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    じれったいお題ったー 6/20江本のチェズルクのお題より
    『ひっそり、ふたりきり』

    #チェズルク
    chesluk

     朝から晩まで捜査で駆けずり回って、ようやく僅かな手がかりを掴み帰ってきたかと思えば、すぐに自室へと籠ってしまう。そんな生活を繰り返すボスに食事をとらせる役目は、いつの間にか私になっていた。
     コンコンコン。
     ノックを三回繰り返せば「はい」と、いらえが届く。許しを得てノブを回し、室内へと入り込んだ。
     オフィスナデシコには充分な部屋数が用意されていて、BONDのひとりひとりに部屋が用意されている。僅かな時の重なりの中で、彼に割り当てられた室内はルーク・ウィリアムズの色を纏い始めていた。
     パソコンデスクの上に鎮座しているMJのサイン色紙。ひかえめに置かれた小さな絵葉書のセット。事件の捜査内容を記したメモに紛れたスイーツのチラシが机の上に何枚か。
     ほとんど現金の手持ちがなかった彼に、牢で取り上げられていた私物を渡したのは最近のことだ。正式な手続きを踏むことなく囚われた彼の預金は封鎖されたり調べられることはない。そのまま使えるはずだと告げれば、喜色満面で「ありがとう」と言われて毒気を抜かれた覚えがある。少し考えれば、それらを私が持っている意味にも気付くはずなのに、どうしてそうも無邪気に笑っていられるのか。いや、おそらくは、ある程度のところまで気付いているのだ。その上で、仲間になると私が口にした、ただその一点で信頼を置いてしまう。そういう人なのだと、今なら理解ができる。
     金銭的に少し余裕のできたボスは、たまに買い食いをしたり、細かい買い物をするようになった。基本的には捜査優先、ついでに何か気になるものが視界の端に入った時だけ、その心を向ける先は取るに足らないものばかりだ。
    「食事の時間ですよ」
    「え、もう……?」
    「ええ、ダイニングへどうぞ」
     促せば、素直に立ち上がる。長い間デスクに縛り付けていた身体に違和感があるのだろう。眠りから覚めたばかりの猫のようにぐぅっと伸び上がったかと思えば、フッと弛緩する。ぐるりと首を回して、次いで肩を回す。そのうちあくびまでしてきて、エリート然としたイメージの国家警察の一員だったとはとてもじゃないけど思えない。
    「あれ、アーロンたちは?」
    「怪盗殿は、モクマさんと飲みに行かれましたよ」
    「そうか……うわあ、美味しそうだな!」
     冷蔵庫と貯蔵庫には、男四人がゆうに十日は暮らせるだけの食糧が常に保管されている。ナデシコ・レイゼイの実業家としての表の顔があるから、レストランやホテルへ流通している物と品質は変わらず申し分ない。好きに使って良いと言われているから、外食をする必要が少ないのは私にとってありがたい話だった。
     どうせ一人分作るも、何人かの分をまとめて作るのも手間は変わらない。怪盗殿を除けば、私が調理をすることに文句がある人はいなかったから、必然的にキッチンへ立つことが一番多いのは私だった。
    「ええと……イタダキマス!」
    「どうぞ、召し上がってください」
     マイカで覚えた作法をいたく気に入ったらしいボスは、きょうもまた神妙に手を合わせる。
     今日のメニューは、リヨン風サラダ、冷製のポタージュ、鴨のローストにアボカドを加えたピンチョスを添えて、シーフードのオリーブオイル煮、スタッフドマッシュルームを並べた。バケットは籠に盛られたものを好きなだけ取ればいい。どれも簡単に作れて、手軽に摘まめるものが多くなるのは、凝った料理を作っている最中に呼び出されて風味を台無しにする羽目になったことが一度や二度じゃきかないせいだ。
     ふたりで食すには少し多いが、冷蔵庫にでも入れておけばそのうちなくなる。大方モクマさんが食べているんだろうと思っているが、実際のところどうかは知らない。
     幸せそうに食べる姿を見ていると、こちらまで満たされる気がする。元々、動きが鈍くなることを避けるため、満腹になるまで食事を詰め込むような真似はほとんどしたことがない。すぐにフォークを置く私に、どこか気遣わしげな視線をむけられていることには当然気付いているけれど、水を向けることをしなければボスは踏み込もうとして来ないと知っていた。
     心地良い距離感だ、と思う。
     触れるぎりぎりで空気だけを撫ぜていくような、薄い被膜を一枚隔てているような、そんなやりとりがやけに心地良い。
     ひっそり、ふたりきりで紡ぐこの時間が好きだ、と告げたら、あなたはいったいどんな顔をするんだろうか?
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