五夏前提で直夏の途中(タイトル未定)【五夏】title【直夏】
「えっ…………と、誰かな?」
「誰かな?…やと……?」
頭の上にいくつも「?」を浮かべる夏油に対し、それこそ信じられないと言う風にビキビキと顬に青筋を浮かべる金髪の男。
ああ、悟の白銀の髪の方が何億倍も綺麗だな〜なんて意識を明後日の方向に飛ばしていると、銀より金の方が位は上だろうが自分の知る銀には遠く及ばない金が、何やら怒鳴り付けてきた。煩い。
「あの時はよくも俺をコケにしてくれよったな」
「はて?あの時とは……えぇーっと…?」
「……ほんまに覚えとらんっちゅうんか…」
「ああ、すいませんね」
職業柄、毎日何十人と人と会うもので。
夏油はどう記憶を探ってもチラリとも脳裏を過ぎらない金髪を、何となく見覚えのあるようなないような目付きを、まじまじと見詰めた。
「余程特出したモノをお持ちでない方は、すぐに記憶の隅に追いやってしまうんですよね」
「なん………やと…?」
「いやだから、毎日何十人もの人と会うものですから──」
「そう言うこと言うとんとちゃうわ!!」
怒りのあまりゼェゼェと息を切らしている金髪。あ〜喧しい。これが猿なら強制退場させるのだが、あいにくとこの金髪は術師。しかも、それなりの権力者であり実力者ときた。
名前は確か、“ザイゼン”だったか?呪力を見るに弱いわけではないし、最近会った術師なら大方記憶しているはずなのだが。余程の余程、自分の益にも不利益にもならないと判断した雑魚か、はたまた“最近”以前に出会っていた誰かなのか。
「まぁ本題に入りましょうか、ザイゼンさん。特別説法30分コースですが、もう10分使っちゃいましたよ?」
「……ッ、その“財前”っちゅうんは偽名や…」
「なるほど偽名でしたか。通りで記憶にないはずだ」
では本当のお名前をお伺いしても?
こてん、と小首を傾げた夏油に財前(仮)はグッと息を飲んだ。恐らく「名前を変えたくらいで思い出せないレベルで記憶に残っていない」ことに、また怒鳴り散らしたかったのだろう。しかし、ここで怒鳴ろうが夏油には何も響かない。それを理解したらしい財前(仮)は、すぅーっと息を吸い込んで、吐いた。
「禪院直哉。……どうや。思い出したか」
「…………禪院……直哉だと…っ!?」
「ったく!ようやっと思い出したか!」
「いや全く」
「なんッッッッッでやねん!!!」
おぉ〜生なんでやねんだ〜とまた夏油は意識を明後日の方向へ飛ばしかけた。
実を言うと、この男が“財前(仮)”ではなく、“禪院”であることは、事前の調査でわかっていた。しかし、素性を知っているのと、面識がある、と言う意味で知っているのとでは、まるで意味が違う。
非術師から不当に金銭を巻き上げ、非術師の一般家庭に眠る呪具と化した品物を勝手に回収し、登録外の高等級呪霊を上層部への申告なしで集める、最近巷で話題の新興宗教のイケメン教祖(信者のマダム談)にして、フリーランスの術師の援助をしたり、呪術高専の非常勤講師をしたりしている、異色のフリーランス術師であり、“呪霊操術”と言う世にも珍しい術式を持つ一般家庭出の特級術師──である夏油傑を、好ましく思わない上層部が送り込んだ刺客だろうか?と最初は思っていたのだが──どうやら違ったらしい。
どうにもとんと記憶にないのだ。再会(と夏油は思っていないが)早々、此処で逢ったが百年目と言わんばかりの容貌で、久しぶりやなァなんて言われたが、本当に、全く、微塵も、思い出せない。よもやこの人は人違いをしているのではないかと禪院さん(確)の頭を心配してみたりもしたが、呼ばれた名前は確かに自分のものであったし、逆ならまだしも夏油と対峙して彼のことを忘れてしまう人間も稀であろう。
あとは自分の与り知らぬところで個人的な恨みを買っていたか。ナチュラル煽リストの夏油は、極々自然の流れで無自覚に他人を煽るため、解っていて面白がって煽りまくる五条よりも余程タチが悪いし、五条とは別の意味で敵が多い。しかしながらその人好きのする笑顔(営業スマイル)と物腰柔らかな姿勢、寛容的な言動、全てを包み込み呑み込む包容力に、虜になる人間もまた山程いる。敵が多い分、味方(と言うか虜になった信者)はもっと多い。
「まあええわ」
言いたいことは仰山あるが、と1つ咳払いをし、財前(仮)改め禪院直哉は切り出した。
「俺はアンタに恨みがあんねん。恨みと言うか、アンタのせいで取り返しのつかんくなったことがある」
