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    愛憎と新しい呪文
    まほやくにハマりたての頃に書いたもの。たぶんもう直さないので放出

    ##mhyk

    20211127 夢と思うことですよ。
     ムル・ハートのごとき人物と長きにわたって交わり続け、あまつさえそれを楽しむなど、いかなる心構えが可能にするものかな。ある時、酒場の常連に問われて、シャイロック・ベネットはカウンター越しにそのように答えた。
     彼との交流は、時に眠りを訪う夢のようなもの。私たちは待ち合わせ相手の人となりも、時間も、行き先も、そもそも相手がやってくるかも知ることはできない。快夢を望めば悪夢も避けて通れず、地の底に落とされる思いをした翌夜に天にも昇る心地を味わえることもある。こちらにできることといえば、素敵な夢を願って心地よい音楽や香りに包まれて床に就くとか、魘され飛び起きた時のために心を落ち着ける飲み物を常備しておくとか、そんなことだけ。
     実際、シャイロックはそういったささやかなおまじないをたくさん抱えていて、そのうちのひとつが、ムルとの会話を空想することだった。これは悪夢用で、もっと正確に言うならば、「自分の愛するものが、自分の与り知らぬところで、ムルの手によって傷つけられた時用」だ。ムルによってもたらされた悪夢を、ムルで和らげようなど馬鹿げているとは思いつつ、これが一番効くのだから仕方がない。
     会話の流れはいつも決まっている。
     ムルが恐ろしく倫理観の欠如した暴挙を語る。シャイロックはそれを止めようと、諫め、あるいは懇願する。ムルはシャイロックの意見を遮ることはなく、最後までお行儀よく聞いて、議論の俎上に載せて夜を費やすことを厭わない。けれども結局、彼は躊躇いなく自身の知的好奇心を優先させて、シャイロックの尽くした言葉が彼に影響を及ぼすことはない。
     そうして、此度の事はどうにもできない天災のようなものであったのだと自分に言い聞かせて慰めとしながら、誰の言葉にも侵されない自由で鮮烈なムルの有様に酔いしれるのだ。
     しかし、小手先の技では余韻を振り払えない悪夢に見舞われることもある。

     ムルが賢者の魔法使いに選ばれた年のことだ。彼の恋のお相手はベネットの酒場では周知の事実。大いなる厄災の襲来が近づくと、常連客たちは戦いへ赴くムルを、長年の片想いの成就と祝福し囃し立てて見送った。
     それで、ムルは厄災を押し返したら、昂ったまま自分のところに駆け込んでくるだろうと構えて待っていたのだが、彼は一向に姿を見せない。涼しい顔で口さがない馴染み客たちを嗜めながらも、シャイロックは内心やきもきしていた。厄災との戦いで石になった魔法使いの話は近年聞いたことがなかったし、今回は内輪揉めで誰かが負傷したり死んだりと言った噂が流れても来ていなかったので、よもやの事態を心配していたわけではない。ただ、常日頃、惚気話とも恋愛相談ともつかぬ厄災談義に人を付き合わせておいて、事後報告のひとつもないとは、尽くし甲斐のない薄情な男だと不満だったのだ。
    「やあシャイロック」
     そう言ってようやくムルが現れたのは、月が欠けて再び満ちた日、とっくにシャイロックの腹の虫が治ってしまった後のことだった。
     閉店の札を下げた酒場の扉を叩いた無礼な男のことを、咎めずに微笑んで迎え入れる。意地で表情を作ったわけではなく、自然に形作られた笑みである。自分でも驚いた心境の変化だったが、今となってはもう、役目を果たしたことを労ってやろうという気がまさっていた。ムルにとって厄災との戦いはご褒美のようなもので、労でも何でもないだろうが。
    「戻っていらしたんですね。無事に終わったようで何よりですよ。もう閉めましたけれど一杯ごちそうしますから、どうぞお掛けになって」
     磨いていたグラスを置いてカウンター席を勧めると、ムルは「ありがとう」と返したが、入り口前から動かなかった。
    「とても魅力的なお誘いだけれど、今夜は散歩に付き合ってくれないか。欠けなく満ちた、美しい厄災の目の前で、厄災についてきみに語りたいんだ」
    「いいですよ、今晩は特別扱いです」
     ふふ、と思わず漏れた笑いを飲み込む。
    「あんまりいらっしゃらないから、月との逢瀬はご自分だけの秘め事にしておきたいのかと思っていました」
    「うん、今日までは誰も間に入れたくなかったから、そうしていたんだ。でも、しばらくふたりきりでたっぷりと楽しんで、初めての経験を俺のものにできたから、次は別の方法で楽しみたくてね」
     待ちきれないとうずうずした様子で、ムルは片方の手で扉を開き、もう片方の手をシャイロックのほうへ差し出した。
    「さあ、行こう」
    「はいはい、お待ちになって」
     急かされて着の身着のままで見慣れた扉をくぐりながら、連れ立ってこの入り口を通ったことなど数えるほどしかないのに、ムルといると、いつも扉をくぐっている気がしているな、と思う。物理的、身体的にそうしているかとは関係がない。彼と話していると、そこにあったことさえ知らなかった扉が次々に開いて、新しい風が吹き込んできて、シャイロックを高揚させるのだった。
     後ろ手に魔法で戸締りを済ませたシャイロックの手をとって、「準備はいい?」と覗き込んでくるムルに頷く。その目は月の光を反射したように輝き、夜闇に浮かび上がっていた。

