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    natsu_wan1

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    natsu_wan1

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    第1話

    Alice in battlefield『顔を上げろ!』

    通信機が、その力強い音声に震える。
    軍人然とした、張り上げられたよく通る声だった。

    『前を見て、状況を常に報告しろ。情報は我らが帝国の足場になる』

    打って変わって冷静さを含んだその声色は、先程の咆哮が戦闘員の士気を上げるためのものだったのだと確信づけられる。
    ここは戦場。C国との最前線。
    命を奪い奪われる、血生臭くも冷徹な戦争。

    「報告します!!A地区、第十三部隊!総員死亡、或いは動けないほどの重症です!残るは自分1人のみ!!」

    悲鳴にも似た、しかし決意だけははっきりとした声が口から出た。
    隊長の胸ポケットに縫い付けられたインカムに、縋り付くようにして報告をする。
    インカム越しの清廉ではっきりとした声は、『了解。近場にいる先鋭部隊を援軍として送る。援軍と共に戦線を抑えつつ待機されよ』とだけ言って音沙汰を消した。

    先鋭部隊?
    先鋭といえば、厳しい戦闘訓練が毎日行われている帝国軍内から、たった数人だけが選出されエリートとして更に厳しい訓練を受ける部署。
    だがエリートといえど、全員が駆けつけたとてたった数人。
    状況は絶望的だった。

    今ここで死ぬしかないのかと地面に転がるナイフを見て、後ろから吹いた風に顔を上げる。
    土埃が舞う。砂が目に入ったが、それすら気にできないほどに目の前の光景は現実離れしていた。
    宙に舞う鮮血。踊るように敵と敵を渡り歩き斬り伏せていく、赤く染まったナイフ。そして動くたび追従するように揺れる三つ編み。
    爛々と子供のように輝く、オレンジ色の瞳。
    先鋭のエース、シュエ・リアンだった。
    王子だなんだと持て囃される恵まれた顔面を赤黒く染め、一人で小隊を潰すほどのその強さに味方ながら喉が引き攣るような感覚を覚えた。
    へたりこんで動けないでいる自分の腕が何者かに掴まれる。かろうじて動く首で見上げると、銀色の髪が陽光を反射した。

    「大丈夫か?大丈夫じゃないな、脚が…ふむ、ニア!任せることはできるか」

    爆撃にやられた自分の脚を見て、ロイは僅かな逡巡を見せた後言い慣れたであろう名を口にする。
    ロイ。それにニア・アデル。
    どちらも先鋭部隊の一員だ。
    本当に助かったのだと全身から力が抜ける。

    「全く、何のために来たか分かんないよ。兵站部の手伝いで物資補給すれば帰れるって聞いたのにさ__」「愚痴は後だ。彼を手当てしたら俺も行く」

    会話だけ聞くと、穏やかな昼休みに交わされるそれと何ら違いはない。
    しかしここは戦場だ。改めて硝煙の匂いが鼻をついた。
    聞かされていたことと違うのだろう、気乗りしないとでも言いたげにナイフを宙に放って掴んでを繰り返していたニアが、前線に向かって走り出す。
    しかしC国も負けてはいない。仰々しい兵器を取り出し、いまだ戦闘を楽しんでいるシュエに向け撃ち放った。それは直撃して彼の片腕を吹き飛ばす。
    先鋭のエースの腕が。
    先ほどとは違う意味で自分の喉が引き攣ったのを感じた。
    爆発に巻き込まれたシュエは身体をよろけさせる。エースといえども人間だ。腕が無くなればそこにあるのは死で_

    「ニア!」

    シュエの咆哮が戦場に響く。バランスを崩したシュエを庇ったのはニアだった。ニアの腕を銃弾が掠める。遠くからでは視認できないが、シュエの顔が歪んだような気がした。
    騒音にまみれたこの場所で、ひとつの銃声が音を切り裂く。
    2発目を装填するC国の砲手が不意に崩れ落ちた。きっと先ほどのは先鋭の狙撃手、クロウ・カールハインツの放った弾丸だろう。
    鷹の目と呼ばれたその高い狙撃能力は、帝国陸軍でも一、二を争うほどだ。
    シュエを庇っていたニアが戦場でナイフを持ち直す。温厚で一番の常識人だと聞いていたが、顔一面に生ぬるい血を浴びておきながら動揺のひとつもしないその男が常識人だとは思えなかった。
    シュエほどではないが苛烈と呼ぶべきその姿に目を見張っていると、一本の長い、見慣れない武器が陽の光を浴びて輝く。
    髪の色と全く同じ長い刀身をしたそれを振り回し子供のように笑うロイは、先程までの思慮深い彼とは違うように見えた。

