妖精事故事例「バニーちゃん見てくれッ! 旧文明時代から数多のコレクターの手を渡ってきたエラーコイン! 保存状態良好時価数千万ッ!」
「キャア〜ッ、おいしそう〜」
「どうぞ…ッ、俺の気持ち、食べてくれ…ッ!」
カジノのフロアに響き渡る、ふざけた妖精相手にふざけた客が繰り広げる頭のおかしい乱痴気騒ぎ。
そこにオレはズカズカズカと踏み込んでバカ客の襟首を掴んで妖精から引き剥がしながら叫ぶ。
「やめろッ!!!! 時価数千万の歴史的価値も高いような遺物を割れた皿との差も分からんアホに食わすな!!!!」
「もうカジノチップを食わせるなと言ったのはそっちの方だろう!」
クソバカ客が反論してくる。
このクソバカが入れ込んでいる見るからにふざけた妖精は硬貨だの皿だの人間が作った物品を食べるのが好きで、客がこの妖精にチップ代わりに硬貨やカジノチップを食べさせるのが流行ったのだ。あまりに食わせる奴が多いもんだからカジノチップを食わせるのは正式に禁止された。
だが、カジノチップを食べさせられないからっていきなり時価数千万は極端すぎるだろ!
「好きなコに貢ぎたい気持ちに金額に上限はないだろ?」
「クソバカの成金カスが喋るな! カジノチップをいちいち作り直してたら赤字だし客に変な破産の仕方されるのも迷惑なんだよ! この文字通りの金食い虫の好きにさせてたらこのカジノはお終いだ!」
「カジノチップより本物のお金の方が断然美味しいからボクは助かるけど」
「金を!!!! 食うな!!!!」
ベルく〜ん、上客様にクソバカの成金カスは言いすぎだよぉ〜、と遠くからオーナーの声が聞こえる。オーナーはオレにこの金食い虫の看板妖精の世話を任せているので、安心してカジノの運営ができ、オレの頭の血管は毎日切れそうになっている。憤死って保険金とか降りるのかな。
結局クソバカ成金カス上客は黒服に連行されカジノから放り出され、何故かオレも事務所に連れていかれる。
「ベルくん、もうちょっと上品な言葉覚えようねぇ」
オーナーから説教されてしまった。何故。あのおとぼけ妖精はいくら言っても本当に人間の言葉が通じてるのかってくらい話を聞かないし、そんなアホに入れ込んで貢ぐアホどもも意味が分からん。同じホモ・サピエンスとは思えん。
まあ君は暴力には訴えない所が良い子だよねぇ、とオーナーがオレの数少ない美点を褒める。鞭の後には飴と、この人も人間の適度な扱いを徹底していて逆に人間扱いされている気があんまりしない。でもこの褒め言葉が無かったら既に何人殴っていたか知れないので、オーナーは人を使うのが上手いんだろう。
「あの金食…妖精の世話ってオレじゃなきゃダメですか」
オレが職場で弱音を吐けるのはオーナー相手しかいない。クソ親父の残した借金のカタに人身売買同然に強制労働させられそうになってたオレを拾って普通の…とまでは言わないが、最低限文化的な生活を送らせてくれている恩人だ。
「うーん、でも魔女の君に任せるのが1番安心なんだよねえ」
「魔女って言わないでください。差別語ですよ」
「ああ、ごめんごめん。一般化しすぎて普通に屋号として使う人もいるからさあ、つい」
「いいです…。すいません…」
「借金で苦しんでるのに目の前で数千万をドブに捨てようとしてる人がいて、それを自分のお金にもならないのに止めないといけないのはつらいよねえ」
オーナーが労わるような目でオレの肩をポンと叩いてきて、なんか泣きそうになる。
「でも、それができるのってウチには君しかいないから……」
泣いた。
オレは明日もあのアホボケ妖精のお世話係だ。
オーナーは頼りにならないし、常に忙しくて愚痴もあまり聞いてくれないので、オレはたまの休日を潰して愚痴を言うためだけに不老不死の魔法使いに会いに来ていた。
その魔法使いは不老不死のせいでものすごく暇を持て余していて、そのくせ人好きの寂しがりという性格で、あらゆる「魔女」に「いつでもおしゃべりにきてね! 大歓迎!」と吹聴しているちょっとアホな奴だ。
ちなみにおしゃべりしてもあんま面白い話はできないし、それでいて時間感覚もおかしくて喋らせると3、4時間とか平気で喋り続けるのであんまり楽しい奴でもない。
実際いつ行ってもおしゃべりしに来てる奴は見たことがないので多分友達とかいないんだろう。それが分かるくらいに訪れているということはオレも友達がいない。最悪。
