とにかく『風呂でデート中』なジルリゼを書きなさい。　雨降らしの迷宮。
　迷宮の内外にかかわらず、数日おきにしとしとと雨が降るこの場所は、それ故に迷宮の傍に小さな町と、それに不似合いなやけに設備の整った宿屋がある。
　舗装されていない森の中は、雨が降れば迷宮を巡回する馬車が走る事は出来ず、雨の降り方によっては数日この小さな町に足止めを喰らう事もある。ましてや雨降らしの迷宮の名に違わず、迷宮の中で雨に降られて、迷宮から出ても雨に降られる。宿にたどり着く頃にはずぶ濡れになっていて、宿にある浴場だけでは間に合わず、体調を崩す冒険者が多くいたらしい。そんな事情もあってか、宿にはそれぞれの部屋に小さいながらも風呂がついていた。
「贅沢な気分になりますね」
　ほ……と小さく息をついて、リゼルは背後から自分を抱き込んでくる男の胸に背を預けた。
　決して男が二人で入れるような、大きな浴槽ではない。だが、二人揃ってずぶ濡れで宿屋に飛び込んで、宿の主人にギョッとしたように二度見三度見されながらどうにか空いている部屋を取って、そこへ飛び込んだ。
　森の中は思った以上に冷える。ジルは小さなくしゃみをしていたリゼルに先に風呂に入るように促したのだけれど、リゼルと同じぐらい濡れネズミになっているジルの腕を掴んで引いたのだ。
　基本的にリゼルのしたいようにさせているジルは、それ以上拒否をするでもなく、リゼルに腕を引かれるがまま風呂に足を向けた。
　狭い狭いと言い合いながら一日の汚れを落とし、そのままたっぷりと湯の張られた浴槽に入ると、一気に流れ落ちる湯にリゼルが楽しそうに笑う。膝を折り曲げるように胸に抱えて向かい合うよりは、ジルの胸に背を預けた方がまだ広く感じると凭れてきたリゼルに笑って腹に腕を回して抱き寄せた。
　少しずつ冷えた躯があたたまってくると、リゼルがとろとろと躯から力を抜いてくる。顎の下まで湯につかるリゼルがこれ以上湯の中に沈まないように支えると、不意にリゼルがとろとろとした声でゆっくりと口を開いた。
「……そういえば、近頃はおうちデートというのが流行ってるそうですよ」
「あ？　何だそりゃ」
「外へ出かけて食事をしたりとデートをするように、家の中で二人で食事をしたりのんびり過ごす事もデートなんですって」
　大分躯があたたまって、とろとろと躯から力を抜いても、しっかりと抱き締めて支えてくれるジルの逞しい腕に、リゼルはうっとりと目を閉じた。くったりと躯を預けてくるリゼルの額に手を置いて、そっと自分の肩にリゼルの後頭部を置くと、ジルは「ふぅん」と気のない返事をする。
「じゃあ、今日は外でも家でもデートをしたって事か？」
　二人で迷宮に潜って、二人でこうして宿の風呂で過ごす。
　そんなジルの言葉に、リゼルはふるふる、と小さく首を横に振った。
「違います。……迷宮に潜ってる時は、冒険者としてなので、デートじゃないです」
「ほぅ」
「……でも、これからは、自分の家ではないですけど、冒険者の時間は終わったので、お風呂でデートです」
　今日は一日中、冒険者のジルも恋人のジルも独り占めだ。
「贅沢ですよねぇ」
　うふふ、と笑うリゼルの声は、湯煙に溶けてしまいそうな程甘やかだった。
　ジルはきょとん、と目を瞬いて、すぐに喉の奥で低く笑うと、無防備なリゼルの躯をゆったりと両腕で抱き締める。
「じゃあ、風呂でデートでもするか」
「甘やかして下さいね」
「いつも甘ぇだろ」


　しとしとと降り続く雨の音が、湯にけぶる小さな風呂場にも響く。
　そんな音に紛れて囁きを交わす声は、蕩けるような甘さに満ちていた。