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    虚無虚無プリン

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    虚無虚無プリン

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    瑞香さんと謡の出会いの話

     はあ、はあ、と自分の呼気が暗い路地に響いている。やっと逃げ出せた。やっと。おれは右腕の傷に手を遣る。……血は、もう止まったか。
     屋敷から逃げ仰たおれは、どうやらどこかの街の歓楽街の路地裏に迷い込んだようだった。どうなっても構うもんか。やれることならなんだってやって生き続けてやる。何度だって這い上がり生まれ変わる。それが不死鳥であるおれの生き方ならば、そのようにしてやろう。
    「……とはいえ、飯と宿は欲しいよなあ……」
     独りごちてみるが、当然返事はない。痩せっぽっちの体ではろくに戦えもしない。今回はここで死ぬか。どうせどこかでまた生き返るだろう。今世はこれで終わり。そう考えると楽になった。はあ。はあ。呼吸がゆっくりになる。そして、大きく息を吐き出した。
     何が死んでもいい、だ。何をしたって生きてやる。おれは立ち上がって街の中へ出て行こうとした、その時。
    「随分酷いなりだね。大方浮世からの迷い客と見た。僕は瑞香、きみの手当てをしてあげる」
     見目の麗しい、中華趣味のような服を着た青年が立っていた。
    「……いい。自分でなんとかできる」
    「その右腕の傷、結構深いだろ? 縫ってあげる」
    「そこまでじゃないさ……それに、おれの家系は治癒力が高いんだ、ほら」
     右腕の傷は、既に塞がりつつあった。血塗れの服だけが異様だが、体の傷はもうほとんど治りかけていた。……その代わり、ぎしりと体の内側が軋むような感覚がする。寿命の削れる音だ。今回はそう長生きはできないな。そう考えていた。
    「おや、浮世からのお客さんだから人間かと思っていたが、妖の類なのかな? どこから来たのか教えてくれないか?」
    「……名乗るほどでも」
    「その格好、君、どこか武家の者だろ? さぞかし名のある名家の出と見たが、いかがかな?」
     なるほど、全てお見通しらしい。おれはため息を一つ吐いて、久我氏、と名乗った。
    「ああ……不死鳥の家系のところか」
    「そこの次男坊でね。浮世に武家修行に出ていたんだ」
    「じゃあ、浮世からお戻りで?」
    「いや、修行先から逃げてきた。こんな恥晒しじゃ家にも帰れないし、どうしようかと思案していたところさ」
    「へえ。久我氏の息子がこんなところへ……まあ、深い話もあるだろう。僕の家に来るといい」
     視界に薄くもやがかかったかと思うと、次の瞬間には部屋の中にいた。
    「……妖術か」
    「まあ、似たようなものさ。さてそれよりも怪我の具合を見ようか?」
    「大したことない。血もほとんど返り血だし。自分で治せるから心配はいらない」
    「久我氏の家系と言うと、死なずの久我、だろ。話を聞かせてよ。不老不死にはちょっと興味があってね」
    「おれたちは不老じゃない。怪我してもある程度は治せるし、見た目の老化もしない。内側の魔力だとかマナだとか、そういうのに分類されるものが腐っていくだけだ。ただ、不死は本当だ。おれの姿も本来は朱色の鳥さ」
    「ふうん。興味深いね。今度連れて行ってよ、久我の総本山」
    「馬鹿か。おれがのこのこと帰ったところで打首のち勘当だぜ」
    「じゃあ君にはもう帰るべき場所がないんだね?」
    「そうさ」
    「……ここに住んだらどうかな? ここは瑞香町。常世と浮世の間にある町さ」
     正直な話、とてもときめく話だった。ずっと何があってもお家のため、世のため人のためと生きてきたおれに、初めて与えられた自由であった。
    「……住む、住みたい。おれは自由が欲しい。おれの好きなように生きて、好きなように死にたい」
    「自由、ね。この町には溢れているとも。そうと決まればほら、新しい服を誂えに行こう。名前も変えてしまおう。仕事は? 何がしたい? どこに住む? 君の思うままさ」
    「とびっきり豪奢な服が欲しい。女と見紛うほどに綺麗なやつが」
    「いいじゃないか、傾奇者って感じで」
    「久我の名前は捨てる。今からおれのことは謡と呼んでくれ。その他のことは、追々決めるさ」
    「ここでは何をして過ごしたい?」
    「うーん……」
     おれは武家の血に生きる者として、一番離れていた職業を挙げる。瑞香はにこりと微笑んだ。
    「いいんじゃないかな、これからの君の生き方にぴったり合いそうだ」
    「まずは小さな劇場でいいんだ。歌と、踊りと、そのほかとびっきり楽しいショウを毎日上映するんだ。それからいろんな人を増やして……」
    「ふふ、君がこの町に馴染めそうで嬉しいよ。何かあったらすぐ僕のところに来て構わないからね」
    「……」
    「おや、急に押し黙ってどうしたんだい?」
     一言言えばいいだけなのに、どうしてこうもむず痒い。おれは瑞香の目をすっと見据え、照れ恥ずかしい気持ちを押し隠しながらぽつりと口を開く。
    「……ありがとう。こんなに良くしてくれたのはあんたが初めてだ」
    「……うん」
     血のついた袴と一緒に過去を捨てて、おれは新しい着物に袖を通した。
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