「はて?なんでしょうか?もしやまたヨくない性癖でも刺激してしまったでしょうか?」
「また!?アンタそんなしょっちゅう他人の性癖歪めとるんか!?」
「いやね、私にそんな気はないんですよ?」
でもたまにいるんですよね〜、と、夏油は面倒くさそうに肩を竦め、懐から煙管を取り出した。美しい所作で流れるように火を落とし、ぷかぷかと蒸してフゥーー、と長く紫煙を吐き出す──この男、本気で無自覚なのか?本当にこれが意図していないとするならば、天然誑しもいいところだ。妖しげな袈裟姿に濡れ羽色の長い髪、悩ましげな柳眉、薄い唇に食むは竦んだ金の煙管。まるで男の性癖を鷲掴みにきているようなその艶めかしい姿。時代が時代ならば、国が一つ傾いていたであろう。
こんなものを何の準備も耐性もなく真に受けたら、性癖が狂うのも仕方がない。禁欲的でありながら、その下にあるものを想像し、乱す妄想を掻き立てられる。見るからに男性であるが、その様は、性別を越えて美しく、手に入れたいと焦がれてしまう。末恐ろしい男だ。
「…悔しいが、その通りや。アンタに性癖狂わされとんねん、こっちは」
「そっちの事情なんて知ったこっちゃないですけど。だからどうしろって言うんです?」
キスでもしましょうか?と、夏油は煙管の口元にその薄い唇を寄せ、吸口をベロリと赤い舌で舐め上げた。直哉はゴクリと喉を鳴らす。
じゃあキスでもしてもらおうか、と、そう喉元まで出かけて、腰を上げようとしたその瞬間、夏油の手元にあった蝋燭の光がふっと消えた。それを見た夏油は、おや残念、と楽しそうにケラケラ笑う。何が残念?
「お時間ですよ、ザイゼンさん。またのご利用、お待ちしております」
「は…はァ!?まだ何も…相談の一つも…ッ」
「でも時間は時間ですので。次の人のご迷惑になりますから、ほら帰った帰った」
「いや待てや…っ、ちょ、」
「ザイゼン様がお帰りですよ〜」
「ちょ、ちょぉ、っ」
パンパン!と夏油の手拍子を合図に、どこからか現れた黒服に抱えられ、禪院直哉は部屋の外へズルズルと引き摺られて行った。ああそうだ、と、じたばた暴れながら引き摺られる直哉の姿が完全に視界から消えるすんでのところで、夏油は直哉に投げかける。
「特別説法出張版フリータイム(MAX3時間)は、1,000万になりますので良かったら〜」
「フリータイムでMAX3時間ってどう言うことやねん!!」
「ふふ…元気な人だなぁ〜」
悟に送ろーっと。
カシャ、とスマホのシャッター音。画面には無様に叫び散らしながら黒服に引き摺られて暴れる哀れな金髪の男。
きっと悟なら、彼のことを知っているだろう。相手はあの御三家の一角、禪院家の次期当主。同じく五条家の次期当主である悟が知らないはずはない。興味はないだろうが。
しかし、はてさて。やはり思い出せてはいない。どこで会ったのか。その時何をしてしまったのか。彼のどんな性癖を歪めてしまったのか。
五条にメッセージと先程の写真を送り、夏油は次の信者を通すように指示を出した。
それから程なくして、本当に口座に1,000万振り込まてれいた。
実は、特別説法出張版フリータイム(MAX3時間交通費別)の料金は100万〜(通常の個室説法が10万〜)なのだが、禪院なら金持ちだろうと思って、半分冗談で言ったに過ぎなかったのだが。五条と同じ感覚でものを言ったが、これはアレだ。五条の貢ぎたがりや家への無頓智とは違って、「俺はこんなに凄いんだぞ」と言うアピールだ。絶対そうだ。そんな感じがした。まぁそんな感じがしてたから煽った、と言っても過言ではないが。
「夏油特級術師ですね。直哉様から伺っております。どうぞ中へ」
「どうも」
いかにもな日本家屋。これが禪院家か〜と関心しながら、夏油は門を潜った。
ここは正面ではなく裏手。人目を憚ったのだろう、禪院直哉は裏口から入るように要求してきた。来る前までむしろ正面切って殴り込み宜しく堂々と訪ねてやろうか(もちろん嫌がらせ)とも思ったが、通常の10倍も料金を貰っている手前、あまり下手なことはすべきではない。と言うか、「10倍も払ろてんねんから一発くらいヤらせぇや」とか言われやしないだろうか?えぇ〜怖ッ。言われそう。悟に連絡しとこうかな──夏油は、今日ここを訪れることを、五条に言っていない。お互いプライベートと言うか、高専を挟まない仕事には口も挟まないのが暗黙のルールである。
「よう。待っとったで」
