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    yukarixxx000

    @yukarixxx000
    二次創作が好きなオタク。大体男同士カプを書いてます。
    ※ポイピクにアップした作品は後日ピクシブにも投稿します。

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    yukarixxx000

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    まだ恋が始まっていないkbnz。
    本編のチャンピオンカップ前に、ホワイトヒル駅前でお喋りするふたりの話。
    ホワイトヒル駅前にいるネズさんと、キバナさんがナックルの駅で主人公たちに言ってくれる言葉の解釈と、ネズさんがバトル中に見せる笑顔について書きたかったもの。

    情熱 ホワイトヒル駅を出ると、駅前のベンチに見知った顔が座っているのに気がついて、キバナは足を止めた。
     雪が舞う中、ベンチに腰掛けているのはネズだった。唇が小さく動いているから、どうやら歌を口ずさんでいるようだ。歌声は聞き取れず何を歌っているかわからないが、なにせネズはプロの歌手だ、きっとネズ自身が作った歌だろう。
     キバナはまじまじとネズの横顔を見た。いったいどうしてここにいるのか。こんな寒い場所で、まさか歌の練習というわけではないだろう。だが、ベンチに座ってちょっと休憩、というのも妙な話だ。休むのなら、駅舎の中で休めばいい。外にいるよりもずっと暖かいし、屋根があるから雪も防げる。駅舎内のベンチは空いていて座りたい放題だったから、他に座るところがなくて仕方なく外のベンチを選んだ、ということもないはずだ。
     ネズがわざわざ寒い屋外のベンチに座っている意味がわからず、キバナは首をかしげる。
     雪降る十番道路の空には灰色の雲が垂れこめて、日光を遮っている。おかげであたりは薄暗く、明るいのは駅舎の周辺だけだ。
     ベンチは駅舎に背を向ける形で置かれていた。ネズは駅舎の窓から漏れる光を背中に浴びている。黄色味がかったやわらかい光に照らされたネズの表情は、凪いでいた。ぼんやりとはしているが、暗く沈んではいない。肩の力を抜いてリラックスしているふうだ。
     雪の中で歌うネズは、やたらと綺麗に見えた。眉や鼻や輪郭といった顔のパーツひとつひとつは男らしいのに、横顔全体として見ると、たいへんたおやかに思われる。ネズが唇を動かすたびに白い息が漏れ出す様も、どこか幻想的だった。指一本でも触れようものならあっけなく壊れてしまいそうな、繊細な光景。このままCDのジャケットに使えそうなぐらい、いい画だった。
     キバナは声をかけるのも忘れて、ネズに見入った。見蕩れた、という方が正しいかもしれない。
    「――プロの歌をタダで立ち聞きですか。さすがトップジムリーダーさま、良いご身分だね」
     ややあって、ネズが言った。歌声とは打って変わってはっきりとした声に、キバナははっとする。
     キバナを見るネズの表情はいたずらっぽかった。怒ってはいないようだ。
    「悪かったよ、代金はエネココアでいいか?」とキバナも冗談の口調で返す。ネズはくっくっと笑った。
    「おれはココアよりコーヒー派ですよ。もっと言うと紅茶の方が好きだね。でもこの駅には紅茶は売ってないんだよね。だからいいよ、今回は特別サービスで無料にしておいてあげます」
    「気前いいね、サンキュー。隣、座っても?」
    「構わねえけど、寒いですよ?」
    「その寒い中に座ってたのはネズだろ」
    「おれは寒いの平気なんで。でもドラゴンストーム殿は、寒いの苦手なんじゃねえですか?」
    「オレさまは強いドラゴンなので平気ですう」
     わざと子どもじみた言い方をしながら、ベンチに積もった雪を手で払う。腰を下ろすと、尻に冷たさが伝わった。思わず「つべたいー」と漏らすと、ネズが「ほら見ろ」と笑った。
    「で、ネズ、こんなところで何してんの。チャンピオンカップ、もうすぐだぜ。風邪引いたらどうすんだ」
    「その言葉、そっくりそのままおまえにお返ししますよ」
    「オレさまは特訓だよ、特訓。氷タイプ相手でも引けを取らないようにな」
