栗花落しとしと、雨音。
湿気を浴びた暑さに、雨風の涼しさが紛れ込む夜。
傘の上で踊る雨粒。
骨董品の唐傘をふいに思い立ったように、遊ぶようにくるりと回し男は歩みを進める。
街灯の灯りを頼りに。
愛する者への元へ。
もう家に着く頃か、という瞬間、黒猫が彼の前を通りかかった。ふと、彼は思い出す。
『黒猫は不幸の象徴なんかじゃあなく、幸運をもたらしてくれるんだよ』
しゃがれた、暖かな声。
黒猫はにゃあとひと鳴きし、裏通へと去っていった。
『無意識に追いかけていたのだろうか』と顔をあげると、小雨になった雨の中、軒下でどこかそわそわした顔で待ち人を待つ男がいた。
毛の先をちょいちょいと弄ったり、何を思ったのか顔を沸騰した様に赤くしたり。
唐傘の男はフ、と思わず笑みを溢し、最愛の人の元へ赴くのだった。
『栗花落』