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    はるち

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    はるち

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    隠居後、クルビアでほのぼのセカンドライフを送るドクターと重岳のお話

    君はもう谷を超えてしまったんだよ 不気味の谷と呼ばれる現象がある。
     人間に近づきすぎた被造物に、違和感や恐怖感、嫌悪感を覚えるという現象だ。彼らが真に人と見分けの付かない存在として並び立つためには、その谷を越える必要がある。
     つまりお前にはそれが足りないんだぞ、と私はしかめつらしい顔を作って抱え上げた犬型ロボット――私とクロージャの合作である。毛並みは生物の犬と遜色なくふわふわで永遠に撫でていたくなる。しかも噛まない――を諭す。犬型ロボットはまるでわかっていない天真爛漫な仕草できゃんきゃん鳴き、私の頬を舐めようとしている。なぜ自分が依頼人から返品されたのか、何も理解していない。
    「相手はなんと?」
     私の背後で、重岳が苦笑する。
    「やっぱりうちの子じゃない、って」
     現在ロドスでは、ドローンやLancet-二とは別系統のロボットを開発している。より生体に似せたモデル、所謂アンドロイドだ。開発目的は戦場における狙撃や物資の補給などの後方支援、そして――
    「やはり飼い主の目は厳しいな」
     グリーフケアだ。
     オペレーターの人格バックアップを取っておき、不慮の死を遂げた際、そのオペレーターを元に設計されたアンドロイドを作成、関係者の精神的外傷を治療する――というプロジェクトを提案したのはドクターだが、倫理的な観点から多くの反発を買った。
     しかし一方で、人間はその誘惑を捨てきれない。死後、もう一度だけでも、あの人と話すことが出来たなら? 技術的には可能であるものを、倫理的な問題だけで切り捨てることはほぼ不可能だ。できる、と技術者が思ってしまったのであればなおさら。
     ということで、この企画はヒトならざるものを対象としてスタートした。ペットを失った飼い主のグリーフケアを目的として。しかしなかなかどうして幸先は厳しい。
    「初めは喜んでくれたんだけどね」
     天災から避難するときに、置き去りにせざるを得なかったのだという。残っている飼い主との写真や走り回っている映像から、今は亡きその飼い犬を、私たちは可能な限り完璧に再現した。
     けれどやはり、それは上手くいかなかった。
     去り際の、少女の泣き顔を思い出す。あの子じゃない、あの子はどこにいったの、と。泣きじゃくっていた少女の声を。
     自分たちで言うのも何だが、ライン生命と提携し技術提供を受けたロドスの実力は大したものだ。このロボットも、彼女でなければきっと、本物の犬だと思った頃だろう。ヒトよりも高い体温と柔らかな毛並み、そしてすばしっこい動きの全てを再現している。
     しかしこれでも結局、谷を越えることはできなかった。
     ならば。
    「偽物は、やっぱり本物にはなれないんだと思う?」
    「――」
     彼の返答はない。
     わかっている。
     意地の悪い問だった。
     私は飼い主のために作られ、そして置いていかれたロボットを抱きしめる。私が身体を弄ると、先程までのじゃれるような仕草とは打って変わって激しく暴れだす。しかし私がそのスイッチを見つけ出す方が先だった。非常用の電源スイッチだ。電源を切ると、ロボットは動きを止め、私の腕の中には機械仕掛けの人形だけが残る。魂が抜けたようだった。
     私はそれを床に降ろし、重岳を振り向く。彼は置いていかれたような、取り残されたような表情をしていた。
    「少し散歩に行こうか」
     