なんか1000年だか生きてるとか聞くけど、毎回お茶請けのお菓子持っていくと大喜びするし威厳とか1ミリもなくて喋りやすいのは正直助かる。
「それでですよぉ! 最悪なんですよその妖精も客もぉ!!」
「もしかして僕が来る前に飲んでる?」
「飲んでません! 限界なだけです!」
「そんな〜……」
「クソ〜! オレが魔女だからって皆押し付けやがって……『魔女』って呼ばれるのもヤダ! 恐竜がその辺歩いてた頃の呼び名じゃん!」
「そこまで昔じゃないよぉ……僕が生まれるより前ではあるけど……」
「オレはぜーんぜん金なくて遊びにも行けないのにカジノの客全員遊びに来てるんですよ!?」
「アミューズメント施設だからねぇ……」
「そんで割れた皿との違いも分かんねえ妖精に金とか食わせてるんですよ!? オレが貰ってるチップより断然多い額っすよ!」
「ん?」
「看板妖精とか言うけど結局物珍しさだけの客寄せパンダなのにオレより良いご身分で、その尻拭いは全部オレがやってんすよ!? もーやだ!」
「……ちょっとベルくん」
なんかテキトーな相槌ばっか打ってた魔法使いが、真面目なトーンでオレの名前を呼ぶ。
「……なんすか」
「えーと、僕、一応みんなの話の内容は他所には漏らさないって約束してるけど……違法行為に対する通報の義務はあって……」
「はい?」
「あのね? 妖精が硬貨とかを嗜好品として好むことは有名な話だけど、それを自由にさせてると市場に流通する通貨自体が減っちゃって良くないから、その辺は結構厳密にルールが決まってて…。例えば妖精に金銭が絡む仕事をさせる時って、ちゃんと商業連合に申請と最低1人の監視員が必要で……」
「それがオレなんじゃ…?」
「妖精自身にも簡単なテストと、あと監視員には免許が必要なんだけど、持ってる?」
「も……ってないです」
「雇い主からの詳細な説明とかってあった?」
「め、面倒みてね…とだけ……」
魔法使いは困った笑顔で首を傾けながら言った。
「うん……あのね、それって、合法なのかな?」
結論から言うと違法だった。
「いや〜、ごめんねえ? 僕も知らなくってさあ。むしろ君がいつも必死で止めてくれてたおかげで捕食額も厳重注意と罰金の範囲で済んだのは本当に感謝してるよ。ほんとありがとう。拾った魔女が君で良かったよ〜」
オーナーはいつもとあんまり変わりないヘラヘラした笑顔でオレに謝罪と感謝をしている。
オレ転職とかした方がいいんだろうなぁ…。でもオーナーには借金を肩代わりして貰った恩が…。うーん……あと死ぬほど口が悪くて社交性が全然なくて唯一の美点が人を殴らないことで借金まみれの男でもホワイトに雇ってくれる職場があれば……。うん、ない。多分。他で働いたことないので知らんけど。
思考を彼方に飛ばしてたら「ということでね……」とオーナーに『妖精商業運用免許(通称妖精免許)試験』と書かれた冊子と書類を手渡される。
「何ですこれ」
「妖精免許の教本と、妖精免許学校の申込書」
「は!? あの妖精まだここに置くんですか!?」
「いやあ、だってファンも相当数いるし……あの子目当ての上客様もいるし……ね? あ、学校はあの子と一緒に行ってきてね」
「は…………」
「よろしくねっ! ベルくん!」
眩暈がしてきた。
善は急げだよ! と、翌日には学校のある街へ向けた馬車にあのクソ妖精と一緒に乗せられ、ガタガタと揺られる。
「ベルくん、あれ何?」
「ベルくんって呼ぶな」
妖精は馬車の外に見える風景を指差しては俺に聞く。どういう経緯でカジノに来たのかは知らないが、多分あのオーナーのことだから俺と大差ないのだろう(つまり、その辺で拾ったということだ)。オレはもう顔を合わせるのすら嫌だったので、できるだけ会話を続けないようにしていた。
「じゃあ何て呼べばいいの?」
「呼ぶな」
「わっ、いじわる! じゃあキミもボクのこと『金食い虫』とか『クソ妖精』って呼ぶからボクも好きに呼んじゃおうかな!」
「…………」
「やーい、人間、パン食べ虫」
帰りたい…………。別に誰もいない狭い部屋に帰ってもいいことなんてないが、無性に帰りたい。ぶっ倒れて夢も見ず寝たい。
そんな願いも叶わず、馬車は街に到着する。オーナーから支給された金で宿にチェックインして、それから学校の方の手続きをしようとしたのだが、チェックインの時に少し問題が起きた。
「お、妖精さんじゃねえか。免許取りに来たのかい」