     十番道路には氷タイプのポケモンが多く生息する。ツンベアーやユキノオーといった強力なポケモンも現れるので、特訓には持ってこいの場所だ。ポケモンだけでなく、手練れのトレーナーが特訓やポケモンの捕獲に訪れていることもあり、彼らと戦うこともキバナの目的のうちだった。
    「ダンデと当たる前にメロンさんに負かされたらかっこわるいですもんね」
    「うるせー、今年こそダンデだけじゃなくメロンさんにも勝ってみせるからな」
     ネズの憎まれ口に、キバナは唇を尖らせる。
    「ネズも特訓? なら、オレさまと戦ってくれよ。良い前哨戦だ。もっとも、ここでオレさまに負けることで、本番前にくじけちまうかもしれねえけどな」
    「その言葉もお返しします。ダンデよりも先におれに負けたら、やる気無くしちまうんじゃねえですか、おまえ」
     ネズはにやりと笑う。不敵な笑みだ。こいつのこういうしたたかさって好きなんだよな、とキバナは愉快な気分になる。
    「まあでも、今日は遠慮しますよ。おれ、特訓に来たわけじゃねえですし」
    「じゃ、何しにここに?」
    「気分転換」
     ネズはあっさりと答えてみせた。キバナは眉を顰める。
    「……こんなとこで、気分転換になんの?」
     寒くて辺鄙な場所だ。駅を出ればすぐに野生ポケモンがうようよする草むらがあり、シュートシティまでの道のりはただの山道である。店も民家もなければ、美景と呼べるような場所もない。訪れるのはバトルやポケモンの捕獲を目的とするトレーナーや、シュートシティを目指すジムチャレンジャー、登山家やポケモン研究家……観光目的でやって来るひとなど誰もいない。
     そんな場所で、気分転換などできるのだろうか。同じ雪景色を見るなら、キルクスタウンのように整備された街の方が、ずっといい気がするのだが。
    怪訝な顔をするキバナを見て、ネズは「わかってないなあ」というふうに肩をすくめた。
    「静かで人気がないから、いいんですよ。おれ、耳がいいからさ。たまに喧騒から離れたくなるんだよね」
     だから、静かな場所で落ち着きたいときは、ホワイトヒル駅まで来るのだと言う。
    「雪は音を吸収する作用があるしね、ここはほんとに静かですよ。気を休めるのに持ってこいだ。ライブ前とか、大切なバトルの前とか、どうしたって気が昂るからね。あと、むしゃくしゃしてるときとかも……このベンチに座ってぼーっとしてると、気持ちが落ち着くんで、助かります」
     むしゃくしゃしてるときって、たとえばノーダイマックスっていうポリシーや、スパイクタウンの現状を悪く言われたり、あるいはローズ委員長と揉めたりしたときか――脳裏に過ぎった言葉を、しかしキバナは口に出さずに飲みこんだ。
     キバナとネズは決して険悪な仲ではない。だが、踏み込んだことを訊けるほど親しいわけでもない。そこそこ良好な関係を築いている同僚、その程度の関係だ。ベンチに並んで他愛ない話をすることはできても、心の深いところを暴いてしまうような問いかけはためらわれた。
     だから、「なるほど、たしかにここ、すげえ静かだもんなあ」と当たり障りのない返事をするにとどめた。ネズも「スパイクタウンの雑然としたミュージックも愛してますが、テンション上げるには持ってこいでも、落ち着くにはちょっとね」と淡々と返した。
    「それなら、オレさまがここで喋ってたら落ち着けねえか。悪いな、邪魔して」
    「いいですよ、そろそろ帰ろうかなと思ってたところだったので」
    「そう? まあでも、いずれにしろ、オレさまももう行くわ。チャンピオンカップはもうすぐなんだ、一分一秒でも無駄にできねえ。今度こそダンデを倒すためにもな!」
    「そうだね。おれもクールになれたし、スパイクに戻って、すっきりした頭でトーナメントに向けた戦略を組み立てますよ。スタジアム中の度肝を抜いてやります」
    「ふふ、ネズはいつもあっと驚くことを仕出かしてくるものな。楽しみにしてるぜ」
     ふいに、ネズがキバナを見た。凛々しい瞳で、まっすぐに見つめてきた。力強いまなざしを向けられて、キバナは少し気圧される。
    「……なに?」
    「ダンデと戦えって言ったんだって? ナックルのジムチャレンジを通過したトレーナーに」
    「え?」
