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    SALVA.

    一次創作、低頻度稼働中。
    小説、メモ、その他二次創作など。
    一部🔞注意。

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    SALVA.

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    クラフくんの最期の話。
    駄文と、誤字脱字と、雑の注意。
    鬱注意。

    エトワールトワイラが死ぬ。

    別になんてことは無い。
    誰よりも恨んでいた、誰よりも憎かった兄だ。

    彼と居ていいことなんてひとつも無かったから。

    僕らは双子だ。
    一卵性の、正真正銘の双子。
    見た目も仕草もそっくりな僕らは、幼少期に離れ離れになった。

    昔からエトワール一族は、天使としての責務全うに過剰な執着をしていた。定命型のあるべき姿を過信して、命にとって残虐な定めを繰り返すこの責務に命を捧げていた。代々必ず跡継ぎの男を産み、天使の在り方を定義付けてきたこの血筋は、天使の間でも知らない者はいない。
    後継として生まれた天使は、幼少期から「素晴らしい天使」になるための、残酷で理不尽な教育下で育つ。
    情を断たれ、躊躇せず命を奪える心を培われ、優しさを忘れる。
    後継を産むための妻にも、同じ洗脳を与えているのはもちろん。
    エトワール家の圧倒的勢力に、怯える天使も多かった。

    定命は、元々心優しいものだった。
    命に苦しむものたちを救うための政策だった。
    病に倒れ、外傷に倒れ、心を病むもの達に救いの手を差し伸べるものだった。
    しかしいつしかその存在意義は移り変わり、今では天使らが自分らの好みに合わせて好き勝手に定命する始末。
    生きる資格のある、優しい人間たちばかりが、天使の身勝手で命を落としていく。
    その残酷な行為を、誰一人として疑いはしない。


    そうして、このエトワール家の後継として生まれたのが、僕ら双子。
    そう、不運にも双子が生まれてしまったのだ。

    前例を見れば、後継は1人が原則。
    血筋が枝分かれするとややこしくなるから。
    そんな単純な理由であると思っている。
    そんな理由で、僕は捨てられたのだと思う。

    両親は僕を三途の川の麓に捨てた。金麦に隠れた僕の小さな体を見つけてくれる者などきっと居ない。ましてこの寒い川辺で、まだ目の発達しない産まれたばかりの赤子が長く生き残れるはずもなかった。天使の子供は人間ほど脆くないが、この寒さに耐えられるのは4日が限度だったと思う。

    でも、僕は助けられた。
    僕が捨てられて3日も経たないくらいで。

    見た目が老けた天使の男が僕のことを拾い、ある場所に持って帰った。そこには多くの天使がいて、彼らに囲まれて僕はとても大事に育てられた。
    特に僕を拾ってくれたおじさんはレギーという名前で、僕のことをクラフと名付けて、本当によく可愛がってくれて、僕にとっての父親そのものだった。
    周りの天使たちも、僕のことをとても気にかけてくれて、何不自由なく幼少期を過ごすことが出来た。

    それが今の冥廊管理棟。
    反天使派により構成された、秘密組織のような。

    僕が外に遊びに行く時、僕はとても不思議だった。
    周りの天使は僕を不審に見ては、ひそひそと何かを話していたから。
    レギーにそれを尋ねてみれば、天使は純白を好む生き物だから、黒いものを纏うのは縁起が悪いとされているのだとか。

    反天使派は、天使に逆らうために黒いものを身につけている。
    僕も、同じだった。
    レギーは僕に、外に出る時は外套を脱ぐように促された。

    僕は反天使派に囲まれ育ち、天校に通わずに育った。
    基礎教育は全て反天使派の人達がしてくれたから、わざわざ定命型を専攻する必要もなかった。
    そもそも反天使派のもの達のほとんどは学歴を持たなかったから。



    僕が7歳になった時…僕が中央広場で水を組みに来た時だった。

    偶然、本当に偶然にも、僕は兄と会った。
    水を汲みに行った噴水の中で、何故か座っていたのだ。

    僕には兄がいる認識は無かった。
    単に、普通入るはずのない噴水で彼がびしょ濡れでじっとしていたから驚いただけ。
    僕が手を差し伸べると、彼はじっと僕を見た。
    その時に見た顔が、あまりにも僕と似ていたからとても不思議で、僕も彼をじっと見つめた。
    彼も僕を見て驚いたようで、しばらく目を見開いて僕を見ていた。
    しかし、数秒後に僕が近くに置いたバケツを突然奪って、入っていた水を僕にぶっかけた。
    驚いて尻もちをつく。一瞬何が起きたのかわからなくて僕が彼を見上げる。
    彼は水から立ち上がって、僕のことを酷く見下ろしていた。
    そう、見下していた。

    「おそろい」

    そう一言言われて、持っていたバケツを投げられる。
    そうして彼は去った。


    僕は彼に腹が立って、管理棟に戻ってすぐレギーに話した。
    僕がびしょ濡れだった時点でレギーは驚いていたが、直ぐに悲しい顔をして、僕に話をしてくれた。

    そこで僕は、今日会ったあの天使は自分の兄で、僕がエトワール家の双子の弟であり、幼少期に捨てられた身であることを知った。
    それを風の噂で聞いたレギーが、僕が三途の川に捨てられていると近くにいた子供に教えて貰って、一生懸命探してくれていたということも。

    エトワール家を恨む心と、レギーや、可愛がってくれる反天使派の人たちへの感謝で僕は泣いた。
    その時に、僕も反天使派として居続けることを決意した。

    レギーは言っていた。
    反天使派になるのは、とても辛いことだと。
    一生隠れて生きて、不自由極まりないと。

    それでも僕は、僕を助けてくれたみんなに恩を返すためなら、どんな苦しいことだって乗り越えようと決意した。



    成長する中で、かなり頻繁にトワイラという天使が起こした事件の話が日常で流れてくる。
    またあいつかよ、なんて皆呆れてた。

    僕は、正直認めたくなかった。
    自分の兄が、とんでもない悪業を繰り返してるなんて。
    それが天使のためと言われていても、やはり納得できなかった。

    まだ10代の時に、地獄に忍び込んで子供の悪魔を三途の川に突き落としたり、家に火をつけたり、なんなら天校でも、同級生をいじめていた。
    しかし天使皇様は、そんな彼を寛容な目で見ていた。
    どんな悪いことをしても叱るだけで、罰することをしなかった。

