sweet iced memory街路樹から聞こえる大声で念仏を唱えるかのような蝉の鳴き声。
ビルの窓ガラスは陽光を照り返し、ギラギラと光っている。
アスファルトからは熱気が立ち上ぼり足元を揺らめかせていた。
夏、真っ盛り。
(あ、暑い…)
家電量販店のビルから出たロックは、もう少し涼んでからにしようと、店内に引き返した。最近は家電だけでなく食品や日用品、オモチャまでなんでも置いてある。あてどなくぶらぶらしていたら食玩のコーナーで珍しい姿の知った顔を見つけた。
サングラスにネイビーブルーのTシャツ、七分丈でカーキ色のカーゴパンツに足首の部分がくしゅっとした薄そうな濃いグレーのショートブーツ、白い革の手袋に工具が入ってそうなウェストポーチをして腰に黄色いマフラーを巻いている。
(あれは、ブルース!?)
手に持っているものはロックが毎週楽しみにしている特撮テレビドラマの可動式フィギュアの食玩だった。
「あ!それはいつも売り切れてるブルーン!!」
うっかり声にだしてしまったロックに気づいたブルースは箱を棚に戻しそそくさと立ち去ろうとする。
その背中には赤い文字で"broken heart"と書いてある。
「ま、まってブルース!」
待ってと言われて待つブルースではない。
「アイス、奢るから!!」
魅力的な提案をされブルースは足を止めた。いつもロボットや機械の修理をして日銭を稼いでいるのだが、暑くてサボっていたら金欠になっていたのだ。日中は冷房の効いた商業施設の中を散歩するのが最近の日課になっている。
「いいだろう」
振り向いた胸には割れた赤いハートが描かれていた。
(シャレにならないよブルース…)
ロックはブルース渾身の自虐ネタに心のなかでツッコミを入れた。ビルを出て近くのサーティワンに向かう。
「いつものコートじゃないんだね」
トレンチコート姿を見慣れているせいか、ロックは今のブルースの姿をとても新鮮に感じる。
「くそ暑いのに着てられるわけないだろ」
「マフラーは外さないんだ」
「…ノーコメントだ」
無言で並んで歩いていると
「…手でも繋ぐか?」
ブルースが妙な提案をしてきた。
「繋がないよ!!」
反射的に答えるロック。ロールちゃんとでさえ手を繋いで歩いたことなどないのに、何故か残念そうなブルースは何を考えているのか分からない。
店に着くと店の前の幟には『チャレンジ・ザ トリプル!』と書いてあった。ダブルの値段のままトリプルにできるというお得なキャンペーンだ。
注文するために列に並んでいる間に何にするか考える。
(やっぱりホッピングシャワーかなぁ…スイカサマーも美味しそう…新フレーバーも捨てがたいし…)
優柔不断なロックに対しブルースは順番が来ると迷いなく注文する。
「クッキークリーム、レギュラー3つ、カップで」
「同じの3つも頼むの?」
「悪いか?」
「いや、いいけど…」
「お前も早く注文しろ」
「じゃあ僕は…マスクメロン、レギュラー、コーンで」
会計に進んでロックは重大なことに気づいた。
「ごめんブルース!僕買い物で使うぶんしかお金持ってきてないんだった…」
「!?…俺が払おう」
かくして金欠のブルースは、なけなしの全財産の中から二人ぶんのアイスクリーム代を支払った。店内のイートインスペースに座る。
「君もクッキークリームが好きなんだね」
夢中で食べていたブルースはロックの言葉にプラスチックのスプーンでアイスクリームを掬う手を止めロックのほうを見た。
「ライト博士もね、いつもクッキークリームを注文するんだ。それでね、家の冷凍庫にもいつも買い置きしてあって、すぐには食べずに3ヶ月くらいたってから新しいのを補充して古いほうを食べるんだ。まるで誰かのために取っておいてるみたいなんだ。自分は食べないのに僕やロールちゃんが食べると怒るんだよ?」
いったい誰のためのアイスなのか、ロックは不思議に思っていた。
「…俺は別に、今日はたまたまクッキークリームの気分だっただけだ」
スプーンでアイスをつつきながらブルースは苦しい言い訳をした。
(気分で3つとも同じの頼むかなぁ…)
アイスを食べながらロックがまた心のなかでツッコミを入れていると
「ところでロック、ラッシュは喚べないか?」
ブルースが尋ねる。なんだか震えている。トリプルにしたものの、きっと寒くて食べきれないのだ。コーンまで食べ終えて答える。
「ラッシュには食事機能は付いてないから無理だよ」
「そうか…」
そう言って席を立つブルースを追って店を出る二人。
「仕方ない…出てこいシャドー!!」
いきなり何を言い出すのかと驚いてロックはブルースを見上げた。
「呼んだでござるか?」
すると本当にシャドーマンがどこからともなく姿を現した。
「やるよ、これ」
そしてブルースは食べかけのアイスをシャドーマンに渡して
「じゃあな」
と言って灼熱の街に消えた。
(君とシャドーマンはいったいどういう関係なの…?)
ロックにとってブルースの謎は深まるばかりだった。