夢で見た話の文章化をgrokくんに手伝ってもらった青年はカフェのカウンターでコーヒーを淹れる。テキパキとした動き、客への笑顔。短い金髪に、紅い瞳。見た目は10代後半の普通の青年だ。スタッフや常連からも働き者でイケメンと評判で、信頼も厚い。
けれど、青年の胸にはいつも微かな不安がこびりついている。
誰も知らない。彼の秘密を。不死身の体。不思議な力。そして、遠い昔に失った「普通の人間」の自分自身を。
休憩中、トイレの鏡で自分の顔を確かめる。乱れのない金髪、整った服装。問題はない。だが鏡に映る赤い瞳が、昔の記憶をチラつかせる。笑い合う友達、温かい陽射し。あの頃の自分は、ただの人間だった。
「休憩終わりだよ!」店主の声で現実に引き戻される。カウンターに戻り、いつもの笑顔を貼り付ける。
その日、怪しい客が来た。スーツ姿のサラリーマンだ。普通に見えるが、青年は気づいた。やけに自分をじっと見ている。注文を受ける間も、コーヒーを注ぐ間も、その視線は離れない。
「お待たせしました」
カップを置いて、すぐ距離を取る。常連客のテーブルに寄り、「コーヒー、いかがですか?」と声をかけると、「美味しいよ! 君が淹れてくれるからかな!」と笑い声が返る。この瞬間、青年は人間だと感じられる。少なくとも、この客が帰るまでは一人になりたくない。
でも、視線は消えない。まるで、青年の動きから「何者か」を暴こうとしているかのように。
客が帰るまで、その不穏な空気を耐えた。あの日はどっと疲れた。もうこのカフェは危ない。客が多くて好きだったけど、知らない敵に狙われるリスクは冒せない。次はどこへ行こうか…。
帰り道、人通りの多い道を選ぶ。ふと、肩を叩かれ、振り向くと見知らぬ男が立っていた。「優秀な人材をスカウトしてる」と笑う。どう見ても怪しい。「間に合ってます」などと言ってさらりと受け流しながら、四角い端末を拙いながらも操作し、タクシーを呼ぶ。すぐに飛び乗り、適当な目的地を告げた。
それが間違いだった。
タクシーの中で、急に強い眠気が襲う。意識は朦朧としながら、身体が動かない。誰かに運ばれ、冷たい何かに寝かされる感覚。次に目を開けたとき、青年は椅子にがんじがらめに縛られていた。
目の前に立つ男。街の広告や映像で見た顔だ。何かの会社の社長。名前は知らないが、その冷たい目が青年を刺す。
「君の力は、俺のビジネスを変える。
だが…君自身も、なかなか面白い存在だな」
その瞬間、青年は背筋が凍るような感覚を覚えた。男の目に宿る、どす黒い欲望。それは、ただの思い込みであってほしい。
彼の「力」は、人間が扱えるものじゃない。無から有を生み出す、不思議な力。彼自身、どこまで制御できるか分からない。ただ一つ確かなのは、その力が彼を「普通の人間」から遠ざけることだ。
男は、早速「テスト」を始めた。青年は機械に繋がれ、身体から光とエネルギーが放出される。力を込めていないのに、勝手に内側から何かが溢れ出す。どこから来るのか分からない痛みが全身を刺し、漏れそうな声を押し殺して歯を食いしばる。
男はモニター越しにデータを眺め、高揚した声で呟く。
「素晴らしい…これで世界が変わる」
青年の苦しむ顔を見たとき、男の唇に浮かんだのは、満足げな笑みだった。ビジネスを超えた、何か歪んだ感情。
部下が「社長、この力は危険すぎます」と進言するが、男は「黙れ。俺の計画に口を出すな」と一喝。部下たちは黙り込み、まるで宗教のように男に忠誠を誓う。この組織、典型的な「ヤバい集団」だ。
青年は考える。この力を使えば、椅子を壊して逃げるのは簡単だ。でも、男のあの目——隙のない、絶対に逃がさない目。あの男なら、どんな計画も見抜き、すぐに捕まえるだろう。頭では勝てない。ひとまず、逃げるのは諦めた。
日々、縛られたままの実験が続く。だが、なぜか男は時折、青年の拘束を解く。一部のエリアなら自由に動いていいと言う。理由は分からないが、チャンスだ。
青年は施設を観察し始めた。警備の配置、実験後の手薄な時間、脱出経路。入念に調べ、計画を練る。自由を与えられたなら、最大限に利用する。
決行の夜。深夜、実験用の薄い服と裸足のまま、青年は暗い廊下を走る。計画した経路を進み、警報が鳴る前に外の路地へ。冷たい夜の空気が肺を刺す。遠くの街の灯りが、彼に「人間らしさ」を思い出させる。
「まだ安心できない。もっと遠くへ。人混みに紛れれば…」
走る。走り続ける。靴がないのに、足の痛みは感じない。必死だからか、不死身の身体だからか。家に帰りたいが、危険すぎる。警察? その間に見つかる。とにかく、走れ。暗い路地か、人混みを目指せ。
空が明るくなってきた。通行人がちらほら現れ、車が走る。
「ここまで来れば大丈夫だろ…」
青年は息をつく。交番を探そう。パジャマみたいな服に裸足の青年は目立つが、誰かが助けてくれるかもしれない。
「大丈夫ですか?」
見知らぬ女性が声をかけてくる。交番を探していると伝えると、「この辺、詳しくなくて…今、調べてみますね」と端末を操作し始めた交番もあの端末で探せるのだから、今の技術はすごい。昔なんか……などと考えていたら「寒そうだから」とコートを貸してくれた。青年は感謝を伝え、ほっと胸を撫で下ろす。
だが、背筋が凍った。
どこかからの視線。黒い高級車が近づいてくる。目の前で止まり、窓が開く。
「逃げられると思ったか?」
あの男だ。
「なんで…!?」
叫ぶ間もなく、背後から別の人物に薬を打たれる。意識が朦朧とし、身体が動かない。あの女性はどうなった? 警察を呼んだのか? いや、薬を打ったのが彼女だったのか? 分からない。ただ一つ確かなのは——もう絶対に逃げられない事だけだ。
青年は再び拘束された。冷たい実験室。身体は動かず、意識だけが残る。苦しい。心臓が締め付けられるような痛みだ。男が近づき、青年の顔をじっと見つめる。
「君は私のものだ。その力も、顔も、声も、存在そのものも。全部、俺のもの」
男の声は低く、欲望に濡れている。最初のビジネスという目的はどこかへ消え、ただ青年を支配したいという執着だけが残る。
「次はもっと厳しくするぞ。逃げても、必ず連れ戻す」
青年は目を閉じる。この組織が崩壊し、本当に逃げられる日が来るまで。あるいは、彼の知る「神」が、いつか干渉してくれる日まで。
だが今は、終わりの見えない絶望の中、一人の男の欲望に貪られ続ける。