    「エアニュー・ランブル」
     足元から風が巻き起こり、ふたりを一息に夜空へと押し上げる。

     ――と、同時に、シャイロックを飲み込んだ恐怖の深さを、どうしたら言葉にできるだろうか。
     途端に、星の埋め込まれた雲ひとつない夜空が、底の見えない氷の海へと姿を変え、浮上していたはずがいつの間にか落下していたかのような。

     実のところ、シャイロックがムルの呪文を耳にする機会は、付き合いの長さに鑑みればさして多くなかった。ムルは、そしてシャイロック自身も、長命の力ある魔法使いらしく、手足の延長のように気軽に魔法を使ったが、長命の力ある魔法使いらしく、呪文を唱えずとも使いこなせる魔法も多かったからだ。それでも、シャイロックはこの友人の呪文をしっかり憶えていて、諳んじることができた。

     今しがたシャイロックが耳にした呪文は、その呪文ではなかった。

     気づけばふたり、隈ない月の前に静止していた。
    「ムル、あなた、呪文……」
     それ以上言葉を繋ぐこともできなくなって、シャイロックは呆然と、早速に月を見つめているムルの横顔を見つめた。ムルは顔だけをシャイロックに向けて、平素と同じ調子で、「ああ、変えたんだ、どうかな?」と言って、また月に視線を戻した。
    「前の呪文で不便を感じていたわけではないけれど、今の俺の心とは齟齬があったんだ。初めて大いなる厄災と戦って、つくづく思い知ったよ」
    「だから月を呼ばうような真似を?」
     今風の二語を用いた呪文の中に織り込まれた月の名を読み取れないほど、シャイロックは蒙昧な男ではない。張り詰めた声色に、ムルはようやく体ごとシャイロックに向き直った。
    「あなた、わかっているでしょう? 魔法は心で使うもの。魔法の呪文に大いなる厄災の名を用いるなんて、大いなる厄災に心を明け渡して、大いなる厄災を心に招き入れるようなものですよ。そんなことを繰り返したら、どんな影響があるか……」
    「ひどいなあ」
     芝居がかった声色でムルが嘆いた。ムルがシャイロックの言葉を途中で遮るのは珍しいことだった。
    「ひどいじゃないか、シャイロック。今まで、俺の月への想いが真剣なものだと信じていなかったの? 俺の恋を佯狂だとでも? きみに限って? 呪文にしようがしまいが、とうの昔から、俺の心には大いなる厄災が住んでいて、俺に影響を与えている。心に呪文を合わせただけさ。その証左に、きみも感じただろう?」
     俺の魔力が増したのをさ。
     そうだ、だからこそ恐ろしいのではないか! 叫び出したいのをどうにか堪える。ある呪文が、唱えた魔法使いの力を十全に引き出せるというのなら、それはすなわち、そのひとの心にふさわしい呪文だということなのだ。ムルの風に包まれてここまで運ばれて、彼の魔力が新しい呪文によって以前より強くなったことはわかっていた。それが、月がムルの心に染みこんでいるあかしであることも。
     シャイロックはけして、ムルの恋の真性を疑っていたわけではなかった。賛否はともかくとして、他の誰より真摯に、ムルの恋を取り扱っている自負さえあった。けれども眼前に突きつけられてみればどうだ、何と愚かな無意識下の思い違いだろう。彼の肉体が月に辿り着かない限り、月がムル・ハートという存在を侵すことはないなどと。ムル・ハートたることこそが、ムル・ハートを損壊する最たるものだと知っていたはずなのに。