    なぜなら、あの偉大なるエトワール家の長男だから。

    これからの未来を繋いでいく希望の天使だからだった。




    ある時、僕はまた水を汲みに行っていた。
    バケツに水を汲み道を引き返そうとした時、知らない声に名前を呼ばれる。
    振り返ると、突然僕は水をかけられた。

    驚いて、尻もちをつく。
    運んでいた水の入ったバケツがひっくり返る。

    「お揃い」

    そう言われて、僕は湿った前髪をどかして見上げる。

    噴水の縁に立って、僕のことを見下ろす天使が1人。
    僕とよく似た見た目の、歪んだ顔をした天使。

    僕は鳥肌が立った。
    濡れて寒くなったからじゃない。
    酷く、恐ろしかったからだ。


    びしょ濡れになった僕の前にひょいと降りたって、トワイラはしゃがんだ。

    「久しぶりじゃん、ク ラ フ」

    頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
    レギーと対照的な、雑で痛い撫で方。

    直ぐに、こいつには僕に対しての好意がないと分かった。

    心のどこかで期待していた。
    もしかしたら、僕のことを思ってくれていたりしないかと。
    どんなにゲスい性格でも、弟のことを思ってくれていないかと。


    でも予想通り、彼はとっくに「素晴らしい天使」に成り上がっていた。弟にすら、壊れた物を見るような目で睨みつけてくる。

    髪をガシッと掴まれ、僕は唸る。

    「ほーんとそっくりだな、きめえくらい」

    頭を持たれて、顔面が近寄る。
    鼻先が付きそうなくらい顔が近くなって、その金色の目で睨まれる。
    よく発達した、皮肉にもすごく綺麗な目。

    「俺は悲しいぜ、クラフ」

    近距離のままそう言われ、僕は息を止めていた。

    「大事な大事な弟が、俺と離ればなれになっちまって」

    言葉に、何も感じない。
    悲しげに聞こえるのは台詞回しのような、違和感のある言葉だった。

    「大人しく死にゃ良かったのに

    まさか反天使派なんかに成り下がるたぁ」

    そして、その頭を掴んだままの手をぐいっと持ち上げて

    「悲しくて吐きそう、だ!!!」

    硬い石造りの地面に、僕の頭をガッと打ち付けた。


    周りの天使が見ている。
    僕と彼を見て、固まっている。

    見ない、振りをしている。


    誰も助けてくれない。
    誰も救ってくれないのだ。

    相手が、あのトワイラだから。



    頭を掴んでいた手を離される。打ち付けられた頭がじわじわと温かくなり、血が出てると分かる。

    「本当残念だよ、お前」


    トワイラが去っていく。

    頭を打ち付けられた体制のまま、僕がゆっくり立ち上がる。

    血が目に垂れそうになるので、片目をつぶる。

    「これ、使ってください」
    トワイラが居なくなった途端、周りにいた天使が心配して僕に寄ってきた。近くの小さな女の子は、僕が血を流してるのを見て、可愛らしいハンカチを差し出してきている。

    僕は笑って言った。
    「ううん、大丈夫だよ。ありがとう。
    こんなのすぐ治るし、可愛いハンカチが汚れちゃうよ。」



    その夜だった。
    僕が自室で寝ていた時だった。

    眠りが浅い僕は、窓が叩かれる音にすぐ気づいた。
    眠い目を擦り体を起こす。

    なんだ一体。こんな時間に。
    天国を照らしているあの光も、もう真っ暗な時間だ。

    僕は恐る恐るカーテンを開ける。



    「!!!!!!」

    窓の外にトワイラがいた。
    昼間のことを思い出して、僕は思わずベッドから降りて距離をとる。
    なんだ。またなにか僕に嫌がらせをするつもりか。

    僕が扉に手をかけていると、窓越しに微かに声が聞こえた。

    「違う。違うよクラフ。待って。」

    何が違う。何も違わないでしょうが。


    その声は、トワイラだった。


    トワイラなのに、トワイラではなかった。
    その時のトワイラは、ありえないほどに優しい顔をして、切ないほほ笑みで僕を見ていた。

    なんだ?トワイラが僕を騙そうとしているのか?

    疑いが晴れず、ドアノブを握ったままの僕を見て、トワイラは悲しそうな顔をした。
    そして一言「ごめんね」と言って、その場を去った。


    訳が分からなかった。
    昼間のことを謝りに来たとしては不自然すぎるし、どういう風の吹き回しだろう。

    それに…やはり、トワイラでは無い気がしてならない。
    ありえないはずなのに、あれはトワイラじゃない気がする。

    なんだろう。あれは。




    翌朝。
    頭の傷も塞がり、僕はフィリンと共に管理棟の仕事をしていた。
    ここでは冥廊を通る者たちの安否や危機度情報を確認したり、地獄側の冥廊管理棟と連絡をとったりする。
    僕はそこまで大変な仕事はせず、主に書類整理や通過記録などを担当している。
    僕の友人のフィリンは、天校に通っていた時に、やはり天使の方針に違和感を覚えたらしく退学して、冥廊管理棟へ来た。僕は赤ん坊の時からここにいるから歴は僕の方が7年くらい長い。けどすごくしっかり者で、僕よりもずっと仕事ができるし、僕のこと叱りつけるくらいだ。

