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    sihudo

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    コミカライズでディビジョンバトルが描かれる前に書いたお話です。帝統が幻太郎にちゅーされてもだもだするお話。らむだちゃんはほとんど出てきてませんが、幻太郎が話してるのはほぼ乱数ちゃんと青年の話です。乱数と青年のことを重ね合わせてどこまで踏み込んで良いか迷ってる。

    #帝幻
    imperialFantasy
    #飴村乱数
    AmemuraRamuda

    天幕の中の暗闇で その瞬間、全身を貫いていたバトルの熱狂と興奮から急速に解放され、敵の攻撃に容赦なく打たれまくった体はボロボロなのに痛みもまるで感じず、俺たちが麻天狼に負けたという実感などもっとほど遠かった。しかし、俺たちの事情などお構いなしにショーは進行するらしいので、俺たちは早々に舞台から退場させられ、目のくらむような照明の眩しさと観客席のざわめきから一転、薄暗く狭い廊下をとぼとぼと歩いて控室に向かっていた。
     ディビジョンバトルというのは、どうやら負けても命をとられるものではないらしい。麻天狼の連中とのバトルはともかく、この興行が俺にくれるスリルはその程度のものなのか。俺の血液はバトルの余韻でいまだに沸騰を続けながら、一方でどこかでひどく白けていた。
     他の二人はどうか。俺の数歩先をすたすた進む乱数、少し後ろをついてくる幻太郎。さっきから誰も一言もしゃべらない。
     乱数は一度も振り返らない。足音を徐々に早めて、背後の俺たち二人の存在なんか気にも留めてないかのごとく。ピーコックグリーンのコートの裾が風を含んで翻り、曲がり角の向こうに消えた時、俺はさすがに、ちょっと待てよ、と声をかけようとした、が。
     その時、俺の一歩後ろを歩いてたはずの幻太郎が突然、俺の頭に手を伸ばしてきて、髪をつかんで振り向かせると同時に、唇に噛みついてきた。勢いづけてのキスは互いの歯がガツンとぶつかって、「ってえ」とうめき声とともに唇を開くと、ここぞとばかりに舌も入り込んできた。
     熱い舌、熱い唇、視線を上げるとたっぷりと涙をたたえた充血した瞳。こいつもまだ全身の血が沸き立って収まらないのだろう。そう思うと、俺とこいつが仲間で、さっきまで同じ熱狂を味わってたことに、とてつもない感動みたいなものが沸いてきて、そのまま幻太郎の上半身を両腕で抱きしめていた。挿し込まれた舌をもっと奥に誘い込み、吸い上げる。幻太郎はくぐもったあえぎ声をもらすと、髪をつかんでいた手を離し、背に回す。俺たちは正面からぎゅうぎゅうと抱き合いながら、親猫が仔猫にするみたいに、仔猫が親猫の愛撫を求めるみたいに、舌で舌を撫ぜあっていた。二人の舌が溶け合ってしまわないのはなぜか、と本気で疑問に思った。
     いつまでだってそうしていたかったが、急に幻太郎が俺の胸を軽く押して行為の中断をうながすのでしぶしぶ顔を離すと、会場のスタッフらしき人物が曲がり角から顔を出した。さっき乱数が一人で行ってしまった角の奥側からだ。忙しそうで、俺らが今までやってた行為に気づいてる様子はない。しかし幻太郎は言い訳かなんなのか、スタッフにわざわざ話しかけた。
    「すみません。そちらの曲がり角の先で、らむだ…いえ、『easy R』を見ませんでした?一人で先に行ってしまったみたいで」
    どちらかというと俺らが道草を食っていたせいではぐれたんだけどな。
    「え?いえ、見てませんが。控室かホテルに戻られたのでは?」
    「そうですか…。ありがとうございます。帝統、では我々も部屋に戻るといたしましょうか」

     そのまま控室に行き、荷物を持ってホテルの部屋に戻ったが、乱数の姿は見えなかった。まあ本物のガキじゃないんだし、心配するほどのことじゃないだろう。
     普段の生活じゃなかなか味わえないベッドのスプリングに全身を投げ出し、そういえば麻天狼ともう一個の勝ち進んだチームの決勝戦があるらしいが興味もわかず、まどろみに身を任せて、ようやく、さっきのキスは何だったんだろうと疑問が沸いた。幻太郎から「嘘ですよ」の一言は聞いていない。その一言が無ければあいつの与太話は永遠に終わらない。
     それも、悪くないか―――。
     夢うつつの境で俺はそう思った。