    開いた口が塞がらなかった。
    これが先鋭部隊。帝国陸軍内でも特に能力の高い人間の集う、エリート集団。
    本来の任務は襲撃をしてきたC国の部隊の全滅_戦力の3割を削ぐこと_だったが、先鋭部隊の介入により敵部隊は殲滅に終わった。

    ―――――――――

    「敵部隊の迎撃お疲れ様。負傷者は医務班に行って」

    硝煙と血の匂いを感じて、先鋭部隊が帰ってきたのだと気づく。
    セシリオは先ほどまで着けていたヘッドセットを外し、英雄たちを出迎えていた。

    「動けるか?」

    身長が一番近いのだろう、ロイに肩を貸されよたよたと歩く第十三部隊の兵士は、完全回復したとて再び戦場に出ることができるとは言い難かった。
    ロイの隣にいたクロウが道を開け、ロイとその兵士を医務班まで見送る。
    負傷者はその兵士とニア、それとシュエだけだった。

    「腕、またもげたのか」

    クロウが口を開く。目線の先はシュエの欠けた右腕。
    シュエは妙な笑い声を発して、そうなんですと頷いてもげた右腕を掲げて見せた。また、というのはやはり、不死身の王子という異名が信憑性に足るものだということだろう。
    クロウは呆れたようにその黒い手袋をした手で頭を抱えて、それから誤魔化すようにオールバックにした髪を後ろへ撫でつけた。
    肩にかけていた狙撃銃の銃床でシュエの背中を小突いて医務班へと急かす。兵站補給の予定だけだった先鋭部隊の戦力が予想外に削られたのだ。頭を悩ませるというのも頷ける。セシリオは内心でクロウに同情した。

    「あ、居た。セシリオさん」

    背後から声をかけられる。生真面目そうなその声音の主をセシリオは知っている。
    金色の髪を肩の上で束ねた青年。エトワール・アデルだった。セシリオは振り向いて首を傾げる。

    「どうしたの、エトくん。シャルさんとノアくんと一緒に仕事してたんじゃ」
    「シャルさんに言われたんです。連れ戻してこいって」

    後輩のような敬語は彼特有のものだ。実際に後輩、部下であるのだが、帝国軍ではそういう間柄であっても敬語を使わないことがままある。帝国の公用語に不慣れな外国人も数多くいる帝国軍だからこそなのだろう。
    シャルさん、と言われセシリオは頷く。シャルロッテ・ガウナ。情報部におけるリーダー的存在。
    セシリオの上司にあたる彼の命令だ。エトワールが仕事をわざわざ中断してセシリオを呼んできたことにも納得がいく。

    「全く、壊滅が確定している部隊の無線をわざわざとって。そんなことをするから仕事が回らないんですよ。ちょっと、聞いてます?」

    セシリオはエトワールの苦言に聞こえないふりをして、肩をすくめてみせた。エトくんは固いよ、なんて軽口とともに。
    それに若干腹が立ったのだろう。語気が強くなっていくエトワールの声に、一人が反応してみせた。

    「えっ、エトワールがいるの!おーい、エトワール!」

    クロウに背中を小突かれ医務班に向かったシュエの背中はもう遠い。
    それについていった筈のニアが戻ってきていた。シュエのように腕が吹き飛んだわけでも、第十三部隊の生き残りのように満身創痍なわけでもない。
    ただ腕を銃弾が掠っただけのニアは誰よりも元気だった。

    「…。セシリオさん、行きましょう」

    兄の登場により頭の冷えたエトワールは、顔面いっぱいに嫌そうな表情をニアに見せてから、セシリオを情報部の部署室へと手招く。
    エトワールとニアの兄弟間の確執はどうやら簡単には触れられず、セシリオも黙ってついていくしかないのだった。

    ―――――――――

    「おかえり、セシリオ。それにエトワール」

    セシリオとエトワールを出迎えたのは、妙に距離が近い男二人だった。
    童顔、と評するべきであろう丸眼鏡の男がもう一人の男の膝から降りる。肩にかけただけの軍制服の上着が翻った。あれはどうやって肩に固定されているのだろうか。
    セシリオは呼ばれた理由などそっちのけで上着の構造について気になりだしていた。
    膝に乗られていた方の男は静かに此方へ振り向き、おかえり、の意味を込めているのだろう、目を細めてみせた。首も少し傾げたのか、ピアスの十字架が揺れる。
    肝心の表情筋は少しも動いていなかった。