     シャイロックのいつも瑞々しい顔面が蒼白に、ビスクドールのように強ばり生気を失っていくのと対照的に、ムルの頬は紅潮して、紳士然とした振る舞いの下からは隠しきれない興奮が漏れ出た。
    「ああ、シャイロック、きみって本当に面白い人だな。こんなにも俺を理解していながら、同時に理解していないなんて。きみについて、俺にも同じことが言えるのだろうけれどね。――さあ、気を取り直して、予定通り俺の大いなる厄災への想いを聞いて。これからも月と俺の行先を一番近くで見ていて。そうして、もっともっと俺を知って、もっともっと俺の知らないところを知って」
    「……あなた、その恋は身を滅ぼしますよ。もうあの月を想うのはお止めなさい」
     そして、どうか、月に連れていかれたりしないで。
     この先、無駄と知りながら何度も唱えることになる、何の力も持たない新しい呪文を、シャイロックが初めて口にした夜のことだ。
     ムルは冷酷な、それでいて親愛の溢れる目でシャイロックを見つめている。
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    mavi

    DOODLEモクチェズ版ワンドロワンライ【キャラブックネタ】【野花】
    先週書き上げられなかった分(【ティータイム】)を合体させたのでワンドロではなくほぼツードロです
    20220508 晩酌がモクマの領分なら、ティータイムはチェズレイの領分。
     申し合わせたわけではないのだけれど、気がつけばそうなっていた。

     いちばん初めのきっかけはなんだっただろうか。
     たしか、チームBONDとしての、ミカグラ島での最後のミッションを終えて、同道の約束を交わして。その約束に差し込んだいくつかの条件、そのひとつ、「時々は晩酌を共に」が初めて実現した翌日のことだった。
     チェズレイは酒を嗜まないので、自然、酒やつまみはモクマが見繕うことになる。そもそも酒を飲んだ経験がほとんどないと言われれば、いっとう美味いものから紹介したいと思うのが人情というものだ。あれやこれやと集めるうちに、テーブルはちょっとしたホテルのミニバーもかくやという賑やかさになってしまった。部屋に通されたチェズレイはそれを見て、ちょっと驚いたように目を見張り、続けて、おやおや、とでも言いたげな揶揄いの目配せをモクマに寄越した。しかし結局何も言わず、自分はこのようなもてなしを受けて当然の人間だという風な、悠々とした動きでモクマの隣に座った。その晩、モクマの、アーロンには及ばずとも常人に比べればうんとよく見える目は、チェズレイの、度々卓上に向けられる目線も、その度に喜びが溢れるようにきゅっと持ち上がる口角も捉えていたけれど、先ほどの沈黙への礼として、それを指摘することはなかった。
    4008

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