    たまにうんざりするけど、良い友達だと思ってる。


    「休憩してくる」
    目がしょぼしょぼするので、少し外に出て空気を吸うことにする。

    冥廊の入口は風が吹いていて気持ちいい。
    僕は管理口の横に座って、仮眠をとることにした。

    さっき目を通していた書類を仕舞った本棚に、歴史書がある。
    僕は時々それを持ち出して読んでいるのだが、ひとつ気になることがあって。

    この冥界を支配するのは、支配流転双生児天、つまり閻魔様。
    しかしこの世には、その閻魔と対になるもう1つの閻魔が存在するらしい。
    その閻魔の名は「轆轤天下子皇梨閻」。
    なんとそいつは人の姿をしているらしく、この冥界と人間の住む現世、人間と天人を繋いでいる存在なのだとか。
    嘘か本当か知らないが、伝説では、その閻魔は今も地球のどこかで人間の振りをして暮らしているらしい。
    悪魔と天使の存在を守るため…果たして本当だろうか。


    しかし、突然頭が痛み、目が覚める。

    なんだと思い目を開くと、見知らぬ天使が、憤慨したような顔をして僕の頭を殴ったのだった。

    僕が驚いているのもつかの間、その天使は僕のことを蹴り、殴り、叩いた。
    「よくもうちの息子を!!」
    そんなことを叫びながら。

    ああ、またか。

    僕とトワイラは双子だ。
    見た目は何も変わらない。

    そう、こうやって僕をトワイラと勘違いして攻撃してくるやつは、たくさん、たくさんいる。
    今回もどうせ、トワイラが近隣の天使にちょっかいをかけて虐めたりしたのだろう。過保護な親が怒ったというところだろうか。

    僕は何も言わずに、踏んだり蹴ったりされるしかなかった。

    結局休憩も何も出来ないまま、泥をはたいて管理棟に戻る。
    顔に痣を作っている僕を見てフィリンは驚いたように駆け寄ってきた。
    「あなたそれどうしたの!?」
    僕の顔にできた傷を優しく触り、心配そうに見つめてくるフィリン。
    フィリンの顔はとても可愛い。
    女の子らしくて、性格に似合わぬ少し幼げのある顔。
    その顔が悲しそうに僕を見るので、僕は言う。
    「ご想像通りだよ。またとばっちり。」

    本当迷惑ね!と怒ったように言うフィリン。
    フィリンもトワイラのことを心底恨んでいた。

    今ではイカれた定命型として名を馳せたトワイラ。
    定命型の掟を守らず、好き勝手に人を殺す狂人。
    天使皇に逆らってまで、我が道を行く一匹狼。

    天人、つまり悪魔や天使に産まれると、大抵みんな能力を持っている。
    僕も能力を持っている。
    僕は、触れた相手の負の心の量を感じることが出来る。
    その人がどれだけ腹黒いかや、どれくらい苦しんでいるのかが分かる程度だ。
    だから僕に触ってきたやつから時々ものすごい負の心を感じると怖くなって逃げ出したくなる。

    フィリンは、いつも小さく負の心がある。
    悩んでいるかもしれないと思い話を聞けば、僕のことが心配なんだとか。

    フィリンは僕がトワイラの件で苦しんでいることをよく分かっている。だからこそ心配してくれるのだろう。
    それが申し訳なくて、僕はいつも憂鬱だった。


    そして、トワイラ。
    タチの悪いことにあいつの能力は、負の心を増幅させるものらしい。
    触れた相手を、悪人にする。
    どんなに優しい人ですら、ゲスい悪者に変えてしまうほど、その能力はおぞましい。
    その能力を使って、一体何人の人間を刑務所送りにしてきたのだろう。
    最も、トワイラの目的は、彼らを死刑にして殺すこと。
    つまりはそれも「定命」の一環だと主張した。
    だから、誰も手を出せない。止められない。


    風の噂で聞いたが、トワイラはエトワール家から籍を脱したらしい。
    自分の育ての親である二人を見捨て、自分の思うがままに生きていく彼は、もはや「エトワール家のトワイラ」ではなく、「トワイラ・エトワール」という固有名詞になりつつあった。

    ブツブツと文句を言うフィリンに手当をされながら、僕は深くため息をついた。


    僕が街を歩けばトワイラと間違えられてこそこそと何かを話され、小さな子供や若いヤツらは僕のことを袋叩きにすることもあった。
    かと言って双子の弟と分かれば、トワイラの血を引いているというだけで、きっとろくな奴じゃないと、風評に棘を刺される。
    トワイラと間違えられるのが嫌なので反天使派を主張する黒い外套を羽織れば、反天使派であることを罵られ、どちらにせよ陰口を言われるのだ。
    見た目を少しでも変えようとしても。
    例え、目元にピアスを開けたって何も変わりはしない。
    レギーが言った通り、反天使派は本当に生きづらい。
    友人に恵まれたささやかな幸せすら、霞んでしまいそうなほど。

    僕は疲れていた。
    トワイラと間違えられ、陰口や攻撃を食らうことにも。
    弟であるというだけで、差別されるのも。

    全部全部、嫌だった。

    本当にこの世にもう1人の閻魔がいるなら、文句を言いたい。
    天使と悪魔を守っているなら、なぜ僕はこんなに苦しむのかと。


    ある時僕は、地獄への配達の手伝いをするため冥廊を渡った。
    天国の眩しい明るさの中で育った僕は地獄の薄暗さには毎度驚くが、トワイラがここにいないというだけで、気持ちは少し楽だった。

