ラック 今日はついてなかった。早めに家を出たというのに電車は遅れ、ギリギリで会社に到着。到着した途端にトラブルが舞い込み昼過ぎまで息つく暇がなかった。遅めの昼食を取ろうとすると月島の弁当を家に忘れたことに気づく。これが一番効いた。トラブルのおかげで進んでいなかった仕事を何とか片付け会社を出た。混み合った電車でどこぞの誰かに足を踏まれるわ、隣で中年サラリーマンたちが不必要なほどの大声で歓談しているわ。無駄に疲れが上乗せされた。
家に帰りつく頃にはボロ雑巾になったような気持ちだった。もうすぐに風呂に入って眠ってしまいたい。
「おかえりなさい」
出迎えてくれた月島の顔を見たら、身体の中に溜まっていた澱みがすっと消えた気がした。暗闇から急に光の下に出た時のように思わずぱちぱちと目を瞬かせる。鞄を受け取った月島は続けた。
「弁当忘れてましたね。俺食っちゃいました」
「うん……せっかく作ってもらったのに忘れてすまん」
「いえ、今日かなり手抜きだったし飯も柔らかすぎたんで逆によかったかもしれませんよ」
月島が作った弁当なら腐ってない限り食べるに決まっているのに、そんなことを言う。
「そういえば、ご実家から色々届いたので夕飯に使わせてもらいました。風呂も沸いてるんでどうぞ」
風呂は綺麗に磨き上げられていて、湯もちょうもいい温度だった。身体を洗い湯に浸かると眉間の皺がほどけていくのを感じる。今日のアンラッキーが全て身体からはがれ落ちていくようだった。
「やっぱり甘い醤油も美味いですね」
夕飯は鹿児島のものを使っているからか、懐かしい味がした。懐かしさと馴染み深い月島の味。何を言っていないのに慰められている気になる。
「食ったらさっさと寝ちゃいましょうか」
「そうする」
「今日もお疲れさまでした。いつもありがとうございます」
礼を言うなら私の方だ。いつも以上に穏やかで優しい顔をしている月島を見ていると、無性に泣きたい気持ちになった。決して今日が辛い一日であったとかそんなことではない。ただタイミングが悪く、とにかく怠く少し腹の立つことがあったというだけなのに。
「私は幸せ者だ」
「俺こそ、貴方のおかげで幸せですよ」
「私の方が幸せだ」
「ふ、どうしたんですか」
私だって月島に負けないくらい、月島を幸せにしてやりたい。負けてなるものか。
「月島のおかげで元気になった。明日から見ていろ」
「……?はい」