     一攫千金から一転スッカンピンに堕ちる悪夢から覚め、麻天狼の優勝のニュースをやはり白けた気分で聞き流し、それでもちょっとは悔しかったのかロビーでばったり会った新宿のリーマンどやしつけたり、やたら早朝に部屋を出てからなかなか戻ってこない乱数をロビーのソファでダラダラと待ったりしてるうちに、締まりのない俺らのディビジョンバトルは終わった。
     俺たちのチームは家族でもなきゃ、同居なんぞもしてないし、それぞれ仕事で会うこともあるわけなし(俺が仕事してるかは置いといて、俺の稼ぎ場に連中が来ることはない)、はいさよなら、で別れてそれっきり。後はなんてことないいつもの生活、博打で勝ったり負けたり、有り金全部スった日には野宿したり、誰かの恩情にすがったり、結局俺は俺の日常に戻っていくだけか…と思いきや、そうは問屋が卸さなかったのだ。
     あの夜のことはもはや記憶が曖昧で、全部夢か、そうじゃなければ山ほど聞かされた幻太郎の作り話のどれかみたいなおぼろげな景色になってしまったのに、時折、唐突に唇に感触が甦る。例えばラーメン屋で割り箸の片側をくわえて割ろうとした時、例えば回転するリールを眺めながらタバコを口元でぷらつかせている時、ふいにその記憶は訪れ、生々しい欲求のみを残して消える。その度に胸が冷たさで満たされ、じんわりと身体中に浸み出し、指先まで頼りなくかじかんだようになり、俺はどうしようもなくなる。俺がそんな情けないことになってる時、元凶たる夢野幻太郎は何かを思っているだろうか。わからない。
     数日も過ぎれば俺でもいくらか冷静になる。幻太郎がなぜあんなことしたか、実のところ、考えるまでもないような、わかりきったことだった。バトル前夜の麻天狼の二人との小競り合いで、幻太郎を俺がかばった一件が理由だろう。
     あのホストの言葉に、幻太郎の心のどこが傷つけられたのか、相変わらず俺にはわからないままだが。
     いや、ホストが幻太郎の何を馬鹿にしたかはわかる。あいつのけったいな服装だとか、ころころ変わるわざとらしい喋り方とか、傍観者ぶってスカした立ち振る舞いのことだろう。
     けったいな振る舞いするやつが、それ相応の反発を喰らうのは、当然の報いとは思わねえが、まあ普通のことだ。幻太郎だって貶されるのが初めなんてこたぁねえだろうさ。だがあの時の幻太郎は、全く無力だった。俺に対して散々やってきたように、のらりくらりとかわすでなく、的確に相手の言われたくなさそうなことを見抜いて痛烈に煽り返すでもなく、ガキみたいに逆上するしかできなかったのだ。痛みを知っているのに、あまりに無防備なのは、結局、幻太郎もそう生きるしかできない人間だってことだ。
     幻太郎の傷の匂いをかぎとった時、俺の脳裏には、真っ暗闇と、そこに唯一見える、水平にかけられた白くて細長いロープが浮かんだ。そのロープの上を一輪車を漕いで行ったり戻ったりしながら、誰に向けるかもわからないパフォーマンスをひとりぼっちで続ける、愚かで誇り高い道化が幻太郎だ。同時に、死の淵のスリルでしか生きてる実感を味わえない性根腐りきった己自身のことを少しだけ思った。今の今まで平気だったのに、それこそ俺一人についてはどんな酷い死に方したって当然の報いだと思えるのに、暗闇の先に手を伸ばせば触れられる存在があると思った瞬間、己の孤独に気づいてしまった。
     だからつまり、俺が幻太郎のキスを受け入れたのも、多分、それが理由だ。


     我らがボスの飴村乱数は表面上は無邪気な子供のようにふるまいながら、底知れないところも感じさせる怖い男だが、それはそれとしてマメな一面もある。ディビジョンバトルが終わって解散した時、次の予定もなんて誰も口に出さなかったので、ひょっとしてこのまま自然消滅はありえるかもな、と思っていたのに、一月と開けることなく、「暇だから飲もう」という乱数の呼びかけがあり、俺たちは居酒屋に集まっていた。…いや、その割にビールとお通しが来た辺りでごめんお姉さんから電話~!と言って言い出しっぺは席を外してしまったが。
    「あいつが集合かけたくせに」
    「彼に本当に暇な時間などあるのでしょうかね」
     幻太郎も幻太郎で、ついこの間、俺に何をしたのかまるで忘れたような澄ましヅラをして肩をすくめる。
     俺たちが座ってるのは個室ではないが人通りが少ない奥の席で、平日だから当然空いている。横の席も、衝立をはさんだ向こうのテーブルも空席、店員が行ってしえば人目はほぼ無い。俺はテーブルに肘をつき横に座っている幻太郎の顔を下から覗き込むようにして、ずっと聞きたかったことを聞いてみた。

