見上げると、今年初の雪が舞っていた。
通りで寒い訳だ。
益田は襟巻きの隙間を埋めるように首をすくめて、両手に白い息を吹きかけながら擦り合わせた。
クリスマスが過ぎて年の瀬の本日。
商店街は年の瀬独特の賑わいを見せていた。後数日で今年が終わろうとしている、まるで終末感漂う非日常に浮き足立った人々が忙しなく蠢いているその様を、ぼんやりと眺めて益田は手を擦り合わせる。探偵の仕事はそんな世間とは全く関係なく進行していくのだ。
益田とて、年末のあの、何故だか胸がざわざわと落ち着かない感覚を味わいながら年の瀬を過ごしたかったのだが。
その思いは数週間前のある日に粉砕されたのだった。
『───女房が、どうも良からぬ若造に入れ込んでいるようなのです』
数週間前。
そんな話を持ち込んだ会社社長だか重役だかは益田の顔を見るなりそう言った。いいながら、益田の全身を舐めるように上から下まで視線を這わせ値踏みした。依頼主が年配であれば、こういう事は多々ある。気分が良い物ではないが、気持ちはなんとなく分からないでもない。
益田は若い。
未熟な若造と言われても仕方が無い程若くはないが、年配者から見たら若者はみんな若くて、未熟者なのだ。そういう依頼人からの信用を得るのは中々時間が必要だった。
そういう時、元刑事という肩書きは役に立つ。それを口にしただけで信用する人間の何と多い事か。
───チョロすぎるでしょ。駄目ですよ、そんなんじゃあ。
益田は胸中で毒付いて苦笑する。
益田の肩書きよりも効力を発揮するのは榎木津の存在だ。そもそも、そういったご年配方は大抵、榎木津の今までの活躍(?)を聞きつけて探偵業を依頼しにくるのだ。
これもお笑い種だとおもいなから冷めたコーヒーを飲み干した。
榎木津は、浮気調査などという面白味もなければ興味も湧かない、というか存在自体を認識しない事に心を動かされたりしない。
それはらは全て益田の調査対象となるのだ。
某ホテルのラウンジ。
浮気調査の為、益田は本日何杯目かになるのかわからないコーヒーを流し込んだ。
良からぬ若造と、とうのたったご婦人との密会。
このままこのホテルで事が行われてしまえばいう事はない。その行為が本気なのか、ただの火遊びなのか益田の知った事ではない。どうでも良いのだ。事が行われたかどうかが肝心なのだ。
どうかこのまま、という益田の願いも空しく二人は場所を移動した。
そしてこの、商店街の喫茶店。二人はそこに入ってから見つめ合いながら手をにぎりしめて指を絡め合った。
ああもう良いだろう。
年末の忙しない時期に指を絡めて見つめ合うなんざ、恋人か死に面した親子以外にないだろうよ。益田はため息を吐いた。
「‥‥寒い」