「あ、はい……」
流石に妖精免許学校があるだけあって、妖精が訪れることは多いのだろう。宿の主人も慣れた様子であった。宿帳を出しながら、何度もしているような慣れた口調で言われる。
「チェックインする時にゃ、妖精の名前も書いとくれ。他の街じゃ『妖精』で通っても、ここじゃ誰のことか分からないからね」
確かに言われてみれば、普通は妖精はいる方が珍しいものなので、そういう発想はなかった。オーナーに拾われてからあの街から出たことがないオレにとって、「妖精」と言ったらコイツのことであった。あの街で妖精がなにかやらかしたらカジノに連絡が来るし、その辺をぶらついてる妖精を見て街の住人がカジノの妖精だと囁くので旅人は妖精を見にカジノにやって来るのだ。
そうして、それがもの珍しいからカジノの客寄せ珍妙パンダとして宣伝になるのである。
「えー…、お前、名前書けるか?」
「名前?」
今さらながら、オレはコイツの名前をきちんと知らなかった。みんな好き勝手に呼びたいように呼ぶものだから、正式名称を聞いたことがない。
だがオレの名前を呼ぶなと言った手前、自分だけ名前を聞くのはなんとなくバツが悪く、「別に知ってるけどオレが書いてやる義理とかないし?」というような態度で、姑息にも誤魔化してやろうとしたのだ。
「ないよ? みんな好きに呼ぶから、ベ……キミが好きに書いてよ」
「な……」
ないのか。
少し唖然としてしまった。なぜだかオレは少なからずショックを受けていた。ないのか。オレより良い暮らししていると思っていたが、誰もコイツにあだ名はつけても名乗らせはしなかったのか。
「ン、ああ……、まあ、俺もこの街で宿屋やって長いし珍しいことではねえのは知ってるよ。魔女の兄ちゃん、仮でもいいから適当にこの街で使う通称考えてやんな」
「魔女って呼ばないでください」
「アア、そりゃすまん……」
反射的に否定してしまったが、オレが魔女呼ばわりを拒絶してるのに、オレはコイツのことを妖精だとか適当に呼んでいたのが猛烈に自分が嫌な奴な気がしてきて、手汗が滲むのを服の裾で拭った。
「いや、えと……ちょ、ちょっと待ってください。考えます」
「何でもいいよぉ?」
本当に何でもよさそうな顔してるのが癪に障ったので、余計考え込む。いつもはあまり掘り返さない魔女の知識の中をひっくり返して、思案する。
なにか、良い名前……。いや、なぜオレがコイツの人生(妖精生)を祝福するような良い名前を考えねばならないんだ!? 迷惑しかかけられていない!
「……シュ……シュシュタイトはどうだ」
「しゅしゅ?」
「古い言葉で、切り株にぶつかって死んだ兎を見てまたうさぎがそこで死ぬのを愚かにも待つ農夫の話のタイトルだ。お前はカジノでバニーとかやってるが、実際にはバカな奴を引き寄せる切り株だ」
「なにそれ!」
怒るかと思ったが、妖精は……シュシュタイトはきゃらきゃらと笑った。
「長いからシュシュでいい。あと……オレもベルでいい……」
「わかった! ベル!」
別に敬称を取れという意味で言ったのではなかったが、オレの呼ばれ方は呼び捨てに昇格した。
それから妖精免許学校に申請を出して一応は見学し、翌日には申請が通って教室に席が用意されていた。目新しいものに興味を惹かれてほっつき歩こうとするシュシュタイトを引っ張って教室に連れて行き、授業を受ける。
オレだけで参加するのも不公平だと思って連れてきたのだが、他の数名の受講者は早々に妖精に授業に引っ張ってくるのを諦めたのか、元々期待していないのか、妖精を連れているのはオレだけだった。
読み書きができないシュシュタイトにとって、(授業内容の3分の1くらいは実際に妖精が起こした「事故」の事例を紹介しながら妖精の扱いに注意すべきだというものだったのもあり)授業は大変退屈なものであったらしく、すぐ落ち着きなくジタバタし始めたので折り紙を教えてやったらそれ以降は機嫌良くしていたが、折角貰った金で用意したノートの半分をむしり取られたので次もまた連れてくるかどうかは考えなくてはならなくなった。
学校からの宿にたどり着く15分くらいの道のりでそれについて考え、明日は連れていかないことにしよう! と決断したが、翌朝それを伝えると折り紙を教えたせいかシュシュタイトはオレについて行くと言って聞かない。
