赤いエレベーターある夏の日曜日。
タルタリヤは空に車を頼まれて共に市内のショッピングモールへと来ていた。出来てからまだ数年足らずのそこは休日には多くの人出で賑わっていた。
空の買い物が終わるのを1人待っていたタルタリヤの視界にふとエレベーターが映る。左右に2台並んだなんの変哲もないエレベーターだが、タルタリヤの脳裏には一つの記憶が蘇っていた。
「タルタリヤお待たせ…って、どうかした?」
空の声にハッとして振り返る。不思議そうに首を傾げる少年に、タルタリヤはニコリと笑いかけた。
「いや、なんでもないよ。ちょっと昔のこと思い出してただけ」
「昔?」
「そ。まだここが出来て間もない頃に1人で買い物に来た時のことをね。」
そこで話は終わらせるつもりだったが空の顔は続きを要求していて、タルタリヤは仕方ないとばかりに苦笑するとなんでもないことのように語りはじめた。
「大したことではないんだけどさ…」
◇
さっきも言ったけどまだここが出来て間もない頃のことなんだけどね。
その日、俺は仕事の帰りに買い物をしようとここへ寄ったんだ。大体20時くらいかな。上の立駐に車を止めて、エレベーターで下へ降りようとしたんだよ。
ボタンを押して待っているとエレベーターの扉が開いて中が見えた瞬間、思わず固まっちゃってさ。だってまさかエレベーターの中が赤く汚れてるなんて思わないでしょ?こう、まるで赤い塗料がついたものを乾く前に壁や床に擦ったような感じでべったりと。しかも中に入ってみれば扉の内側にまでついてるときた。
俺以外誰もいなかったら余計に不気味でちょっと躊躇ったけど、出来たばかりだったからね。どこか新しく入った店舗の工事スタッフがやらかしたのかなと思ったんだよ。まぁそれにしたって張り紙かなんかしといて欲しいなと思ったけど。
そのあと一階に降りて買い物して……大体10分位かな。帰るのにまた同じエレベーターに乗ろうとしたんだ。その時は俺以外にも待ってる人がいて、「この人達も驚くだろうなぁ」と思いながら開いた扉を見れば、そこにあるのは綺麗な室内で。赤い汚れなんてどこにも見当たらなかったんだ。
きっと買い物してる間にスタッフが頑張って掃除したんだろうけど、その時は一瞬どきりとしたからちょっと記憶に残っててさ。それがちょうどあのエレベーターだったから、思い出してたんだ。
◇
「そんな面白い話じゃなかったでしょ?」
はは、と笑いながら空を見たタルタリヤは少年の顔が強張っているの気づいて慌てた。もしやこういう話が苦手だったんだろうか。
「ごめんごめん!でも本当になんともない話だから、」
「……だ。」
「え?」
「ここ、工事中に作業員が事故で死んでるんだよ……それもエレベーターの工事中に……」
「———え?」
「一時期噂になってたけど知らなかったの?」
「全然……」
「だからといって、タルタリヤが見たのと関係あるかは分かんないけどね。ちょっとびっくりした……」
引き攣った顔を見合わせた2人がその後、そのエレベーターを避けるように移動したのは言うまでもない。