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    はるはる

    デジタル初心者

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    はるはる

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    coc『ゴダルカ』HO:塔を握った人間の濃度が高い妄想の産物。
    捏造先代《塔》が出てきます。
    自陣《塔》の設定なので、訓練されたアルカナ以外は読まない方がいいかなと。

    崩壊 マリオンを拾ったのは査察の折。寒い冬だった。
     年越しという概念は今も残ってはいるが、それを祝うのは、余裕のある都市部だけだ。集落が大半で、街と呼べる場所は防衛戦線でもある、そんな我らの領地にそんな余裕はない。飢えという概念が、この区画にはある。少なくない程度に見る厳冬期の日常の一場面が、そこにはあった。
     今にも命がかき消えそうに弱々しく泣く赤子と、何とか我が子を寒さから守ろうとしたのか、両側からお互いを抱きかかえるようにして横たわる痩せ細った夫婦の遺体。まもなく到着する集落の者だろうか? その村落は山間部にあり、特に貧困が進んでいたはずだ。配給品を捻出したので、査察ついでに再分配のため各地へ運んでいく道程だった。

     パン粥を手ずから与えたからか、弟のゲオルグは殊更に赤子を可愛がった。お互い婚期にも関わらず、戦いと庶務に明け暮れる毎日で彩りもない粗忽者だ。婦人たちに助けられながらまるで我が子のように世話をする彼を止める気はさして無く、新しい家族として赤子──マリオンを迎えた。
     この子は哀れな境遇にあったとは思えない程やんちゃであり、高い頻度で目を見張るような問題を起こす。歩き始めたことを喜んだ途端に、火かき棒を振り回し、己の髪を焼いてゲオルグの肝を冷やした。書類を水や火の中に放り込むなどは、お手のものである。二歳にして斧を振り回し始めたことをきっかけに、厳しく躾けることを決意した。
     読み書きの教育、体術の指導。知識も体力も、生きる上で大事な糧となる。器量については保護者の欲目があるため未知数だが、少なくともこの破壊神…いや、男勝り…腕白なところを見る限り、俺たちを見習って適齢期という言葉を知らずに生きることになりかねない。
     とはいえ、淑女であったことも近くにいたこともないため、人としての礼儀を叩き込むことにする。泣いても、勉強の時間は勉強をしなければならないのだ。暴れ…遊びたい盛りのマリオンが体術の練習がいいのだと泣くと、ゲオルグも泣いた。俺が目を離した隙に二人で連れ立って脱走をはかり、木登りなどに興じる。躾けにならないとゲオルグを叱る羽目になった。
     明るいマリオンは、隊員たちにも可愛がられた。他の孤児たちと共にころころと転がり回って遊ぶ子供らしい姿や、翻って躾通りの淑女らしい所作を見れば、厳しい戦いも生活も乗り越えられる気がした。…人生が報われるような気がした。

     ──幸せな日々は、突然に終わりを告げる。

     その日の朝、癖毛が酷いと嘆くマリオンに、ゲオルグがセントラルで人気の、いい整髪剤や髪飾りを買うと約束した。マリオンは少女らしく微笑んで、ゲオルグの表情を蕩けさせた。うちの娘は世界一の美少女だと俺の背中を叩き、その後ろでマリオンは日課の素振りを豪快に始める。いつもの温かな一日の始まりのはずだった。
     血に染まった弟は顔面を引き裂かれていて、その凄惨な、表情すらわからない姿が脳を埋め尽くして、焼き尽くして。もはや朝、どんな顔で笑っていたかすら思い出せない。しかも化け物の死体を築けば築くほど、わからなくなっていく。自分が自分でなくなっていくような感覚に震えた。
     気がつけば戦いは終わっていて、弟の遺体はとっくに埋葬されていた。俺は長いこと気を失っていたらしい。頭の中に靄がかかり、うまく自我を保てない。マリオンは気丈に【生意気にも、部屋の隅で俺の観察をしているようだ。あの目は化け物たちと同じ、敵を…俺を値踏みしている目だ。恐らくあれはもう敵に精神を操られている。元のヒトに戻さなくてはならない。ゲオルグのように失いはしない】。
     気がつけば、マリオンはあざが増えた。ゲオルグの代わりに俺を支えたいと武芸の稽古に励んでいるらしい。そのストレスが溜まっているのか、たまに部屋が嵐でも来たかのように荒れる。破れた書類を集めながら、昔を懐かしむ。よくこうやって部屋中を片付けたものだ。「ゲオルグがいないのは寂しいだろうが、赤ちゃんじゃあるまいし、書類を荒らしてはいけない。」と小言を言うと、マリオンは寂しそうに微笑み、小さく謝罪した。
     【マリオンがゲオルグの墓を荒らしていた。ゲオルグは必ず生き返るのに、穢らわしい花などを添えている。ゲオルグを早く起こしてやらなければならないのに、抵抗が激しい。やはりこいつは裏切っている。もしかして、最初からゲオルグを殺すために俺たちの目の前に現れたのではないか? 拷問してでも確かめなければならない。確かめなければならない。確かめなければ─────】
     目を覚ますと、マリオンの頬が腫れていた。嫁入り前の大事な顔だと慌てて冷やしてやると、嬉しそうに微笑んだ。
     ──この子は最近怪我が多い。運動神経はいい方だし、頑丈だ。慎重さも学んでいる。思い出の中でも最後に怪我をしたのは、屋根から豪快に滑り落ちて擦り傷を負った、可笑しくも肝を冷やした、マリオンが6歳のとある日。これが最後だ。
     こんなに短期間で全身にあざを作ることなどあり得ない。マリオンに話をしようとするが、曖昧にぼかそうとする。この子がこんなに心を開かないなんて、初めてのことだ。【思わずカッとなってマリオンを投げ飛ばす。】