     ***
     
     クルビアは玉門からは遠く離れているが、雰囲気はどこか似ていた。燦々と降り注ぐ、こちらを焼き殺そうとするかのような日差しと、乾いた土の香り。太陽の光をはらんだ風は土埃を巻き上げ、その眩しさに目を開けることも難しい。
     アンドロイドの開発のため、私達は一時的に拠点をクルビアへと移していた。ついてきてくれたのはメイヤーやステインレスといったエンジニアが数名と、アドバイザーとしてロベルタ。彼女の顔に対する造形能力は素晴らしく、本物と見紛うばかりのフェイスマスクをいくつも用意してくれ、私達はそれを元にアンドロイドを形作っている。
    「エディの家族は、受け入れてくれたようだったが」
     私を慰めようとしているのか、重岳がゆっくりと口を開いた。彼はいつものようにあの黒い炎国式の衣装を着ている。もっとラフな格好をすればいいのに、ニェン達と一緒に着ていたような、というのだが、玉門でもこれだったのだから、とやんわりと断られる。とはいえ私もいつもの上着に白衣なのだから、彼のことは言えないのけれど。
    「そうだね。――彼の死を、残された家族が受け入れられると良いね」
     グリーフケア用のアンドロイドの目的は、残された人――家族、恋人、あるいは友人――が、その死を受け入れるサポートをするということだ。ロドスのオペレーターは全員、入食事や危険な任務に就く時に遺書を作成する。グリーフケアロボットは、その読み上げサービスの一段回上だ。
     死人を模した人形と会話することで、その死を受容する。
     しかし、そもそもその人形が受容されないのであれば意味がない。
    「今回とは逆だな」
     重岳が空に手のひらをかざし、陽光を遮る。彼の顔に影が落ちた。
     エディは、ロドスに長く所属しているオペレーターだった。彼は感染者だった。呼吸器系の症状が酷く、終末期には会話をすることも困難となり、鎮痛のために使用する薬剤の副作用もあって絶えず眠っているようだった。
     彼はこのプロジェクトに賛同し、死後、アンドロイドを作成することを許諾してくれた。しかし残された家族は、そのアンドロイドを初めは拒絶したのだ。
     しかし。
    「まあ、人間っていうのは矛盾した存在だからね」
     矛盾こそが人間らしさとも言える、ともっともらしく頷く私に、彼は苦笑する。
    「愛しているけど憎らしい、好きだからこそ壊したい――そういう人間の行動を、君は私以上に見てきたんじゃないのかい?」
    「……」
    「偽物だけど話したい――というのも。人間らしい感情の一つだよ」
     生前は言えなかった思いも、死後ならば伝えられる。鉱石病の症状と治療の副作用で、満足に伝えられなかった感謝や愛情といった思いを、彼はようやく家族に差し出すことができたのだ。
     彼のアンドロイドと彼の家族は、少しずつ、死を受け入れるためのプロトコルを踏んでいる。
    「それにしても今日は暑いなあ。レモネードでも飲まない?」
    「いいのか?」
    「なんだよ、君だって気に入っていただろう。数年前に露天で一緒に飲んだレモネード。もう忘れちゃった?」
    「そんなことはない」
     否定の言葉は予想外に強く、しかしそれに驚いたのは彼の方だった。これはその、とうろたえる彼を、眩しさに目を細めるように見つめる。
    「そうだね。君、酸っぱさに驚いていたものね」
    「……」
     彼は苦いものでも飲まされたような表情になる。
    「貴君はいいのか」
    「平気だって。少しならクロージャも許してくれるよ。あとは砂虫の炭火焼きがあれば完璧なんだけど――」
     視界の端で光がひらめく。窓ガラスに反射した太陽、とするにはいささか殺気立っている。それが目を焼く前に、黒い影が視界を覆う。
    「――ドクター」
     低い、唸り声に似た彼の声、それをかき消すように、パワードスーツのモーター音がけたたましく鳴り響く。
    「最近のパワードスーツはステルス機能まで搭載しているのか! 持って帰ったらメイヤーが喜ぶぞ!」
    「そんなことより、安全な場所まで離れろ!」
     唸りを立てて繰り出された装甲兵器の一撃を、重岳が受け止める。足元で土が爆ぜ、拳の威力を物語っていた。
     私達がロドスのオペレーターだからか、それともライン生命から技術提供を受けているからなのか――この話をするとサイレンスは前者だと断言した――外を歩いていると時折、予想外の客人と出会う。彼らの大抵は私達にあまり好意的ではなく、重岳が丁重に彼らをおもてなしし、そしてお引取り願っている。
    「……千招百式!」
     その一撃は、さながら破城槌だった。どう考えても単位はトンであろう鉄の塊は、紙人形か何かのように宙を舞う。あれは自律式なのか内部にパイロットがいるタイプなのかはわからないが、いずれにせよもう動かないだろう。
    「――重岳!」
     しかし敵も一体だけではない。体勢の崩しやすい真横から、もう一機のパワードスーツが突進する。人間とは異なり、彼らは初速から最大速度での行動が可能だ。
     その突貫を、彼はしかし受け止めるのではなく交わした。上に飛び跳ねることで。軽く屈んだだけでパワードスーツの頭上を越えるなんて、どんな脚力をしているんだ。
     敵からすれば、重岳が消えたようにしか見えないだろう。しかし、頭上から落ちる影は、質量を伴って落下する。
    「勁発すれば、江潮落ちるが如く!」
     ぐしゃ、とできの悪い人形が潰れるように、機械仕掛けのそれは停止した。装甲が砕け、クラッカーが弾けるように金属片が周囲に飛び散る。反射的に袖で顔を覆ったが、その一欠片が頬をかすめ、単なる衝撃以上のものが肌を伝う。汗のようにぱたぱたと地面に落ちるものは、赤色をしていた。
    「……こんなところか。怪我はないか、ドク――」
     重岳の言葉が中途半端に消える。腕をどかすと、彼は凍りついたようにこちらを見ていた。全く、そんな顔をする必要はないのに。たかがかすり傷だ。
    「大丈夫だよ、重岳」
     流れるものは赤いけれど、これは血液を模しただけの循環液に過ぎない。
    「すぐクロージャが直してくれるから」
     
