【五夏】別に今日がその日だったってだけ【五夏♀】 決して油断していたわけではない。
「超ウケる」
「ウケない」
では、この惨状はなんだ?
「写真撮っていい?」
「いいわけない」
「歌姫先輩に送るわ」
「送るんじゃない」
今の私には、在るべきモノが無くて、無いはずのモノが在る。
「いい女になったな」
「…数年ぶりに会ったスカした幼馴染みたいなこと言わないで」
夏油傑、28歳。性別、男。そう、私は男、男性である。
なのに、胸部には大きな膨らみ、括れた腰、丸い尻。“セクシーだけどどこか裏切りそう”と評判(?)の声も、“大泥棒の3代目セクシーヒロイン”とか言われそうな艶かしい声に様変わりしている──私の声ってそんなに性的か?
元から大胸筋は鍛えていたが、力を入れても抜いてもぽよぽよのマシュマロみたいな脂肪を付けた覚えはない。綺麗に割れていたはずの腹直筋も腹斜筋も、薄らと筋は入ってはいるが形を潜めているし、腕も脚も、総じて細くなってふわふわの脂肪が乗っている。でも、その脂肪の下に割としっかり筋肉は付いていて、我ながらなかなかの美ボディであると思う──確かに私、いい女かもしれない──いやいやそうじゃなくて。
「解呪方法は…」
「解呪と言っても、あんたの取り込んだ呪霊の影響だろうしね」
調伏させているならそのうち元に戻るだろうさ──頼れる級友、家入硝子。彼女は冷たい。でも彼女の実力は確かで、彼女がそう言うのならそうなんだと思うし、自分でも解ってはいるのだ。
精神や肉体が呪霊の性質に引き摺られることは、珍しくはないことだ。酷く落ち込んでしまったり、変に闘争本能が掻き立てられたり、わけもわからず苛々したり、無性に人肌が恋しくなったり。ここまで肉体が変化したことは今までなかったが、タイミングからしても、取り込んだ呪霊の影響を受けているのは確かだと言えた──取り込んだ呪霊は一級程。嬲り殺された女達の怨念が凝り固まったもの。とある村のイカれた連中が、山神への供物として捧げられた生娘を、儀式と称して嬲り物にし、散々辱めた挙句、殺して山にばら蒔いて獣の餌にしていた。その無念たるや。無念たるや。
「自分の中で呪霊が安定したと感じても身体だけ元に戻らないようなら、その時に考えよう。もしかしたら、祓った呪霊の最後っ屁だったかもしれないしな」
「…ああ、そうするよ…」
そうする。正しくは、そうする他ない。
一応文献は漁っとくよ暇だったらね、と彼女は言うが、彼女程の優秀な反転術式の遣い手が暇をすることなんでそうそう有り得ない。でなければ、彼女の美しい顔に、あんなに濃いクマが出来るはずがないのだから。
と、言っても、現状何も出来ることはないのだがら、足掻いても無駄だ。今はこの状況を楽しもう。異性の身体を体験することなんて、そう出来ることではない。どうせ一日…三日…長くても一週間もすれば、完全に取り込んでしまえるだろう。階級だってそれ程高くはなかった。多く見積っても一級…いや二級だろう。
「私…二級呪霊の呪いにやられてるのか?」
学生ならまだしも。特級術師である私が?ダサすぎないか?……いやいや。まさかそんなはずがないじゃないか。きっと、相手は特級だったんだ。両面宿儺に匹敵するような。そう。きっとそう。そうに違いない──そう思ってないと、やってらんない。
さて、これからどうしたものか。幸いな事に、もうこれから任務もなければ授業もない。可愛い生徒達から体術の稽古を付けてほしいと言われていたが、体術面や術式が通常通り働くかを確かめなければならない。生徒達には悪いが、実験台になってもらおうかな。
靴だけ硝子に借りて、グラウンドに向かった。グラウンドでは、一年生と二年生が体術の稽古をしていた。悠仁と恵は組手を、野薔薇はパンダに投げられていた。棘がそれを横から観戦している。
硝子から借りたのはスニーカーだ。サイズはほぼほぼ同じだったようで、紐を調整すれば問題なく動けた。ちょっと飛んだり跳ねたりしてみたが、足元は全く問題なかった。問題ない。足元は。
