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    ny_1060

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    2024キース誕(キスブラ)

    《十一月九日(土)二十七時三十分 イエローウエスト路上 車内》

    「俺は明朝早くから会議がある。この話は数日前にもしたな?」
    「ん〜そんなんオレが素面の時に言えよ〜」
    「素面の時にも言ったはずだが? 兎に角、俺はこの後すぐタワーに戻るつもりだ。つまり、お前を家に送りはするが、俺自身は立ち寄る時間は無い。分かったな?」
    「え〜」
     子どものように口を尖らせる恋人に、思わず溜息が出そうになる。尤もこの溜息はスケジュール調整が必ずしも上手く行かなかった申し訳無さからも来るものなのだが。
    「えーではない。今日これからお前との時間が取れないことは俺も残念に思っている。埋め合わせは約束した通り、来週末にさせて欲しい」
    「ん〜、しょうがねぇな〜。そうだ、明日の夜は空けてあんだろ〜?」
    「最早今日の夜だがな。それは大丈夫だ」
    「へへ、ならいいや」
     それだけ言って満足したのか、キースは助手席で船を漕ぎ始めた。

    「キース、着いたぞ」
    「んん、」
    「起きろ。今日は自分で歩けるな?」
    「……ブラッド、どうしたんだよ」
    「……何がだ?」
    「そんなにオレん家来るの、いや?」
    「っ……」
     この男は。一歩足を踏み入れてしまったら後ろ髪引かれて帰り難くなることが経験上分かり切っているからこうして距離を取ろうとしているというのに、俺の気も知らずに。
     思わず長めの溜息をついてしまった俺に、キースが気遣わしげな視線を向けてくる。全く、酔っているのかいないのか――間違い無く酔ってはいるのだが――性質が悪い。
     後部座席に置いていたバッグから目当ての包みを取り出すと、キースがポカンとして固まった。この期に及んで予想もしていなかったはずはないだろうが、自分に無頓着なこいつのことだ、すっかり頭から抜け落ちていたのかもしれない。
    「キース」
    「ん、」
    「誕生日おめでとう。俺からは後日ゆっくり祝わせてもらうが、まずはプレゼントだ」
    「おお、サンキュー。開けて良いか?」
    「勿論だ」
     意外としっかりした手付きで包みを開封するキースを見守る。
    「……携帯灰皿?」
    「ニューミリオンでも屋外に灰皿を置いている所は少なくなってきただろう。所構わず煙草を吸うのはそもそもどうかと思うが、節度を守って然るべき場所で吸うという前提で、こうした物は持っていた方が良い」
    「ん〜、よくわかんねぇけどコレ、洒落てんな〜。持ってるとなんかカッコ良くねぇ? ほら、」
     気の抜けたあどけない笑顔で俺が贈った携帯灰皿を掲げるキースを見たら、もう駄目だった。
    「おわ、……んっ、……ブラッド?」
     浅く唇を重ねただけで離れようとすると、耳元で「待てよ」と囁かれた。途端、首裏を引き寄せられて噛み付くように口付けられ、口内を弄られる。深夜とは言え、こんな所で――キースの胸を叩くと、ややあって漸く解放された。
    「……貴様、此処を何処だと、」
    「こんな時間に誰も通りゃしねぇよ。そもそも仕掛けてきたのお前だろ〜?」
    「それは……」
    「……コレ、ありがとな」
     屈託の無い顔でキースが笑う。それを見たら何だか毒気を抜かれてしまった。
    「……失くすなよ」
    「大丈夫だって、肌身離さず持ち歩かせていただきますよっと……んじゃな、おやすみ」
    「ああ、おやすみ。また夜に」
     最後はあっさりと車を降りていったキースをミラー越しに見送る。その姿が玄関に消えたのを確認してから、俺は息を一つついてエンジンをかけた。
    「肌身離さず、か……」
     一瞬、自分の頭の中を言い当てられた気がした。
     キースには偉そうなことを言ったが、実の所、俺はキースが自分の選んだ何かを身に付けているという事実にどうしようも無く満たされるのだ。ルーキー時代に贈った、キースが未だに使っているネクタイピンが良い例だ。そして恋人になった今は、俺はより強引にその願望を叶えられる立場にいて、キースも恐らく、俺のこの幼い独占欲を分かっている。
     俺がキースに贈ったのは、金属製の円筒形の本体にレザーが巻かれた、シンプルな作りの携帯灰皿だ。洗練されたデザインは一目見て気に入ったし、機能性に優れた品であることにも心惹かれた。
     しかし何よりも、今後キースが外で煙草を吸おうとする度にこの携帯灰皿の存在を思い出すこと――俺を思い出すだろうことが、俺にとっては抗い難く魅力的だった。それこそ、一見喫煙を慫慂するような贈り物を迷わず贈ってしまう程に。
     灰皿の底に刻まれた『B to K』の刻印にキースがいつ気付くか、内心楽しみに思いながら、俺はタワーの地下駐車場に車を滑り込ませた。
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