    僕が配達物を抱えて地獄側の冥廊管理棟に着き、受け渡しを済ませる。

    せっかくなので僕は少し気晴らしに地獄側の三途の川を散歩することにした。


    天国側にもあるよく似た金麦の川辺。
    風が気持ちよくて、薄暗い地獄にあてのない希望ばかりが浮かぶ。
    僕は天使だ。ここにはいられない。

    ふと、風に煽られて持っていた手紙を落としてしまう。汚れてはまずいので早く拾おうと僕はしゃがんで地面に手をついた。

    そこで、僕はぞっとした。
    触れて地面から吐き気がするほどの負の感情を読み取ったのだ。

    土の被った地面を触ると、どうにも違和感がある。
    土を手でかき分けると、そこには鉄製の…隠し扉のようなものがあった。

    なんだこれ。魔力で成り立ってるのか?作りを見るに、何かの能力によって形を保たれているように感じる。
    僕はその扉の端に手をかけ、グッと持ち上げる。

    重く、軋む大きな床扉を開けた瞬間、さっきよりずっと強い負の心を読み取った。
    なんだこれ。辛すぎて死にそうだ。

    中からすすり泣く声がした。
    この中に誰かいるのだろうか。

    暗いその中に怯えながら降りてみると、見知らぬ包帯だらけの悪魔がいた。最初僕を見た時に彼はとても驚いた様子で、大きな声で泣き叫んでいた。
    頭が痛くなるほど大きな声だったのでどうにか宥めようと声をかけ続けると、なぜか彼は僕に抱きついた。

    その時に感じ取った、死すら感じる負の感情の量。

    恐ろしくなった僕は1人ではどうにもならないと判断して、1度扉を閉じて地獄側の冥廊管理棟に、天国側と無線を繋ぐよう頼んだ。

    無線越しに僕がその旨を伝えると、レギーとフィリン、そしてそのほか複数の天使達が冥廊を渡ってきた。

    結局その扉の下にあった小さな小部屋に閉じ込められていたのは、全身に包帯を巻いた1匹の悪魔だった。
    悪魔を近くで見たのは久々だったが、彼は酷く疲れきって、衰弱していた。
    レギーは彼をなだめながら介抱した。
    そして、彼を現世へ連れていくと言い出した。

    どういう風の吹き回しか分からず僕が聞くと、レギーは答えた。
    「…閻魔様の所へ届けるんだ」


    意味がわからなかった。
    もう1人の閻魔の居場所を、レギーは知っているのか?
    いや、あれは伝説ではないのか…?

    レギーは、悪魔を連れて現世へ降りると言い出した。

    だから、僕は思わず

    「僕に行かせてください!」

    そう叫んだ。

    本当に閻魔がいるなら、その閻魔がいるなら。
    僕は、そいつに文句が言いたいんだ。
    僕が苦しんでることを、思い知らせてやりたいんだ。


    レギーは僕に道順を教えてくれた。
    地球に降りたことは無いが、きっと大丈夫。
    僕は、泣きじゃくる悪魔を背負って地球へおりた。


    初めて地球に降りた時の驚きは忘れられないが、その話はどうでもいいだろう。
    僕は道順通りに行き、一軒の家に着いた。

    僕は明るみのある窓から中を覗く。

    すると、部屋の奥に人の影があった。
    変な服を着て、角も天使の輪もない人間だ。

    こいつが…?

    パッと見は人間だから分からないと書いてあったが
    僕は顔を写真で見たから知っている。
    僕は鍵のかかって居ない窓をゆっくりと開け、悪魔を下ろした。
    悪魔が僕からしがみついて離れないので強引に離せば、大泣きしてしまう。
    そして、人間が驚き振り返った。

    僕は窓の下に隠れた。
    あの人間には悪魔の声が聞こえるのだろうか。
    だとしたら、霊感が強い人間か、それとも…


    しばらくして声がおさまる。
    僕はゆっくり顔を上げて覗くと、さっきの悪魔が人間に抱きついて泣いていた。人間はこっち向きになっていた。

    でも。


    顔が、見れなかった。

    そいつは、顔に御札を下げていたから。



    でも、




    でも、わかった。


    あれは、閻魔だ。

    口元だけしか見えなくてもわかる。
    まるで分かりきったように悪魔を抱きしめて、優しく微笑んでいた。
    何より、彼女の周りには、たくさんの悪魔がいた。


    僕は言葉を失い、固まる。
    「?」
    瞬間、閻魔は僕のことを見つけてしまった。







    それから僕は閻魔と沢山話をした。
    彼女はトワイラのことをよく知っていたし、僕のことも、僕が苦しんでいることも知っていた。ていうか冥界についてなんでも知っていた。
    どうして僕はこんな目に遭うの。
    そう聞いてみると、彼女は答えてくれた。
    「分かってる。あんた本当に不憫な子だよ。けどね、1人いんのよ。あんたのことをよく理解してて、大事に思ってくれてるやつ。
    不憫で、辛くても、どうにか生きてて欲しいと願うやつがね。
    そのためにあんたは嫌でも生きてかなきゃならんの。」

    僕はその言葉の意味がわからなかった。
    僕を大事に思うやつが1人?
    誰だ。フィリンやレギー、冥廊管理棟のやつらは違う。
    彼らは僕に優しいが、結局他人事で僕のことを理解していないから。

    僕の理解者?
    一体誰だ。

    そんなの、家族でもない限りありえないのに。



    腑に落ちないまま、僕は天国に帰った。



    その夜、僕はまた、窓を叩く音で目が覚めた。
    もう、今度はなんだ。
    僕は疲れているんだ。
    眠らせて欲しい。


    「あんたのことを理解してて、大事に思ってくれてるやつ」


    僕を見て優しく微笑んでくれるのは誰だろう。

    差別されてばかりの僕を、優しい目で見てくれたのは。



    …。


    本当に、本当にもしかして。



    「クラフ、クラフ。起きてる?」


    …お前なの?