「なんだこれ…いったぁ…ッ」
ち…乳首…痛い…。
飛んだり跳ねたりすると、重力に従って胸の脂肪が持ち上がっては下に落ちた。痛い。めちゃくちゃ乳首痛い。ブラジャーって、こう言う痛みからもおっぱいを守ってくれるのか…。ブラジャーって偉大なんだ…。初めて体験するあらぬ部分の痛みに、私は思わずその場に蹲ってしまった。
「おい、アンタ、大丈夫か?」
不意に背後から声がして、ゆっくり振り返ると真希がいた。彼女は女性が惚れるタイプの女性だが、こうやって女性の身になると、確かに真希はイケメンだと思う。
「あ…ああ、大丈夫だよ。ありがとう真希」
「ん?アンタ見掛けない顔だけど、私…の…こと…知っ…て…」
え?と、真希が一人スローモーションになる。普通に返事をしてしまったが、背格好どころか、声も、性別までも違うのだ。パッと見で私だと判断できる要素が少な過ぎる。驚くのも無理はない。
「お前……す、傑か?!」
「そうだよ。ちょっとヘマやっちゃってね」
てへ、と舌を出すと、真希はギョッと目を見開いた。そりゃあ特級の私がヘマしたのだ。驚くのも無理はない。さっきから驚きっぱなしだな。腎臓悪くなるよ。
「さ…悟に…知らせなきゃ…」
「お願いそれだけはやめて」
後生だから!こんな姿悟に見られたら、死ぬ程弄り倒される。特級のクセにって指差しで笑われる。仕方ないだろ。相手も特級呪霊だったんだ(と言うことにしておく)。
しかし何故悟に知らせるんだ。ほんとにやめてくれ。別に私が元気で──姿はとんでもない事になっているが──ちゃんと生きてここにいるんだ。悟に任せることなんて何もないし、もし仮に悟に任せなければならないのなら、既にこちらから連絡は済ませている。知らせてないってことは知らせなくて良い、ないし知られたくないってことなんだ。やめてくれ。今すぐそのスマホをポケットに戻すんだ。
「真希〜?どうした?」
「ツナマヨ〜?」
遅れてきた真希を心配してか、パンダと棘がこちらへやって来た。グラウンドに目を向ければ、一年三人は休憩しがてらこちらの様子を伺っている。
パンダと棘、双方と目が合う。一時の沈黙。するとパンダと棘は同時に首をコテンとかしげた。
「えっと、傑…の、妹かお姉ちゃん?」
「めんたいこ…?」
「それが、傑本人なんだとよ」
「うっそ!?悟に知らせなきゃじゃん!」
「釜揚げしらす!」
「いやなんでそうなるんだよ」
スマホを取り出した二人の手を払おうと、勢いよく立ち上がったら、また胸の脂肪が激しく上下して、乳首の激痛を味わう羽目になってしまった。痛い…ほんとに痛い…。再びのろのろと蹲る私に、あ、と真希が何か合点がいったような顔をした。胸を抑えているのを見て、察してくれたのだろうか。
「あ〜、硝子さんのとこには行ったのか?」
「行ってきた。とりあえず靴だけ借りてきた」
「いつ戻りそうなんだ?」
「…わからない」
「……一緒に買い物行くか…?」
「!いいのかい!?」
嗚呼、真希!君はなんてイケメンなんだ!さり気なくパンダや棘の視線から自分が盾になるように体を移動させるところも、とてもとてもポイントが高い!!出会った当初、猿だなんて言ってごめんね!君はほんとに良い子だよ!!
「野薔薇も連れて行こうか。奢ってあげるから、色々教えてくれないかい?」
「おっしゃ、じゃあ早速行こうぜ!」
「え〜〜なんで真希と野薔薇だけ〜?」
「南高梅〜?」
かくして、私は真希と野薔薇と一緒に、お買い物に行くことになった。
*
「まずは下着だな。それから服と靴」
「せっかくだから専門店でいいやつ買いなさいよ。五条先生が喜びそうな感じの」
「うん、そうだ………はい???」
ちょっとの間しか使わないんだから安物でもいいだろうけど、せっかくなら今しかできない飛び切りのお洒落を楽しもうと言うんだね!さすが意識高い系の野薔薇!いい事言うじゃないか!──と、褒めようとした矢先である。なんで?なんで悟が喜びそうな下着を買わなきゃいけないんだ??