    「ネットの記事で話題になってましたよ」
    「あー、そういや記事にされてたな……。よくあることだから、特に気にしちゃいなかったが」
     ナックルシティ駅から旅立つユウリとホップを見送るところを、どこかの記者に目撃されていたらしい。翌日にはウェブサイトに記事がアップされ、ちょっとした盛り上がりを見せた。
     ネズがその記事を読んでいても不思議ではないが、話を振られるとは思ってもみなかったので、キバナは少し面食らった。
    「『自分がダンデと戦いたいはずなのに、何でそういうこと言うのか意味がわからない』ってコメントもありましたが。『相手が子どもだから励ますためのリップサービスだろ』とか、『ジムリーダーなんだからチャレンジャーを鼓舞する言葉をかけるのも当然では』とか、肯定的な意見の方が多かったみたいだね。まあ、中には、『ダンデのライバルが言う言葉じゃない』とか、嫌味や皮肉、煽りに思えて不快だってヤツらもいたようですけど」
    「みたいだな。でも、そういう反応もいつものことだぜ? オレさま強くてかっこよくて人気者だから、どーしたってオレさまのやることなすことぜんぶにむかつくヤツらが出てくるんだよな」
    「そういうヤツらに腹が立たねえんですか?」
    「ちっとも腹が立たないって言ったらうそになるが、いちいち怒り狂うのもあほらしいだろ? 実害がない限りはほっとくさ。オレさまを応援してくれるファンの方が多いし、それに何より、誰に何を言われようと、オレさまがかっこよくて強くて素晴らしいトレーナーであることに変わりはねえからな!」
     キバナが胸を張って言うと、ネズは苦笑した。
    「ナルシスト」
    「自信家と言ってくれよ。それに、オレさまが言ったことは事実だろ?」
    「おまえのそういう心の強さは、素直に尊敬しますよ」
    「ネズだって強いだろ」
     スパイクタウンが寂れる一方でも、ノーダイマックスというポリシーを貫くのが自分ひとりきりで他者の共感と賛同を得られなくとも、心折れずに努力を続けているのだから――そんな言葉も、キバナは言わない。言えるような立場ではないと、わかっているから。
     ネズは曖昧に笑うだけで、返事をしなかった。
    「マリィにも……おれの妹にも、同じようなこと言ったでしょう」
    「ああ、言ったな。オレさまに勝ってチャンピオンカップのトーナメントに進んだヤツ、全員に言ってる」
    「お世辞ですか?」
     ネズは真面目な顔で尋ねる。
    「リップサービス? ジムリーダーとして、チャレンジャーを励ますのが義務だから、それで言ってる? 本音ではそんなこと思っていないのに? 自分がダンデと戦うから、他のヤツらは戦えない、ダンデと戦わせないと、それが本音で、でもそれを隠して、心にはないことを言ってるんですか?」
     静かな雪の世界の中で、ネズの声はくっきりとしていた。雪の上に形がはっきりと残った足跡のようだった。
     ネズから怒気は感じられず、キバナを責めている様子ではない。ただ、とても真剣だった。とても大事なことを確認している、そんな真摯な雰囲気だ。
     だからキバナも居住まいを正し、真剣な面持ちで返した。
    「本心だよ」
     キバナの声も、静けさの中にくっきりと浮かび上がった。
    「チャレンジャーたちに対して、オレさまは心から、トーナメントで勝ち上がってダンデと戦えよって、そう思ってる。だから、その気持ちを伝えてる」
    「自分がダンデのライバルなのに?」
    「だって、オレさまを倒したチャレンジャーって、どいつもこいつも眩しいんだぜ! パワフルでエネルギッシュで情熱的で、きらきらしてんのよ」
     ユウリを、ホップを、マリィを思い出す。彼らとのジムチャレンジ戦を。みんな強かったが、それ以上に眩しかった。光り輝いていた。時代という大きなうねりをものともせず、未来へと果敢に突き進んでゆく、そんな力強さを持っていた。
     瑞々しい情熱に満ちた子どもたち。キバナは彼らを心の底から尊敬しているし、応援もしているのだ。だからこそ、ダンデと戦えよ、と声をかけた。
    「そんなきらきらしたヤツらなんだから、トーナメントを勝ち進んでチャンピオンに挑んでほしい、挑むのを見てみたいって、そう願っちまうだろ? おとなとしても、トレーナーとしてもよ」