    「…マリオン?」


     大きな音にハッとすると、その音と壁に打ち付けられ、床に倒れ込み咳き込むマリオンの姿を目の当たりにする。
     呆然とする。今、何が? 自分が、やったのか?


    「ごめんなさい、パパ、本当にごめんなさい。いい子にするから。ごめんなさい…」


     大事なこどもだった。ゲオルグほど優しさを見せてやれていたかはわからないが、我が子同然と思っていた。父と呼ばれるのは恥ずかしくあったが、その呼称に相応しい自分であろうとしてきたはずだった。
     それなのに、手が止まらない。【醜い化け物が震えている】。ナイフに手を掛けると、マリオンの目に怯えと恐怖が宿った。それでも【仇を取らなければならない】。【小さな神話生物】は動かない。そして、その運命を諦めと共に受け入れるかのように目を閉じた。


    「お前が、ゲオルグの代わりに───ば、良かった」


     ゲオルグは戦闘員に向かない人間だった。体力にさして自信があるわけでもなく、腕力はからきしだ。そんな彼が隊にいたのは、衛生兵としてだった。人を助けるのが好きな優しい男だった。
     だから、あの時も俺を庇ってしまった。愛しい娘と約束していたのに。未来の話をしていたのに、それを棄ててしまった。
     一方マリオンは、女だてらに戦士になるために生まれてきたかのような子だった。闘志に溢れ、俺に勝つためなら手段を惜しまない。よく、闇討ちだと物陰から飛び出してきた。座学は泣いて逃げたがったが、過酷な鍛練には弱音も吐かずについてきた。
    タフな精神と頑健さは、きっと前衛すら務められる、いい隊員になると予感させた。
     マリオンが、ゲオルグの代わりに戦場にいれば。きっともっと掬えた命があったのではないか。ゲオルグも死なずに済み、もっと永く3人で過ごせたのではないか。
     恨みがましい。こんな少女に、愛娘に一体何を。みっともない、浅ましい。
     それでも、マリオンのいつも勝ち気に光る生命力に溢れた琥珀色の瞳が、ずっと自分たちを鼓舞してくれていたから。縋るような想いが溢れる。お前さえ側にいてくれたら、何か運命が変わったのではないかと。
     【だから殺す、お前は何もしなかった。育ててやった恩を仇で返したのだ。】
     そんな訳はない、ただいてくれるだけで良かったんだ。ゲオルグのことは仕方なかったんだ。
     【裏切り者、優しいゲオルグを殺したのはお前だ。戦場で野垂れ死ぬのはお前であるべきだったんだ。】
     そうじゃない。守られた身で何を言う。狂っている、俺は狂っているんだ。未熟者は、ゲオルグを殺したのは俺だ────。

     だから、マリオンは。

     時間が殊更にゆっくりと流れているようだった。
     ナイフを振り上げた先には、アザだらけになって頬を腫らしたマリオンがいる。恐らくこの子を傷つけたのは、俺なのだ。思考と裏腹に勝手に動く右手がその証左だろう。泣くのをやめ、静かに目を閉じ、受けるべきでない制裁の時を座して待つ胆力を持った、自慢の剛き愛娘。
     行き場を探す殺意を、躊躇いなく己の心臓に食い込ませる。血を吐き、激痛に無様にのたうつ手足を掻い潜り、小さな手が無意味な止血を試みる。
     賢い子だ。健気な子だ。きっと、素敵な大人に育っただろうに。
     暗転していく意識の中で、アルカナが燃えるように熱く輝いた。
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