気まぐれマイキャット/Thank God It's Friday気まぐれマイキャット
ネズという人間は、最高にカッコいい。それは今では半同棲という言葉に置き換わったゆるいルームシェア生活の頃から…否、ネズという人間の魅力をオレが認識した時から常々思っていた事だった。強くしなやかで、しかして繊細な芯を持った男。ともすれば折れそうな細身の体に確かな意思を秘め、唯一試合が広く興行化されないジムながらガラルで二番目に強いジムリーダーの座を守り続けてきた男。タチフサグマのような反骨精神を、ズルズキンのような気性の荒さを、カラマネロのような聡明さを、スカタンクのような執念深さを、ストリンダーのような二面性を持った男。
しかし、晴れて恋人の座を手に入れてから気づいた事がある。ネズは、カッコいいのと同じくらい可愛いのだ。元々ネズはあまり自己評価が高い方ではない。それは彼の歌の歌詞にも如実に表れていたし、付き合い始めてからも「おれがお前みたいな人気者の恋人だなんてお前のファンに刺されませんかね?」なんて真剣な顔で言う。むしろガラルのロックシーンを牽引するスターと付き合っているだなんて刺されるのはオレさまの方だと思う。懐に入れた人間には甘い男だというのは知っていたが、甘やかされるのは慣れていないと彼自身無意識に線を引いていた所があった。
そんなネズが、最近「オレに愛されている」という自信を得てきたようなのだ。最近などオレがネズのことを可愛いと思っている事すら把握している節があり、わがままを言ってくれるようになった。馴染みの凛々しいレパルダスが自分にだけ腹を撫でさせてくれるようになったようで本当に可愛い。恋に盲目なオレにとってはもはやレパルダスどころかチョロネコのようで、あくタイプの天才とはこの気紛れな小悪魔気質の事ではないかとすら思っている。そう言ったらじっとりとした目で無言の抗議を受けたのだが。そんなうちの可愛いチョロネコちゃんは、部屋着にしているオーバーサイズTシャツから真っ白な素足を覗かせて、そこにオレが贈ったニーハイブーツを履いていた。オーバーサイズTとは言ってもオレがジャストサイズで着るTシャツをネズが勝手に部屋着にした結果大きすぎてワンピースのようになっている、というだけなのだが。
「こういうの好きでしょう、キバナ?」
恋人になってすぐの頃、MVの衣装…それも靴を選ばせてくれるというネズの言葉を聞いたオレは翌日にはもうハイブランドが軒を連ねるナックル旧市街の九番街に向かっていた。ファッション好きのオレは頻繁にここを訪れているが、ネズの物を選ぶための訪問は初めてだった。お互いの服の趣味が大きくかけ離れている事や公表までは入念に交際を隠す約束をしている事などの理由で、外出用の衣類は暗黙の了解として不可侵の分野であったのだ。少しずつネズの人生にオレを組み込んでいってくれている感覚が嬉しかったのをよく覚えている。とはいえオレの好みよりもまずはネズに似合うか、更に言えばネズの音楽に合うかだ。そもそもネズはあまり凝ったMVを出す方ではなくて、たいていがライブ映像の録画だ。何度も映像を撮りなおしている時間があったら音楽のクオリティアップに充てたいというのがネズの主張だ。今回の曲もそうするつもりだったのだが、契約しているレコード会社の社長からイッシュ展開を見据えた結果どうしてもと頼み込まれたらしい。世話になっている人間に頭を下げられれば断り切れないのがネズという人間で、そんな所も彼の好きな所ではあるのだが。話はそれたが、とにかくネズにしては本当に珍しいといえる本格的に世界観を作りこんでのMV撮影、その衣装の一部を調達するという大役を担う事になったのだ。
(後略)
Thank God It's Friday
「だんでくん〜〜!!!なんだこのワガママなおっぱいはぁ!!もっちもちじゃん!!!はぁ〜〜こんなおっぱいでチャンピオンはむりでしょ、よく十年もできたねえ〜〜えらいよだんでくん!むちむちふわふわおっぱいあったかい…えへへへ」
