影へ たった数瞬の間。記録は整理された。
思考実験、スワンプマン。落雷により死亡した人間にそっくりなモノが、化学変化を起こし足元の沼より現れて、何事も無く帰宅して変わらぬ生活を送る。その身体も思考も記憶も同一のモノは果たして、同じ人物と言えるのか?
天使の異物、ある輪っか。特殊条件下で発光するそれは、人間を原子レベルに分解、記憶を保持させたまま再構築した。
類似した現象には差異がある。再構築されたことの自覚。精神や記憶への障害。存在した記録、また他者の記憶からの抹消。消滅した一人の男性。床に染みついた、二つの影。
デイビット・ゼム・ヴォイドはこの星でただ独りの異物。人間と同じ塩基配列を持ち、人間でなくなってしまったなにものか。更にはその胸に異星の神の心臓を移植した。この全宇宙のどこにも、きっと安寧の場所はないだろうただ一つ。
確実に棺との距離を詰めていく。この身は熱と喧騒に満ちる地底のあらゆる全てに、遮られない理の外の影法師のように。
メソアメリカではかつてより太陽の不滅を祈り、多くの死を以て世界は営まれてきた。同じ地で、異聞の世界から、星を滅ぼす祈りを捧げる。それは宇宙の秩序を維持するために。これは当然の行いだ。指定を守る、今まで続けてきたことと同じ。ただそれだけだ。
神の炉心で、蜘蛛を起こす。
「待——」
ノウム・カルデアに告げるべきを告げ、無言の約定を果たして、その一歩に重みはなく、阻むものもなく。何を心に留めることもなく、湧き立つこともなく、奮い立たせるものもなく。そう、何も無い。
当然の帰結として。デイビットの身体は落下する。
強い光を浴びて生まれた身体は、底の見えない闇の中へ。
——この身は滅び、死を迎えても。
『彼らは今も生きている。そしてこれからも。この宇宙が冷め切った後でも。永遠に』
——この星が滅んだところで、消えない影。
—— に了りは無いのだろう。