「…あの…なんでさっきから悟の名前が出てくるの?悟は関係ないだろ?」
「え?夏油先生と五条先生って、付き合ってるんじゃないの?」
「はぁ!?!?」
「違うぞ野薔薇、結婚してんだ高専卒業してすぐに」
「あ、そっか」
「あ、そっか、じゃない!!え!?何それ!?」
そんな事実知りませんが???
付き合ってる、だけなら勘違いだよで済まされるが、結婚だと?しかも高専卒業後すぐ??なんで時期まで断定されてるんだ???
真希と野薔薇は至極不思議そ〜うな顔で私を見ている。何を言ってるんだ?この人…みたいな目線を向けてくる。いやいや、何言ってんだはこっちの台詞なんだが。
「だ…誰がそんな口からでまかせ言ってるんだ?」
「え?違うのか?悟が言ってたぞ?」
「私も、五条先生から聞いた」
「嘘だろあのわたあめ頭何考えてんだ」
ふつふつと怒りが湧いてきた。本当に、何を考えているんだ。結婚?プロポーズなんてされた覚えないし、頷いた覚えもないぞ?そもそも付き合ってすらいないし。
確かに私と悟は10年来の親友で、無二の存在だし、パーソナルスペースは他人と比べて死ぬほど近いし、よく互いの部屋を行き来してるし、休日が合えば一緒にいるし、会えない日は寂しいし、会えない日が続けば悲しいし、悟の顔は世界一綺麗だと思ってるし、我儘何様五条様な悟もまぁなんだかんだ可愛いとは思ってはいるが。付き合ってないし、まして結婚なんて。そんなまさか。付き合ってすらないんだぞ?結婚もしてない、出来ないし付き合ってないし。だって付き合ってないもん。結婚なんてできないよ付き合ってないんだから──と、私の脳内は怒りを通り越して壊れかけのレディオである。
「悟には、もっとちゃんといい人がいるから」
悟は何処か良い所のお嬢さんと結婚して幸せな家庭を築くんだ。私だって…そうだな。仕事が一緒になった術師や補助監督なんかといい感じになって、いつの間にかそーゆー仲になって、自ずとそんな流れになって、自然に二人寄り添うんだ。そうだ。とてもいいシナリオだ。唯一難点を上げれば、そんな都合のいい女性が周りにいないことだ。
……いや私のことはどうだっていいんだ。悟だ悟。悟には私と違って、所謂許嫁とかがいるに違いない。きっと家柄も容姿も呪力もピカイチの術師なんだろうな。そんな素敵な女性と堅苦しくも盛大な祝言を挙げ、私はちょっぴり寂しい気持ちで友人代表のスピーチを読むんだ。…あれ?五条家は神前婚なのかな?神前婚ならスピーチとかはないのか?悟の面白エピソードとか語りながら、激励と祝福を贈る脳内妄想で、少しうるっとなってしまう。ちんこだのうんこだので腹抱えて笑ってた悟も…もう結婚か…。俗世では初めまして、ぴっかぴかの人間一年生だった悟が。幸せになれよ悟。子供が出来たら猫っ可愛がりするんだろうな。私にも抱かせてほしいな。悟の無下限術式と六眼の抱き合わせは隔世遺伝らしいが、あの容姿はどうなのだろうな?悟の子も、悟のように美しくなるだろうか。銀糸の髪、長い睫毛、桜色の頬と唇、そして、宝石のような瞳。きっと可愛いんだろうな。私がパパの親友だぞ〜って。君もパパみたいな強い術師になるんだぞ〜って。その頃には私にも子供がいるかな?一緒のクラスになれるといいね〜なんて言ったりして。私達の子供達も、私達みたいに親友になって。二人で最強だって。手を取り合って。この残酷で穢れた世界を。二人なら何も恐れるものはないって。強く、強く、生きていってくれたなら──…
「お、おい、傑…大丈夫か?」
「え?」
おっと、危ない危ない。妄想の世界に旅立ってしまっていた。真希から声を掛けられて現実に引き戻され、心配掛けまいと二人に笑顔を向け──ようとしたが、しかし、何故か上手く笑えない。表情筋は硬直していて、口角はひくひくと痙攣している。そして、目尻が熱くて鼻の奥が痛い。頬が、濡れている。私は……泣いている?
