スノームーン'23やっと一日の作業が終わった。
椅子に座ったまま背伸びをして時計を見ると時刻は午後8時を回っていた。
いそいそと隠していた指輪を付けてから誰にも見つからなさそうで、なおかつ月がよく見える場所へ向かう。
実際、いるかどうかわからない。
祈るような気持ちで、その場所へ降りた。
「ブルース」
青白い月明かりに照らされた赤いメットに、黄色いマフラー。その姿は妙に儚げで、今すぐにでも腕の中に存在を感じたい思いに駆られる。
「よくわかったな、メタル」
振り向いた手に持つE缶からは白い湯気がでている。俺が来るまでずっと温め続けていたのだろう。
「来なかったらどうするつもりだ?」
前もって連絡してくれたら、待たせずに済んだのに。
「べつに……ほら」
そう言って、E缶を渡してきた。あえて左手で受けとる。温かい。ブルースの心そのものみたいに。
「わざわざ付けてきたのか、それ」
「付けられるときのほうが少ないけどな」
この指輪は去年のバレンタインもといスノームーンの日にブルースから贈られたものだ。ブルースと会うときは必ず付けるようにしている。
「温かいうちに飲んでくれ」
言われるまま、E缶を開封してマスクを外して口をつける。チョコの味がする。
「甘いな、でも美味しいよ」
「今回はエクアドル産のカカオ豆にしてみたんだ」
E缶を飲みながら、しばらくチョコ味E缶の作り方の説明を黙って聞いていた。
「もちろん泊まっていくよな?」
「E缶ひとつで泊まれるなんて安い宿だな」
何と答えようと帰すつもりなど毛頭なかった。俺はチョコよりもっとずっと甘いものが目の前にあって食べたくて仕方ないのに、ブルースは軽口を叩く余裕があるようだ。
「じゃあ合言葉も付けてもらおうかな」
距離を詰めて腰に手を回し、片方の手で顎を軽く持ち上げた。
月明かりは優しくバイザーを透かしていた。
拒まれるかと思いきや、
ふっ、と細められた瞳に惑わされた瞬間。
背伸びをしたブルースに口付けられた。
「……愛してる。メタル」
素直すぎる。背筋がヒヤリとした。
「俺も、愛してる」
言ってしまえば堰を切ったように想いが止まらなくなる。
嫌な予感は置いといて、今は沸き上がる衝動に身を任せた。
今度はこちらから貪るように口付ける。
もどかしくてブルースからメットを剥ぎ取った。
もしかしたら今日が最期かもしれないと思いながら何度も何度も愛情を確かめるようにキスをした。
快楽の波に流されてしまう前に唇を離し、ブルースを抱き締めた。
「さきにメンテナンスしよう」
「ん……」
逃げられないように抱き上げて、メンテナンスルームに向かう。
いつの間にか腕のなかで眠っていたブルースを作業台に横たえて検査を行った。やはり危惧していた通り右目の神経回路に進行性の腫瘍ウイルスが見つかった。おそらく右目は全く見えていなかったはずだ。このまま放っておけば右半身の神経回路にも支障をきたすだろう。製作者でないと修理できない類いの厄介な故障だ。
「……はぁ」
俺はひとつため息をついてから、気を引き締めて、ブルースの頭部を体から切り離す作業に取りかかった。
*
結論から言うと、ブルースの目を治すためのミッションは成功した。
簡単に説明すると、俺はブルースが目覚めないようにしたうえで、とある手段を用いてライト研究所にブルースの頭部を届け、ライトを脅して修理させ、再度基地に届けさせたのだ。
そして今日は2月の14日、修理完了したブルースを自室に運び目覚めさせた。
「……あ、見えてる」
「見えてる、じゃない!こっちは大変だったんだぞ」
「……」
髪にツヤが戻り肌も磨かれてやたらと綺麗になった素顔でブルースは俺を見上げてきた。
「やっぱり凄いな、メタルは」
「……っ」
誰かに誉められても、当然すぎて嬉しさなんて感じやしないのに、どうしてブルースに誉められると訳がわからないほど気分が高揚してしまうのだろう。
敬愛に満ちて潤んだ瞳は誘っているようにしか見えなかった。
「抱いていいか?」
「……聞くな」
照れるところも可愛い。
「チップ入れるから戦闘モードを解いてくれ」
言われるままに戦闘モードを解除して、全裸になるブルース。普段はマフラーで隠された首もとに、武器チップと同じ要領で機体を女体化させるチップを射し込む。すると胸にマテリアルでできた柔らかな乳房と下半身に女性器が出現した。性交渉するための器官を持たないブルース専用に開発したチップだ。俺自身も戦闘モードを解除して全裸の状態になる。以前ロックマンに対抗するためにワイリー博士によって改造されたことで、より人間に近いコミュニケーションを取れるようになった。真っ先に博士の実験台になれることは初号機としての役得かもしれない。
「メタルが俺の右目になってくれれば治さなくても良かったのに」
胸元に顔を埋めた俺の髪を撫でながらブルースは呟いた。
「ブルースの介護してる暇は俺にはない」
ワイリー博士からDWNを統べることを任されている俺には自由など無いに等しかった。
ブルースが会いに来なかったら俺は接点を持つことさえままならない。
「……意地張ってないでライトのとこに戻ったらどうだ?」
顔を上げ聞いてみる。股のあいだで反り返るモノのせいで格好がつかない。
「お前が暇になったら考えてみてもいいかもな」
ワイリー博士が世界征服を諦めない限り、俺は暇にはならないだろう。
ブルースが言いたいのはそういうことだ。
だから俺たちの関係はずっとこのまま。
「俺が暇になったら覚悟しておけよ」
俺は宣戦布告をしてブルースにキスをした。もうおしゃべりを続ける余裕などなくブルースの体を、その反応を、余すことなく味わい尽くす。
帰ってこないことだって、ロックマンが機体を奪還しにくる可能性だってあった。
ブルースはライトに今でも大事にされていて本当はいつライトのもとに戻ってもおかしくない状況だった。
でもライトのもとに戻ればもう俺がブルースのメンテナンスをする必要もなくなる。
ブルースはライトじゃなくて俺を頼って、俺に判断を任せたのだ。
それがどういう意味なのか、やっとわかった。
「……泣いてるのか?」
「ブルースが心配させるからだろっ……」