    「でも、おまえはダンデのライバルでしょう? ダンデと戦い、倒すことを何よりの目的としている」
    「そうだぜ。それもオレさまの本心だ。自分がダンデと戦いたいって気持ちと、チャレンジャーたちがダンデと戦うのを望む気持ちが、同じだけの熱量で、オレさまの胸の中にあんのよ」
     キバナは自分の心臓の上を、指でとんとんと叩いてみせる。
     ネズは訝し気な顔をした。
    「矛盾してねえですか、それ」
    「してるかもな。でも、矛盾した気持ちでも、どっちも確かにオレさまの中にあるわけ。人間、そんなもんじゃね?」
     ひとの心というのは、必ずしも整然としているわけではない。散らかっていたり、ぐちゃぐちゃになっていたり、正反対のものがいっしょに存在していたりする。キバナの中に矛盾したふたつの想いが同居しているのも、決しておかしなことではないはずだ。
    「……まあ、そうですね。矛盾した想いを抱くこともあるか」
     ネズは納得したようにうんうんと頷いた。もしかするとネズにも、真逆の思いが胸中でひしめき合っていた、そんな経験があるのかもしれない。
    「納得してくれた?」
    「納得しました。もしうちの妹に心にもないことお世辞で言ってたんなら、余計なお世話ですって言ってやろうと思ってたけど、杞憂だったね」
    「あ、それで訊いたのね……」
    「あと、もしもキバナがダンデとの戦いを熱望しなくなっていて、それでチャレンジャーたちにあんなことを言ったのたら……そんな腑抜けとバトルするなんてつまらねえなって、そう思ったので。念のために確認です。自分が対戦する可能性がある以上、トーナメントに腑抜けが混じってるのはごめんだからね」
    「そりゃもっともな心配だ」
     キバナだって、トーナメントに腑抜けが混ざっていて、そいつとバトルをすることになったら、酷く不愉快に思う。
    「でも大丈夫、キバナはちゃんとしたトレーナーでした。これなら次のチャンピオンカップも楽しめそうだ」
     ネズはにんまりと笑った。チャンピオンカップが楽しみで仕方無い、と言うような表情だ。
     いつになくやる気に溢れているネズを見て、キバナは目をぱちくりさせる。
    「なーんかネズ、気合入ってない? やっぱ、妹が参加してるから?」
     実の妹と、チャンピオンへの挑戦権を——もっと言えば、チャンピオンの座をかけて争うかもしれないのだ。ガラル中どころか他の地方の人々も注目する大舞台で。キバナにはきょうだいがいないのでぴんと来ないが、きっと胸が躍るシチュエーションなのだろうな、と思う。
     ネズは少し迷うような素振りを見せて、それから、静かに口を開いた。
    「それもありますけど……おれ、今期限りで、引退するので」
    「へえ、そうなんだ……って、え? 引退? え? え?」
     予想外の答えに、キバナは一瞬、ネズが何を言っているのか理解できなかった。十秒ほどかけてようやく引退という言葉を咀嚼すると、前のめりになって「引退って、なに、何だよそれ? 急にどうして?」とネズを問いつめる。
    「急にじゃありません。もともと、いずれはマリィにジムリーダーを譲るつもりでしたから。今後は音楽に専念します。そういう話、キバナの耳には入りませんでしたか?」
    「いや……聞いたことはあったけど、でも……ただの噂だと思ってた……」
     どこかの誰かが勝手な憶測で広めた、根も葉もない噂話に過ぎないと思っていた。でも、それは、真実だった。
    「引退……引退か……マジでか……」
     引退という言葉がやけに重たく感じられて、キバナは項垂れた。自分でもとまどうぐらいに、ショックを受けていた。
     ネズはいつまでもジムリーダーを続けるつもりだと、勝手に思い込んでいた。そんな自分に、キバナは初めて気がついた。
    「……おまえ、いくらなんでも驚き過ぎじゃねえですか?」
     しょんぼりとするキバナの姿に、ネズはいささかうろたえているようだった。
    「引退するのはおれなんだから、キバナがそこまでしょげることねえでしょう」
    「うん、でも……ジムリーダーを引退したら、もうスタジアムの大舞台でバトルすることはなくなるだろ。それってすげえ、もったいねえなあって……」
     キバナは沈んだ声で言う。