    「ごめん、起きてるなら、起きてるなら開けて」


    トワイラ。





    僕は窓を開けた。
    夜の涼しい風が吹き込み、カーテンが揺れる。窓にへばりついていたトワイラは、僕を見て微笑んだ。

    そして。


    あろう事か、片手で僕のことを抱きしめた。

    「!?」

    驚いて言葉を失う。
    なんで、どうしてトワイラがこんなことを。
    あの、残虐で心のないトワイラが。


    「ごめんな。」
    声色が優しい。トワイラの声なのに、優しくて悲しい。
    背中を撫でる手が、気持ち悪いくらい優しい。


    「守ってやれなくてごめんな、クラフ」

    守る?
    どういうこと。
    僕にしたことを謝りに来たんじゃないの。

    「どういうことだよ?なに?なんなの?」

    僕が彼の腕から逃れて聞く。
    彼は切なげに笑っていた。

    「信じてもらえるか、分からないけど」








    俺は、お前の兄だよ。
    双子じゃない。5歳離れた兄だよ。







    そして僕は、事情を聞いた。
    幼少期、トワイラと名付けられ生まれ、エトワール家の教育から逃れるため反抗し、クラフを捨てないでとお願いしても叶わず、せめてと産まれたばかりの新しいトワイラを守ろうとして殺されたこと。
    そして、彼の能力である、血液からの器寄生により、赤ん坊だったトワイラに血を飲ませて、ずっと彼の中にいたということ。

    そうしてトワイラが眠りに落ちた時、この体を乗っ取って表に出られるということ。


    最初は信じられなかった。そんなことありえないと思った。
    でも。

    「信じてくれ」と頼む彼は、やっぱり僕の知るトワイラじゃなかった。
    どんなに演技が上手くても、この顔は誰にもできない。


    「お前が捨てられると知った時、どうしても守りたくて。でも俺じゃ止められなくて…だから、知り合いの反天使派のやつに、お前が三途の川に捨てられてるってことを教えたんだ。
    あの人たちなら…お前を守ってくれると思って」


    ああ。だから。

    だからレギーは小さな子供に居場所を教えてもらったって言ってたのか。
    全ての歯車が噛み合い、僕は脱力する。
    そうだ。あんな人気のない場所にわざわざ入ってくるなんて、自分じゃとても思い浮かばない。
    兄が促してくれたから、僕は救われたのだと、その時理解した。

    「でも…結局辛い目にあってばかりだよな…お前。
    俺が生きてれば何か違ったかもしれないのに。

    トワイラに教育が施される前に、まだそんな技量もないくせに俺は何としてもそれを阻止しようとして。
    それで、殺されちまった。

    どうにか能力で命は繋げたものの、誰かがこいつによって死んでいくところも、お前がトワイラに苦しめられているところも、全部この頭の中から見えてたんだ。でも俺には何も出来なくて。
    こいつを止めたくても、上手くいかなくて。

    お前には、本当に辛い思いをさせちまって。

    ごめんな。ごめんな、クラフ。
    謝って済むことじゃねえよな…」


    僕は泣けてきた。
    自分には、こんなに優しい兄がいたのか。
    姿はあの憎たらしいトワイラでも、全く中身が別であるのがよく分かる。
    僕は兄に縋った。
    抱きついて、泣きじゃくった。

    トワイラ…いや、紛らわしいからここではセカンドとでも呼ぼうかな。

    セカンドは、僕のことを優しく抱きしめてくれた。
    何度も謝りながら、貰い泣きして。

    トワイラが僕にしたことを、代わりに何度も詫びてくれた。




    それ以降、僕は定期的に夜、遊びに来てくれるセカンドと話をした。トワイラが眠る夜や、昼寝の最中によく来てくれるが、トワイラ自体が睡眠時間が短いせいであまり長くは持たない。それでも、彼と話すことは、この上なく癒しだった。
    会う度に僕に謝るセカンドは、本当に申し訳ないという態度で、いつまでも泣き出しそうな顔をしていた。辛くて泣きそうになる僕を、一生懸命支えてくれた。

    それもあってか僕は少しずつポジティブになり、トワイラに負けないように強くなろうと思えた。
    誰もセカンドのことを知らないけど、そんな僕を見てみんなはとても感心してくれた。
    それもこれも全部セカンドのおかげなんだ。

    僕が唯一手放しで甘えることが出来る。
    たった1人心を許せる存在だ。

    僕にとって信頼出来る身内は、もう彼しかいない。
    僕のことを理解してくれているのも、彼だけだから。

    トワイラのことは嫌いだが、トワイラの中にいる、僕の本当の兄のことが大好きになっていた。

    ある時、セカンドは僕に言った。
    「トワイラが死ぬ時、俺も死ぬ」

    僕がえ、と驚くと、苦笑して頭を撫でてくれた。
    「俺が寄生してるのはこいつの血だ。死んじまったら機能しなくなる。それは俺の死でもあるんだよ。」

    トワイラの死。
    現状、全然想像がつかない。
    今や天国全体に影響を及ぼしているあの「偉大なる天使」がどのような最期を迎えるか、全くもって予想できない。
    天使の寿命は悪魔の3倍。3000年。
    僕と同じ年齢だから、トワイラはまだ500歳。まだまだ先後長いはず。

    「トワイラが死ななければ、兄さんはずっと生きてるの?」

    僕がそう聞くと、セカンドは言った。
    「ああ。それともう一つ一例がある。」

    どんな?と聞く。

    「死んだトワイラの血を誰かが飲むんだ。そうすれば俺はそいつに寄生し直せる。元々寿命というのは体だ。精神だけになった今の俺は、肉体さえあればいくらでも生きてられるぜ。」

    おちゃらけた言い方でそう言うので、少し笑ってしまう。
    でも、トワイラの血を飲まれる可能性なんてほぼゼロだ。
    地獄では、死刑囚を食らう悪魔がいるらしいが、あの性悪天使を食べてくれるやつなんてそうそういなさそうだし…

    「…つまり、兄さんに生きてて欲しかったら、トワイラも健康に生かさなきゃいけないってことか…」

    「最高に最悪だな」

    「うん。まじで。」


    そんな会話をした。
    あの調子なら、トワイラは暗殺されることもないだろう。
    それくらいにまで存在が大きくなっているから。
    今じゃ天国は、彼なしじゃ成り立たないほどに、彼の天使としての働きっぷりは、残酷であれど偉大とされていた。