    「なあ、またキスできるか?」

     さすがの俺も反応が怖かったので、目の前の端正な顔をじっと観察して返事を待った。
     幻太郎は普段は柔らかく下がってる眉を思いっきりひそめてから「は?」と抗議めいた声を出した。続けて頬がぴくりと引きつり、こめかみの皮膚の薄い部分が血がかよったようにサッと朱に染まる。
     ……これ、押せばイケる気がする。
    「は?じゃねえよ。お前からしてきたんだろ。まさかあれで終わりじゃないだろ?」
    「何を浮かれてるんですか? やめろ、忘れろ。あんなのは酔っ払いの見た夢だ。幻なんだ」
    「お前一人で夢から覚めちまったのかよ。俺はあれからずっとお前のことばっか考えてるぜ」
    と言っても俺は乱数じゃないので口説き方も正直よくわからない。
    「だいたい」
    幻太郎はうつむいて眉間を抑えながらひとり言のように声をもらした。
    「何で今更なんですか……。あの日のうち、ホテルに帰ってからも、翌朝にだって二人きりの時間はいくらでもあったでしょう」
    キスした後に戻ったホテルで何も行動を起こさなかったから脈なしだと判断されたということか。勝手に始めて勝手に終わらせる、俺も俺だがこいつも勝手が過ぎやしないか。
    「……お前とまたキスしたいって気づくのに時間がかかったんだ」
    「バカですか」
    「バカだよ。承知で手ぇ出したんだろ?」
    開き直りと幾ばくかの挑発を込めて言うと、幻太郎は少し顔を上げた。
    「なあ、聞けよ」
    俺はまた覗き込むようにして幻太郎の視線を捕まえた。
    「俺は、お前と触れて嬉しかったんだよ。だから、お前に優しくできるかもしれないって思ったんだ」
    「それは少なくとも危険な博打から足を洗って借金きれいに清算して堅実に健康に長生きして小生を安心させられるご身分になってから言うことですね」
     流れるような口調でいなされてしまった。
     確かに、ギャンブルと借金のことを言われてしまうとぐうの音も出ない。てゆーか、今そういうこと言う場面じゃなくねえ? いや、口説かれてる場面だからこそ言っとくべきことなのか? 俺は身悶えながら、一方でふだん通りの軽口じみた声色に安堵を覚えたりもした。
     言い返せなくなった俺にどう思ったのか、幻太郎はため息を一つついて言葉を続けた。
    「別に君がバカでクズだからって愛を語る資格がないとは言いませんよ。僕も似たようなものだしね」
    だろうな、と思ったが言わないでおく。
    「ただ……。君は、恐れたことがないのか。俺はいつも恐れている。大切なものを守りたいと差し伸べたつもりの手が、大切なものを握りつぶしてしまうことを。……それならばいっそ、黙って寄り添おうとして、何もかもを見過ごしてしまうことを」
    そこまで言って、俺を見ていたはずの幻太郎の視線は宙に浮いて、どこでもないところで留まってしまった。
     何一つ意味がわからん例え話だが、その「大切なもの」が俺じゃねえことだけはわかる。
    「全っ然わかんねえな。ていうか誰の話だよ」
    「誰だって、同じだ」
    依然、視線を漂わせたままうわ言のような返事が返ってくる。
    「……じゃあ、俺は、そのよくわかんねえ例え話の中で、お前が失敗しちまっても絶対に笑わねえよ。お前がその、誰かを大切に思ってたことは、俺がいつかどこでおっ死んだとしても、覚えていてやる」
    俺はこいつに優しくしてやれない。それどころか、こいつの恐れている何かを肩代わりすることも、共有してやることもできないらしい。なので、せめて、俺ができることを提示した。
     我ながら情けない声を出していたと思う。
     しかし、俺の言葉から一拍置いて、幻太郎が急に視線をこちらに戻した。まるで俺が隣にいることに今やっと気づいたように。俺はまっすぐ見つめ返してやったが、幻太郎はたじろぎもせず、瞬きもせず、その薄緑の瞳に俺を映していた。なぜだか許された気がして、俺はわずかに顔を寄せる。幻太郎は変わらず顔をそらさない……。

     といったところで唐突に俺たちが肘を預けていたテーブルの下からガンッという音と衝撃が伝わってきたので振り向くと、我らが愛しの乱数がブーツでテーブルの下を蹴り上げていたところだった。何だよ、乱暴だな。
    「ねーえ、ふたりとも」
     猫撫で声とともに、かすかに飴の甘い香りがする。そういや随分長いこと席外してたなこいつ。それこそロリポップ一つ舐め終える程度には。
    「仲良しなのはいいけど、僕のこと忘れてない?」
     俺はハッとして額を打った。
    「わりい、完っ全忘れてたわ」
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