟さんはグラスを傾ける。冗談か、マジなのか。セリフと様相がマッチしすぎて全く冗談に聞こえない。

    「この仕事は長いのか…?」
    「ま、まあな」
    「あそこの男も常連か……」

     黒死牟さんはズズズと音がしそうな速度でテーブル席の客のほうへ振り返る。その恐ろしさに俺の担当客が全員飛び上がるように立って現金を残し出ていった。

    「営業妨害だぞ」

     本気の苛立ちとともにその背を睨む。これまたズズズと音がしそうな速度で黒死牟さんはこちらを向いた。気圧されながらも睨み続け……るのは難しく、視線をそらした。

    「彼奴らの分も飲もう……」

     反省する様子もなく黒死牟さんは異常なペースでグラスを空にする。客達は店外で喜んでる節さえあるので平気だろうが、それはそれで客を取られたようでムカつく。

    「フンッ……」

     必殺、客を無視。あえて背を向けて反応してやらない。この店では俺様が上。俺を待ち受けにするくらい楽しみにきたというのなら従ってもらおう。
     圧倒的強者の視線を背中に感じて冷や汗が止まらないが、反応したら負けだ。負けるか、負けるか。寒気がすごい。死にそう。死んだほうが負けじゃないだろうか。
     諦めかけたその時、背後から声がした。

    「……悪かった。もうしない」

     振り向くと黒死牟さんはサングラスを外していた。長いまつ毛に切れ長の目、整おった鼻筋、薄い唇、憂いを帯びた表情。こちらの様子を真っ直ぐに見つめる瞳は不安げに揺れている。

    「顔がいい…」
    「うん?」
    「ッッ!顔がいいからって許してもらえると思うなよ!?」
    「思っていないが……気に入ってもらえたようで何よりだ」

     自分の輪郭をなぞりながら不敵な笑みを浮かべる黒死牟さん、これは顔がいい自覚がある。悪いやつだ。さっきまでと違うタイプの悪いやつだ!

     俺のベルの音が聞こえる。勢いよく立ち上がり、ポテトフライを持ってきて黒死牟さんの前にターンッと叩き置いた。ここのポテトは味付きの粉を溶かしまとわせて揚げることで、狐色のカリッカリになっている。めちゃくちゃ美味い。
     ……いつもの癖で、一本つまみ食いしてしまった。この店ではキャストが提供料理を勝手に食うというサービスがある。そうサービスなのだ。
     他の客なら悲鳴に似た歓声がわく。しかし黒死牟さんは至って落ち着いた、あまり喜んではいない声で俺を呼んだ。

    「獪岳」
    「お、おう」
    「熱いだろう…フォークを使え…」

     黒死牟さんは皿を俺のほうに寄せてフォークを添えた。喜ばない理由は俺が心配だから?着眼点がズレているし、このポテトはお前のだろ。反応に困る。

    「さ、指図するんじゃねえよ」
    「しかし……」
    「ポテトは素手で食ったほうがウメェだろうが!わかってねえな!」
    「そうなのか……」

     黒死牟さんはポテトを一本つまみ俺に向けた。『では私が食べさせてやろう』という顔をしている。
     ジャンクフードなんて似合わない整おった顔つきで、あーんしろという圧を放つ。まるで躾をされているようだ。
     そっちがその気なら、手まで噛み付く勢いでかぶりついてやろう。軽くビビらせてやるんだ。わざとらしく八重歯まで見せて噛み付く。ところが、黒死牟さんは避ける素振りがないどころか、こちらに指を出すもんだから本当に指を噛んでしまった。

    「おわ…!?」
    「いい子いい子……」
    「〜〜ッ!!」

     頭をなでて微笑ましいという反応ばかり。ふと噛んでしまった指を見ると、少し赤く腫れている。
     興奮状態からサァーっと血の気が引いた。心音がドッドッとうるさく響いている。客を噛んでしまった。暴力行為は当然ながら御法度なのだ。客、キャストともに一発退店。

    「う、あ」
    「獪岳……?」
    「俺、辞めないと」
    「なぜだ?」
    「客に怪我させたから」
    「怪我…?ああ……」

     普段と違った客の反応で冷静さを欠いていた。あんなの鼻で笑って無視すれば良かったのに。警察呼ばれて大事にされたらどうしよう。黒死牟さんの表情を見上げる。顔がいいだけの無表情で何考えてるかわかりゃしない。

    「困ったな……?」
    「うっ」
    「ここは辞めて……私のところに来るといい」
    「はい?」

     黒死牟さんは三本目のポテトをこちらに向けて、よし決まったなとでも言いたげな表情でうなづいた。

    ――

     今日はカフェの日だ。ベーコンはじっくり弱火で水分をしっかり飛ばしてカリカリにする。フライパンに当てるとコツコツ鳴るくらいに。うん、いい出来だ。
     普段なら黒死牟さんのほうが早起きで、俺が目覚めるときにはコーヒーの用意をしてくれるが、この日ばかりは全然起きてこない。ドカドカと足音を鳴らし廊下を進む。寝室のドアを荒々しく開けた。

    「おい!起きろ!……起きてんじゃねえか!こっち来いよ!」
    「起こしてほしくて待っていた」
    「手間かけさせんじゃねえ!」
    「寂しい想いをさせたな」
    「言ってねえわ!」

     テンポよく怒鳴って布団を剥ぎ取る。荒っぽく起こしてみせようとしたが、そのまま抱きつかれてベッドの上へ。抱き枕にされてしまった。腕力では敵わない。

    「おいこら」
    「ん……」

     黒死牟さんは幸せなそうな寝顔を浮かべている。ツンケンした態度を演じたいのに、ついつい頬が緩んでしまう。

     あの日、黒死牟さんに脅し半分でスカウトされてから、なぜか住み込みで働くことになった。広い広い家の一室を借りている。特に問題は起きていない。おこづかいと称して渡される給料も多すぎるくらいだし、光熱費や食費も不要なのだ。
     普段は無口で何考えているかわからない黒死牟さんは、俺が煽ると直球の愛情表現で打ち返してくる。お互いノリノリでやってるわけだ。

    「おい、おい!メシが冷めるだろ!」
    「愛妻料理か」
    「誰が妻だよ」

     黒死牟さんはのそのそと起き上がった。それを寝転がったまま見下すように眺め、胸の前で腕を組む。足も組んで偉そうに。

    「運べよ」
    「……朝から積極的だな」
    「変なとこ触ったら殺すからな」
    「どこだろうか……」
    「フン、アンタが触りたがってるとこだろ」
    「困ったな、全てだ」

     変態客扱いしてもこのノリだ。よくもまあ真顔で甘ったるい言葉を吐ける。最初こそ動揺してしまったが、今はニヤけるのを抑えて『なんとも思ってない』顔で受け流すことができるようになった。
     黒死牟さんは俺をお姫様抱っこして頭に頬擦りする。寝ぼけているのか動きが緩慢だ。

    「その無駄筋肉使ってさっさと運べよ」
    「獪岳……」
    「?」
    「あいしている」

     寝言のような舌足らずな告白。不意打ちに顔が熱くなる。黒死牟さんは変態客ごっこをしているだけなんだから、勘違いしてはいけないのに。うっとりと見つめる表情に、頭突きをかまして逃げた。

    「あったり前だろ!」
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