    「だって、ネズ、いつもあんなに楽しそうにバトルしてたのに」
    「……は?」
    「ほら、ネズ、バトルしてるとき、たまに笑ってるだろ。あれって、バトルが楽しくて……ネズふうに言うのなら、ポケモンとのハーモニーが心地いいとか、そんな感じか? とにかく、楽しすぎて思わず笑っちまってるんだろ。そうやって楽しくバトルするネズのこと、いいなあって、ずっと思ってたんだよ」
     ネズはバトルの際、いつも足踏みをして、体を揺らしてリズムを取っている。そしてときおり、目を瞑りハミングしながら笑うのだ。楽しくて仕方なくて、自然に頬が緩んでしまったというような、自然で小気味いい笑顔。まるで音楽を満喫しているかのような、喜びと充実感の滲む表情。そんなネズの笑顔は、キバナの密かなお気に入りだった。
     だからキバナは、ネズとバトルをするたびに、彼の笑顔を確認しては、自分も小さく笑っていたのだ。バトルを楽しむネズを好ましく思ったし、キバナ自身もそうやってバトルを楽しめる人間でありたいと思わされた。
    「この世界でいちばんの勝者は、誰よりもバトルを楽しんだトレーナーなのかもしれない。バトル中のネズの笑顔見て、そんなことだって考えさせられたんだぜ。それぐらいいい笑顔で戦うネズが……そういうふうにバトルを楽しんでるヤツが、引退しちまうって……なんか、すげえ残念だな……」
     もうネズのあの笑顔を見られないのかと思うと、ほんとうに残念だった。
     落ち込むあまり溜め息を吐いて、そこでキバナははっとした。
     いけない、自分の思いを押し付けてしまった。ネズの人生はネズのものであって、キバナに口出しをする権利などないのに。
    「悪い、勝手なこと言った! ネズがどうやって生きていくかは、ネズの自由だもんな。オレさまがどうこう言えるもんじゃない。ほんとうにすまない、忘れてくれ!」
     キバナは両手を合わせて謝った。
     ネズはキバナから顔を背けている。もしかして怒らせてしまっただろうか、とキバナは慌てた。
    「悪い、ほんとうに……」
    「そんなふうに言われたこと、一度もなかったです」
     謝罪を繰り返そうとするキバナの声を遮って、ネズが言った。
    「バトル中に笑っているのを、そうやって肯定的にとらえてもらったことなんて、一度も……。煽ってるとか、余裕ぶってるとかは、言われたこと、ありましたけど」
    「はあ? ネズの笑顔、ぜんぜん嫌な感じじゃねえじゃん。見る目無えな、そういうこと言うヤツ……え、まさかネズ、バトル相手を煽るつもりで笑ってた?」
    「違います。キバナの言う通り、楽しくて笑ってるだけですよ。ポケモンとのハーモニーが心地いいと、笑っちまうんです、自然と。……でも、バトル中に相手に笑われたら、嫌な思いをする人間もいます」
     ネズはバトル中に強い言葉を使ったり、スタンドマイクを使った激しいパフォーマンスを披露したりする。それもあって、ネズの笑顔は相手の神経を逆撫でするためのものだと受け止める人間もいるのだと言う。
    「まあ、そういうこと言うヤツらは、ほんの一部なんですけど。でも、だからって、バトル中の笑顔をそうやって褒められたこともなくって……だから……その……」
     ネズは困ったように口ごもる。顔は相変わらずキバナから背けられたままで、表情はわからない。
     いつも自分の意見をはっきりと言うネズには珍しく、煮え切らない物言いだ。
     キバナは不思議に思ったが、ネズの耳が赤くなっているのに気づいて、ぴんと来た。
    「ネズ、もしかして照れてる?」
    「うっるせえ、黙れ」
     キバナが尋ねると、ネズはすぐさま荒っぽい言葉を投げてきた。だが、焦ったような上擦った声で言われても、ちっとも怖くない。キバナはなんだか愉快になってにやけてしまう。
    「笑ってんじゃねえですよ、このやろー」
    「えー、笑ってないけどー?」
    「顔見なくても、息遣いでわかります。あと声」
    「ふふ、さすが耳がいいな!」
     ネズは、はーあ、と深い溜息を吐くと、ゆっくりとキバナに顔を向けた。案の定、顔が赤く染まっている。拗ねたようにむっつりとした面持ちが、なんだかあどけなくて愛らしい。
    「……まあ、ありがとう、と言っておきます」