「ご無沙汰してます。ザイゼン(仮)さん」
「禪院や!!今回はちゃんと本名で申し込んどるやろ!!」
「あれ?そうでしたかね?すいませんね最近歳のせいか物覚えが悪くて」
「歳も何も、俺ら一つしか変わらんやろが!」
「えぇー!?ザイゼン(仮)さん29歳なんですかー!?お若いですねー!?」
「だから禪院言うとるやろ!それと27や!!お前の一学年下!!下とか言わすな!!ドアホ!!」
「あ、なんだ。歳下だったんだ。いやガキっぽいチャラチャラした金髪にバチボコピアス開けて頭悪そうな人だな〜とは思ってたんだけどね」
「歳下ってわかった瞬間敬語やめるやん。やめぇやソレ嫌われるで」
「歳上ってわかってて偉そうな態度取ってた君に言われたくないね」
「一歳差なんてあってないようなもんやろ!!」
「え〜私の方が階級上なのに〜?」
「ぐっ…俺かてすぐ特級になったるわ…」
「私、学生の頃には特級だったけど?」
「ぐぅッ、」
高い鼻っ柱をへし折るのは、それはとてもとても楽しい。悔しそうにギリギリと奥歯を鳴らす直哉に、夏油はフンと鼻を鳴らして嫌味な笑みを浮かべる。
「一学年」下と言うことは、どうやら出会ったのは高専時代らしい。京都校の生徒だったのだろう。
姉妹校交流試合で何かしてしまったか?いやしかし、一学年下と混合で試合をした年は確か、団体戦は五条の六眼、夏油の呪霊操術の合わせ技で、スタート地点から一歩も動かずに試合は終わったはずだ。ターゲットの呪霊も京都校の生徒も、五条の六眼で探して夏油の呪霊が戦う。そんな感じで、ものの30分程度で全ての方が付いた。本当は10分で終わらせても良かったが、見た目がグロテスクな呪霊や都市伝説系の仮想怨霊で、京都校の生徒を追い回すのが思いの外楽しくて、ついつい遊んでいたせいで30分かかってしまったのは、五条と家入と夏油の3人しか知らない秘密である。
「……こちとら金払ろてんねんから、しっかりサービスせぇや…」
「声ちっさ。え?なんです?」
「おっまえ…ほんまムカつくな…ッ」
「サービスって、デリヘルじゃないんだから、金払ったらどうこうとかじゃないんだけど」
「聞こえとるやないかい!!」
立派な福耳に手を当て、聞こえませんポーズをするくせに、取り下げてほしい言葉をバッチリ拾われ、直哉の顬の血管はそろそろ噴水になりそうである。
しかしまぁ、通常の10倍も貰ってることだし、ヤらせるとまではいかなくとも、お触りくらいなら許してもいいかな〜くらいには、夏油は直哉に絆されていた。絆されたと言うか、面白いから気に入ったと言うか、哀れと言うか、可哀想と言うか。ここで自分が見捨てたら、この先この子は拗れた性癖を引き摺りながら生きて行かなければならないのだ。この子の性癖を歪めてしまった責任を感じているとかでは一切ないが、原因は夏油だと言って譲らない直哉を黙らせるには、多少は言う事を聞かないと後々面倒だな〜くらいには思っている。
「高専の制服でも着ようか?イメクラとか好きそうだよね。添い寝くらいならしてあげるよ」
「…っ!」
ちょっとやってもらいたいかも!と、顔に大きく書いてあった。やはり、高専時代に何かしてしまったらしい。
と、言っても、京都校の生徒の顔を、ほとんど覚えていないのである。顔さえ思い出せれば、どこで何をしたか思い出せるのに。たぶん。恐らく。確証はないが。
団体戦では先に述べた通り、一瞬で終わらせてしまったが、個人戦ではどうだっただろう。確か私の相手は一年のくせに偉そうなクソガキだった気がする。やたら動きが早くてゴキブリみたいで面倒だったから、捕縛用の呪霊で足止めし、回り込んで手刀を打って気絶させた気がする。あれ?もしかして、あのクソガキか?
え?まさかとは思うが、呪霊に拘束されたことにより、触手プレイに目覚めたとか?確かにあの時、無数の触手のある、蛸のような海月のような呪霊でもって、まるで姫騎士を陵辱するかのごとく、両腕を上にまとめてM字開脚になるように縛り上げたっけ。ついでに手刀を打つ前、そっと耳元で「おやすみ♡」なんて言ったような気がしてきた。五条はゲラゲラ笑い転げ、家入は指さしながら写メっていた。
「OK。わかった。また触手に捕まりたいんだね。いやわかるよ〜触手って男のロマンだもんね〜。流石に陵辱されたいとは思わないけど」
「誰も陵辱されたいとまでは言うとらんやろがい!!」
「とまでは、ってことは、それに類似する願望はあるわけだ」
「〜〜〜っ」