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    はるしき

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    はるしき

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    遼嘉の何気ない会話。

    ##遼嘉

    齟齬「張遼殿、少し良いですか?」
     副官を連れず一人回廊を歩いていた張遼を、背後から呼び止める者がいた。
     声の主は振り向かずとも分かるが、張遼は立ち止まり律儀に振り返り、思い描いていた人物に相違ないことを確認すると、ふと眉間の皺を緩めた。
    「いかがいたしましたか、郭嘉殿」
     郭嘉は張遼に呼ばれると、嬉しそうに双眸を細め「実は」と切り出す。
    「私が張遼殿の事を好きだという話なのですが」
     唾を飲み込み損ない喉に引っかかった張遼は、反射的に郭嘉から顔を背け片手で自らの口を覆うと、げほごほと何度も咳き込む。
     誰が、誰に、何をすると言った。張遼はドキドキと強く鼓動打つ胸を鎧越しに押さえながら、郭嘉を見やる。
    「初耳ですが」
     張遼の言葉に、郭嘉はにこにこと笑ったまま「えぇ」と頷く。
    「言っていなかったからね。それで、どう告白したものか考えていてね」
     さらりと告げた郭嘉の言葉に、張遼はびくりと肩を震わせた。
    「告白……告白を、されるのですか、郭嘉殿……」
    「告白はしますよ。張遼殿に救われた命、張遼殿と共に生きるのに使いたいですから」
    「今、これは告白ではないのですか……?」
    「告白はもっと素敵な雰囲気で、思い出に残る言葉でしたいでしょう」
     張遼の思考の容量は、既に郭嘉の奔放な言葉の数々のせいで何故何どうしてが溢れかえっていた。
     郭嘉が、張遼を好き。郭嘉が、告白をしようとしている。それをなぜ本人に、まるで相談を聞いて欲しいとでも言うような軽い調子で張遼に聞いてきたのか、意味が分からなかった。
    「宴の最中に抜け出し、満天の星空と月の下で告白をするのが一番良いかと思ったのですが、酒が入っていては張遼殿は本気にしてくださらないと思いまして」
    「今それを聞いたので、私は本気だと思いますが……いえ、そもそも、郭嘉殿」
     腕を組んだままの郭嘉の言葉に、力が入らない張遼は弱々しく答えるが、郭嘉は張遼の答えを聞いているのかいないのか、形の良い眉を歪めながら郭嘉はうんうんと唸る。戦の前でも、このように悩む郭嘉の姿は見たことも聞いたことも無い。なにがどうなっているのか。いや、そもそも。
    「郭嘉殿、私も郭嘉殿のことを、お慕いしているのですが」
     そう。張遼も郭嘉のことを、好いている。己がこの腕で守ると決めた、曹操以外の存在。かけがえのない愛しい人。その想いは、知られてはいけないと思い墓まで持って行こうと思っていた。
     なのに、何故。今なのか。この誰が通るとも分からない城の、回廊の真ん中で。郭嘉は張遼に、何でも無い世間話のようにさらりと想いを告げてきたのか。
    「景色の良い湖の畔や庭園も考えたのですが、どうも納得がいかなくて」
    「聞いておられますか、郭嘉殿」
     張遼を見ていながら張遼を見ていない郭嘉の瞳があまりにも真剣そのもので、張遼は不安そうに問う。
    「やはり、戦場」
     張遼の問いも虚しく、郭嘉は何かを思いついた時のようにはっと息を呑み目を見開く。
    「また私が命を賭して戦場へ赴けば張遼殿は私を守ってくださり、そこで愛が深まる。うん、これが最善」
    「何も最善ではありません」
    「そうと決まれば、張遼殿と私を同じ戦場に向かわせていただかなくては。曹操殿に直談判しに行きましょう、張遼殿」
    「私も郭嘉殿を好いているというのは聞こえていましたか?」
    「えぇ、聞こえていましたよ」
     話が噛み合っているのに、噛み合わない。いいことを思いついたと言わんばかりに目を輝かせ、張遼の脇を通り過ぎ曹操の元へ向かおうとする郭嘉の背にやや語気を荒げ張遼が再度告白をするも、郭嘉は当然だと頷く。
     何がどうなっているのか、分からない。しかし、この郭嘉は止めなければいけない。また命を投げ出すような行動は、必ず己が守るが癖になられても困る。
    「戦場で私を張遼殿が庇う、私が張遼殿に告白をする、張遼殿に頷いてもらう。うん、とてもいいね」
    「それは今では駄目なのですか郭嘉殿」
    「また戦場での張遼殿を見られる……あぁ、とても嬉しいな」
    「郭嘉殿、お慕いしております!」
    「ありがとう、私も好きですよ」
    「歩みを止めてください郭嘉殿……!」
     郭嘉はにこにこと機嫌良く笑いながら張遼の言葉に返事した。しかし、歩みを止めること無く、踵の音を響かせながら郭嘉は曹操の元へと進んでいった。
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