オぐ♀が結ばれるまでのお話(ボツ編)「おはよう、リツカ!」
「うん。おはよう」
私はカルデア所属の人類最後のマスターである藤丸立香。今までに7つの特異点と6つの異聞帯を攻略していた、はずだった。けれど、いつも通りにカルデアの自分の部屋で寝て起きたらそこは懐かしい日本の自分の家の自分の部屋。そうして外に出てみたら、懐かしすぎて、きっともう忘れてしまったと思っていた風景が広がっていた。
「今日こそ一緒に帰ろうね、リツカ!」
「うーん、今日も無理かな、ごめん!」
「ちぇっ。今日もまた保健委員?それとも生徒会のお仕事?」
「今日は……両方だね。委員会で掲示物を貼った後に、生徒会で会計業務とか、文化祭お知らせの書類を作ったりとか、色々あるよ」
「でもそこでロマニ先生とか、生徒会長と一緒にいる時間があるんでしょ。いいなぁ」
「あ、あはは。そう、だね」
懐かしい家での暮らし。通学路、バイト先や学校での風景。思わずカルデアで過ごしてきた時間が夢なのかと思ってしまうこともあったけれど、かろうじでこちらの世界がおかしいことに気づかされる。保健の先生はロマニ・アーキマン。そして生徒会会長はオベロン・ヴォーティガーンであった。その他にも生徒にサーヴァントが紛れていたり、用務のおじさんがムニエルさんだったりと、この世界は自分にとって都合の良いものだと言うことが分かる。
優しすぎる。ゲーティアの理想とした世界とは違うけれど優しすぎるのだ。ロマニは最後の時に自分の存在をなかったものにした。オベロンだってこんな学校にいるようなものではない。ティターニアを求めていて、それに近しい光を見たかもしれない。それに引きつけられたかもしれない。それでもこんなところで学生生活をおくっているようなものではないのだ。そんなことを考えながらの放課後。紙の色と同じオレンジ色の夕日が窓から入る踊り場で画鋲のケースを片手になかなか画鋲が刺さらない掲示板と格闘していた。
「おい、リツカ」
「……」
「リーツカ?」
「っ、あ。えっと、何かな、オベロン」
「何って、画鋲を深く差しすぎて紙がくしゃくしゃになってるから声かけただけだけど?」 手元を見る。きれいに手を洗いましょうという文字と書かれたかわいらしい絵柄は見る影もないほど画鋲を中心にぐしゃりと歪められていた。これは後でアーキマン先生に予備の紙をもらいに行かないとなと思っていたら、後ろから頭に体重をかけられる。
「ちょっ、ちょっと、重いって」
「重い?ひっどいなぁ。俺、そんなに体重かけてないんだけど」
腕を立香の頭に乗せ、その腕に自分の頭を乗せて体重をかける。まるで後ろから立香に覆い被さるように体重をかけているオベロンは面白そうに立香に声をかける。
怒っているけれど、それは私が言ったことに対してじゃないな。そう立香は直感した。
「オベロン、どうして怒っているの?」
「怒ってる?そんなことないけど?」
「うそ。なんだか今日はおかしいよ」
優しさに溢れた王子様みたいな漆黒の生徒会長様。この世界の、私の夢の中のオベロンは、オベロン・ヴォーティガーンという名前だけれど、どちらかと言えば妖精國で旅をしていたときのような、少しだけ子供っぽさと茶目っ気のあるような人。それなのに、どうしてか今日のオベロンはカルデアのオベロンみたいな、ねじ曲がった声と笑顔に感じたのだった。
「あのさ、オベロン」
「なんだい?」
「違ったら笑い飛ばしてほしいんだけどね、私、この世界が夢なんじゃないかって思うの」
「うん、それで?」
「ここは私にとって都合の良い夢で、本当は私が目を覚ますのを皆が待ってる。それで今日、オベロンが代表してここに来てくれたんじゃないかな、なんて思って」
「……」
話が長くなると思うから、と誰もいない磨かれきった階段に二人で座る。そうして始めるカルデアの話。ロマニ先生が訳あって代表をしていたりだとか、私が人類最後のマスターとして皆と過ごして至りだとか、終局特異点のこと、それから第六異聞帯のこと。「って訳でね……ってこんな壮大なこと、言われても困るよね」
それこそ小説家か何かになった方が良いんじゃないかという壮大な物語。ゲームでこんな世界の話があったら夢中になってしまうかもな、と思いながらオベロンの様子をうかがう。話している最中に相づちを打ってくれて、笑い飛ばさないでいてくれて嬉しかったけれど、あまりに突拍子もない話。自分が黒幕として活躍していた話なんかされて気分はあまり良くないだろうと思いながらもオベロンのことを見ると、笑みを口に浮かべていた。
「ようやく気がついたのかよ」
「……もしかして、ヴォーティガーン?」
「そうさ。マスターが心底気に入っているクソのたまり場のサーヴァント。オベロン・ヴォーティガーンさ」
「そっか」
落ちてしまってきている夕日に、だんだんと気温が下がる。夜の帳も下りる時間となってしまっては、たとえこの世界が夢であったとしても、先生に怒られてしまう。それは嫌だなと思っていると、オベロンが立ち上がる。
「下駄箱の前で待ってるから、会ってくると良い」
「会うって、ロマニせんせ……ドクターに?」
「ああ、そうだよ。きみが夢の中にいるって明確に気がついたんだ。だからこの夢はもう終わり。現実に戻ったら会えないんだろ?」
ロマニ・アーキマンもそれには気づいているだろう。それにきみだって、最後ぐらいはあのろくでなしに思いを伝えてくれば良いんじゃないかい?
ドクターに対して持っていた想い。それは恋だったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれない。私が人類最後のマスターになったあの日、ケーキをお菓子を私の部屋で食べようとしていた姿にため息をつきそうになったり、レイシフト先での通信で和ませてくれたり、お疲れ様と言いながらコーヒーを入れてくれたり。ダヴィンチちゃんもマシュも、皆とも思い出があるけれど、それらは全て私の中では輝かしいも思い出で、大切なもの。大切で、それでいて愛おしい。そこまで考えて、オベロンには分からないはずなのに、顔が赤くなる。
私はロマニ・アーキマンという男の人が好きだった。それが異性という意味かどうかは分からないけれど、それでも好きだった。大切な一人だった。
私の都合の良い夢なのだから、そこにいるのは都合の良いロマニ先生であって、あのロマニではない。それでも、その機会をこの夢の中では得られるのだ。そして、目の前の彼はそれを許してくれる。私は背を向けているオベロンに腕を回した。
「オベロン、ありがとう」
「……」
「……、行って、くるね」
オベロンが振り返らないことを確認して腕を緩めて振り返る。保健室へ続く廊下はすっかり暗くなってしまい、人もいなくてさみしい。それでも保健室前は私が帰ってくるのを待ってか、明かりがついていたのだった。