筋彫青年とも少年ともいえない年のいたいけな背中。そこには無数の噛み跡と、まだ途中の下書きの線が描かれている。
腫れの引いた肌に残る黒い焼け跡。絵が未完成である証拠だった。
「明日、色入れるんです」
カラ松は灰皿に潰されてあったタバコを拾ってジッポで火をつけると、深く吸って白い煙を吐きながら、自身に背を向けている相手に話しかけた。
「お前、未成年だろ。タバコやめろ」
「これからやくざになる男にそがなくだらんこと言わんでくださいよ」
ベッドがぎし、と音を立てて揺れる。
「ガキくさい筋彫りともこれでおさらばじゃ。ついでにあんたともな」
煙を吐くと同時にタバコを奪われ、仰向けに押し倒された。背中に柔らかいスプリングと濡れたシーツの感触が伝う。両腕を掴まれて身動きができない状態でベッドに縫い付けられてしまったが、カラ松はとくに気にした様子もなく、抵抗もしなかった。
覆いかぶさった男がカラ松の身体を品定めするかのように見下ろしている。
「鬼女は番のつもりか?」
「……ほうよ。鬼に嫁入りするんじゃ」
右胸に入れた鬼女が妖艶に微笑む。胸の絵と同じように口端を歪ませてカラ松は言った。
松能が弱井組に吸収されて以来、カラ松は組の再建のために身体を売っていた。真面目でよく馬鹿を見るカラ松には、恐喝や闇金をする能力も、薬の売買やタタキをする根性もなかった。金貸しとして東で名を馳せる東郷組の組長と寝て資金を工面する。カラ松にはそれしかなかった。男としてのプライドを捨て、売女の真似事をしてでも。これが組の為だと思えば辛くはなかった。カラ松や他兄弟の努力の甲斐あって、解散危機に面していた松能組は再見し、弱井組の傘下として収まった。そして明日、役職襲名のための盃事を行う。
「明日色を入れて、そんで松能の若頭補佐を襲名する。じゃけえあんたに抱かれるのもこれが最後じゃ」
そう言ったカラ松の首を掴んで酸素を奪い、男はそのまま乱暴に唇を貪った。
「ん、んン」
舌が絡んでうまく息が吸えない。口の隙間からよだれが零れてシーツが濡れる。
足を開かされたと思ったら、慣らしてもいないそこに捻じ込まれる。何度も男を受け入れているはずなのにいまだ慣れないこの行為にいつも呻き声が漏れる。
「ううッ、あ」
ビリッ、とくる衝撃のあとの燃えるような痛みに思わずのけぞった。
「っ、あ」
ヒク、と喉が鳴る。挿入されるときの穴が広がる感覚は、快感や恐怖よりも気持ちの悪さの方が勝る。
「未開通のお前に男を教えてやったのは誰だ?」
「っ、ぐ、う……」
「男に抱かれないと満足できない身体にしてやったのは誰だか言ってみろ」
「あ、……あんたじゃ、東郷さん」
強くゆさぶられるたびにベッドがぎしっ、ぎしっ、と耳触りの悪い音を立てて擦れる。
「金と男が手に入ったらはいサヨナラたぁ、お前も随分と悪女になったなぁ。え? カラ松」
「……あんたには世話んなった。ほいじゃけど、こん身体とオレの命はもう若頭のもんじゃ。補佐は若頭にすべてを捧げにゃいけんのじゃ」
「ああそうかい。でもなぁ」
わざと痕がつくように腰を掴んで奥深くまで突くと、この場に似つかわしくない甲高い声が部屋にこだました。
「こうやって俺に何回も突かれて悦んでる鬼女を知ったら、あいつはどう思うんだろうな」
カラ松は何も答えなかった。どう思うかなんて想像しなくても分かる。
好いた女が大嫌いな男に抱かれていた事実を知ったなら。たとえ関係をやめていたとしても、その過去だけはいつまでも残り続ける。
「知ってるか、東郷さん。鬼はな、鬼女より嫉妬深いんじゃ」
カラ松はふいに手を伸ばし、覆いかぶさる男の顔を両手で包み込む。
「あんたに抱かれてたことがバレでもしたら、ふたりともおそ松に殺されるかもしれん」
狂気のはらんだ瞳が男を射抜く。
「そんときは、一緒に死のうや」
薄く笑うその様は、まさに胸の鬼女の貌とそっくりだった。