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    sumire421232

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    sumire421232

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    ぐだぐだしてます

    ぐだぐだ喋ってるだけの若補佐うう、と喉に涎が絡んだ湿っぽい呻き声が木霊する。怯えと後悔が滲むその瞳からは涙の膜が張っている。
    そんな視線を無視して、松能組若頭は独り言のように言う。
    「うちは家族経営の不動産やっとるんじゃけど、カツカツでなぁ」
    数m頭上の豆電球だけが光る、かび臭い建物の中。若頭・おそ松の声が反射して響く。
    外からはかすかに聞こえる野鳥の音。
    生臭い血のにおいと冷たい空気が混じりあったここは、山の奥にある松能組管轄の潰れたバッティングセンターだ。寂れた緑網と長い間使われず錆ついたバッティングマシーンには埃が被っている。

    「そりゃ昔は不動産ゆうたらもう大金持ちよ。田園調布に豪邸建てても釣りがくる。……でもなぁ、今じゃぁぜっんぜん儲からん。なんでだかわかる?」
    おそ松の足の下で、目隠しをされて裸で縛られている男が震えながら俯いている。くぐもったうめき声だけが薄暗い室内に響いた。
    「聞いてんだから答えろや。抉るぞ」
    「若頭」
    縛り上げられた男の眼球にボールペンを突きつけようとしたところで、チョロ松が右手で制止に入った。
    「猿轡くわえとんのじゃけえ、聞いても答えられんでしょ」
    「あ、そうか。じゃあはい、いちまっちゃん」
    かわりに答えて、と言わんばかりの唐突な指名にも、後ろで見張る一松は動揺することなく口を開く。
    「組対が潰しに来よるからです」
    「正解。さすがインテリ~。あとで小遣いやるけえ、それで風俗行ってきてええよ」
    「あざーす」
    一松は口端をあげて頭を下げる。

    「暴対法ができてからサツが力つけちゃってな。こっちはあれよあれよと弱体化して、むかしは10万人くらいおったやくざがいまは1万ちょいしかおらんもん」
    胸ポケットから煙草を取り出して、オイルライターで火をつけるとたちまち煙草の臭いが充満する。「ま、それもしゃあないけどな。ちいとでも違法なことするとすぐとっ捕まえに来るけえの、やくざの商売なんかなーんもできん」おそ松は独り言のように呟きながら煙を吐いた。
    「もうやくざやっちょる旨味がないんよ。女にモテるわけでもなけりゃあ金があるわけでもない。まじめにリーマンしとったほうが儲かる始末。……昔はそこらにいる不良やホームレスに小遣いやって地上げして稼いでたんじゃけどね、それもなんだかんだでダメんなっちゃってさあ」
    暴対法の影響がじわじわと界隈を蝕み、暴力団が稼げる時代は終わった。おそ松は吸いかけの煙草を投げ捨てて革靴で踏む。

    「で、うちの親父……組長は昔気質じゃけえ、薬は一切やらんし、詐欺は半グレのやることじゃゆうてそれもやらん。賭博と風俗はまあ、一時期手ェ出しとったんじゃが、摘発されて潰れよった。あれもだめこれもだめ……んじゃぁ俺らは今、何して利益出しとると思う?」
    「うーっ、ううーーー」
    「そうそう。お前らみとぉなわるーいやつらから示談金ぶんどって、美味しい思いさせてもらっちょるんよ。必要悪ってゆうんかな? まあつまるところ、善良やくざってやつじゃな」

    おそ松はふいにしゃがんで、縛られて床に転がる男に視線を合わせる。
    「お。半グレのくせにええ腕時計しとるじゃん。ちょっと借りるで」
    かちゃかちゃと音を立てて男の腕からメタルベルトの腕時計を外すと、床に置き、その手でまた男の猿轡を外した。男はいきなり自由になった口から大きく息を吸って命乞いをしようと口を開けたが、おそ松がその口の中に腕時計を勢いよく突っ込んだので声にならない声が出ただけだった。
    即座に立ちあがって、這いつくばる男の頬を思い切り蹴り上げる。
    腕時計が入った男の口から血が噴出した。びしゃりとコンクリートに赤い液体が散る。固い腕時計で口内の柔らかな皮膚が破れ、中はズタズタだろう。
    「おっと足が滑ってもうた。すまんすまん」
    悪びれもせずおそ松は謝り、革靴のつま先についた血を気にしながら冷たい視線で悶絶する男を見下ろした。

