ボンボンのチョコレート「つきしまぁ、きょうなんの日かしっちょ?」
仕事がひと段落した月島のもとに、スキップしながら坊ちゃんが寄ってきました。仕事のできる月島は一瞬のうちに思考を巡らします。坊ちゃんに関すること、ご家族に関すること。誰の誕生日や記念日でもなかったはずです。
坊ちゃんがどういった意図で問いかけてきたのかは分かりませんが、知識として持っていた情報を答えました。
「今日は……色々ありますが、例えば褌の日ですね」
「ふんどし……?」
「昔、みんな使っていた下着ですよ」
メイドとして働き始める前、実は褌を愛用していたことは敢えて言いませんでした。興味津々な坊ちゃんに見せてくれと言われかねない。
未知の褌に思いを馳せる坊ちゃんでしたが、はっと気を取り直し続けました。
「あ!ちご、きょうはバレンタインじゃ!」
「あぁ」
バレンタイン。日本においては、女性が男性にチョコレートを贈る日として浸透しています。昨今では多種多様にプレゼントを贈り合うイベントになってきている傾向もあります。
月島としては世間ではそういったイベントもあったなという程度で、おのれには関係ないものと認識していました。
「確かにバレンタインでもありますね」
「うん。だから、これあぐっ」
「……?」
坊ちゃんは手のひらに収まる程度の小さな箱を差し出しました。受け取ると箱の中で何かが転がる感覚があります。促されるまま箱を開けました。
「……チョコレート、ですか」
「トリュフチョコじゃ」
箱の中にはココアパウダーをまとった不揃いのトリュフチョコが入っています。ふと、月島は坊ちゃんが昔作っていた泥団子を思い出しました。
「まえやまたちにおしえてもらった!」
「え、坊ちゃんが作ったんですか」
「うん」
誇らしそうな顔で坊ちゃんは胸を張ります。月島は思わぬ贈り物にどう反応しようか迷い。迷いに迷いつつ、数秒で行動を起こしました。
「えぇと、では、いただきます」
「……!」
指でひと粒摘み上げ、ゆっくりと口に運びます。食べ物であればこの場で食べて見せるのが一番いいと判断しました。坊ちゃんは目を輝かせその様子を見守っています。
チョコを舌に乗せるとすぐに表面が柔らかくとろけました。じわりと甘みが広がり、舌でつぶすと柔らかくほどけていきます。中味は甘めではありましたがココアパウダーがほのかに苦く、味のバランスがうまく取れていました。前山たちが手伝ったとはいえ出来が良いと、月島は素直に感心します。
「とても美味しいです」
「ふふ、よかった!」
「わざわざ作ってくださってありがとうございます。ご家族にもお渡しに?」
「いや、つきしまだけ」
てっきり家族に贈るついでと思っていた月島は密かに狼狽します。
「……なぜ、私だけにくださったのですか?」
「キェッ……つきしまぁ、でりかしーがないな」
坊ちゃんは両手を後ろで組み、赤らめた顔を伏せました。
「じゃっで、バレンタインだって……」