小さい頃。あれはいくつの頃だろうか。
船の模型を抱えながら、誰かに手を引かれ進んだ、グアンハオの森の中。
カクの中にある、小さな記憶。
あの時、己の手を引いて森の中を走ったのは誰だろうか。
ふとカクは気になった。
自分より大きかったその手の主は誰だろうか。カリファではない。ジャブラなどありえない。クマドリか、フクロウか。
ブルーノ辺りかもしれない。ブルーノはよく、己の世話を焼いてくれていたから。
そう思って、カクはブルーノの元へ向かった。
「おれじゃあないな」
ブルーノは腕を組みながら首を横に振った。
「森の奥は、ルッチがよく一人で修練を積んでいた場所だ。おれがわざわざ行ったことはない」
ルッチ。その名前に、カクは「そうか」と首を傾げた。
まさか、ルッチのはずはないだろう。
そう思いながら、カクはルッチの元へ向かった。
「おれだ」
ルッチはブランデーを片手に、カクを横目で見ながら肯定した。
カクは、ルッチが肯定すると思っていなかったため、驚き目を丸くした。
「おれが一人でどこに行くのかついてきただろう」
そうだっただろうか。カクはうぅんと唸った。
それよりも、カクが気になったのは。
「手を繋いでくれたのか、おぬしが」
森を走った。大きな手と、手を繋いで。その主が、まさか。
「迷われたら面倒だろう」
そんな感情があったのか、この男に。カクは別の意味で驚いた。
少なからず、可愛がってくれていたのか。そんなことを思いながら、カクは向かいに座るルッチを改めて見る。
「あの頃のお前は、全てが遊び感覚だった。修行も、修練も。その調子でおれの後ろによく着いてきていた」
忘れたか、とルッチは眉を顰めてカクを見やる。
忘れていた。カクは肘をつきながら口をつぐんだ。
「迷惑だった」
ルッチがそう言いながらブランデーを飲み干す。カクは「それはすまなかったのぉ」と軽い調子で謝罪の言葉を口にした。
「お前がいなくなったら、騒ぐ奴らが多かった」
「それで、迷子にならんよう手を繋いでくれとったのか」
ルッチがサイドテーブルに、氷が残ったグラスを置く。
「そうだ」
ルッチは長い足を組み直しながら指を組み、頷く。
「ルッチは迷惑だったと思うが、手を引いてくれたのがわしは嬉しかった。だからわしは、いまだに覚えておる」
想像に易い。
ルッチが一人で森の奥へ行こうとしているのを、木の陰に隠れながら追いかける自分。
呆れたようにルッチが自分の手を掴み、森の奥へと連れて行ってくれたこと。
恐らく、ルッチは遊んでくれたのだろう。自分が修行をする時間を割いて。
この男は、存外自分に甘い。
カクはよく知っている。
「くだらん」
つまらなそうにルッチは目を細め、背もたれに体重を預ける。
そう、くだらない。子供の頃の記憶など、くだらない。
けれどカクは、これからも忘れることは無いだろう。
あの日繋いだ手の温もりを。