釣った魚に餌をやりたい話 三日月の部屋の前には池がある。特に生き物もおらず、水草が揺れ、大層な花も咲かない、大きなだけで簡素な池だ。特に誰に観賞されるためのものでもなく、元は貯水用だったのかもしれないが少なくとも活用されているところを三日月はまだ見たことはない。
だが今まで虫と鳥がやってくるだけだった池に、最近変化があった。
ある朝起きて池を覗いてみると、一匹の鯉が現れたのである。
季節は秋。池から漂う水の気配がやや冷えた空気に乗って肌を撫でる。三日月は手ぬぐいを持って池に近づく。手ぬぐいには厨から貰ってきたパンの端切れが包まれている。開いて中身を取り出していると水面に細長く影が現れた。白い背中を晒し、ゆらゆらと身体をくねらせ泳いでくる。鯉だ。黒や赤の模様も持たず、長い髭だけ薄らと金に染まっている。
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