ランガくんは人気者(ラン暦未満)「あっランガくーん! お菓子食べない?」
ほら、まただ。
いつものように暦とランガが屋上へ向かおうとすると、教室で弁当を広げている女子グループに呼び止められた。
「うちらめっちゃ持ってるんだけど、全部食べたら太っちゃうからさー」
「食べる! こんなにどうしたの?」
「コンビニでこれ貰いたくて」
二個買うと貰えるの、と彼女たちが見せてきたのは、青年たちの写真がプリントされたクリアファイルの数々だ。
誰だろう、と首を傾げるランガの背後から、暦が顔を覗かせる。
「アイドルだよアイドル。いー商売してんなぁコンビニも菓子メーカーも」
「いーでしょ別にー!」
暦の揶揄は数倍の力で跳ね返された。気圧され後ずさっているうちに、ランガの両手に小さな袋が積まれていく。
「コレとコレとー、コレもあげる!」
「ありがとう」
普段は表情の変化に乏しいランガが喜びをにじませてそう言うと、女子たちからもぱっと花が咲くようなオーラが出た。
立ち去った後も、ひそひそと高い話し声が続いている。対象はおそらく、お目当てのアイドルではなさそうだ。
「何かお前のモテ方変わったよなー」
「何の話?」
ランガは構わずパンの袋を開ける。これで三袋目だが、暦の箸は進みが遅い。手がつけられていない玉子焼きをじっと見てから、暦の横顔へと視線を移す。
「最初の頃はさー、『今日もプリンスちょー顔いい〜目の保養〜』みたいに遠巻きにモテてたじゃん」
暦は身体を不自然にくねらせながら、裏声で小芝居をした。
「そんな子いないだろ」
「いたっての! 『近寄りがた〜い。でもお近づきになりた〜い』みたいな」
「絶対いない」
ランガが断言しても、暦は表情を変えない。ランガにとっては何も面白いことのない話題だ。いくら相手が暦でも、暦だからこそ、あまり話を続けたくはなかった。
「さっきみたいにフツーに絡んでくるっつーか……普通のモテ方してんじゃん」
「余ってるお菓子くれただけだろ」
「お前にだけわざわざ〜?」
「暦がいつも俺がお腹空かせてるとか大声で言うからだよ」
欲しいならあげる。そう言ってランガは一つを取り出した。いらね、と暦はぶっきらぼうに突っぱねる。
出会って間もない頃から、暦はこの手の話でランガを冷やかしてきた。ミヤやシャドウ曰く、モテない奴のひがみだそうだ。そう言われた暦は憤慨していたけれど、ランガも腑に落ちてはいなかった。
暦は口を尖らせて俯いている。からかってくる割に、このところの暦はさほど楽しそうではなかった。
「それにあの子たち、あのアイドルの人が好きなんじゃないの」
「アイドルとは別なんじゃねーの。あーそうそう、お前も最初はアイドル的だったけど今はちげーなって話!」
意味分かんない、とランガは渋面をつくる。
暦は暦で飽きたのか、それ以上は絡むのをやめた。倍速で箸を動かし、遅れを取り戻していく。昼休みの残りが少ないことを暗黙の了解として、会話もそれきりだった。
*
暦といると退屈しない。スケートは一人でもできるけれど、暦と滑る方が楽しい。
だからこうしてぼんやりと外を眺めながら、ランガは暦を待っている。いつものように朝から暦といるはずなのに、どこかつまらない気分が続いていた。理由は分かっている。昼休みの一件だ。
原因は分かっていても、なぜそれが引っかかっているのかは、まだランガは掴み切れていなかった。
スケートが全て吹き消してくれる。そう信じるしかできなかった。
「ランガ珍しいな。いつも暦と飛び出してくのに」
「あー……暦、英語の先生に呼び出されてさ」
一体何をやらかしたのだと、教室に残って雑談をしていたグループはどよめいた。ランガは机に突っ伏しかけていた背を、ゆっくりと伸ばす。
「先週の課題、終わってなくて。ほとんど俺の写したのがバレたみたいで……」
「はぁー? バカかよ〜」
「つーか俺も見せてほしかった! バレない自信ある!」
「暦の奴マジでそのまま写してそうだもんな〜」
暦の話になった途端、全員が大声で笑い出した。
「でもランガの字、解読できなくね?」
「暦しかできねーかも」
「みんなヒドイ……」
「わりーわりー。そんな顔すんなって」
適当な謝り方は、暦もよくする。男友達というのは、皆こんな感じなのだろうか。暦だけは、加えて頭を撫でてくることも多いけれど。
「ランガって転校してきた時と全然イメージちげーよな」
ランガがふくれ面を徐々にしぼませていくと、一人がしみじみとそう言った。
「最初すげー無愛想っつーか、スカしてやがるなって思ったけど」