オレは仕方なくノートからまた1枚むしって、紙飛行機を作ってやった。遊び方を教えて、これで外で遊んでこい! と言ったら素直に遊びに行ったので、オレも手慣れてきたものだ…と自分の成長に関心していたが、それも一時のことだった。
「ベル! もう一回アレ作って!」
教室の場所を覚えたシュシュタイトは授業中に乗り込んできて、オレに2機目の紙飛行機を要求した。
イライラして、どうせ何処かに引っかけて失くしてしまったとかだろうと思ったが、オレはわざわざ責めるために「さっきあげたのはどうしたんだ!」と聞いた。
「遊んでたら美味しそうに見えてきて、食べちゃった」
予想外の答えが返ってきた。いや、さっき授業でこういうような話を聞いたばかりだったのに、やっと実感を持てたと言えよう。
それを聞いていた講師は笑って、「教科書に加えてもいいくらいの妖精事故事例だね」と言った。講師はシュシュタイトを教卓の横に連れてきて続ける。
「君はここにいる受講者の1番良い先生になったね。いくらマニュアルに書かれたことを読みこんだって、本物の妖精を理解するには足りない。これが妖精だよ。君はこの妖精を無邪気な奴と思うかい? それとも、勉強の邪魔をする嫌な奴だと思うかい?」
講師はオレの方を向いて言った。
「……両方違うと思います」
さっきまで本当に邪魔に思えていたのに、なぜだかこの講師の言葉に乗るのは嫌な気がして、オレは生意気な返答をした。
「そうだね。両方違う。でも、両方そうだとも言えるんだ」
「どういうことですか」
「受け取り方次第ってことだよ。妖精の在り方は三日三晩で変えられるものじゃない。もし妖精に人間と同じように生きる術を教えてやるなら、それは相当に根気と忍耐のいる行いだろう。多くの人はそうできないし、妖精は在りたいように在るだけだから、どうにかできると思っちゃいけない」
「じゃあこの免許は何のためにあるんですか」
別の受講者から、問う声が上がった。
「妖精は本来、人間のそばにいられるようにできている生き物じゃない。妖精に惹かれた人間や、妖精自身がそばに居たいと望んでも、必ず軋轢が生じる。これは避けられないことだ。妖精は都合の良い生き物じゃないからね。その時に、双方の妥協点を見つけて、調停する役目を負うひとが必要なんだ。これがこの免許の意義だよ」
「妥協って……、人間側が譲歩するしかないように思えるんですが」
講師はいい話をしていた気がするが、オレはまた生意気な口を挟んだ。
「そうかもね。妖精と関わることをある種の贖罪と捉える人もいるくらいだし」
「贖罪ぃ?」
「君も魔女なら分かるだろ」
そう言って目を細めてオレを見つめる講師の片目は眼帯で覆われており、オレと同じ魔女であることを示していた。
「まあ、僕はそうは思わないし、極端な話、僕はこれは妖精を守るためのシステムだと思っているよ」
「守る必要があるんですか?」
「あるある。妖精を守ることによって守られる社会秩序もあるしね」
「社会秩序ですか……?」
例えばその昔こんな事件があって、という前置きで講師はまた昔話を始めた。
昔々、山奥に大きな屋敷を建てて珍しい生き物を買い集めるのが趣味の人間が居た。
ある時その人間はどこからか妖精を買ってきて、餌も与えず首に鎖を繋いでどこでも自慢するように引き回した。妖精はいつでも従順で大人しく笑っていた。
しばらくして、その人間が姿を現さなくなったので不思議に思った友人が屋敷を訪ねてみた。
屋敷に人間の姿は見当たらず、赤黒いシミが地面や床にたくさんあった。きゃあきゃあと聞こえてきた笑い声のする方へ恐る恐る足を向けると、飼われていた妖精が首に鎖を繋がれた人間の死体を引きずって遊んでいた。
恐怖と衝撃にのまれた目撃者が「どうして」と呟くと、妖精は「あれ?なにか違う?こういう遊びでしょ?」と答えた……。
「──っていう、とある地方では定番の怪談話なんだけれど、これは実在した事件なんだよね」
突然にそんな怪談話を聞かされたオレはイヤな気分になって不機嫌に答えた。
「妖精がみんなそんなことをするとでも言いたいんですか」
「するよ。条件が揃えばするんだ。妖精は人間の真似も、人間から学ぶのも好きだ。君はこの妖精に折り紙を教えただろう。それに夢中になって遊んでいただろう? 折り紙ではなくて、非道徳なことであっても、妖精は喜んで真似をして遊ぶよ。妖精たちには道徳や倫理の基準がないからね」
「そ…………」