    「トワイラが死んでも、お前は生きててくれるか?」

    セカンドが僕を見て聞く。

    「お前は俺の大事な弟なんだ、クラフ。
    どうしてもお前には、長生きして欲しいんだよ。」


    その言葉が、あまりにも悲しかった。
    僕のことを心から愛してくれている彼がいなくなっても生きてくれなんて、そんなの、あまりにも辛くて。
    また僕は泣いた。
    だけど、僕の大好きな兄さんに言われたら。
    そんなふうにお願いされたら。

    断れるわけないじゃん。

    「わかったよ……でも、兄さん。
    お願いだから、そんな悲しいこと言わないで。
    あいつの体でもいいから、長く生きて、僕のこと支えてよ。」

    泣きじゃくる僕を兄さんはまた抱きしめてくれた。
    「ああ。俺もできる限りそうするつもりだよ。」

    そう言って、また僕からもらい泣きした。










    そして今日。
    ☆026年04月03日。

    僕の兄、トワイラの死刑が決まった。

    トワイラが悪魔を殺害したのだ。
    あれ以降地獄側にもトワイラからの被害が凄まじくなっていたこともあり、とうとう地獄側が彼を罰するように申し出たのだ。

    彼が牢屋に入ってから何年経っただろうか。
    僕は今、843歳。
    彼が牢屋に入ったのは595歳の時だった。

    彼の死は、天国の死活問題だ。
    エトワール家の跡継ぎがいないということは、定命型の在り方に大きな変動が起きるだろう。
    そうなると、定命型たちの心得を心から理解して引き継ぐものが、誰一人としていなくなるということだ。
    天使たちの勢力は、大きく弱まることになるのだろう。

    でも、200年を超える長い論争の末、死刑が決まった。

    どうにも悪魔の長とかいうやつが、威圧的に死刑を強要したらしい。



    トワイラが死ぬ。

    別になんてことは無い。
    誰よりも恨んでいた、誰よりも憎かった兄だ。

    彼と居ていいことなんてひとつも無かったから。








    でも。








    でも、悲しいんだ。






    兄さんが、死ぬ。





    セカンドが、死ぬ。





    「俺がいなくても、お前は生きてくれ」
    そう言っていた兄との約束。

    できる限り一緒にいると約束した兄が、こんなに早く、死んでしまう。


    いやだ。いやだ。


    僕はトワイラが捕まってから今日まで、論争に参加していた。
    「まさか殺したりしませんよね?」
    「トワイラは、死刑になんてなりませんよね?」

    僕がそう言うと、トワイラの処刑に賛成している周りの天使たちは言った。
    「なんだお前。あんなくそ天使を庇うのかよ」
    「弟だかなんだか知らないが、あいつは生きてちゃいけねえ生き物だ」

    「いやっ、で、でも、殺さなくたって…!」

    「うるせえ!!天罰型でもない部外者は引っ込んでろ!!」



    天罰型。

    そうだ。

    僕は天校に行かなかった。
    基礎教育をちゃんと習わなかった。
    何の資格も得ず、閉じこもってた。

    僕がちゃんと勉強して、天鳳校に入って、天罰型になってたら。

    兄さんを、救えたのだろうか。



    僕がいけないのか。
    僕が反天使派だからいけないのか。

    なんで僕は反天使派なんだ。

    僕もトワイラと同じように、定命型としてやってれば。

    でも、それじゃ兄さんが悲しむのか。



    だめだ。八方塞がりだ。

    どれを選んでも全てダメだ。

    上手くいかない。何一つ上手くいかないよ。

    助けて。助けて。助けて。


    助けて、兄さん──────







    死刑が決まって、死刑が実行されるまで8ヶ月ほどあったが、僕は放心状態だった。

    死刑が決まって以降、天使たちはトワイラを「最悪な天使」と呼んでいた。
    好き勝手やって天国を大きく動かした割には、天国を先導すべき立場でありながら身勝手に犯罪を犯してあっさり死んで天国を見放した、自分勝手で薄情なやつだと。


    「見て、クラフよ」
    「あの性悪天使の弟でしょう?」
    「まあ、あんなやつれた顔して」
    「仕方ないわよ、兄のことを慕ってたんですもの」
    「え?あの凶悪な天使を?」
    「死刑判決の論争に何度も来てたって」
    「そんなに死んで欲しくなかったのかしら。」
    「あんな天使の味方をするなんて…」
    「やっぱりクラフもろくな奴じゃないわね。」
    「双子なんでしょ?ほんとにいやぁね、そっくりよ」
    「よく堂々と街中を歩けるよな。」
    「私たちの前に現れないで欲しいわ。不愉快よね。あの性悪天使を連想しちゃって気分が悪くなるのよ。」
    「ええほんと。不愉快よね。」


    そんな言葉を、街に出ればいつも浴びていた。

    「もううちに来ないでくれ。あの天使を思い出して他の客も気分が悪くなってしまう。」

    いつもなら入れたはずの店にも入れなくなった。

    「やーい!最悪の天使!」

    瓜二つの僕は、若者のいじめの標的だ。

    石を投げられ、噴水に沈められ。

    味方してくれる管理棟の連中の言葉すら、心に届かない。

    ただ死んでしまう兄のことを思って、悲しくなる。


    トワイラとの面会に行った。
    死刑前に1度会っておこうと思った。
    本当は夜遅くに行って兄さんと話したかったけど、その時間は面会が出来ないから。

    檻の中で胡座をかいていたトワイラは僕を見て笑った。
    「うお!伝説のヒーローのお出ましだ!」

    大きな声で言う。
    周りにいたやつが振り向く。

    「こいつは驚いたーー!俺の後継がこんな所にいたなんてーー!
    ああどうか頼むよ弟よーー!俺の素晴らしい業績をこれから先もお前の手で継承してくれーー!俺の代わりに最強の天使になってくれーー!お前は俺の弟だーー!お前もきっと素晴らしい天使になれるぞーー!
    お前言ってたじゃないかーー!
    俺が死んだら俺の仇を打つってーー!!
    楽しみにしてるぜーー!!


