1
全てが順調だった。高校二年生の冬、互いが互いを想っていることを自覚した。ああ、愛とは、恋とはこういうことなんだって、生涯抱くはずのなかった感情を持て余した。
愛しいと思えば撫でて、好きだと思えば手を繋いだ。僕が大学に入ってからは、劇団員の見習いとして働く司くんがよく寮に遊びに来てくれた。
幸せだった。
ある公演で、遂に司くんが舞台に出ることになった。大学は休みの日だったし、司くんが観に来て欲しいと言うので、もちろん僕は彼を観に行った。
僕は、その日のことを一生忘れない。
2
来世でもお前を愛する、と誓い合ったので、絶対に出会えると信じていた。
会えた。声も、見た目も、名前も全く変わっていたが、彼が類だと気がついた。
「……ご主人様、何か御用ですか」
……。愛している、などとは、口が裂けても言えない。オレのことをご主人様、と呼ぶこの男をどれほど愛していようとも、もうこの手に撫でられることは無い。
物心つく前から、お前が好きだった。愛しかった。お前も、そうだったんだろう?なあ、類。
……、オレより20年も先に生まれて、何を思ってオレの世話をしてきたんだ。なにを思って、オレに仕えて来たんだ。
どちらの口からも、ただの5文字が出てくることなく、その生涯は平凡に幕を閉じた。
3
煌びやかなスポットライトが眩しい。僕はここの演出家として働いている。ここにいれば、ショーバカな君に出会えるんじゃないか、って。
嫌になる。毎日が、厭になる。君がどんな形で此処に来ようとも、僕は愛すると誓えるはずなのに。
その日が来てしまった。君だと、ひと目で気がついた。綺麗だった。君は、やっぱりショーが好きなんだなって、実感させられた。性別が変わろうと、年齢が変わろうと、見た目がどれほど変わろうと、君は君だ。
君と、目が合ったような気がした。
舞台裏で、声を掛けられる。
「…やっと会えたな」
「やっと、会えたね」
「ああ。…久しぶりだな」
「うん、久しぶり。…ねえ、司くん。僕は今でも、君を…愛し」
「辞めろ」
彼女の…彼の言葉で途切れたそれを飲み込んだ。
「オレには…今の、オレには、お前を…想う、権利は、無い。……、また、な」
呼び止められなかった。踊り子の彼女を、救ってやれる手立ては今の僕にはない。きっと彼は、…彼女は、僕に会うためだけにショーの…この道を選んだのだろう、と思うと、胸がぎゅっと締め付けられた。
悔しくて、悔しくて。噛んだ唇からは、血が流れた。
4
何度目だろうか。今世も果たして類と出会うことが、そして今世では結ばれることが出来るのだろうか。
「……さま、聞いておられますか?」
「は、なんだ?どうした、爺や」
「今日、あなた様の許嫁がいらっしゃいます。大層お美しい方だそうで、なんと、紫の髪をお持ちだとか…」
「ッ!?紫の、髪」
「……ええ、どう致しましたか?」
「……いや、なんでも…ない」
紫の髪だなんて、あいつ以外に居るだろうか。期待するべきではないと思いながら、オレはどうしても期待してしまう。
「はじめまして」
はじめまして、ではない。美しい紫の髪に、透き通るような瞳。その姿は、まるで類そのものだった。
「はじめまして、…あの、オレたち……どこかで」
「え?」
「……、類…?」
「る、い?すみません、どなたでしょうか」
目の前が真っ黒になるような衝動だった。オレだけが、まだ類にとらわれていて、類はすっかり忘れてしまったのだろうか。…涙がひとつ、零れる。
「あ、あの…ごめんなさい、私なにか…」
「いえ、姫君は何も悪くはありません。少し、目に埃が入ってしまっただけです」
オレは、類を忘れることにした。
その後の彼女との交際は順調で、とうとうオレはご両親に会うべく彼女の家へと邪魔することになった。
謎は全て解けた。姫君とそっくりの、紫の髪のあいつが、そこにはいた。
5
スポットライトを見る度、頭がくらりとする。あの日…彼の舞台を観に行った日、彼の上に落ちてきたスポットライト。何年経っても、何十年経っても、何千年経っても、あの日のことは忘れられない。
会えると、そう確信していた。
結ばれることはなくとも、彼は毎度毎度僕の前に現れる。どんな形であっても、僕が彼を…司くんを想っていることは変わりない。
彼も、そうだという確信はある。
おかしいな、きっと、きっと会えるはずなのに。
6
「あの患者さん、末期ガンなんだって」
珍しいことではない。早期発見出来なかったのだろう、可哀想に。
ノックして、病室へと入る。
「こんにちは、担当の……」
「あ、…」
「る、い」
「司、くん」
会話をしたのは、いつぶりだろうか。前世では最期まで類は見つからなかった。誰を愛することなく、平凡に朽ちていった。
「久し、ぶり。だな」
「久しぶりだねぇ…元気かい、司くん」
「見ての通りだ!今は医者をやっていてな」
くるり、と類の目の前で回ってみせる。白衣が起こした風が、点滴の管を少し揺らした。
「フフ、それは何よりだ」
「ああ、…類、類。お前は…」
「もう、だめみたいだ。末期ガンなんだってさ、わりと元気なのだけれどねぇ」
類はすっかり痩せ、元から細かった体は余計そう見える。横の椅子に腰掛け、オレは類の目を見詰めた。
「オレたちはいつもこんなだな、見つかったとしても、どうしても、こんなだ」
「そうだねぇ…でも、司くん。僕はね、ずっと幸せだよ」
骨と皮ばかりの指に、撫でられる。ああ、好きだな、と、この感覚を何千年か越しに思い出す。
「僕はね、君が僕をずっと想ってくれていることが幸せなんだ。それだけで、とても幸せなんだよ」
「…それは、オレもだ。どんな立場であろうとも、どんな生き方であろうとも、心は常にお前とあった。毎日、お前の夢を見た」
「フフ、それは嬉しいね」
「ああ、…類、なあ。愛している」
「君、前自分が……」
「はは、なんのことだろうか」
「君って、そんな人だよねぇ。知っていたけど、毎回驚かされるよ」
「ん、でも好きなんだろう」
「好きさ、…愛しているよ。ずっと、ずっとね」
伸ばされた腕に素直に応じた。あたかかくて、ずっとこうして居たいとさえ思った。やっと聞けた5文字に、とうとう涙が溢れる。
心電図が停止する音が、室内に鳴り響く。医者になって、初めて涙が溢れた。
7
8
9
10
11
…
あと幾つ、辿らねばならないんだろう。
ただ、お前の名を呼びたいだけなのに。
ただ、お前に触れたいだけなのに。
ただ、5文字を、伝えたいだけなのに。