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    kurasekan

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    kurasekan

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    作家紀行~そこに在る💎兄弟~

    担当地 香i川i県/丸i亀i城
    転生軸現パロ。前世の記憶はあるかもしれないし、ないかもしれない。幼いころから繰り返し丸i亀i城を訪れていた弟宇です。親族捏造注意。

    2022年10月30日(日) 一斉公開

    俺たちの城 俺たちにとって、丸亀のばあちゃんの家に行くことはすなわち、城に行くこととほぼ同義だった。
     麓の遊園地や動物園によく行った。ばあちゃんから小遣いをもらって、小さな観覧車に乗ったり、アヒルにエサをやったりした。
     傾斜がきつい見返り坂を、兄さんと競って何度も駆け上がり、駆け下りた。駆け下りるときが特に爽快で、傾斜で弾みがついて速く走れた。たまに足がもつれて転ぶこともあったけど。
     毎年五月ごろにある祭りにも何度か行った。音頭の歌詞が書かれたうちわが、実家に何本もあるのはそのためだ。城の周り一帯の道路を車両通行止めにして、地域の人や地元の小学生が踊る丸亀踊りに、兄さんもたまに飛び入り参加して楽しそうにしていたのを覚えている。多分、今でも兄さんはあれを歌えるし踊れるだろう。



     あれからどれぐらい経っただろうか。
     遊園地と動物園は、俺たちが成人する前に廃園になった。切符売り場も少し前に取り壊された。
     ばあちゃんが「あんたらよう上るなあ。ばあちゃん休み休み行かな無理やわ」とこぼしていた見返り坂には、いつの間にか手すりが設置されていた。
     件の感染症への懸念から、去年も一昨年も祭りは中止になり、今年になってようやく制限付きで開催されたと聞く。
     そして、何よりも大きな変化といえば……石垣の崩落だ。



     「俺さ……どっかで、ばあちゃんはずっとあのままだって思ってたんだ。頭も、ちょっと前まではっきりしてたしさ」
     タイピンのない黒ネクタイを中途半端にほどきかけたまま、紅い目をもっと赤くして、兄さんがつぶやく。手には、弔事には不釣り合いな派手なラッピングを施した包みが、申し訳なさそうにうなだれている。
    「そんなわけないのにな」
     ばあちゃんは、いわゆる独居老人だった。
     父さんが東京の、俺たちの家から近い老人ホームへの入居を勧めたこともあったが、ばあちゃんは頑として聞き入れなかった。生まれたときから丸亀に住んでいたばあちゃんは、終ぞ丸亀を離れることはなかった。
    「片付け終わったら……やっぱ、壊すんかな、この家」
    「……そうなると思う。だいぶ傷んでるし」
     答える俺だって、遺せるものなら遺しておいてほしい。ばあちゃんがいなくなった今、俺たちに遺された丸亀のよすがは、ここと、城だけだから。
    「……城、見に行ってくる」
     次第に震えつつある声をどうにか平坦に保って、俺は立ち上がった。どちらかというと、このままでは泣いてしまいそうな自分を誤魔化すための部分が大きかったのだけど。
    「……兄さんは?」
    「……崩れちゃったじゃん、石垣」
     兄さんに決して悪気はないのだ。先ほどばあちゃんの遺体を見送ったばかりだ。これ以上、自分の大事なものが取り返しのつかない状態になっているのを見るのは、耐えかねるのだろう。
    「……暗くなる前に戻るって、父さんたちに伝えといて」

     十月も半ばを過ぎ、吹く風が少し冷たい。ジャケットも着てくればよかったと、やや後悔しながら芝生広場の側道を行った。資料館の横を通れば、その先は立ち入り禁止だ。

     ネットニュースで見て、知ってはいたけれど。
     崩れた土砂が残酷なまでに木々を巻き込んで。かけられていたであろうビニールシートは、人間の力など知れたものだと嘲笑われるかのように引き裂かれていて。それらの景色が、涙で歪んでいくのがわかった。
     正面から見なくたって、直感で悟った。
    これはもう、きっと元には戻らないんだ、と。



     それからさらに四年が過ぎた。



    「兄さん、描けた?」
    「待って、もうちょい」
     城の北東にかかる「みその橋」から、城内に入ったのが大体一時間ぐらい前。そこから搦手門方面に歩いて、萩の広場に差し掛かったとこで兄さんがスケッチブックを広げだした。萩の花の見ごろにはやや遅く、もう八割ほど終わってしまっている。それでも兄さんは、飛び石のひとつに腰を下ろして、無心に色鉛筆を走らせていた。一本一本に金色の文字で「祝成人 宇髄天元 二〇一八年十月三十一日」と刻まれた色鉛筆。背の高い木々が濃い影を落としているこんな場所で、よくそんなに描けるものだ。
    「萩の花見てるとさ、萩おこわ食いたくなるよな」
     わずかに残った濃い紫の花弁をスケッチブックに咲かせながら、兄さんが言う。
    「ばあちゃんの萩おこわ、好きだったわ」
    「今夜作ろうか。俺、前に教わったから」
    「え、何それ、俺教わってないんだけど!」
    「兄さんめったに料理手伝わなかったでしょ」
     何だよそれ、と少し膨れる兄さんを尻目に、買い物メモを取り出して小豆と枝豆を書き足した。
     萩の広場。ここだって昔から俺たちの遊び場で、季節によって姿は変われども、そのサイクルは少しも狂わずに保たれている。
     でも、兄さんには今日、もっと見てほしいところがあった。それなのに午後四時をとうに過ぎて、兄さんの筆の進み具合によってはこのまま陽が落ちてしまうかもしれない。
    「兄さん、それ終わったら」
    「わかってるよ、逃げやしねーって」