    「んでここからが本題なんじゃけど」
    怯える男の前髪を掴んで無理矢理上を向かせる。
    「お前うちのモンに手出したんじゃってな」
    おそ松の目が男を捉える。
    「よりによって若頭補佐たぁ……、自分が何やったかわかっとるか?あ?」
    腫れあがった男の顔をじっと見つめて真顔で言い聞かせると、男は怯えたように何度もまばたきをした。
    「あれは俺のイロじゃ。お前も下っ端とはいえやくざの一員なら、人のオンナに手ぇ出した奴はこの業界でどうなるかわかっちょるよな」
    「っ、ふ、ううー」
    「本当なら今この場でバッティング練習の末にバラしてやってもええんじゃけど、あいつが人は殺すな言うとったけぇな。……それにほら、さっき言った通りうちもカツカツでよ。……わかるじゃろ?」
    「っ、うう」
    「ドラム缶に首から下埋められとぉなかったら明後日までに2千万。きっちり持って来いよ。逃げたりしたらお前はもちろんお前の家族も無事な保証はないけえの」

    掴んでいた前髪を離してその肢体を乱暴に蹴り上げると後ろを振り向き、「チョロ松と一松、これ山奥にこのまま置いてきて」と言った。
    「帰るときは一応Nシステム避けてってね」
    「え? 高速乗らんとここから家まで帰るのに3時間以上かかるんですが」
    「別にええじゃん。下道のドライブ楽しめば?」
    ふたりは面倒くさそうな顔をしながらしぶしぶ男の両脇を抱えて室内から連れ出し、ハイエースバンの後部に詰め込む。

    「若頭はどうしますか」
    「俺はカラ松待たせとる車でそのままデート行くけえ。じゃあね」
    そのまま背を向けるとさすがに後ろからふたりの文句の声が聞こえてきたが、おそ松は構わずに駐車場に行き、自前のベンツの運転席に乗り込む。

    助手席で暇そうに待っていたカラ松に声をかけた。
    「おまたせ。待った?」
    「いや、別に。でも」
    カラ松は少し呆れたような顔をしながらおそ松に向き合う。
    「相手の悲鳴みたいなんがここまで聞こえてきたぞ。……まさか殺してないじゃろな」
    「大袈裟なんだよ、あいつが。ちょっと蹴っただけじゃ」
    エンジンをかけると、組長が好きな演歌が流れ出す。ボリュームを小さくしてバックで一度車体を戻してから山道を下った。

    「……オレはかすり傷じゃけえ、そがーなことせんでええゆうたのに」
    「骨折はかすり傷とは言わんのよ」
    カラ松の左腕にはめられた白いギプスを見て眉を顰める。

