素振り27「間もなくだ」
この国の王──ローム・ボスフォレームス・ハイラルは、遠くをのぞむ目をした。
一近衛兵である青年の前で。
「間もなくではならん。でなければ国がもたん」
何をとは、あえて口にしない。
国庫はすでに逼迫していた。
魔物の出没により人の理は乱れ、耕作地は荒らされ、酪農も家畜を奪われる被害が報告されている。
そして、それらを運ぶ商人も兵を雇わなければ道を行くことも難しい。
王都では店から商品が消えかけており、日が落ちると人通りもまばらだ。
神獣発掘は成功はしたものの、各部族への保証や支援金に頭が痛い。
しかも、まだ繰り手に選ばれた英傑達の結束は固いとは言えない。
国が滅びるのが先か。
予言の実現が先か。
今、盟主は選択を迫られていた。
「ラネールへ向かうそうだな。頼んだぞ。リンク」
「はっ。この命にかえましても」
「ならん」
王の言葉に驚き、リンクは許しもなく顔をあげた。
「お主もまた、厄災討伐の要。娘とそなたがそろってこそ成されるのだ。忘れるでない」
「はい……」
「王であるわしが命じているのではない。頼んでいるのだ。退魔の剣の主であるそなたに──。姫を頼んだぞ」
王の声音に、リンクは息をのんだ。
全てを悟った様な気持ちになるが、しかし、全ては君主の胸の内。
自分はそれに黙して従うのみだ。それが模範たれと生きてきた自分。
「御意に」
「全てが終われば、そなたの働きに答えよう。励め」
「何も──私自身、望む物はありません。ただ、陛下の治世の安寧、殿下の御心の安らかなる為だけに、この剣技を捧げます」
リンクは、真摯に王の深緑を見つめた。
主君の夏盛りを思わせる濃い緑は、思慮深さを。そして、決して誰にも許せぬ本心の憂いを隠す為と、主君と少なからず心通わせた今ならわかる。
「そなたは、本当に良い目をするようになったな──」
「勿体のうございます」
「だから、望むのだ。褒美といいながら、そなたを姫にと──」
小さく王はひとりごちる。
それを全て耳にしたのかどうか。おそらく聞こえなかったのだろう。わからないといった表情で、リンクは眉根をよせる。
「もうよい。下がれ。よいか。二人そろって、無事に戻れ」
「はっ」
リンクは洗練された所作で礼をとると、来たときと同じく隠し扉の向こうへと姿を消した。
王は、深く満足げな溜息をもらした。
そして、羽根ペンを手に取り、欠かさず記す日録に向かう。
今日は、娘への想いを綴ろうと思った。
誰にも明かせぬ想いを整理する為に、自分へ宛てた手紙として。