「あ、あれ?なんだこれ…どうしたんだろ?あはは、ごめんね?…あれ?」
「……なあ、傑…」
自覚してしまえば涙は後から後から溢れてきて、袖で拭えど頬が乾くことはない。そのうち嗚咽が漏れ出して、横隔膜が痙攣して、ひっくひっくとしゃくり上げてしまう──本当に、どうしてしまったんだ?
街に向かう途中の、まだ人気のない道。真希と野薔薇以外は誰も見ていない。でも真希と野薔薇が見ている。庇護対象である可愛い生徒二人に、こんな弱々しいところを見せてしまうなんて。教師失格だ。そもそも、私は何故泣いているんだ?悟の晴れ姿の妄想で、うるっときたどころの騒ぎではない。胸が苦しい。息ができない。頭が痛い。逃げたくて、叫びたくて、全てを棄ててしまいたくて、でも全部が欲しくって。何を棄ててしまいたいんだろう。何が欲しいんだろう。私は何に、こんなにも心を揺さぶられているのだろう?
「お前がどう思ってようと、悟は傑のこと、好きだぞ。誰よりも、何よりも」
「……例えそうだとしても、私じゃ悟とは釣り合わないよ。悟にはもっと──」
「釣り合う釣り合わないじゃなくて、夏油先生じゃないと、あの五条先生の手網は握れないでしょ」
二人で、最強なんでしょ?──真希と野薔薇の言葉に、やっと止まりかけていた涙が堰を切ったように溢れ出した。ボロボロと。身体中の水分が抜けてしまうんじゃないかってくらい、止めどなく溢れては流れ落ちる熱い雫。とうとう声すら抑えきれなくなってきて、立っているのもしんどくなって、私はその場に蹲って、大声を張り上げて泣いた。自分で自分の肩を抱き、縮こまって、地面に向かって、いつもより高い声をさらに細く高くして。
野薔薇が背中をさすってくれた。真希が頭を撫でてくれた。その優しさに体を震わせて、生まれて以来初めてかもしれないくらいの大声で、訳もわからず泣いた──いや、訳なんてずっと前からわかってたんだ──私は、悟のことが好きだった。
*
結局お買い物は中止になった。泣き腫らした酷い顔で、街に出るわけにはいかない。人目を憚るように真希と野薔薇の背に隠れ、私は硝子のいる医務室に連れてこられた。野薔薇がコピー用紙を取り出し、『急患以外立入禁止』とデカいマーカーペンで書き殴ると、それを医務室の扉に貼って、更に鍵を掛けた。硝子は驚いていたが、私の腫れた目を見て何かを察し、そして次の瞬間には指を差して笑われた。察した上で。笑われた。硝子…君って奴は。
「可愛いじゃん、お前」
「…なんにも可愛いことなんてないだろ…」
硝子は三人分のコーヒーを淹れてくれた。差し出されたコーヒーを見て、ああ、悟ならここに五、六個角砂糖を入れるんだろうな…なんて考えて、慌ててまだ熱々のコーヒーを腹に流し込んだ。つい今さっき自覚してしまった悟への恋心は、もう後戻りなんてできないところまで私を追い詰めていた。
「女性の体は厄介だな。情緒が乱れやすいし、涙脆い。感情の抑えが利かない」
「お?女性蔑視発言か?」
「違うよ。羨ましいんだ、きっと」
羨ましいんだ。今のこの身が。女のこの身が。
恋愛において性差を持ち出すなんてナンセンス!恋愛はもっと自由にあるべき!ヘテロセクシャルがノーマルなんて誰が決めた!──しかし、マイノリティが平然と受け入れられるべき時代が到来しようと、まだまだ偏見の目は厳しいし、世間一般の常識すら通用しないのが呪術界だ。それに悟は御三家である五条家の現当主で、お世継ぎ問題だってある。もしも私が女なら、女の身で悟に恋をしていたのなら、きっともう少し気持ちに素直になれたのだろうし、こんなにも心を揺さぶられることはなかったのだろう。だが例え女だったとしても、呪霊を取り込むこの穢れた胎で、五条の子を孕もうなどと、身の程を知れ!なんて年寄り連中に言われそうだ。そうでなくとも私は一般出の呪術師。どこの馬の骨とも知れない女に易々と渡していい種子ではない。悟は──私の恋した人は、それほど雲の上の存在なんだ。惚れた腫れたの感情で手に入るような存在ではない。