    ようやく出所したと思ったら敵対組織の会長に腹を刺されて二週間入院し、やっと娑婆だとうきうきで退院した次の日に羽多暴会の半グレに拉致られてしまうカラ松の不幸体質と不運っぷりにおそ松は苛立っていた。まだ腹部の縫合が完治していないうちに骨を折られた挙句、犯されかける始末。
    その怒りの矛先はもちろん犯人に向かうが、ここで殺人でもしてまたカラ松が身代わり服役をしたらさらに20年は会えなくなってしまう。ここはぐっと堪えて法外な示談金で手を打つことにした。
    「こんなん放っときゃ治るわ。それに襲われたんはオレの不始末じゃ……。若頭のあんたが自ら腰あげてこがぁなことせんでもええ」
    「そういうわけにもいかんよ。出所したばっかで今の世の右も左もわからん生娘みたぁなやつがレイプ未遂されたんじゃけぇ。こっちもそれ相当の仕返しせにゃならん」
    「生娘……」
    自分に似つかわしくない単語に眉を下げつつおそ松の方を見る。
    「その言い方は引っかかるが……まあその通りじゃな。7年もムショ入っちょると完全に浦島太郎じゃ」
    この7年間で、世間はスマートフォン一色になり、支払いもほとんどキャッシュレスになっていた。さらにラインだのティックトックだのよく分からないものをトド松がやっていること、好きだったパン屋の100円あんぱんが250円に値上がりしていたこと、よく見ていたテレビ番組がとっくの昔に打ち切られていたこと等……変わったことはたくさんある。カラ松は世間だけではなく、自分の組織の変わりようにも驚いていた。
    「最近のシノギは……ああいうのが主なんか」
    「まあね。ここ数年でやくざには生きづらい世の中になったけえ。……お前が管轄しとった賭場も潰れて今は裏ブルセラショップになっちょるよ。そこも摘発されたら終わりじゃけど」
    「……」
    そういえば、先ほどいたバッティングセンターも7年前までは普通に営業していた。若頭とふたりで夜中に遊びに行ったこともあったなと思い出す。営業不振か、経営側の摘発か。どちらかは分からないがだいぶ昔に潰れてしまったのだろう。錆びた看板と二度と光が灯らないネオンの灯を思い出してはひとり寂しくなった。
    「でもまあ御覧の通り。一般人から金はとれなくなったけど、悪い奴の金はこんな風に奪えちゃうんよ。いくら暴対法いうても、やくざ同士のちょっとしたいざこざにわざわざ警察は介入してこんからね」
    山道で揺れる車体に身を任せながら、カラ松はため息をつく。
    「さっきの男から貰った腕時計、いる?」
    「え、いらん……」
    おそ松が懐から取り出した高級腕時計。貰ったというより奪ったと言う方が正しいそれには男の体液がべっとりと付着していた。
    「洗って換金したら80万くらいにはなるで」
    「気持ち悪いからいらん。血ぃついとるし……」
    「あそう。じゃあ捨てよ」
    窓をあけてそのままポイ捨てすると、何事もないように夜道を走る。
    「さてと、用事も済んだし……行きますか」
    「行く?どこに?」
    「どこって、久々に会った恋人同士が行くところっていやぁ決まっとるでしょ」
    まだピンときていないカラ松の横顔に、「ホテルに決まってんじゃん」と畳みかける。
    「マジかお前…。元気じゃな……。拉致暴行恐喝からのホテルって……」
    「だって、ずっとお預けくらってたんよ? 7年間ずっとお前のこと待ち続けて、やっと出てきた思ったら入院して拉致られてまた入院…って。こんなんひどいと思わん? 俺の性欲ももう限界」
    「オレ左手使えない」
    「無理せんようにするから、ええでしょ。何ならしゃぶるだけでもええから、な?」
    「はぁ……」
    この性格だ。
    以前会ったときとまったく変わっていないように見える。
    変化した世の中で唯一取り残されたような、自分を待っていてくれたような。そんなおそ松に呆れながらも、どこかほっとしている自分がいた。
    「それに7年ぶりに、その胸の鬼女様も拝みたいしのぉ」
    おそ松が片手でカラ松の胸をつつく。
    「俺のここの鬼も、嫁さんに会いたくて焦がれとるよ」
    カラ松が運転席側を見やると、おそ松のシャツがはだけて胸元から鬼の角が見えた。
    その絵を見るのも久しぶりだ。
    7年前、刑務所に入る前日が最後だった。熱くて火照った身体に浮かぶ鬼と鬼女。肌を重ねると互いの絵が折り重なりまるで逢瀬をしているようになる対の入墨。
    カラ松の胸がずくりと疼くのが分かった。
    「ほんならしゃぁないのぉ。久しぶりに逢瀬させてやるか」
    シャツの中にいる鬼女も心なしか嬉しそうに微笑んでいた。

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