そのうちきっと、どちらも勝つのだろうー* ⁑ ⁂ ⁑ *ー
「景光、」
「はい、裕也さま」
さぁ出勤だと呼ぶと駆け寄る風見の契約黒猫の景光に風見は目を細め、そして。訝しんだ。
命数管理局に所属する人間の寿命を管理する記死神(しるしがみ)である風見は記死神の制服といえる道着のような衣に袴、足袋草履という和装たるいでたちであるが、その記死神や死神がアシスタントとして雇うことが可能な契約黒猫である景光は黒を基調としたフリルとレースをふんだんにあしらった所謂ゴスロリ服を常日頃着用している。
今を去ることしばらく前、仔猫だった景光に風見が「行くところがないならうちにくるか」と誘い、連れ帰り泥まみれから洗ってやると現れたのは見目美しい幼い黒猫族。同居している風見の親の好みにより、ゴスロリ服をこれでもかと与えられた。それは風見の懐から捻出されるものであったので、「だって、景光くんこれ似合いそうじゃない」と増える衣装に風見の懐は寂しくなった。しかし景光は賢い黒猫で「折角だから、」と契約を結んでみたところ、風見の痒いところに手が届くアシスタントをし元々優秀ではあるが故に仕事を任されすぎる風見にとってなくてはならない存在となり、仕事も順調、懐の心配をする程ではなくなった。
そんな景光も風見の半分くらいだった背丈からすくすく成長し、今や好青年といえる黒猫となった。
が。
風見は傍で景光のにこにこと人懐こく笑う顔を見、すぅ…とゆっくり視線を下ろし。
黒い景光の脚をうつすパンツの下、草履で景光の高く尖る靴底を軽く、叩いた。
「裕也、さま?」
あえてきょとりと首を傾げる景光に風見は嘆息した。
「景光。それは歩きにくくないか。あと駆けたときに足首を捻りやすい。替えた方がいい」
風見が行けない分までちょっと、というには距離のあるおつかいも景光に頼むことは多い。ただでさえ動くのに不向きである服装であるのに、靴までそうする必要はない、そう説けば景光は聞き分けのいい普段とは違い「えぇ…、でも裕也さまと…」と不満気に視線を一度下ろしそしてまた風見と同じ高さになっている視線に戻すと、にこり微笑んだ。
「はーい。履き替えてきますね」
「うん。待ってるから、急がなくていいからな」
靴を履き替えに戻る景光に風見はほっと、胸を撫で下ろした。
「はい?」
昼休み。今日は何かしらの締め日でもなくスムーズに仕事が進む。駆け出しの死神が勢い込んでやってくることも、可能性としては低いだろう。
そんな中「少し話を聞いてくれ」と改まったかのように上司たる風見に話を振られた部下、恵村(えむら)は自分たちの分もまとめて昼飯を買いに行ってくれている彼の契約黒猫である景光が戻ってくるまで手隙なのもあり、話を聞くことにした。こんな時間に振られる話だ。大したことはないだろうとたかを括っていたのもあった。
「景光が最近あまりに格好いい。どうしたらいい」
上司から同僚、といってもいい存在との恋愛相談を振られるとは。
「元々景光くん、顔整ってますからね」
無難に答えた。
「あぁ。出会ったときからびっくりするほど可愛かったし、別にそれで拾ったわけじゃないが……で、今それこそ美男子に育ったと思うし……だからというわけではなく、いや、それもあるかもしれないけれど、」
職場と家の往復で自分以外こういったことを話す相手がいないのだろう。そう思うことにして恵村は普段の仕事の様子とはかけ離れた心の整理がついていないとばかりにまとまりのない風見の話を聞いた。
「今日な、景光。ヒールの高い靴を履いていこうとしたんだ。編み込みのブーツで紐も長いから履くにも脱ぐにも時間がかかるやつでな。血気盛んな悪霊や死神を止める時に危ないだろうから履き替えさせたんだが、」
今日でこそ終始事務仕事で終わる見込みだが現場での仕事も多い。また唐突に起こる事件に駆り出されることもある。自身の契約黒猫の履くものに風見が気を配るのも当然だろう。
ちなみにそれこそ風見は足袋草履であるが、恵村はビジネスシューズであるし、同じく風見の部下の尾藤(びとう)は仕事用として差し支えない風体のものを選んではいるががどちらかというとあれはランニングシューズだ。
そこでふぅと風見は息を吐き、視線を緩く下げると口元を手で覆った。
「踵が尖ってて、景光のしなやかに綺麗な脚がすっと伸びるんだ。それで同じ目線で微笑んできて。……あんまりにもかっこよくて、」
恵村は風見の話を聞きながらふと、先日風見が局長に報告に行っているさなか、景光と尾藤が話していたことが思い浮かんだ。
『ねぇ、尾藤さん。オレどうしたら裕也さまに男として見てもらえると思います?』
『えー。景光くん、今でも十分格好いいし頼りにされてるじゃん』
『そりゃあ。裕也さまや御母堂さまにいただいたものを着こなせるよう気を遣ってますからねこれでも。ではなくて、“育ててきた契約黒猫”以上に見てもらいたんですよ。裕也さまと同じ背丈くらいになれば変わるのかなぁ。でももうオレ、伸びないと思うんです』
裕也さま背が高い、そこもいいんだけど…と風見の椅子に横向きに座り背もたれを抱き締め耳や尻尾ごと項垂れる景光に『ふーん、』と首を傾げた尾藤が言い、続く言葉に景光は目から鱗とばかりに目を丸くし声を上げたのだ。
『背なら、高い靴履けばどうにかなるんじゃない? 景光くん、持ってそうなのに』
「あいつに抱かれるかも、と思ってしまった」
むず痒そうな表情を見るに、その可能性に対し嫌悪感を持っているわけではないことは明らかだった。それはたぶん、喜色。そして、期待。
「いや、でも。仔猫の景光にそんなこと思うなんて気持ち悪いよな。何かあったら、俺を捕まえてくれ」
とことが起こる前から自首をしようとする風見に目を遠くしながら恵村は言ってやった。
「あいつもう十分、成猫ですよ」
「そうか……?」
「それにあいつは風見さんよりよっぽどその気でいます」
と続けて恵村は助言したのだけど、そう、か……と繰り返しながら逡巡する風見にその言葉が届いたのかは定かでなかった。
試合に敗けて勝負に勝った
一般的な表現とは違うが、もし逆に見るならこれがそうなのではないか、と恵村は思ったが。
「裕也さま、お待たせしました!」
「ありがとう景光。みんなの分も広げてくれ」
満面の笑みで帰ってきた景光と班員分手早く分けるために素早く切り替え立ち上がった風見、そして上司に任せるものではないと恵村も向かい、話は終わった。
「裕也さま、先程『大捕物をした』とほうぼうで吹聴していた死神がいましたから、じきにくると思います」
「「「 」」」
いざ昼食だ今日はゆっくり食べられるとみなが箸をつけ始めたときに、外から帰ってきた景光からの一言。
ろくでもない香りにげんなりと顔を見合わせたあと、風見班の面々は急いで食べ始めた。
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部下A(志村知幸さん)…恵村
部下B(佐藤美一さん)…尾藤
と仮名させていただきました。