『こんなに醜い想いを抱いてなんになる』白髪の混じった髪を掴んでカブは、絞り出すような声をあげた。スタジアムの控え室で簡易なベンチに腰掛けた、歳月を重ねた太い足が小刻みに震えている。カブの両肘が膝の筋肉に食い込んでユニホームの下で赤くなっていた。俯く表情は見えずとも、苦渋を滲ませていることは想像に難くない。
カブの目の前で立ち尽くす若い長身。青いユニホームは微動だにしない。
「それでもカブさんは、オレが好きだよ」
カブの頭上から、落ち着いた声が降った。まるで当然のように、絵本を読み聞かせ寝かしつける時のように、自然の摂理を子供に優しく教え込むように。そんな、ただただ自然な声だった。思わず、カブが顔を上げる。勢いがよすぎたその動きのせいで、指に絡まった髪が幾筋か抜けた。
「君は! なぜッ、……そんな残酷なことを、言うんだ」
吠えるように歯を剥き出しにしたカブだったが、言葉は次第に弱っていき、また床にホロホロと溢れるだけだった。
「残酷かな?」
心底不思議そうにキバナが首を傾げる。トレードマークのバンダナが少しズレたが、カブは俯いているために気がつかなかった。
「君は、全部分かっているんだろう」
「全部は分からない。言ってくれなきゃな」
「言っても分からないさ」
「分かるよ。カブさんの言葉は全部」
コツリとカブの膝にキバナのスネが当たる。張りのあるチョコレート色の肌がカブの白い足に擦り寄った。ぎゅっと、カブは自分のユニホームの真ん中を握る。白い歯で唇を噛み切り、赤い血を滲ませた。赤いユニホームには強くシワがつき、カブの白い指が更に白くなっていく。
「カブさん」
優しい声が降る。これが雨だったら良かったと、カブは顔をくしゃりと歪めて思った。
「君の、胸に、抱かれたいなんて……。ボクに言わせて、満足かい」
「はい」
優しい声が降る。まるで飴を煮詰めて床にぶち撒けたような返事に、カブは喉を鳴らした。ユニホームを握りカブの指は真っ白で、小刻みに震え始める。
キバナが膝を折り、丸くなった背中ごとカブを抱きしめた。