意味のある恋ってあると思う?恋をしていた。
正確には、している。
アリスという女性はセシリオの心中で確固としてその存在を「有」たらしめていて、まあ、噛み砕いていえばセシリオは、アリスのことが大好きなのだ。
「セシリオ!」
そう。だから、こういう風に彼女の声を聞くたびに、心臓が早鐘を打つ。
自分でも少し、乙女チックすぎて気味が悪いとは思う。けれど、きっとこれは君が悪い。
顔を上げ先程セシリオの名前を呼んだ彼女の方を向けば、勝気に見える吊り目は眉尻を下げ笑った。
「あんまり仕事ばっかしてると、疲れちゃうよ」
「...その仕事を振り分けてるのは、君だと思うんだけど...」
アリスは上層部の人間だ。上層部といっても今は入れ替わって、ホワイトになっている...はずだが。
情報部の実質的な元締めである彼女に、仕事中は逆らえない。彼女である事実も書類の前では無意味なのだ。世界は無慈悲だ。
「でも今日は休みでしょ?ほら、仕事は終わり。僕と遊びに行こうよ、セシリオ」
「アリス...、行くって、どこに」
アリスは夏の陽光みたく眩しい笑顔で笑う。
「どこかへ」
未だ戦争の続く現代でも、バスは一応通っているらしい。休みは仕事か寝るかだったから、知らなかった。
デートと言って差し支えないそれに、年甲斐もなくそわそわするのを感じる。
私服へ着替えるために一度別れて、待ち合わせ場所で彼女の到着を待つ。
硝煙臭い制服を脱いで、適当に上着でも羽織って、思っていた以上に肌の露出が高い服を着ていたアリスに上着を被せた。
「あはは、男の子みたい」
「男だよ」
アリスはからかうみたいにセシリオを見やって、それから手を繋ぐ。
きゅう。胸が痛んで、顔が赤くなる。
咄嗟に熱い顔を腕で隠したけど、アリスはまたかわいいだなんて言って笑う。
これが幸せなんだろうなあ、とふと思った。
「アリス、好きだよ」
「くすぐったいなあ」
気付けば時刻はもう夜に差し掛かっている。
まだ薄暗いままの空の下、水色の瞳が照れたように笑って、それから近づいて、ぼやけて見えなくなった。
唇に感じる甘くて柔い感覚に、ほんの少しだけ情欲が湧いて出た。
それに気付いたアリスも、困ったような、照れたような笑みを見せている。
「今日、なんにも進まなかったね」
「なにが?」
「仕事」
「ああ...」
沢山残っている仕事にセシリオは嘆息して、隣にいるアリスを抱き込む。肌と肌が重なって、少し暑い。
アリスは背に手を回して、愛おしそうにセシリオを見つめ口を開く。
「ねえセシリオ。意味のある愛って、あると思う?」
ピロートークにしては、随分哲学的なことを聞いてきたアリスにセシリオはうーん、だなんて生返事をする。
「ない、んじゃない?僕らは多分、意味もなくお互いを愛してるでしょう」
「じゃあ、意味のある恋は?」
暗闇でも、アリスの瞳は綺麗に見えるなあと少し感心した。セシリオは言葉を続ける。
「ある。僕はね、君とずっと一緒に居たいって理由で君に恋をしたんだ」
...ほんの少しだけ、恥ずかしい。でもそれで満足したのか、アリスは幸せそうに笑ってセシリオを抱きしめる力を強め目を閉じた。
苦しいよ、だなんて笑ってアリスの髪を撫でて、セシリオも同じように目を閉じる。
意味を持って恋をして、意味もなく愛す。
それがずっと続けば良いなあ、と思った。