     ***
     
     ドクターが死んで、そろそろ半年が経つ。
     とはいえ誰かに殺されたわけではない。寿命だ。元々身体は丈夫な方ではなかったし、テラの大地と課された責務は過酷が過ぎた。ドクターの身体はケルシーや歳の代理人たちのように出来ているわけではない。
     けれども、ただ寿命で果てることを良しとしない人物がいた。
     他ならぬドクター自身だ。
    「ドクター」という存在は、最早本人だけのものではない。ならばその偶像だけでも、残しておくことに意味があるだろう――という主張を、ケルシーは最終的には受諾した。ロドスの旗印として、まだドクターのアイコンは有効だった。
     グリーフケア用アンドロイドの開発も、自分の死期を悟っての行動だった。ドクターの記憶を引き継いでいる私は、そのことを鮮明に覚えている。
     そうして私が開発された。とはいえその道程は平坦なものではなかった。不気味の谷の問題を、ロドストライン生命の技術力だけでは解消できなかったからだ。とはいえ普段はフェイスシールドにフードなのだから問題ないだろうと、エンジニア部が妥協に満ちた決定したしたその翌朝に、私は起動した。
    「おはよう」
     そこにいたのはケルシー、アーミヤ、開発に関わったクロージャにメイヤーとロベルタ、そして。
    「私が――わかるだろうか」
    「……わかるよ」
     昨日とはまるで別物だった、と興奮したようにロベルタは言った。自分たちが手掛けた造形よりもずっと、本物らしくなっていると。
     それはきっと、私が稼働したからだけではない。夜に、キノピオが人間になるよう、魔法をかけた誰かがいるからだ。それはきっとシーだろうと私は思っている。あれから一度も、彼女は私に会おうとしないから。
    「おはよう、重岳」
     
     ***
     
     重岳が選ばれたのは、私の護衛役としてだった。万が一敵組織に捕縛されることのないように。最も、そうなったときのために戦術立案能力はあらかじめ私の機能からナーフされているし、自爆用の機構も搭載している。本当は今回のような事態を避けるために、艦内で大人しくしているのがいいのだろうが、ドクターはまだ健在であるということをアピールするためにはそれなりのパフォーマンスが必要なのだ。
     だから。
    「そんな顔しなくてもいいのに」
     研究室に戻っても、ずっと重岳の表情は浮かなかった。眉間に刻まれた皺が痕になる、とからかっても変わらない。損傷の修理はクロージャにやってもらい、人工皮膚の修復も終わり、もう誰が見てもわからないというお墨付きをもらっても。二人で床についても、彼の表情は沈んだままだった。
    「……いや、私の責任だ」
    「君は責任感が強いなあ」
     だからこそ、ドクターも彼を護衛に選んだのだが。
    「ほら、今日はもう寝よう。明日も早いんだ」
     明日こそ朝の鍛錬に付き合っても良い、と冗談めかして笑うと、彼は少しだけその頬を緩めた。
    「――なら、今日はもう休むとするか」
     目を閉じる。呼吸が規則的な寝息に変わるまで、そう時間はかからないだろう。軍人だった頃に染み付いたのか、彼は寝ると決めたら速やかに眠りに落ちることができた。
     機械である私は、睡眠を必要としない。瞼を閉じてスリープモードになることはできる。電源が落ち、全ての電気信号が零になる瞬間は、私が知っている中で最も死に近い。
    「おやすみ、ドクター」
     ドクターは私にいくつかのタスクと、自分の経験した全ての記憶を残した。ロドスがつつがなく運行するよう、その道行を支援すること。生前交流のあったオペレーターたちの喪失を癒やすこと。
     そのオペレーターには、勿論彼も含まれている。
     けれど。
     結局のところ、それは全て建前で。
     ドクターは彼に、彼とともに歩ける友人を、用意してやりたかったのだと思う。
     ドクターの全てを引き継いだ私は思う。
     彼の傷に癒えてほしいと。私のことは忘れて、もっと遠くの、広い世界を見てほしいと思う。彼はもう、歳獣の因縁に縛られてはいないのだから。
     彼の傷が瘉えなければいいのにと。彼が繰り返した出会いと別れ、その一つに埋没したくないと思う。彼が今までの道行を振り返ったときの、数多くの導の一つになどなりたくないと思う。
     この差異を何と呼ぶべきか、私は知らない。
     知らない、ということにしている。
    「おやすみ、重岳」
     私は機械なのだから。
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