「誰かランガが原因で彼女と喧嘩したとか言ってなかったっけ?」
「うわバカ! 言うなって!」
暦の話から急に自分へと矛先が向いて、ランガは小さく動揺した。そういえば、暦がいない時にも、話題は暦に関することがほとんどだった。
周りからどう思われてもあまり気に留めないランガも、直接、知らない話をされるとどうしていいのか分からない。
「いやだって、顔しか知らねぇのにすげーランガのこと褒めるからさ。ぜってー性格悪いしお前なんか相手にされるかよって言ったんだよ。あっ今はンなこと思ってないからな!?」
過去をつつかれた張本人は、慌てふためいて一息でそう言った。
「あー俺も。マジで何考えてんのか分かんなくて、これは無理だろってなったわ」
「俺らだって相手にされねーだろってなぁ」
最初は冷やかしていただけの面子も、肩をすくめて申し訳なさそうに告白し始める。
「でもさ、暦と遊んでんなら俺らも余裕じゃねって」
「お前暦のことバカにしすぎ。でもそれな」
「つーか急に楽しそうだったじゃん。暦とスケボー始めてからさ」
「そーそー。まっさかあの転校生がぁ? と思ったけど」
ほんの数ヶ月前なのに、とても懐かしい話に思えた。確かに、今では生活の一部になっている暦とスケートも、ここに降り立った時には少しも考えられなかったことだ。
楽しいことに出会うことも、友達をつくることも、一切望んでいなかった。ランガ自身よりも、周囲の方がよく覚えてくれているのかもしれない。
「そっから話してみたら変な奴だけど嫌な奴ではなかったし」
「むしろいい奴」
「……俺、褒められてるの?」
「褒めてる褒めてる! お前とダチになれてよかったって!」
「お前ダチだと思われてねーかもしれねぇぞ」
「うっそ。そんなことねーよなランガ!?」
和やかなはずの放課後の教室に緊張が走る。まるで授業中に居眠りをしていた暦が当てられた時のようだ。いや、それはみんなクスクスと笑いを堪えているか。ランガの頬が緩む。
「うん。みんな友達だよ。ありがとう」
ほらみろランガはいい奴だって、という言葉とともに、背中を叩かれた。暦ならもっと強引に肩を組むところだ。
結局、話はよく理解できなかったけれど、沈んでいた気が紛れた。こんな風にクラスメイトが話す日常も、あの頃のランガは想像すらしなかった。
「ランガわりー、待たせた」
「ううん。大丈夫だったのか?」
「はは……明日までに出し直し」
「あーあ」
暦がのそのそと教室に戻ってきた。表情は冴えないが、呼び出された時よりはましになっている。
椅子や机に座っている面々から一通りからかいを受けながら、暦は荷物をまとめた。
「じゃーな」
「また明日、あっ」
これあげる、と言って、ランガはポケットに入れていた菓子を取り出した。全員分はないけれど、中身を分けて食べられるはずだ。
足早に教室を去る。先を行く暦の後を、大股で追いかけた。
*
「昼ん時、ごめん」
「え?」
「いや、なんつーか……お前がモテんの今更なのに、何か焦ったっつーか……」
暦は俯いたまま、ぼそぼそと言葉を紡いだ。
「お前もちょっと楽しそうだから、もしかして彼女できちゃったりとか……みたいな」
「別に、そこまでじゃないよ」
ちら、と向けられた暦の目に、胸がつかえる。息を吐いてから、ランガは正解も分からぬまま、思ったことをそのまま伝えることにした。
「確かに、色んな人と話したり遊ぶのも楽しいなって、最近は思う」
二人は、スケートで滑れる道まで並んで歩いている。普段は気にならない足音が、やけに響いていた。
「でもそれって、暦がいるからなんだなって、さっき気づいた」
暦は暦で、息が詰まったように鼻を鳴らした。
「何だそれ。俺がいなくても楽しそうだったじゃん」
「うん。そうだけど、暦がいるからみんなと話せるようになったのかなって」
「だからぁ、俺いねーじゃん。女子からは邪魔者扱いだしよー」
暦の声が粗くなる。うまく伝わらないな、とランガは思ったけれど、今はそれで構わない気がした。
「だからさ、誰といてもどれだけ楽しくても、暦は特別なんだ」
「お、おー……?」
「これからもよろしくな」
ひとしきり言い切って、ランガは満足した。暦は顔の周りにクエスチョンマークを浮かべている。ユニークだけど不機嫌ではない、いつもの暦の顔だ。
「あ、暦に彼女できても特別だから」
「おっまえ絶対できると思ってねぇな!?」
「ソンナコトナイヨ」
やっぱりこれあげる、とポケットを探る。ランガが取り出した小さな菓子を、暦は一瞬だけ躊躇いながら、手を差し出して受け取った。