「じゃあ、悟の気持ちはどうなるんだよ」
「…悟の、気持ち…」
周りに嘘を吐いてまで、偽りでもいいから繋がっていたいと、それほどまでに私に執着していた悟。きっと悟は、初めて対等に付き合える人間の存在が嬉しくて、珍しくて、友情と恋慕を履き違えているだけなんだ。私が何処にも行かないように。何処にも行けないように。繋ぎ止めておく口実が欲しいだけなんだよ。きっと。
「それはお前の口実だろ」
「どう言う意味だい?硝子」
「五条がお前をどう思ってるかなんて、火を見るより明らかじゃねぇか。気付いてないのはお前だけ」
「逆になんでアレで気付かないのよ」
「大人なのにグダグダ鬱陶しいったらないな」
「な、なんなんだよ…みんなして…」
まるで、私が悪いみたいじゃないか。
「親友が恋人じゃ、駄目なのか?」
「で、でも…、私じゃ悟に…」
「だァーーーーもぉ!!!!」
真希と野薔薇がバシン!と派手な音を立てて背中を叩いてきた。痛い。凄く痛い。
「グダグダ言ってんじゃねーよ!!悟は傑が好き!!傑も悟が好き!!これでいいんじゃねーの?!」
「何を気にしてるか知らないけど!!アンタらお似合いのカップルだし!!五条先生の相手できるのなんてアンタくらいしかないのよ!?」
「別に誰から何か言われたわけじゃねーんだろうが!!勝手に悲劇のヒロインぶってんじゃねーぞ!!」
「勝算しかない勝負降りてんじゃないわよ!!外野から何言われようが当人同士が幸せならそれでいいじゃない!!」
「大人なんだからブチブチ言ってねぇでさっさと告れ!!」
「そんで幸せになれってのよ!!」
「…………ふ、ふえぇ…」
両サイドから強気JKに責められて、変な声が出てしまった。なんなら、せっかく引っ込んでいた涙がまた溢れそうになってきた。さっきとは違う意味で。たまに美々子と菜々子からもこんな風に捲し立てられることはあるが、彼女たちは私を慕っているが故に怒ってくれているので、例え暴言でも愛のあるそれであるが、この二人に至っては、「めんどくせぇ」「うぜぇ」と言った感情がありありと伝わってくる物言いだ。ひ…悲劇のヒロインぶってなんか…ないもん………。
「こんなか弱い女子高生にここまで言わせといて、まさかそれでも嫌なんて言わねぇよな?」
「か…か弱くは…ないだろう……」
彼女らがか弱いもんか。全国の本物のか弱い女子高生に謝れ。
しかし事実、自分より十も年下の女子からの言葉は、響いたか響いてないかで言えば、かなり響いた。本当に悟が私のことを恋愛的な意味で好いているかは別として、悟が私と結婚しているなんて嘯いているこの状況を利用しない手はないのだ。例え悟が、本当は恋愛感情ではなかったと気付く前に、本当に堕としてしまえばいいだけの話。何を怖がっているのだ。
嘘から出た実。身から出た錆。全ては悟が悪い。冗談でも私と結婚してるなんて言うから。結果、悟がこの事に関して苦しむことになろうと、それは悟が悪いのだ。本気にさせた悟が悪い。私は被害者なのだ。
「…まぁ、お前がそれでいいなら、いいんだけど」
硝子はコーヒーを、苦そうに啜った。