だって君が好きだ。なんていうからかおる、ぼくは…かおるがすきです
二人っきりの部室で、エアーポンプの音と、奏汰くんの困ったように笑う顔が酷く頭に残っている
「はぁ………」
あーあ。嫌になっちゃうな。
奏汰くんに『すき』と伝えられてから一週間たった。
俺は…奏汰くんが好き。どうしようもなく、大好き。出会っていくつかの季節を過ぎてから気がついた。ふとした瞬間、気がついたら目で追い掛けていた。笑う仕草も、拗ねた時にぷくうっと頬を膨らませるのも、名前を呼ばれるのも、楽しそうにお魚の話をしているのも、アイドルの奏汰くんも全部全部大好きだ。気がついたら、俺の心はとめどめない好きという気持ちで溢れかえっていた。
けど、俺はこの恋は叶わないって思ってた。だって他でもない男だよ?俺が普段男なんてゲロゲロ〜って言ってるのに、好きになった相手は同性の奏汰くん。どうしたってかないっこないじゃん。
諦めたかった。諦めたくて。ただの友達でもいいからそばに居たくて。辛くて苦しかったけど、なんて事ない顔して親友としてそばに居ようって、心に決めたのがつい最近だったのに……
俺の決心は物の見事に壊された。
"かおる、ぼくはあなたがすきです"
奏汰くんから言われるなんて思いもしなかった。だって奏汰くんは守沢くんが好きなんだって思ってたから。
「は……えっ?ああ…友達として好きってこと?俺も奏汰くんのこと好きだよ」
気がついたらそんな風に話してた。俺の気持ちに気が付かれたくなくて、素っ気なくなってしまった。
違う。そんなわけないだって奏汰くんが俺の事を『好き』だなんてそんな事。
「っ……ちがいますっ!ぼくのすきはそういうのじゃなくて…」
「そういうのじゃない?ならどういうの?友達以上に何があるって言うの?」
「……ぼくは、かおるのことを…ほかのひととちがう『かんじょう』でみてます…」
奏汰くんは俺の方を向いて、いつもの優しい笑顔じゃなくて。
どうしてそんな表情を俺に見せるの。やめてよ、諦めきれないじゃん。
「かおるが、いつもおとこのひとのことをいやだといってるのもしっています。それでもぼくは…かおるがすきで…」
「知ってるなら…どうして…?辞めてよ…!!」
なんで、どうして?そんな気持ちが湧き上がってきて、どうしようもなく怖くて奏汰くんの方を見ないまま立ち上がって俺は扉の方に歩いていこうとする。
「まっ、まってください、かおる!ぼくは…!」
「触らないでっ!俺は……」
触れられた手を振り払った時に奏汰くんを見ると目に涙をいっぱい浮かべていて。辞めてよ。俺のせいで、そんな顔しないでよ。諦められないって顔なんてしないで。俺の決心を揺るがせないで
「ごめん…しばらく部活来ない。今日はもう帰るね」
目線を下に落としたまま、そのまま奏汰くんを見ず俺は部室から出ていく。
後ろからかおる!と俺の名前を呼ぶ声が聞こえていたけど、今は聞きたくなかった。
あれから一週間。部活には行ってない。ユニ練にも気分が乗らなくて行ってない。授業もどうにも面倒くさくて、保健室で寝るか屋上で寝るかどっちかだ。
「好きだよ…。でも、奏汰くんの為にこの恋は叶えちゃいけないんだ」
屋上のベンチの上に寝転がりながらそう呟いた。
馬鹿みたいに空だけは晴れていた。
「薫くんや。今日はユニット練習来るかえ?」
「朔間さん…。昨日も聞いてきたよね?しつこいなぁ…暫く行けないって伝えたはずなんだけど」
朔間さんは、俺のその返答を聞いた後にはぁ…とため息をつく。
「薫くん」
「何?」
「逃げる気かえ?」
朔間さんはじっと俺の目を見る。朔間さんの赤い目に何もかも見透かされている、そんな気になった。
「逃げる…ねぇ…何?朔間さんは何が言いたいの?」
「うむ…そうじゃのぉ…」
朔間さんは少し考える素振りをする。そして話し出す。
「お主自身の気持ちから逃げる気かえ?薫くんがそれでいいのなら、もう我輩は何も口出しはせぬ。じゃが…それはいつまでも持たんぞい」
「はっ…。何、俺に説教?そうやって何もかも見透かしたみたいに話されるの癇に障るんだけど」
いつもより低い声が出た。この人はいつもそうだ。どうしてそんな見透かしたような目で俺を見るのか。ムカつく。本っ当にムカつく。こんなことに怒ってる俺自身にも怒りが湧いてくる。
俺を見ていた朔間さんは、くすりと笑ってまた話し出す。
「おおっ…怖いのう…冗談じゃよ、薫くんや。老人の要らぬお節介じゃよ」
「あっそう……」
「今日は来ぬのは分かったぞい。ユニットの方は来月頭までは暫くは何も無いからの、また来たくなったら来れば良い」
ああそれからと朔間さんは話す。来月のライブ用の新曲じゃよ。デモテープと譜面じゃ確認しておくように。と、紙袋を渡される。
紙袋を渡した後、朔間さんは来た道を戻っていこうとしたが、くるりと振り返り赤い目を細めながら
「薫くん。後悔せぬ道を選ぶが良いぞ。お主はまだまだ若いからのぉ…」
そう言い残して朔間さんは去っていった。
俺、あんたのそういう所、本当に嫌い。
そう朔間さんの居なくなった廊下で小さな声で呟いた。
朔間さんと別れた後、俺は学校から出ようと思って廊下を歩いていた。
すると、窓から噴水が見えて奏汰くんがちゃぷちゃぷといつもみたいに遊んでいて、それを噴水の縁に座って守沢くんが見ていた。しばらく眺めていると守沢くんが奏汰くんの頭をタオルで拭いていて、手を引っ張って歩いていった。奏汰くんは嬉しそうに"ちあき"、と名前を呼んでいてその姿をみていたら気持ちがもやもやもした。
俺に好きって言ってきたのに、守沢くんにそんな顔見せるんだ。
そう思っていて、はっと気が付く。いや、何モヤモヤしてんの、俺が…曖昧な態度を見せただけなのに。
「帰ろう……」
「羽風!おはよう!」
「朝からうるさいなぁ……なに、守沢くん」
今日は授業に出ようと思って朝から教室に居た。俺は基本的に家に居たくないから、授業に出てなくても学校には早い時間にいる。いつもなら部室に逃げてるのだけど今はそれも出来ないから最近は仕方なく教室で、机に突っ伏してうたた寝してたら大きい声で起こされた。
俺が返事をすると思ってなかったのか守沢くんは少しびっくりした後に
「うむ!少し聞きたいことがあってな、羽風、最近奏汰の元気が無いのだが…何か知らないか?」
「は?なんで俺に聞くの?」
守沢くんの言葉にドキっとした。奏汰くん、元気がないのか…きっと俺のせいだ…
「なんでって…羽風は奏汰と仲がいいだろう?だから何か知っているかと思っただけだぞ?」
「いや…守沢くんが知らないことを俺が知ってると思う?奏汰くんとはただの部活仲間だよ…そもそも俺最近部活に行ってないし…」
「うむぅ…そうか…羽風で分からないか…」
「ねぇ、もういい?俺眠いんだよね」
「ああ!すまないな!ありがとう!
あっそうだ、羽風もし暇があるなら部室に行ってやってくれ。最近独りだと、奏汰が寂しがってたから」
寂しがってた……ね…
「気が向いたらね」