    「呼んだ理由は分かるな?俺たち情報部に、上層部から直々に命令だ」

    分かるな、と聞いておきながら一息のままネタバラシをしてしまうのだから、この上司もなかなかお茶目なものだ。
    キャスター付きの椅子で書類が山のように積まれた机の前まで滑ってきたノアは、
    山の一番上、ぽつんと置いてある茶封筒を手に取った。

    「シャル兄さん、上層部がデジタル化するのはいつなんでしょうね」

    愚痴じみた言葉を吐いてノアがシャルロッテへと話を持ち掛ける。どうやらその茶封筒が上層部から来た"御達し"らしい。

    「さあな。ただ上層部のことだ、何か思うところがあるんだろう。そうでなきゃこんな前時代的なやり方しないはずだ」

    シャルロッテは肩をすくめ、そうして手紙を受け取る。俺がこの手紙を欲しがってるってよく分かったな、なんて軽口をノアに言う。
    ノアが嬉しそうに笑ったので、この二人の信頼関係…ひいてはノアのシャルロッテへの敬愛は引いたとて裂けることはないのだろう、とセシリオは思った。

    「俺たち情報管理・保管部、略して情報部はその名の通り帝国陸軍の情報を司る。主な職務内容は情報の保存、書類の作成、管理。それと無線による戦闘員への指示だ」

    ふと、通信室の机に外して放置したままのヘッドセットを思い出す。
    あの兵士は助かったのだろうか。セシリオはああやって負け戦の無線に応えては、人として生き軍人として死んでしまうような人間を救っている。
    エトワールに先ほどされた苦言は今日が初めてではなかった。
    セシリオさんは甘いんですよ、と見透かしたように隣にいたエトワールが呟く。その通りだが、変えられないのだ。セシリオはその仕返しでもあるだろう軽口に、ただ苦笑いを見せるしかなかった。

    「仕事が増えた。ただでさえ多いのに。戦闘義務がないからって軽く見られてるよなぁ」

    そう言っておきながら怒ったような態度ではない。最年長であるシャルロッテは穏やかな人だった。それとは逆に最年少であるエトワールは、青さゆえだろう。またですか、と眉を顰め明らかに嫌ですと言いたげな態度をとっていた。
    あ、この態度、ニアに似ている。
    これを見れば分かる、とシャルロッテが封筒から取り出した手紙をセシリオとエトワールの眼前に広げる。
    小難しい文章で書かれた指示内容にセシリオもエトワールも同時に首を傾げた。面倒な言い回しというものは、如何せん分かりづらいものである。他国のものであるなら尚更。
    セシリオはイタリア生まれ、エトワールはフランス出身でどちらも帝国生まれではない。ノアもイギリス出身なので、この場においてその手紙を解読できるのはシャルロッテただ一人だけだった。
    二人の態度にこうなることが目に見えていたのだろう、シャルロッテは楽しそうに笑った後紙面の裏を見せてきた。上等な紙だと分かる、きれいな白だ。

    「要するに、だ。他部署のお悩み相談をしろということだな」

    再度文章に目を通したのだろう、もう必要ないと判断したのか手紙を封筒に収めながら、シャルロッテは分かったか?と二人を見やる。
    セシリオは頷き、エトワールは頷かなかった。

    「その程度なら全然構わないです。仕事も増えたうちに入りませんよね」

    「ただでさえ多い仕事が増えたと思ったのに。他部署のお悩み相談?他部署って先鋭も入りますよね?嫌ですよ」

    正反対の二人だ。ノアは俺はどっちでもいいですよ、とアイマスクをその長い睫毛に被せ、寝る体勢を作っている。勤務時間中に寝るのは彼の悪い癖だ。

    「嫌と言っても上層部の命令だ、エトワール。仕事だぞ仕事」

    シャルロッテの少し投げやりな説得にエトワールは自身が駄々を捏ねているということに気付いたのかひとつ咳払いをして、仕方ないですね、と納得してみせた。
    しかしセシリオは知っている。この顔は3割程度しか納得していない。
    生真面目な彼のことだ。仕事と言われればやってしまう。そう、たとえ大嫌いな兄の相談相手になることだろうと。

    「この話は他部署、もちろん先鋭にも伝わっている。情報部へお悩み相談する奴らも少なくはないだろう、情報の中心地だからな」

    相談役と相談される役で兄と対峙する状況を考えたのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔をするエトワールをシャルロッテは見ないふりをして、セシリオと今にも寝そうなノアに話しかける。
    やるぞー、というリーダーの掛け声におー、と反応する二人をよそに、やはりエトワールは乗り気しないままでいた。
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