そんなこと、と反論しようとしたが、オレはシュシュタイトに名前の由来を話して怒るかと思ったがただ可笑しそうに笑うだけだったのを思い出して、わずかに下唇を噛んだ。
「……そうかもしれません」
「ありがとう。妖精さんも……」
「シュシュです!」
「シュシュさんも。ありがとうね、良い授業になったよ」
「どういたしまして!」
シュシュタイトはニコニコして答えた。
「妖精のそばにある君たちが、誰よりも道徳的であることを僕は願うよ」
講師はそう言って、その日の授業は締め括られた。
それからオレは来る日も来る日も勉強し、合間にシュシュタイトに絡まれては適当に遊んでやり、付き合いきれない時は放置し、また勉強して、シュシュタイトが外でなにかやらかさないか監視するためについて行ったり、そのついでにオーナーからの支給金で買い食いしたり、そしてまた勉強した。
そうしてようやく免許の試験まで漕ぎつけて、オレは基準点より少し上の点数で合格した。
1番の不安の種だったシュシュタイトのテストは簡単な面談と、計算パズルのような物であっけなく終わり、無事合格してくれた。
冗談抜きで人生で1番勉強したので、あっさり受かってくれてありがたい気持ちと、オレはあんなに大変だったのにコイツはこんだけ……? というような複雑な気持ちに陥った。
しかし、努力の結果が結ばれるという経験はオレに自信を与えてくれたので、良い体験ではあったな、と振り返って思った。
もしカジノを辞めても意外とやっていけるかもしれない。こういう余裕がある状態で仕事をするのはきっと全然違うだろう。まあ再就職先を探すのは大変だし妖精免許って使える場面限られてるから別に就職に有利にはなんねえけど!
そういう訳で当初の予定通りカジノへの帰路につく前に、講師の教授が挨拶に来てくれた。オレたちのことをよく気に入ってくれたらしい。今後路頭に迷ったらこの人を頼るのもいいかもしれない。そういう打算でオレは愛想よくしたが、正直この人のことは最後まで少し苦手であった。
講師は最後にオレたちに銀貨を1枚ずつくれた。オレはそれを懐に入れて、シュシュタイトはぽちゃんと腹の中に収めて食ってしまった。この対比を見せたかったのだろうが、オレは内心、臨時収入の銀貨で何を買おうか胸を膨らませた。本とか買おう。勉強って面白いから。
シュシュタイトは相変わらず何を考えているのか分からないボンクラだし、カジノに帰ったらこのボンクラに貢ぎたがるアホともまた顔を合わせることになるのだろう。しかし、今度はオレには法という味方がいるので大変心強い。最悪しょっぴいてもらえるのだ! 社会秩序最高!
行きとは正反対に、いい気持ちで外を眺めていると、シュシュタイトは行きの時にオレが答えなかったアレはなにコレはなにという質問をまた同じようにしてくるから、気分の良いオレは分かるものには説明をしてやり、分からないものには分からないと答えた。シュシュタイトはそこそこ満足そうだった。
ふと、なんとなく思い出したことを口にした。
「妖精は気に入った人間に一度は『死んだら食べていいか』と聞くそうだが、本当か?」
「ベル、キミが死んだら食べてもいい?」
面食らった。何だコイツ。何だコイツ!
オレが驚愕して固まってるのを見て、シュシュタイトは悪戯っぽくきゃらきゃら笑い出した。
「からかったのか!?」
「え? ううん。食べていいなら食べるけど」
食べるのか……。シュシュタイトはいつもどこまで本気なのか分からない。どこまでも本気なのかかもしれない。
「断ったら食べないのか?」
「そりゃあ……、約束も1つくらいなら守るさ」
逆に1つくらいしか約束は守れないように聞こえる。実際そうなのかもしれない。
「断る。断固、断る」
「え〜? だめぇ?」
免許の教科書に載っていた事例では、この質問への解答を先延ばしにしていた人間が突然に死を迎えてしまい、妖精が第一に発見して食べてしまったせいでその人間の死因が分からなくなってしまい、大層揉めたという話だった。先延ばしにするのは悪手であると思われる。
「もしかしたらオレの気が変わることがあるかもしれないが、その時までは絶っ対に嫌だ」
「おお、じゃあ気が変わったかどうか、たまに聞くね」
そう答えると頬を膨らませていたシュシュタイトはご機嫌になった。
教科書の妖精事故事例には、その質問にいいと言った人間のことも、ダメだと言った人間のことも載っていない。
おわり