    みんな見ろよ!!次世代のトワイラだぜ!!
    こいつがこの天国をぶっ潰すぜ!!」




    周りのヤツらがじっと見てくる。
    僕のことを、冷たい目で。
    やめて、見ないで。僕は違う。僕はトワイラじゃない。

    やめて、いやだ。いやだ。
    そんな目で見ないで。


    僕は、トワイラじゃないよ。


    「おい、クラフ。これやるよ」


    鉄格子から強引に手を掴まれて、何かを握らされる。


    これは…ナイフ?


    トワイラがいつも持っている、悪魔殺しの…。


    あの悪魔を殺した時と、同じものだろうか。


    「俺の形見だ…大事にしろよ」

    にやにやした顔でそう言う彼は、心底嬉しそうだった。









    「みて、クラフよ。」
    「うわ、縁起悪いわね。」
    「あいつにトワイラが取り憑いてるって話知ってるか?」
    「聞いた聞いた!あの性悪天使がクラフに乗り移って天国を潰す気らしいわよ」
    「仮にそうでなくても、トワイラが殺された恨みで、天国を壊す気でいるらしいわ」
    「どちらにせよあいつはやべえ奴だ」
    「エトワール家って最悪ね。こんな形で天国を少しづつ壊していくのね。」
    「今までの貢献的姿勢が水の泡だな」
    「全部あのトワイラのせいね」
    「あと、トワイラの血を引いたあの子も」
    「クラフ」
    「クラフ」

    クラフ


    クラフ!


    愚かなクラフ!


    性悪天使の弟!



    目障りだ!目障りだ!















    1月。

    トワイラの死刑が実行されたと通達があった。


    僕は管理棟の廊下に座り込み、じっとしていた。

    ある時に片目を無くしたせいで、差別によってできた体の傷の治りが遅くて身体中が痛い。

    フィリンが一生懸命手当してくれても、ただずっと痛い。


    「クラフ」
    ふと、声をかけられる。
    顔を上げると、フィリンが立っていた。

    「大丈夫…じゃないわよね、ごめんなさい」

    フィリンがしゃがみこみ、優しく言う。

    「あなたがトワイラのことを尊敬していたことは分かってるわ。
    でも、あれは居てはいけない存在だったのよ。
    だからってみんなで寄って集ってあなたをいじめたって、あなたはトワイラじゃないんだから、気にしちゃダメよ。」


    何を言われても、心に響かない。

    僕はトワイラなんかどうでもいい。

    セカンド。僕の本当の兄さんだけが。


    それだけが、僕の希望だったのに。



    「…こんな時に言うのもあれだけど、明日の会議、出られそう?」

    明日。
    地獄側と連絡を取りながら、冥廊についての議論がある。
    重要な連絡があるから、全員出席するように言われていた。


    「…あまり辛いなら、後で私が重要な情報だけあなたに伝えるけど」

    「いくよ」

    僕は返事をした。

    「必ずいくよ。大丈夫。」



    フィリンはほっとしたような顔をして「それじゃ明日ね」と、その場を去った。


    僕とトワイラはなぜか、感覚がリンクしていることがあった。
    トワイラが痛い目にあうと、痛みが僕にも伝わってくる。トワイラが痛い目にあうと分かっていれば、その痛みは回避出来た。
    だから、トワイラが死ぬ時、僕は首が痛くなるもんだと思っていた。

    けど何故だろう。
    全く首は痛まなかった。

    …けど。

    そりゃそうか。
    もう全身が痛くて、どこが痛いかなんて分からないんだ。



    「…兄さん…」



    僕は自室に戻る。
    そして、もう二度と叩かれることの無い窓にカーテンを閉める。

    もう二度と、開くこともないだろう。




    兄さん、ごめんね、兄さん。




    僕はやっぱり、こんなの耐えられないよ。

    兄さんが居ないんじゃ、僕は…










    生きる意味なんて、ないよ…
















    翌朝お昼過ぎ。

    会議の始まる10分前になっても、クラフは来なかった。

    フィリンは呆れて立ち上がる。
    「フィリン、もしかしてクラフは辛いのかもしれないよ。無理に引きずり出したら可哀想だろう。」
    レギーがそう言う。
    レギーも、ほかの仲間も、クラフのことをとても心配していた。

    しかし、フィリンは言った。
    「いいえ。クラフは絶対来るって言いました。あの子は約束を破る子じゃないんです。」

    「しかしなぁ、フィリン。あの子のここ数ヶ月の状態を見ればわかるだろう。あの子は…あんな兄でも大切に思える心の優しい子だよ。会議に出なきゃ行けない気持ちはあるからそう返事したとしたのかもしれないが、あまりにも…可哀想だ。放っておいてあげなさい。きっと彼もそれを望んでいるだろうから…」