     兄さんが腰を上げたのは、それから手持無沙汰な俺が飛び石を十往復ほどしたころだった。
    「言質取ってるから、今度こそ見るって」
    「わかったから離せって、大の男が二人でおててつないで恥ずかしいだろ」
     あれから、ばあちゃんの一周忌があって、三回忌があった。そのたびに俺は城の石垣を見に行った。兄さんも誘ったけど、断られたから一人で行った。四回忌なんてものはないから、去年はばあちゃんの命日近く、墓参りの帰りに行ったのだった。
     搦手門跡に近づくにつれ、木々の影は次第に薄くなり、夕日が顔を照らす。
    「この先だね」
     先ほど俺の手を振りほどいた兄さんの、足音が止まった。今更後戻りなどさせるつもりはさらさらないから、振り返って軽く促す。行く先に見える、工事車両注意の小さな看板は、この先で起きていることをさりげなく主張しているようだった。
    「歯医者行く前の子どもみたいだよ兄さん」
    「この場合、削られてんのは俺じゃなくて向こうだけどな」
    「それを直してるんだって、今」
     まるでキリストの復活を信じなかったトマスのように、今までの兄さんは頑なだった。石垣の話を拒み続けてきた。崩れてしまったそれを、俺と同じぐらい恋しく思っているのは明らかなのに。
    「ちょっと、心の準備させて」
     そう言って兄さんは、大きな深呼吸を一つすると、意を決したように歩き出した。俺もそれを追おうとして、次の瞬間高い背中に軽くぶつかる。
    「兄さん今度は何、」
    「…………でっっっけえ…………」

     兄さんの視線の先では、天守閣と背比べでもしているのかというほど巨大クレーンが、石垣復興のために責務を全うせんとそびえ立っていた。
    「何あれ、あれで、何やんの!?」
    「石運んだり、高いとこにいろいろ持ってったりかな」
    「やっべえ……!!」
     搦手林を突っ切って、兄さんは立入禁止区域を仕切るフェンスに駆け寄る。身長二メートル近い大男が突然走り出したので、周囲の通行人がにわかにこちらを振り向いた。少し気まずい思いをしながら、俺も兄さんに続く。
     フェンスのすぐ向こうに立ち並んだプレハブ小屋、その隙間から覗いて見える崩落跡。そこには、かつての山肌の土の色も、痛々しいビニールシートの姿もない。その代わりに、一帯が白いコンクリートで覆われて、作業のための足場も何段にもわたって組まれている。
    「すげぇ、きれいになってる!なあ、あの黒い四角いの何?」
    「受圧板のこと?崩落を防ぐために、岩盤にグラウンドアンカーっていうのを打ってるんだよ。こんな感じで」
     左手をグラウンドアンカー、右手は拳を作って岩盤に見立てて説明する。俺のそのしぐさが何か卑猥なものを連想したんだろうか、兄さんは「やめろや昼間っから」といたずらっぽく笑った。ちょっと鬱陶しいけれど……よかった、いつもの兄さんだ。



     かつて野球場だった広場には、石垣を構成していた石材が規則正しく並んでいる。それらが夕陽を受ける姿は、どこかエアーズロックを彷彿とさせた。
     兄さんが石垣を眺めている。丸太をかたどった椅子に腰かけ、親指と人差し指で額を作って。
    「描く?」
    「明日な」
     そう言った兄さんの瞳は、少しうるんで見えた。
    「俺、毎年見に行ってたでしょ、城」
    「うん……悪かった」
    「いや、いいよ。そりゃ、兄さんにも一緒に悲しんでほしかったけど、兄さんがナイーブなのも知ってるから」
    「よせよナイーブとか、派手じゃねえだろ」
    「工事が始まってからも、あんなの直せるわけないって、しばらく思ってたんだよね」
     機械音が響く。ショベルカーが動いている。クレーンが釣り上げた石を、水で洗っている人がいる。
    「でも、毎年少しずつ、変わってきてて。もしかしたら、って思って」
    「……」
    「それにさ、兄さんがばあちゃん家買ったでしょ」
     兄さんの本業は美術教師だけど、画家としても活動している。SNSを通じて人気が上がり、いやらしい話になるが、同年代の平均年収を大きく上回っている。兄さんはその金で、今年の初め、親戚が相続したばあちゃん家を買い取って大リフォームした。今では別荘兼アトリエとして、連休にはたまにそこで絵を描いているらしい。
    「ようやく、受け入れてくれるのかもしれないって思って。それで誘ったんだ」
    「それとこれとは……まあ、ある部分、同じかもしれねえけど」
     兄さんが照れ臭そうに頬をかいて、立ち上がった。
    「完成、いつだっけ」
    「今んとこ、令和七年って」
    「じゃあそれまで、ちょいちょい描いてやんなきゃな」
     失った命は、戻ってくることはない。時代とともに、なくなったものもたくさんある。
    「スーパー寄っていい?小豆と枝豆買いたい」
    「こっから歩きでか!?日が暮れるぞ」
    「日が暮れたって、兄さんいれば変な輩も寄ってこないでしょ」
    「ったく、しゃーねーな。……ばあちゃん言ってたもんな、『天元は長男やから弟守らないかんよ』って……」
    「あと『嘘言うてもお城の豆腐屋が見とるけんね!』」
    「言ってた!……あれ、でも何で豆腐屋?」
     それでも。
    遺されたものも、やり直せることもたくさんあって。
     俺たちは今日も、それらを抱えて生きていく。
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