飲みの席にいきなり呼び出されてみれば、知人の今をときめくポケモン博士が泥酔して彼女の幼馴染みである元チャンピオンの胸筋を揉みしだいていた。どんな状況だ。そしてその隣には。
「あ〜〜ねずだ!ねずぅ、待ってたんだぜねずぅ♡ねず♡」
顔面600族とすら言われる整った顔をとろけさせ、ドロドロに泥酔して甘ったるい声で自分を呼ぶ友人。その間でげっそりしたような顔をしている元チャンピオン、現バトルタワーオーナーがここにおれを呼び出した相手だ。
「ああネズ…助かったぜ」
「まだお前を助けるとは言ってないんですがね」
「嘘だろ!?」
こちらの姿を認めたダンデはあからさまにほっとした顔をするものだから、悪戯もしたくなるというものだ。
事の発端は、ダンデから入った一本の電話だった。曰く、キバナとシュートシティで飲みの約束をしていた所に学会の聴講で同じくシュートに来ていたソニアが合流。最新の流行ファッションや注目のブランドなどの話で二人が意気投合しているのをダンデが微笑ましく眺めている間に酒がハイペースで進んでおり、いつの間にかぐでんぐでんになっていたのだと言う。ルリナがヤローとデートでストッパー不在だったのだ。明日はジムリーダーの定例会議だというのにこいつらは。呆れた声で場所を問えば、かつて成人したばかりのダンデに教えてやった飯のうまいパブだった。ふらっと飲むのにも使い勝手がいいし、個室を用意してもらう事もできる。なんといっても、どこで何を食ってもスパイクの1.5倍は下らないシュートにしては安いのも田舎育ちのおれ達にとっては大きな魅力だ。なんとも律儀な事に、彼はシュートシティでおれに用事があるときはいつもこの店を指定してくるのだ。裏を返せば、おそらくは自分で店を開拓していないという事だろう。
「それにしても…ソニア博士は学会今日まででしたっけ」
「ああ。明日会議後に一緒にハロンタウンに帰るつもりだったんだ。母さんとホップに土産を買おうとしたんだが、ソニアにセンスが悪いと怒られてな。一緒に選んでもらうつもりだったんだ」
「キバナと話が合うくらいなんだからセンスはいいんでしょう、有難い事じゃないですか。まあ、二日酔いしてなかったらの話ですが」
「ああ、ソニアは二日酔いがキツいタイプなんだ。オレが会議の間ブティックを数軒見たいと言っていたし、一泊追加になるだろうな…」
話題の中心になっているソニアはと言えば、今度はダンデの腕をもちもちと触りながら寄りかかってほぼ寝落ちていた。触られているダンデはダンデでソニアの胸が当たっているのを気にしながら生娘のように赤くなってこちらに助けを求めている。巻き込まないでほしい。
それよりもダンデがおれを呼んだのは、その反対側でムカつくほど長い脚を放り出して抱っこをねだるエレズンのように両手をこちらに伸ばしている男の事でだろう。
「ねずー!へへへねずだぁ、おれさまのことむかえにきてくれたんだなぁ」
「ソ、ソニアはおれが送らないとだからな。キバナの事は頼んだぜ」
「たのんだぜー!」
上機嫌ににこにこと笑いながら舌足らずにダンデの言葉を復唱する様はまるで幼児、ヌメラのようにとろける笑みは愛嬌たっぷりでどんな大人が見てもメロメロになってしまう事だろう。とはいえこいつは幼児ではないのだ。ガラルの平均身長をゆうに二十センチは超え、さらにその長身にスポーツ選手のような筋肉を併せ持つ恵まれた体躯の持ち主だ。頼んだぜも何も、おれのような痩せぎすでは何も頼まれられない。こいつに肩を貸してタクシー乗り場へ行くことすら難しいだろう。
「泥酔してからキバナはずっと君の話をしていたんだぜ。途中でネズがいない…って泣き始めてな」
「ガキかよ…」
「君を呼ぶと言ったら泣き止んで上機嫌になったから似たようなものだな。もしタクシーが必要なら店の前に呼べるが、どうする?」
「その前におれも呑んでいっていいですか?ちょっと酒の気分だったんだよね」
「もちろん。君は仕事だとキバナから聞いていたから誘わなかったが、本当は予定が無かったら来てほしかったんだ。プライベートで話すのも久しぶりだろう」
「そうだね、お前もおれも新しい環境になりましたから」
(後略)