    フィリンはドアに手をかけたが、立ち止まる。
    そして唇を噛んで返事をした。
    「…1度声をかけて、それで来なければ諦めます。」

    そして、カツカツとクラフの部屋の前に来た。

    コンコン、とノックする。
    「クラフ。もうすぐ会議よ。起きてる?」

    中から、返事はなかった。

    もしかしてまだ寝ているのかと思い、ドアノブに手をかける。

    しかし、その瞬間に声がした。

    「ごめん。いる。いるよ。」
    クラフの声だった。

    フィリンはため息をついて言う。
    「早く来て。もう始まってしまうわ。」

    クラフは返事をした。

    「うん。いくよ。必ずいくから。」


    フィリンは、彼の部屋の前を去った。










    そして、10分後。
    会議が始まったが、クラフは来なかった。
    フィリンはため息をついて、不機嫌そうに手元の書類を見る。



    結局夕方、会議が終わるまでクラフは来なかった。



    フィリンはメモだらけになった書類を眺めて、近くにいた天使にそれを渡す。
    「これ、一部コピーを取ってもらえる?
    あとでクラフに渡したいの」

    天使はわかりましたと返事をした。

    その時、天井からガタッ、と音がした。
    ほかの人たちは気にしていなかったが、フィリンはその音に驚く。
    ここの2階は、クラフの部屋が近かったはず。


    フィリンは呆れる気持ちで会議室を出て、クラフの自室へ向かう。
    廊下を渡って、階段をのぼった1番突き当たりの部屋。


    カツ、カツ、カツと階段を上がる。


    奥は暗くてよく見えない。

    フィリンはむすっとして突き進み、彼の部屋の前に立つ。


    「クラフ?」


    返事はない。


    ドアをノックする。


    応答はない。


    こんな時間まで出てこなかったことはない。

    やはり、兄が死んだことがそんなにショックなのだろうか。


    「クラフ、ねえ起きてる?」


    そう言った瞬間、フィリンは異変に気づいた。





    嫌な匂いがする。

    鉄っぽい、生臭い匂い。


    う、と声を漏らして下を見る。



    すると。





    「…え」






    扉の隙間から、真っ赤な液体が廊下に染み出していた。





    「クラフ!?クラフ!!」

    フィリンがドアノブを捻るも、扉は開かない。
    何かが重くのしかかってるようだった。

    パニックを起こしたフィリンはすぐにほかの天使を呼ぶ。

    レギーや、印刷を頼まれた天使、ほかの天使たちも慌ててやってきた。

    みんなで力を合わせて扉をこじ開ける。

    ダン、と音がして扉が開く。

    フィリンが部屋に入ると、クラフはいなかった。

    「…クラフ?」

    床に染み付いた血を見ると、ドアの裏に続いていた。



    開けられたドアの裏を見る。




    「………………………っっっ!!!!!!」











    そこには、ドアにどかされたのであろうクラフが
    力なく横たわっていた。


    彼を中心に白いカーペットを、真っ赤に染めて。




    「ぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ」
















    クラフの首はぱっくりと切れており、気道の骨が露出している程だった。
    綺麗な片目は虚ろになって光を失い、口からも大量の血を流していた。その綺麗な金髪すら、血で汚して死んでいた。

    その近くには、トワイラが使っていた、血のついた悪魔殺しのナイフが落ちていた。

    悪魔殺しの武器。
    なぜ、悪魔殺しの武器で彼は命を断てたのだろう。






    クラフの死は、天国で大騒ぎになった。


    フィリンはこの一件を天使皇に訴えた。

    「クラフが死んだのは風評に任せた虐げのせいよ!!
    あなた達が見た目が似ているからって、好き勝手に彼をいじめた!彼にはなんの罪もなかったのに!!
    彼は殺されたのよ!!あなた達に!!あなた達に!!
    そしてあなた達をそう仕向けたのはトワイラよ!!!」



    冥廊管理棟は存在を公にし、地獄側と力を合わせ、トワイラという天使に対しての風評被害を見直す方針を主張した。
    これから先、ずっと語り継がれる可能性のあるこの悪夢を消さねばならないと、彼らは主張した。

    もし今後トワイラに似た天使が生まれたら?

    その時に繰り返されるこの不幸を、断たねばならない。

    これは、天国の未来のためだった。


    クラフの片目を隠していた眼帯は、冥廊管理棟で大切に保管されている。



    そして、トワイラの墓の隣にクラフの墓が立てられた。


    「クラフはトワイラを慕っていたからね
    せめて、彼の隣にいさせてやろう」

    レギーはそう言っていた。










    とある地獄の一角。




    大きな一軒家の、その1番奥の部屋。





    鎖で繋がれた、裸の天使。






    その天使は、首に痛みを覚えた。







    「…は。

    はははは!!ははははははは!!!!

    クラフ!!クラフクラフクラフ!!!!


    愚かな弟だ!!最後の最後まで馬鹿で救いようのない弟だ!!

    最後に俺の顔に泥を塗って勝ったつもりか!!!?

    笑わすなよ!!!!

    この馬鹿が!!!脳みその足りねえクソがよ!!!


    はは、ははははは…ははははははは!!



    …あ?」





    高笑いの最中、頭がズキっと痛む。



    生きてる間、何かとこの痛みに苦しんでいた。





    正体不明の、内側から殴られるような痛み。






    「笑うな。」






    声が聞こえる。




    微かに、声が。





    「笑うな。クソはお前だトワイラ。
    お前の心根が腐って生まれなければこんなことにはならなかった。
    クラフは…クラフは、お前が殺したも同然だ。

    なぜお前はそうなのだ。

    生まれた時から。


    なぜお前はそうなのだ、トワイラ。」




    繰り返される問いかけ。


    トワイラは教育を受ける前から
    物心がついた頃から極悪だった。

    その心根が歪んでいるが故、親ですら手をつけられないほどだった。親の手を捻り、物を壊し、ほくそ笑んでいた。

    だから両親は彼に呪いをかけ、悪の中でも自制をできるように仕向けたのだ。

    彼に呪いがかかっていなければ

    とっくに天国は滅びていたのだろう。


    今のトワイラは
    ルールを守らずとも職務を全うする
    元の心根と天使としての威厳が混ざりあって完成した
    とんでもない化け物だったのだ。





    「なぜそうなのだ、トワイラ。


    なぜお前は。」




    どこからかともなく聞こえてくるその声に、トワイラは無邪気に見える程にほくそ笑んで、掠れた声で答える。





    「…は………んなもん………俺が教えて貰いてえな…」








    扉が開く。


    大きな影が、自分に近づいてくる。



    これから暫くはこれが続くのだ。

    淫靡な欲に任せた、泥のような宴が。






    どうよ?







    無駄死にしたあの馬鹿な弟や


    数え切れない程の無能悪魔と無能天使の怨念を背負った



    この偉大なる天使

    トワイラ様は





    こんな惨めな目にあってるぜ?









    なあ







    悲劇のヒロイン顔負けの




    この俺を








    誰か哀れんでくれよ。



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