     釈然としない様子でネズは言った。キバナはにっこりと笑うことで返事をする。
     ネズはキバナから目を逸らした。むすっとした顔で、何もない中空をにらみつける。
    「……言っておきますけど、引退するのはあくまでジムリーダーという役割を、です。トレーナーはやめねえよ。やめてたまるか」
     ネズはものものしい語気で言う。ネズの横顔に力強い決意が漲っているのを感じて、キバナははっと息を呑んだ。
     光に乏しい雪の世界。その中で、ネズの姿だけ、眩い。眩くて、とても綺麗だ。
     力強さとは美しさでもあるのだと、キバナは思い知らされた。
    「そりゃ、ジムリーダーじゃない一般のトレーナーじゃ、スタジアムを使ってバトルなんかできない。そこらへんの草むらや市営のバトルコートでバトルするのがせいいっぱいだ。でも……かつてのジムリーダーがスタジアムでのバトルに招かれることは、珍しくねえでしょう。それに、ジムリーダーは引退するけど、もしおれが今回のトーナメントでチャンピオンになったら、さすがにその役割は放棄しませんよ」
    「……それは、つまり?」
    「つまり——おまえとまたスタジアムっていう大舞台でバトルする機会は、今回のチャンピオンカップが最後じゃねえぞ、ってことです。おれが笑顔になるかどうかは、おまえとおまえの相棒たち次第ですけどね」
     そう言うと、ネズは立ち上がった。体についた雪を払って、「おれはもう帰ります」と言って、駅舎に向かって歩き出す。
    「ネズ!」
     キバナはとっさに立ち上がり、ネズの腕を掴んだ。ネズは振り向いてくれなかったが、立ち止まってはくれた。キバナの手を振り払おうともしなかった。
     キバナの胸の中は、熱いもので満たされていた。嬉しかった。ネズがトレーナーを止めないといったことも、引退してもキバナとバトルをする機会はあると言ってくれたことも。
     だから、素直に「嬉しい、すごく」と伝えた。ネズは「そりゃどうも」と素っ気ない返事をした。
     だが、嬉しいと伝えるだけでは足りなかった。
     だからキバナは、ネズの腕を掴んだまま、言葉を続ける。
    「次のチャンピオンカップ、もし、オレさまとネズが当たったら……すげえ楽しいバトルにしてみせる。ネズがいままででいちばんいい笑顔になるような、そんなバトルにする。約束だ」
     言いながら、ネズの腕を掴む手に、力をこめる。
    「オマエの引退試合を、ネズのプロ選手人生の中で、最高のバトルにしてみせる、ぜったいに」
    「……その言い方だと、おれがおまえに負けること前提になりますけど」
    「そりゃ、オレさまはチャンピオンカップを勝ち抜いて、ダンデに挑戦するからな! そしてキバナさまが新しいチャンピオンだ! ガラル中が盛り上がるぜ!」
     キバナが堂々と断言すると、ネズはふはっと笑いを漏らした。
     そこでようやくネズはキバナを振り向いた。ネズは笑っていた。仕方ねえなこいつ、とでも言いたげな、困ったような、それでいて好意の滲む笑みだった。
    「おれだってチャンピオン目指しますからね。負けるつもりはねえぞ。でもまあ、楽しみにはしておきます」
     ネズはするりとキバナの手から腕を引き抜いた。キバナもネズの腕を無理に掴み続けようとはしなかった。
    「おれの最後の男になれるように、せいぜい頑張ってください」
     ネズはにやりと口角を吊り上げる。頑張れと言いながら、最後の男にはしてやらねえぞ、という気骨が伝わってくる。
     そうそう、ネズはこうでなくっちゃな、と思いながら、キバナも不敵な笑みを返した。
    「おう。ついでに、ジムリーダーじゃなくてただのトレーナーになったネズの、最初の男にもなってやるぜ」
    「欲張りですね。でも、それもおまえらしさかね」
     じゃあね、ばいばい、と言って、ネズは駅舎の中に消えていった。
     残されたキバナは、ぱんっ! と両手で頬を叩く。
    「よっし、やるぜ!」
     びっくりするぐらい、やる気になっていた。
     キバナは駅舎を離れ、山道を登り始める。気合を入れて頑張らねばならない。ダンデを倒すのはもちろん、ネズに最高の引退試合を贈りつけてやるためにも。
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